もくじ
1プロローグ 2 パリの人はカッコイイ 3知的障害者施設訪問 4マツザカヤの磯山さん 5 ベルサイユ宮殿
6シャンゼリゼ通りのオープンカフェ 7 オルセー美術館 8 スペシャル 9最後に
1プロローグ 夜、テレビを見ながら ふれあいの翼から来た手紙を開けてみたらパリ旅行のパンフが入っていた、自分も肌が芸術家なので、除いて見たい国たったので 確かいないかと考え、お風呂介護に来てくれている市川くんも絵とかイラストにちょっと興味があるらしいと聞いたので,あいつにおれの介護を依頼しようと思い頼んでみたら、市川君は一言で了解してくれた、本当は市川君が所属している介護サービス、障害者サポートセンターに連絡しなくては悪いかなと思いましたが、そんな面倒なことを考えるより 行きたい人が行ってくれた方が良いと思い個人的に頼む形になりました、みんなにはご迷惑をかけてしまいましたね、ご了承ください |
パリへ着いて空港から宿泊するエッフェルタワー近くのホテルへ行く為に観光バスに乗った、30人ぐらいの団体で車椅子の人は二人だけであるバスは必要以上に大きくリフト付きだった、ホテルまでの距離は時間として40分ぐらい、その間、フランスの街並みを窓から眺めました、日本と丸きっし違う街並みを見て「いよいよパリへ来た」と思わず笑みがこぼれました、まず目に付いたのはパナソニックの大きなビルの上の看板、それを見て私は、日本から飛行機で十数時間も飛んで来た所なのに、まだ幅をきかせている恐るべき日本企業だと思いました。バスは高速道路を抜けると街に入りデパートの前で止まった、代表者が私達の一週間分のホテルでの飲み水を買うためだった、(ホテルで水を買うと高い)その間 横に座ってた市川君が歩道を歩いているパリの人を見て こうして二人でパリに着いた、喜びを語り合いました、パリの街中に入ると、やたらに建物の屋根、軒、窓辺のベランダに人の体や顔の彫刻が彫られてあり、これも見ごたえが有りました、いよいよエッフェルタワーが見えてきました、色は茶色でタワーはそんなに綺麗なものでは有りませんでした、東京タワーと比べる色は東京タワーの方が勝ちだけど形は安定感のあるエッフェルタワー法が勝ちかな、と思い そして私達はタワー近くのビルの陰のしゃれっ気のないホテルへ着きました |
二日目は知的障害者施設訪問に遅れない為に少し早い朝食をホテルで済ませ、バスに乗った、障害者施設、入り口に着いた、まず最初に階段が有った、でも車椅子の人の配慮はされていなかった、いくら知的障害者施設で車椅子の人は居なくても障害者施設でしょ?スロープぐらい付けろよなと思いながら結局,私達は裏から入って行きました、まず最初に施設の役員と所長さんと私たちとで挨拶して、そして私達は日本から施設に、お土産として最新のデジタルカメラを持っていきました、フランスでは日本のデジタルカメラは超高価らしく施設の所長さんは顔に万遍の笑みを浮かべ「おーこれはすばらしい」と言ったとか言わないとか,フランス語だからわかりませんが、施設の所長さんは喜んで私たちに握手をいっぱい求めてきました。 |
パリ二日目の観光予定は少し早いお土産をパリで一番大きいデパートのマツザカヤで買うことになりました。30人ぐらいの日本人の団体がデパートへ同時に入るのは、ちょっと私には滑稽に感じました、まあね!赤信号みんなでわたれば何とかで結局、入りましたけどね、そして係りの人から免税の説明とデパートの中に何がどこに何を売っているかの説明を受けました、でも俺と市川君は、何時ものように説明を何も聞いていません、俺は母への土産にネッカチーフを買いたいと思っているのに どこに売っているか解りません、しょうが有りませんから、もう一度、係りの人の磯山さんに聞くと気持ち良く「それじゃ私が着いて行ってあげましょう」と言ってくれて案内してもらいネッカチーフまで選んでくれました、今度は5階の絵を売っている所に行き、そらへのお土産に黄色い絵を買いました、また一階に降りてきて お酒などを見ました。 係りの磯山さんからは、僕たちにもう一度免税の説明をしてもらい、「本当にわかったか」と冗談交じりに何回も俺の顔を見て笑いながら言ってくれました |
私たちはバスから降りてシャンゼリゼ通りに入ろうとして横断歩道を渡った時、どういうわけか市川君が車道へ飛び出して私たちをカメラに写しました、私はそのときは解らなかったけど後で写真を見て、とてもいい写真ができ、外国の自動車に惹かれそうになってもシャッターを切ってくれた市川君に感謝です 集合場所へ戻る途中に道の脇に机と椅子を並べたオープンカフェがありましたので、お茶でも飲もうと席に着くと俺は周りを見渡して、フランス人ばかりなので、俺って凄いパリの街角でお茶を飲もうとしているなどと思い、またまたパリへ来た喜びが沸いてきました、来る前 日本でパリはコーヒーとケーキがおいしいと聞いていたので、さっそく俺は白のシャツにあづき色のベストを着た顔は堀が深く眉毛は凄く濃く頭の毛はショートカット(パリで流行みたい)の男の店員にメニューを持ってこさせた、しかしメニューにはフランス語ばかり書かれてあり、解らなかったが、かろうじてコーヒーとケーキの文字は解ったが、ケーキとコーヒーと何種類もあり結局、文字が解からなく、やたらに頼み、何が出てくるか楽しみでしたが、店員の男の人が持ってきたのはミルクたっぷりのカフェオーレと四角いプリンでした、私はケーキではないと一人でぶつぶつ言ってしまいました。 |
フランス人は古い物を残そうとゆう風潮が有り、でもこの美術館は外見は凄く古い建物で八階建てだが、内装は新しく、一階は黒をベースにした内装になっており近代的なセンスがあちら、こちらに見られました |
8スペシャル 来る時の飛行機は12時間かかったけど、帰りは10時間かかる予定だ、飛行機の中は夕方の時刻の設定だったので、乗ってから1時間ほどで夕食になった、夕食も終わり、機内の明かりは消され、これから六時間余り睡眠をとらなくてはなりません、おれは目の前のモニターで映画を見てから寝ました それから三時間ほど経ちトイレに行こうと思い、隣の市川くんを起こそうと振り向くと市川君は居ません{また、あいつ自分の英語力を光らせて、どっかの外国人と話をしているな}と思い、私は座席から立ち機内の一番後ろの少し明るいトイレの入り口を見ました。そこに市川君は立っていてトイレの順番を待っているだけでした、そして市川君は席に戻ってきて「松本さん、トイレでしょ、行きましょう」と言い、又、俺たちはトイレの前で順番を待ちました。その間、近くに、綺麗なフランス人のスチュワーデスさんがいたので当然のように市川君は「ああ」とか言って右手を少し上げスチュワーデスさんに話しかけていました、俺は必死の思いで、車椅子から身を乗り出し話に加えてもらおうとしました、俺は市川君をジッと見て心の中では「バカヤロー、市川、俺を早くマイ ベスト フレンド」と、言って俺をスチュワーデスさんに言って紹介してもらいたかったが市川君は一人でしゃべり続けていました、でも これがきっかけで、そのフランス人のスチュワーデスさんは私の介護を手伝ってもらい顔を覚えてくれて最後には私の座席まで来てくれてスペシャル(特別)とか言って飛行機会社のトランプ等をくれました、俺は日本に帰って来てから一回は英語を習ってみようと思ったのは言うまでもありません |
9最後に 市川君、パリでは誠実な介護をしてもらい本当に有難うございました。、これからもよろしくお願いします |
パリの松坂屋のおくじょう
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