LAST KISS 2


 大衆向けの酒場に入り、人気のない店内をぐるりと見渡す。陽の落ちたばかりのこの時間では、まだ客の姿は少ない。がらんとした印象を与える酒場の一角に、見慣れた仲間の姿を認めると、銀髪の青年は足を速めた。
「アーク、こっちよ!」
 目ざとく気付いた少女が、青年に向かって丸テーブルから手を振った。
「すまない。遅くなった」
「そんなことないわ。ドウマだって今来たトコだもの」
 にっこりと笑う赤毛の少女は、隣に座る大男を指で指し示した。
 行儀が悪いですよ、姫様、と嗜めるのは穏やかそうな老僧侶。
 数日前まで共に旅をした仲間たちの顔を見て、青年――アーカンジェル――は少しだけ微笑んだ。
 新形・福縞から宮木へと帰還したアークたちは、傭兵として依頼を受けた仕事の結果をルヴァンガに報告した。その後は報奨金についての交渉。傷の手当てや消耗品の補充。当面の宿の確保など、雑事は山ほどあった。クローディアは父である宮木王と将来について話し合ったらしい。
 各々がそれなりに忙しかったここ数日だったため、顔を合わせるのも久しぶりな感じがしてしまう。
「あら?アーク。剣を預けてきた?」
 座るのに邪魔になる大剣を剣帯ごと外していると、クローディアが問いかけてきた。本当に目ざとい利発な少女だ。
「あぁ、ディアに教えてもらった鍛冶師の工房へ行ってきたよ」
ガイスとドウマの間に空席になっていた椅子に座りながら、アーカンジェルは答えを返す。預けてきた剣とは別の大剣――竜心剣――を丁寧な仕草で傍らに立てかける。
「代わりの剣は借りなかったのかよ?」
「慣れない剣を持っていても役に立たないからな。それに、私には、これがあれば充分だ」
青年はそっと竜心剣を撫でる。
「ほぉー。アークはウル坊さえいればいいんだとさ」
「やぁねぇ〜。ここでノロケられるとは思わなかったわぁ」
「深い愛ですねぇ」
「そ、そんなことは言ってないだろうッ!」
 揚げ足をとって騒ぎ立てる仲間たちに、赤面したアーカンジェルは怒鳴った。

「福縞にしよう」
 温かいスープやパン、鶏肉のパイなど、できたての料理がテーブルに並ぶ。その席でさり気なくアークは切り出した。
 予想していたのだろう。誰一人として驚く様子は見せず、小さく頷いた。
どこの圏にも所属しない、新しい軍隊―――神聖統合軍―――の旗揚げの準備は着々と進んでいる。その本拠地となる場所を、アーカンジェルは宣言したのだった。
「宮木はこちらと同盟を結ぶよう、内々にお父様と話してきたわ」
王家を離れて自由になることが約束だったとは言え、よもや娘が新しい軍の旗揚げに関わるとは、宮木王も思わなかったに違いない。それを説得し、組織同士の同盟まで内定させてくるとは……アーカンジェルはクローディアの手腕に舌を巻く。
だが、今は戦の世。同盟などいつ破棄されてもおかしくない。それは、宮木とも戦う可能性を示唆している。
「…後悔、しないかい?」
「えぇ。自分の決めたことだもの」
 目に力強い光を宿して、クローディアは微笑んだ。
「強いな、ディアは」
「アーク。……迷っているの?」
「いや。ただ……また大乱になれば逢えるのに、と思ってしまったんだ」
新しい軍を興すことは、決して戦乱を激しくさせるのが目的ではない。
国同士の小競り合いや、小さな利権の奪い合い…そんなものに終止符を打ち、永久なる平定の世を実現させるためだ。
だが、己のすることは、戦争を終わらせるということは、陰陽のバランスを欠いた時に現れるドラゴンに―――ウランボルグに、永遠に逢えなくなるということだと、気付いてしまった。
陽気が毒となる彼の命を守る唯一の方法として、大陸統一を心に決めた。
それなのに、揺らぐ心。人間の心は、何と儚く脆いものか。
「あちらを立てればこちらが立たず、か」
「確かに、辛いわよね」
 アークの惑う心を理解し、仲間たちも辛い表情を浮かべる。
「…ま、ま!報奨金もあることだし、今日は飲もうぜ!」
 沈みがちな雰囲気を打ち破るかのように、ドウマが立ち上がってジョッキを掲げる。その心遣いを汲んで、ガイスはいつも通り、にこやかな笑顔で。
「羽目を外さないようにお願いしますね」
「なんでぃ。小さいこと言うなよ、ガイス。ほら、懐にはどーんと入ってんだから、少しくらい飲みすぎたって……あーッ!」
じゃらじゃらと音を立てて、ドウマの手から金貨がこぼれ落ちていく。革袋の口を閉じていなかったのか、ガサツな大男に仲間たちは呆れた。
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