乾久子ドイツ展報告 ---ドイツで見たこと・考えたこと
2005年6月25日(土)〜 7月17日(日) 13:00〜19:00 土日のみopen
★ 6月26日(日)15:00より作家によるトークショーとパーティー 
★ 7月3日(日)16:00より講演会「女性の消去、または西洋的視線のメカニズム」
 講師:越智和弘氏 (名古屋大学大学院国際言語文化研究科教授/ドイツ文学・比較文化論) 

8月1日、静岡新聞の文化芸術欄に美術ジャーナリスト村田真さんの展評が掲載されました


2005年2月25日から4月6日の間、ドイツのデュッセルドルフ市とクレーフェルト市中間にあるメアブッシュという小さな街で個展を開いた。
これは、その報告のための展覧会の記録集である。           
個展そのものの記録だけでなく、滞在中に見たこと感じたこと考えたことを報告する展覧会として企画された。      


会場風景

『カケラからはじまるおはなし・また』

 この報告展の準備は、あるまとまった芸術作品の展示をめざすものではない、という地平からスタートした。そしてそれは精神的にはドイツでの個展が始まる前から進められていた。
 ビデオや、デジカメなどによる基本的な記録のほか、出会った人たちの言葉、買ったもの、貰ったもの、見つけたもの、それらすべてを集めてこようと企図していた。するとそれらひとつひとつが、最近の制作のキイワードともなっている『カケラからはじまるおはなし』との不思議な合致をみる。
 準備を進めるにつれ、あるひとつのタイトな考え方に集約されていくのではく、作業はどんどん細切れになり断片化されていき、そののちにやがて、浮かんでいる様々なもの(それらをカケラと呼んできたのだが)の総体としての何かがあるかもしれないように感じてきたのだ。そして、その何か、というものを、具体的なことばに置き換えないで、自分の内部に、輪郭のないまま保ちたいという強く確かな思いが生まれる。展示のことを考えても、その、輪郭のないさまざまなものをそのままに投げ出していくほかはないように私の中のものがたりは進んだ。
 行為を集積させること、言い換えれば思考のプロセスの断面をそのまま提示することがここでもまた行われた。
 私にとってこの展覧会が大変意義深いのは、作品も含めて展示物すべてを多様な媒体として位置づけている点である。これは私には初めての試みであり、このことこそが、私において新しい『カケラからはじまるおはなし』となると感じている。

 2005年6月 乾 久子
  


6月17日   ギャラリートーク     司会 池本朱希さん

越智先生の講演記録

Linien ミ Verdichtungen 乾久子ドイツ展報告(2005年7月3日)

女性の消失、または西洋的視線のメカニズム
越智和弘

公演記録全文


7月3日講演会  講師:越智和弘氏

村田真さんの展評


村田真さんが取材にいらっしゃいました

撮影 寺田篤正

撮影 寺田篤正

オープニングはクレーフェルト美術館次長のDr.ベアーテ・エルマコーラさんのスピーチで始まった。私と私の作品についてのお話。どんな展覧会でも、この国ではオープニングでこうしたスピーチが行われるようだ。意味がよくわからないから、音としてドイツ語を聞くのだが、ものすごく演説口調だ。語る、というよりもっとずっと強い感じ。口から発するその時に重さと物質性を感じるほどのコトバの圧倒的な存在感。思わずエルマコーラさんの横顔をじっと見つめてしまう。テキストを翻訳してみると、私の作品のコンセプトが言葉で整とんされている。構築されている。あのふわふわした作品がとてもハードエッジに感じる。彼女の中に強い言語性をみる。

ドイツでの個展でのオープニングスピーチ

ベアーテ・エルマコーラさんのオープニングスピーチ(全訳)


photo by hisako inui

ブーヘンヴァルト 強制収容所

ワイマールから北西に4キロほどの森の中に、ナチ時代最大規模の強制収容所がある。ブーヘンヴァルト強制収容所がそれだ。
ここを訪れるのは2度目だ。前回は緑色濃い7月だった。今度は、3月の下旬。まだ冬枯れの景色の中だ。森を見る。鉄道のあとを見る。『囚人』たちを輸送した線路。移送中に窒息や喉の乾きで多くのユダヤ人や政治犯が死んだという列車。山積みされた死体の写真。人体実験室の白いタイル。火葬場。消毒場。広がるキャンプ跡。広い。ナチズムによる根こそぎの支配(精神も未来も)と「ユダヤ人の絶滅』という想像を絶する計画に震撼する。

ブーヘンヴァルト収容所には他の収容所にはないものがひとつある。『ゲーテの樫の木』である。あのSSもこの樫の木だけは切らずに保護していたそうだ。囚人たちにとっては、その1本の木だけが外の世界の思い出とつながっていたという。樫の木はとてもドイツ的な木でドイツ人の象徴ともいわれるのだが、ここでまた、私はボイスに引き戻される。収容所跡地の樫の木が、ドクメンタ7でのボイスの樫の木プロジェクトと重なっていく。そこにみるボイスの政治性、あるいはアイロニーを思うと妙にクリアに着地点が見えた。

『過去の克服』という、よくいわれる全てのドイツ人のテーマ。それが今実物となって、収容所跡地のメモリアルとして眼前にある。こうして実物を差し出され、克服は我々の国是なのだと言ってくる。しかし私は大変個人的にここへの訪問を経験するほかはない。
まるで女子中学生のように過去のナチスの蛮行におののき素直に平和を希求する自分と、その『過去』に対峙する現在のドイツの姿勢を分析する二人の自分を見る。そして後者の自分は、ボイスによってさらに顕在化するのだった。


photo by hisako inui

ヨゼフ・ボイスについて
知っていた、そして、わかっているように思っていた。けれども、理解するというのはこういうことかな、というふうにボイスに近づけた。多分、冬の北低地ドイツを歩いたからだと思う。荒れた土、低い土地、石のように固いキャベツがころがっている畑、地平線の上には広い広い空、しかもそれは、青空でない、明るくない、晴れわたっていない、彩度のない、暖かくない空、そうした風景の中でやっとボイスという人やボイスが使っているマテリアルについてわかった気がした。こういう風景の中でしか生まれてこないもの、この中だからこそ生み出せたものに近づけた気がする。土や狼は北低地ドイツの風景のメタファーだったのか。


photo by hisako inui

http://www.geocities.jp/hisakoinui/

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