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1994年8月23日 長野県松本市 → 岐阜県益田郡萩原町

●新島々
松本市内の渋滞を抜け、国道158号線を上高地方面へ向かう。YHを出発して1時間も経たないうち、松本電気鉄道の新島々駅前に着いていた。“くろちゃん”が観光バス実務研修に来ているはずだが、上高地勤務ということで連絡が付かず、営業所にメッセージを残し先に進んだ。かつては、ここから先の島々駅まで鉄道が続いていたが、1983年の台風により不通となった後、廃止された。
●安曇村
国道158号線はやがて安曇村へと入る。稲核ダムで堰止められた梓川に沿って徐々に勾配を登り、次第にトンネルも多くなる。奈川渡ダム付近で一旦奈川村に入るが、国道は奈川渡ダムの上を渡り梓川の左岸、再び安曇村を上高地方面に進む。なお、奈川渡ダムを渡らず南西方向に進むと、文学作品でも有名な野麦峠へ行くこともできる。国道158号線沿いに大きな駐車場が見えてくると、そこは沢渡。上高地へのマイカー乗り入れが規制されているため、ここでバスに乗り換えなければならない。しかしバスに乗る人の長い列があり、上高地に立ち寄ることは断念した。
●中ノ湯〜安房峠
多くの観光バスやタクシーは、中ノ湯から上高地方面に入っていくが、安房峠を越えて高山方面に国道158号線を辿る。ここから安房峠まではほんの7・8kmであるが、途中幾重にもヘアピンカーブが続き、そこへ大型バスが対向して来るため離合にかなりの時間を費やすこともある。
午前11時、長野と岐阜の県境である安房峠に到着。この峠には数台分の駐車スペースと売店、有料のトイレがある。すぐ横では、中部縦貫自動車道の安房トンネルの工事が進んでおり、完成が待たれる。
安房峠
安房峠
●高山市
岐阜県側から上高地に行くためのバスターミナルは、平湯温泉にある。奥飛騨温泉郷や乗鞍スカイラインへの分岐を過ぎ、あとはゆっくりと高山市へ向かう。昼頃、高山郵便局に到着し局印をもらう。このまま帰ってもいいのだが、せっかくなら国道257号線を完走したい。そのまま国道158号線を西進し、荘川村にある国道257号線の終点を目指すこととする。
●白川街道
観光地である高山は、結局素通りしてしまった。途中の清見村で、国道である白川街道と県道である飛騨せせらぎ街道(郡上街道)に分岐する。白川街道はきれいな2車線の舗装道路であり対向車やライダーも多く、他府県が多い。ひなびた景色の続く快走路で、知らない間にスピードが出過ぎていることがあるので注意。
●くるま〜と六厨
松ノ木峠を過ぎたあたり、前方に『駐車場あり』の標識が現れる。軽岡トンネルの手前、道路南側に設けられた“パーキングエリア”であり、敷地には駐車場のほかトイレ・電話の施設がある。売店はないが水車があり、旅の疲れを癒してくれる。
●軽岡峠
トンネルなどの新道が完成すると、峠の道路は閉鎖されるところが多いが、ここは旧道も通行できる。晴れた昼間であれば、スピードと対向車に注意して旧道の雰囲気を味わいたい。勾配とカーブがきついが、一応2車線である。なお、旧道から新道への切替えが2段階にわたって行われたのだろうか、旧道の中に三叉路が出現するので、迷わないように注意。
●荘川村
岐阜県大野郡荘川村。浜松市に暮らす人で、こんな所に国道257号線の終点があることを知っている人は、滅多にいないであろう。どこまでも続く国道158号線の途中、三尾河の集落に、国道257号線の分岐点がある。道路案内板もなく、気をつけていないと見落としてしまう。ここからいよいよ浜松市へと戻るわけだが、国道257号線はこの先の郡上街道まで通行不能であり、かなりの大廻りを強いられる。
国道257号線
国道257号線分岐
●林道古屋巣野俣線
松ノ木峠の北に、国道の路肩に細い径が分岐している箇所があり、いま来た道をここまで戻る。地図によるとここを抜ければ尾根の反対側の郡上街道に出られる。周囲に人影はない。深い草に覆われた注意書きには、林道ゆえに路肩・対向車・速度に充分注意するように告げてある。路面は舗装されているが、離合には待避所が必要。晴れているのが幸いしてか気分はよく、20分もすると郡上街道に行きあたる。
●パスカル清見
県道である郡上街道を南下すると、国道257号線の標識が現れる。さきほどの通行不能区間を越えると、この付近につながるらしい。ここから浜松市まで、国道257号線は途切れることなく続いている。まもなく、最近整備されつつある“道の駅”が見えてくる。この夏オープンしたばかりの“パスカル清見”で、敷地内にはホテルやオートキャンプ場・レストランや売店の施設を備えており、岐阜県内をはじめ名古屋・大阪からの利用者もみられた。
●清見村〜萩原町
郡上八幡へ続く国道472号線と分岐すると、国道257号線は再び幅員の狭い山間部を走る。対向不能区間が続き、道路の下には馬瀬川の清流がせせらぐ。完成間近のバイパスルートがあちこちにみられる。馬瀬村をひたすら進み、新日和田トンネルを抜ける。やがて朝霞橋で飛騨川を越え、国道41号線に合流する。
●飛騨川公園
益田郡の町村が共同で、飛騨川の左岸の河川敷に整備した公園。コンパクトながら、噴水・サッカー場・テニスコート・音楽広場などが備わる。ここの駐車場に泊まることになった。堤防には国道41号線と高山本線が走っており、踏切の音もかすかに聞こえる。深夜、ヤンキー風の自動車が公園内に登場、ロータリーを一周し戻っていく。

1994年8月24日 岐阜県益田郡萩原町 → 岐阜県恵那市

●下呂町〜舞台峠
午前6時、公園を出発する。ここからおよそ13km、国道41号線と重複した区間を走る。観光地として名高い下呂温泉はこの途中にあるが、国道は少し離れたところを通っているため繁華街へ行くには寄り道が必要。市街地を過ぎ木曽街道を中津川方面に進路を取ると、やがて峠へと続く。峠越えといっても登りの車線は登坂車線がついた3車線である。午前7時、加子母村との境界である舞台峠に到着。売店があるようで、またゴミ箱にはエッチな本が捨ててあることもある。舞台峠大橋もきれいだ。
●加子母村〜中津川市
朝日を浴びて、国道257号線を南へと進む。いつの間にか、徐々に通行量が増えてくる。付知町内で、『道の駅・花街道付知』を見つけたが、早朝ということで営業はまだしていなかった。中津川市に入ると少しずつ渋滞が目立ち、木曽川と中央本線を越えると市街地である。午前8時30分、もう今日の宿泊地付近に辿り着いてしまった。余った時間で、国道19号線をふらつく。高速気分の中津川バイパスを北に向かう。長野県に入ったあたりから周囲には山が拡がり、国道にも勾配が出現する。幹線道路のため路面状態はいいが、トラックの通行量が多く注意が必要。
●木曽川〜寝覚の床
木曽川に沿ったわずかな谷間を、国道19号線と中央本線が通る。平地は少なく周囲にも大きな街はない。中央高速道路は、恵那山を抜け一つ隣の伊那の谷を通っている。1時間もすれば、寝覚の床に着く。景勝地だけあって、寝覚の床を訪れる観光客は多いようだが、その南側約1kmのところ、国道からの脇地に小野ノ滝がある。エンジンの音をかき消すかのように滝は流れ、しばし涼しさを楽しむ。寝覚の床は、通過するだけなら何度か見たことはあるが、今回初めて立ち寄った。木曽川の流れでできた不可思議な岩が切り立ち、周囲には公園も整備されている。実際に岩の上を歩きながら、浦島太郎の伝説が残るという浦島堂へも伝うことができる。
●林道大平与川線
同じルートを戻ったのでは、味気ない。国道19号線に並走する道路はないが、大桑村から南木曽街の山を抜けて再び国道に戻るルートがある。特に先を急ぐ旅でもないので、こちらの山道を経由する。宿場街を走り、迷いながらも通り抜けできる林道の分岐点に来た。昨日通った林道同様、標識は草木に覆われており、注意書きとともに林道大平与川線と記してある。畑のあいだを抜けるように林道を行くと、途中からダートに変わった。こんなところを車が通ること自体不思議なほどで、路肩は崩れやすく、また路面も割れており、アタマ大の岩が数個散乱している箇所もある。もちろん対向はできない。どこまで行っても山の中、天気がいいのは救いだが一向に村に辿り着けない。一抹の不安を覚える。
●馬籠峠
泣きそうな思いで国道19号線に合流。しばらく先を左折、馬籠宿へ向かうこととする。中山道の途中の宿で、今もハイキングを楽しむ行楽客が多い。馬籠峠には茶屋があり、ハイキング客やドライブ客が休んでいる。峠を下り案内板に導かれると、その先観光バスが多く駐車しているところがある。ここが旧中山道の馬籠宿である。
●中央高速道路
その先中央道の下をくぐることになる。ちょうど神坂PAがあり、お昼御飯を食べるのに都合がいい。外に車を停めウラ門からPAに入っていった。PAの食堂で昼御飯を食べる。苦労してPAに忍び込んだわりには、すぐ横に高速バスの停留所があり、そこから堂々と入り込めたようだ。
●阿木川ダム
中津川郵便局で局員を押し、宿泊地の恵那に向かう。中津川から恵那市に入り国道257号線を南下する。途中には壮大なループ橋があり、大きく弧を描いて山をのぼっていく。花無山トンネルを抜けると、阿木川ダムに着く。簡単な広場・公園になっており車を停め川のほうへ行くと、水不足でカラカラになった川底に泥水が溜まっていた。
●保古の湖YH
岩村町で国道を離れ、保古の湖のYHへ向かう。県道を迷うように走る。豪雨に行く手を遮られながらも、山をのぼりYHに到着した。昨日は宿泊客が3人いたようだが、今夜は1人だけのようで、特に出逢いはなかった。YHのペアレントの息子さん兄弟たちが、晩御飯にトンカツを作ってくれた。大学から帰省している途中らしく、表には東京,京都,大分のナンバーのバイクが停まっていた。YHはロッジを思わせるような宿泊室で、ブロック塀を壁にしており山小屋風のランプが掲げいてあった。

1994年8月25日 岐阜県恵那市 → 静岡県浜松市

●迷走
YHを出発した直後、近くの別荘地に迷い込んでしまった。散々迷った挙げ句、やっと国道363号線に出ることができた。昨日国道257号線から逸れたところまで戻り、いよいよ後はただ浜松市へ向けて走るだけである。小雨が降り注ぐ中、改良工事が進められている国道257号線を南下する。
●上矢作町〜設楽町
岐阜県恵那郡上矢作町。もうすぐで愛知県いうところで、道路案内板に『浜松』の文字が初めてあらわれた。もうすぐこの旅も終わりかと思うと、少し寂しい。愛知県に入り、稲武町,設楽町と走り抜ける。所々あらわれるトンネルは比較的新しいものが多く、つい最近までは急な峠越えを強いられたのであろうか。
●断崖の悪路
鳳来町の手前、先を急ぐ車はそのまま直進してよく整備された伊那街道方面へ進むが、国道257号線は豊川沿いの谷を抜ける。最近の国道延長のせいだろうか、やまあいの村のなかに257号,420号,473号と、重複区間もあるが、3本もの国道が行き交う。地図によると断崖の悪路であるため、注意深くジモティーのあとに続く。昨日の林道よりはましだが、もし大雨が降っていたら躊躇したかもしれない。しかし、いつのまにか次の集落に着いてしまい、最悪の道路というわけではなかった。新城市付近で、一旦国道151号線と重複する。長篠郵便局に立ち寄り、再び国道257号線を進むとやがて『道の駅・鳳来三河三石』に着く。もうすぐ静岡県に入る。
●引佐町〜浜松市
静岡県引佐郡引佐町、やっと静岡県に戻ってきた。家に帰るには浜松市を北から南へ縦断する必要があるが、ここまで来たらあとはもう少し。昔から馴染みのある市内の街を抜けていく。コンビニで弁当を買い、あとは国道257号線の“起点”を目指す。
●浜松市篠原町交差点
国道1号線の浜名バイパスが、ここから分岐している。旅に出て5日目、遂に辿り着いた。走行距離はおよそ1000km。浜松から出ている2本の国道を、本当に完走してきてしまった。あとは家に帰り、ゆっくりと休むだけだ。
●到着
自宅前に帰ってきた。まだ昼時で、家には誰もいない。到着のレポートを撮り、長かった5日間を振り返った。



エピローグ



 思えば無謀な旅だった。全く知らない土地へ幾つもの山道を越えて、しかもたった一人軽自動車で出掛けたのだから。国道152号線を踏破することを目標としたが、復路では国道257号線までをも踏破してしまった。プロローグでも述べたが、従来持っていた鉄道交通とは異なる交通網地図を今度の旅で少しではあるが、触れることができた。これからも機会があれば、従来の観念を打破させられるようなことに挑戦していきたい。

1994年12月21日
1997年11月30日



このページは、学生時代にサークルの機関誌「ゲオグラフィア第87号」に掲載したドライブレポートを、加筆修正したものです。


Copyright (C) 1994-1997 Harusato Kanichi
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