VOL. 29 
 Dead or Alive  〜今、話そう〜

第7話  【日常】

 手術から4日が経過した1月23日の午後、ウトウトとしていたところへ、リハビリテーション科のスタッフがベットサイドまでやってきました。担当医からリハビリの依頼が出たので、この日からリハビリが開始されるとの事。担当となった理学療法士は若い女性の方でした。今までの経験上、リハビリといえば男性しか知らなかったので、女性がこの仕事に就いている事に軽い驚きを感じた事と、世間では意外と女性の理学療法士が多くいるという事を後ほど知る事になりました。
 リハビリ開始といっても初日からハードトレーニングはできません。まずは現状把握からとなります。理学療法士がメジャーで両脚の太さを測定した後、現状でどこまで膝が曲がるか確認をします・・・が、当然の事ながら全く膝は曲がりません。この時点で膝を曲げようとした理学療法士に軽い怒りを覚えたりもしました。その後、「お尻を付けたまま脚を伸ばして爪先を上げてみて下さい」と言われたのでトライしたところ、全く脚が上がりません。骨折した右脚が動かないのはともかく、事故後9日しか経過していないのに左脚も動かなくなっている事にショックを受けました。過去に左肘の脱臼骨折の手術をした時に10日も身体を動かさないと関節や筋肉が動かなくなってしまうのは経験的に知っていましたが、まさかここまでとは…。初日からいきなり不安になってきました。
 翌週からは車椅子の使用が認められたのでベットに固定された生活から少し解放されました。そしてリハビリも病室のベットの上からリハビリテーションルームで行われる事になりました。しかしベットから車椅子に移るのが大変。新体操の鞍馬種目選手みたいに両脚を伸ばしたまま、両腕とお尻だけで車椅子に乗り移りますが、車椅子の位置が少しでもズレるともう大変。コツを掴むまで3日くらいかかりました。手術後、2週間くらい経過すると車椅子で売店や病室のフロアを移動できる様になった事で入院生活も精神的に楽になってきました。
 リハビリテーションルームでのリハビリは土日祝を除いた平日の13:00〜16:30頃までぶっ通しで行われました。当然、こんな長時間、リハビリをこなす入院患者は他にいません。リハビリメニューは理学療法士によるマッサージから始まり、関節の可動領域を増やすバランスボールを用いたストレッチ,温浴,ゴムを使用した筋トレ,等など。まだ膝が全く曲がる気がしない状況にも関わらず、理学療法士は全体重を預け負荷をかけて膝を強引に曲げようとします。あまりの激痛に絶叫をあげる事もしばしば。でも担当医からは「骨折は金属プレートとボルトで固定されて問題ないので、どんどん曲げて下さい」との指示が出ていたとの事でボクの絶叫悶絶に関わらず、理学療法士は不敵な笑みを浮かべて治療(虐待かも?)をしてくれたのでした。この時の理学療法士の悪戯な笑顔は一生、忘れまい…。
 2月中旬になると松葉杖の使用訓練も始まりました。最初は体重の1/3加重で体重計に何度も乗りながら加重の度合いを身体に覚えこませます。しかし松葉杖の使用が始まると車椅子は取り上げられてしまいました。今後は必要な場合のみ持ってきてもらって使用する事になります。松葉杖は当初はレンタル品を使用しましたが、退院後も暫く使う事になりそうだった事と数年後に抜釘した時にも使う必要があり、買った方が安く済みそうだったので思い切って新品を購入しました。もう使う機会は無いと思いたいので、使用する機会がある方にはお貸ししますよ。松葉杖の使用開始直後、バランスが取れないのでリハビリテーションルームや病室で何度か転倒もしました。リハビリ中に転倒しそうになった時には担理学療法士が慌てて走り寄って支えてくれたりもしました。後から担当理学療法士から聞いた話では、こんな状況が再三にわたって起きていたのでボクが転倒して担当医から怒られた夢まで見たそうです。本当に申し訳ない。
 2月下旬からは1/2加重となり、松葉杖の使用にもだいぶ慣れてきた事と右脚に掛けられる加重が増えたので楽に歩けるようになってきました。この頃からはリハビリメニューも増え、パワーアンクルを使用した脚の上げ下げ,お手玉やタオルを使用しての両脚の指の運動,松葉杖や並行棒を使用しての歩行訓練など、少しでも早く、少しでも事故前の状態に戻せるように歯を食いしばって必死にリハビリに取り組みました。
 またリハビリが終わって病室に戻ってからも夕食までの時間や翌日の午前中の空き時間を利用して病院内を松葉杖で歩いたり、自分で膝を曲げるストレッチをしたりしてセルフでリハビリを行いました。まさに起きている時間の大半はリハビリに費やしました。それでも自分が期待した程の回復は見られず焦りばかりが募っていきます。そんな事を担当理学療法士に話したら、「大将さん(この時はもちろん、本名で呼ばれています)は普通では考えられない事故を起こしてここでリハビリをしている患者さん達とは比べ物にならない程のひどい怪我をしたんです。今までにこんなに長時間、必死にリハビリに取り組んでいる患者さんはいませんでしたよ。たった1ヵ月程度で松葉杖で歩けるようになった事は驚異の回復力なんです。焦る気持ちは分かりますが頑張りましょう」と。ちょっと救われた気持ちになりました。
 また患部の治療は骨折した右足首と大腿骨の縫合部は完全に塞がるまで消毒と大型絆創膏の交換を、挫傷した左脚の甲部は無くなった筋肉部の再生治療が行われました。この挫傷部の治療は今まで見た事のない治療方法でした。
  【湿潤療法(ラップ療法)
 人間に備わっている自己再生能力や免疫機能を高める為に患部にサランラップ等のフィルム状の膜を張り付ける治療法で近年、日本でも導入する医療機関が増えているそうです。バンドエイド等でその技術を応用した商品も販売されていますよね。入院手続き時に看護師から「サランラップを持ってきてください」と言われた時に何に使うのかな?と思いましたが、治療のためでした。患部に液状と軟膏の薬品を塗りつけ、その上からサランラップを貼り付け包帯で固定します。これを毎日、行います。骨や神経が見える程ににえぐり取られた甲部は手術によって周りの肉を手繰り寄せて縫合されていますが、依然大きな凹みは残ったままです。これが少しずつ穴の周りの肉が盛り上がってきて日に日に穴を小さくしていきました。最終的には穴は塞がりましたが、とても通常の人にはありえない醜い傷痕は残ってしまいました。
こんな生活が入院から2ヶ月半も続いたのでした。


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