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 「おや?……どういうことですか?」
 穏やかな態度は一変、王子の声が一段低くなる。スッと細められた藁色の瞳は、言葉を発した姫本人ではなく、その父カケイへ向けられた。まるで、人形が予想外のことを言い出したと人形師を責めるように。
 その仕草ひとつを見ても、姫個人の意志や言葉など尊重する気などないことが見てとれる。姫は唇を噛み締めた。
 縁談に気乗りしてないとはいえ、姫がここまで強硬な態度に出るとは思わなかったカケイは、慌てた様子で駆け寄る。
「姫っ!……申し訳ありません!日頃あまり外へ出ないものですから、未知の国へ嫁ぐと聞いて、娘は少々気後れしておりまして……」
「父様!違う!」
「あぁ、マリッジブルーってヤツですね」
 勝手に納得した様子で頷く半蔵に、姫はもう一度宣言する。

「私はライズがいいの!だから貴方とは結婚できません!」
「やめんか!」
「ライズ?……誰です、それは」
「屋敷の執事です。そこにおります者ですが、長年仕えておりまして……娘のお気に入りでして」
 ちらり、と藁色の視線が姫の背後に控えるライズに向けられた。使用人がこの場で勝手に発言することは許されない。ライズは王子に軽く目礼をして彫像のように押し黙っている。
 値踏みをするような視線は一瞬で、すぐに半蔵はカケイに向き直った。
「その執事と離れたくない、というワケですか。なら問題ありませんね。輿入れの際にはその執事も嫁入り道具としてついてくればいいでしょう」
「物扱いするのはやめて!ライズは道具なんかじゃない!」
「道具でしょう?召使いなんですから」
「な……っ!」
 冷酷な言葉と視線を向けられ、姫は言葉を失う。
 姫ですらひとりの人間として認めない男が、執事を人間扱いするわけもないのだ。どこまでも他人を駒として扱い、支配する――王族としては正しい姿なのかもしれないが、姫にはとうてい相容れるものではない。

「そうそう。嫁入り道具と言えば……渡すのをうっかり忘れていました」
 口を閉ざした姫に構うことなく、半蔵は己の小間使いに指を振って合図する。小柄な召使は抱えていた箱を主人に差し出した。赤い幅広のリボンが緩く結ばれた上等な箱は、一抱えほどもあるが見た目ほど重さはないようで、小間使いに持たせたまま半蔵はするりとリボンを解く。姫の目前で上蓋をそっと開け、中身を見せる。中にはヒールの高い赤い靴が一足、柔らかなビロードのクッションに埋もれていた。
「靴……」
「キレイでしょう?姫の行きつけだという店で特別に作らせたんですよ。輿入れの際には、是非この靴を履いてきてくださいね」
 他人に命令することに慣れた者特有の、有無を言わさぬ口調。口答えなどされたことのない者の、自分の希望が必ず通ると思っている者の……。
 爬虫類のように光る藁色の瞳が、まっすぐに姫を射抜いた。その鋭さは、姫の口から言葉を奪う。
「……っ」
「指輪は、また改めてお贈りしますね」
「っ!」
 潮騒のような雨の音が、強くなった気がした。


 
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