[その三]

共同浴場・西平地区

洪作たちはいつも上の家の前で、さき子とみつの出て来るのを待った。さき子は家の

前の二、三段の石段を往来へ降り立つと、手拭や石鹸や小さな金だらいなどを包ん

だ風呂包みを、洪作たちの方へ差し出した。

「かわりばんこに持って行きなさい」

さき子は言った。余り有難くない役目ではあったが、いつも洪作は最初にそれを受け

取った。そして大切なものでも持たされた様な気になって、その風呂敷包みを両手で

捧げるようにして持った。





[西平の共同浴場]




物語中に共同浴場の場面も多く出てきます。上の家から共同浴場までは歩いて15分

程で途中、今の国道414号線の記述もあり、当時と同じように店舗が並んでいます。


半丁程で、旧道は新道に合した。新道には道の両側に何となく家が並んでおり、下駄

屋、床屋、薬屋、郵便局、駄菓子屋、ブリキ屋、仕立屋などの店舗もあった。



共同浴場は川端康成の小説「伊豆の踊子」で、学生が踊り子を見かけた宿として

有名な湯元館の隣にある「河鹿の湯」のことです。当時は屋根と簡単な脱衣所だけ

の簡単なものだった様ですが、今は平屋モルタルの建物になっていて入浴料を払え

ば誰でも入れます。あき子への幼い恋心や、母七重との物語中の入浴シーンが切な

げに思い出されてきます。

また、となりに併設されている駐車場に立つと、洪作や友達そしてさき子の恋人の

中川先生が風呂に入ったり、前を流れる川で泳いで遊んだりした瑞々しい情景も

浮かんできます。


共同浴場へ行く途中のここ西平地区では、晩秋から初冬にかけ ゛しろばんば゛が

飛びかう姿を見ることが出来ます。そして井上靖の墓と慰霊詩碑がある熊野山の入り

口もあります。

物語中では教師に綴り方のコンクールに落ちたことに対して嫌味を言われ、たまら

なくなり登った時のことや、一家で浜松へ出発する前日におぬい婆さんの墓参りに

行ったシーンが思い出されるでしょう。




[井上靖の慰霊詩碑−宿郷友会建立(熊野山)]




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