沢夫人
 先々代当主・綱褌の正妻。
 綱褌とは恋愛結婚であったが子供に恵まれず、信太の親族から冷遇を受け、正妻としての立場も危うくなっていく。
 その立場を守るために、綱褌はやむなく親族が差し出した妾・三千萩を娶って一子をもうけるが、その結果、錯乱して出産後の三千萩を日本刀で惨殺してしまう。
 その後まもなく衰弱死するが、その強烈な『想い』は生前そのままの姿で邸内を徘徊するようになり、その後、さる祈祷師の手で蔵に封じ込められた。───時間がたって封印の効力は弱まり、今回、堤吾郎が殺害現場となったの蔵の封印をやぶったことで完全開放されてしまう。
 天児の間にある三千萩の死骸を隠し通すため、天児の間に近づこうとするものを殺害する。
三千萩(みちはぎ)
 本名は芦屋満日(あしやみちひ)。
 東京・根岸の芸者。漫の弟子であったが、実家の借金が元で、拉致同然に信太家親族に連れ去られてしまう。
 綱褌との間にできた娘・珠代を出産するが、その直後に正妻によって惨殺されてしまう。
 また信太家の遠縁にあたり、多少なんらかの能力を持っていたらしく、当主の妾にと望まれたのはそれもあったためか。
安陪信太(あべしのだ)家

 一般には信太家として知られる、信太海運を運営する資産家の一族。
 幕末までは廻船問屋だったが、戦前、中国やマカオなどとの貿易でのしあがった戦争成金という側面も持つ。しかし、近年の不況や乱脈財政によって破綻を来たし、同じく近畿地方の鹿角グループによって吸収合併されることが決まっている。

 古く呪術師の家系であり、陰陽道を伝える一族であったが、もはやその血統は薄れてあとかたもない。

 安陪の名前と家紋(清明桔梗)は安陪清明に由来する。また、一説によれば安陪や芦屋などの陰陽道の一族は、水運・海運業に深く関与していたとも言われる。
 ちなみに伝説では、安陪清明の母は人間ではなく、信太の森の狐、通称・信太狐である。

───恋しくばたづね来てみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉 (歌舞伎『芦屋道満大内鑑』より)

天児(アマガツ)

 雛人形のルーツにあたる、幼児に降りかかる災難・ケガレなどを肩代わりするという人形。
 文字通り、呪術的な意味を持つ人形であり、陰陽道にも通じるという。流し雛などの風習はそれが顕著である。
 陰陽師の活躍が盛んであった平安時代、貴族階級がこれを用い始めたらしい。

 信太家には、この天児の名をもつ石室=天児の間に、ゑびす神の御神体を祭っているが、御神体=天児を置いているから天児の間とも受け取れる。

ゑびす神

 七福神として親しまれる商売繁盛の神であるが、その出自は明確には知られていない、謎に包まれた化外(けがい)の神である。
 そのゑびす神の起源の一つに蛭子(ヒルコ)神説がある。
 日本の創生神話に登場する神は、虚弱・不具であったことから葦船に乗せて海に流されてしまう…。

 信太家では、御神体として水死人の木乃伊を天児の間に祭り、これをゑびすと呼んでいる。

信太家の秘祭

 ゑびす神の祭りということになっているが、その内容は海から先祖を呼び寄せるという慰霊と厄払いの儀式。
 数年ごとに、穢れを背負った神を海に送り返し、海から清められた神を迎え入れなおすという、死と再生のサイクルを繰り返す。
 先祖神は益を海からもってあがってくるが、時々、先祖にまじって外道もあがってくることもあるという、危険性をはらんだ祭りでもある。
 祭りでの当主の役目は、先祖神をもてなすと同時に、この外道の侵入を防ぐことでもあったが、先々代当主・綱褌の代には、すでに外道を『見る』ことのできる人間はおらず、それ故、祭りの意義を解さなかった綱褌は天児の間を封印してしまう。

お稲荷さん
 従業員が毎朝のお参りを欠かさないというお稲荷さんの正体は、かつて信太家の陰陽師(能力者)に使役されていた白狐の妖怪。
 影ながらに信太家を守護していたが、一族内でこの狐を見れる人間が誰もいなくなってしまったことから、とうとう見限って信太家を出て行ってしまった。
 柳水和尚と知り合いらしく、タヌ君に危険を警告した。
座頭神(ざとうがみ)

 南北朝の戦いの折、南朝に属していた盲僧が、とある山中で北朝の武士(盗賊とも)に惨殺されるという事件があった。盲僧の祟りを恐れた近隣の村人は神社を建立、盲僧を吉野宮神として祭った。その別名が座頭神である。

 座頭神は祟り神であり、漫が信太家を『祟る』ものであると看破したお稲荷さんが、漫の名前を知らなかったために便宜上やむなく座頭神という名前を出した。
 なお漫も、一度所有者を盗賊に殺害されているらしい。

先代当主・武綱の死因
 先祖帰りであり、わずかながら能力を持っていた当主で、本能的にゑびす祭りを再開させようとした。
 結果的に、天児の間を守ろうとする沢夫人の霊と遭遇してショック死してしまう。
幽霊がいっぱい
 一条成志郎が図書館で目撃した三〇名近くの幽霊は、海からあがってきたものの、祭りが中断されたので戻れなくなっている先祖霊たちである。
 以来、六〇年間、信太邸内をウロウロとさまよっては怪奇現象を引き起こしたり、従業員に目撃されたりして怪談のネタになっていた。基本的に守護霊なので悪いことはしていない。
 天児の間を開けたことで開放された。
蔵の長持ちから出てきた木乃伊の腕
 六〇年前、三千萩の死体を天児の間に隠蔽する際、すりかえられた御神体の一部である。
 御神体は古く信太家に伝えられてきたもので、元々は補陀落(ふだらく)渡海に赴き、その後、信太家先祖のいる村に漂着した僧侶の木乃伊らしい。文字通りのゑびすである。
赤い友禅
 木乃伊と同じく長持ちに適当につめられていた、三千萩(芦屋満日)の花嫁装束。本来はとても高価な衣装だったが、保存状況が非常に悪く、もはや再起不能。
 満日の妹(実は生霊)は、この衣装を目印に姉を探していた。
蒔絵の櫛
 その昔、漫が東京にいた頃、日本舞踊の弟子であった三千萩(満日)に送った櫛。印籠と櫛とセットであり、想い逢った男女が分けて持ちあうというもので、漫はこの対の印籠をもっている。
満日の妹
 本名は弥生。
 その正体は高齢の老女の生霊であり、その本体は病院で死にかけている。
 六〇年前、失踪したという姉・満日を求めて、フラフラと信太家にやってくるが、沢夫人の霊が恐ろしくて天児の間に近寄れなかった。満日と一緒に成仏する。
 漫と面識があるはずだが無視したおして、一言もかけなかった。
安田さん
 第一夜で成志郎らを迎え入れた女中頭。実は幽霊。第二夜で鬼隆君が東の棟を探知した時、ちゃんと「ひっかからなかった」のはこの為。
 六〇年前の事件にも関わっており、そのことがひっかかって成仏できないでいた。
漫の目的
 漫の目的は、六〇年前、愛弟子の三千萩(満日)の身の上に何が起こったかを確かめることと、信太家への報復である。
 が、三千萩の子孫が信太三姉妹の辰子・佐保子であることを知った為、復讐を断念してスゴスゴと帰ることになる。