半分以下の僕と弟

自分の死に顔を見るのはどんな気分なのだろう。

半身を失った弟を見る自分がそんな感想しか抱けないことに腹が立った。
同時にまるで数ヶ月どこかへ旅する友人を見送るような、気軽な挨拶で同じ顔の亡骸を見送った弟にもどこかで腹を立てていたのだと思う。

それが彼なりの。彼らなりの気の遣い方なのだろう。

そう気づくまで何日もかかった。
そのことにまた苛立ち、落胆した。
きっと他の家族はあの悲しそうな笑顔から瞬時にそれを悟っただろうに。
掃き溜めに鶴だと本気で信じていた自分は。
自分だけが白鳥になることのない真のみにくいアヒルの子だと今更気づいた。




世の中はお祭り騒ぎと、追悼の式とで混乱していた。
喜んでいいのか悲しんでいいのか。
誰にも分からず。皆で前を向くしかないという勢いに流されていた。
実際、そういう勢いがなければ皆悲しみに押しつぶされそうだから。忙しさに誤魔化されたかったのだと思う。

だから。

片耳と半身を失った弟が。
笑顔をなくしてぼんやりと座っているのを彼の店の裏で見つけてしまったときは。
正直うろたえた。

繁盛している店をロンが手伝い始めたと聞いて。
今まで軽蔑しか出来なかった店がどんなものなのか公平な目で見てみようと。やっと貰えた休日を利用して断りもなく訪れたのがいけなかった。
昔の自分なら兄弟相手だろうと先方の都合を聞いてから訪問しただろうが、あの戦いから少々自分を見つめ直しすぎてそういった決まりごとを破ることに何らかの快感を覚えるようになっていた。
店は繁盛していて。
ロンが子供たち相手に店先で大騒ぎしていた。
微笑ましい、そう感じることが出来たのは自分の成長だろうと勝手に満足して店の奥に進んだ。
ロンが止めたような気もしたがこんな危険なものばかり売っている店内にいつまでも足を止めていられるほど、自分の精神は頑丈ではない。弟たちにこういった物の実験台にされた経験なら世界中の誰にも負けないと思う。

店の裏側は表側よりさらに煩雑で。
ため息が漏れた。ここはいつか取り締まらなくてはいけなくなるような気がして。
危険物の溢れかえる箱がいくつも詰まれた狭い空間に。
座り込んでぼんやりとあらぬところを見上げているジョージを見つけて。
悲鳴を上げそうになった。
なんとか飲み込んだところで目が合った。

泣いている。



二人の泣き声が聞こえた。

いたずらが過ぎて母親に叱られていた。
小さな二人は魔法で縛り上げられて、木に吊るしてやると脅されていた。

「ママ!二人を苛めないで!フレッドもジョージもいい子にするって!」

二人がどんな悪魔に育つかを知らなかった自分は健気にも弟たちを守ってあげようとした。立派な兄たちは自分が失敗して怒られそうになるとよくそうしてくれたから。

「そうだよ、ママ!パーシーが僕らにやれって言ったんだ」
「僕ら、いたずらしなきゃパーシーに苛められると思ったんだ」

思わぬ背中からの攻撃に幼い自分の人生観が変わった。
連帯責任だと母親は自分と双子に夕食抜きの刑を下す。
敵だ。
この二人は人生における自分の敵だ。そう悟った。
その下に弟が一人、妹が一人。増えてもやはり自分の敵は双子だった。
兄たちのように立派な模範となって見せようとするほど自分を馬鹿にする二人。
学生時代も成人してからも。どこまでいってもやはり彼らは敵だった。




「・・・ごめん」

第一声がそれ。自分でも最低だな、と思った。

「何が?」

ジョージは昔のように笑わない。涙も拭かずに歪んだ笑顔を向けられて思わず目を逸らした。

「勝手に店の裏まで来たこと?こんなおれを見ちまったこと? ・・・それともパーシーお兄様がフレッド・ウィーズリーではない件について?」
「・・・全部」

どれも違うような気がしたけれど。上手い言葉が見つからなくてそう答えた。
つまらなそうに「それは、それは」と呆れたような声を聞く。
どんなに悔いても自分は彼の片割れにはなれない。その対極の人間だから。

「・・・暗い顔。もしかして、自分のジョークの所為でフレッドが死んだとでも思っちゃってる?」

それも違う気がした。
冗談を言った所為ではなくて。
自分さえ戻ってこなかったら。
フレッドは死ななかったかもしれない。
掃き溜めに鶴だと自分を信じて。間違った道を突き進んで愚かに死んでいくべきだったのではないか。
いつでもそう考えていた。

「まさか、ありえないよ。世にも珍しいパーシーの冗談を聞けたんだぜ?笑顔で逝けてよかったよ。戻ってこなきゃよかったなんて。馬鹿げてるぜ。俺たちにとっちゃパーシーは最っ高の兄貴なんだからな。またからかって遊ぶ算段を立てるところだったんだ」

不謹慎な発言を咎めようとしたが、ジョージがまたぼんやりと宙を見上げて涙をこぼしていたので何もいえなかった。

「・・・ごめん、て言うならさ。おれの方なわけ」

ぼんやりした顔のまま。
ジョージは口元だけ微かに笑った。

「せっかくからかい甲斐のある兄貴がこんな不届き極まりない店に足を運んでくれたってのに。・・・今、ちょっと、いたずらしてやる元気もねぇの。・・・情けねぇ」

気の利かない自分に腹が立っていた。
忙しさにかまけて忘れられるような痛みなら痛みのうちに入らない。
この忙しいのに膝を抱えて座り込む弟。
彼は半身を削がれたわけじゃなかった。
元の自分さえそこにはいないほど。彼のほとんどは同じ顔の亡骸と一緒に葬られてしまったのだ。

「・・・座ってもいいかな」
「パーシーが?ここに?床しかねぇけど?・・・俺の聞き違いじゃなきゃどうぞ」

こういう普段どおりに見えるやりとりに自分はすぐだまされる。その方が楽だから。本質なんて知らない方が自分を守れるから。
クズはどっちだ。

「僕はフレッドにはなれない」
「当たり前、ポリジュースでも不可能ってやつ」
「でもジョージが一人でも半分でもなく。半分以下になってるときくらい」
「ひでぇ、俺今半分以下かよ」
「うん、0.3人くらい」
「数字にすんな」
「・・・ね、冗談も上手くない」
「・・ああ、本当だ」
「でも、そういうときくらい。・・・君たちに頼ってもらえる兄になりたかった」

ぽかんと口をあけるジョージ。
真横でそれを眺めて、ジョークか本気か判断しかねているんだろうなと推測する。
爆笑するべきか、馬鹿にするべきか迷っているんだろう。

「・・・忙しいだろ、魔法省」
「そりゃあ、ね」
「この店より?」
「いい勝負」

どちらも選ばずに普通に会話を続けてくれた。
勉強はしなかったが賢い双子だった。自分はそれが一番気に食わなかったんだ。出来るくせにしないことが。
きっと自分の言いたいことは自分よりも分かっている。

「そんな多忙の兄に頼れと?」
「そう」
「・・・お前本当にパーシーか?」
「何か暗唱でもすれば信じるか?」

やっとジョージは声に出して少し笑った。

「・・・じゃ、少しだけ」
「うん」
「このまま座ってて」
「うん」
「めそめそするけどほっといて」
「うん」
「眠れたらそっとしといて」
「うん」
「・・・居なくならないで」
「うん」






晩ご飯の匂いだけを自分の部屋でかぎながらイライラしていたとき。
小さな双子が申し訳なさそうにそばによってきた。

「これ、パーシーの分」

それぞれポケットに隠していたビスケットを半分に割って寄こした。
自分の手には合わせて一枚のビスケット。
二人の手にはそれぞれ半分のビスケット。

「ごめんね」
「ごめんね、パーシー」

半分のビスケットを食べながらちょっと照れくさそうに言った。
この二人は敵だけど。
自分の弟で。
だから何か二人が困ったら兄である自分が助けてあげなくては。
そういう使命感に駆られた。

「じゃぁこれはフレッドに。こっちをジョージに」

もらったビスケットを交差させて二人に渡す。

「仲直りのプレゼント。僕は今おなか空いてないからいいんだ」

強がって見せると二人は無邪気に笑ってビスケットをほうばった。








何時間座っていただろう。
時々話をして。時々涙を流して。ほとんどはぼんやりとして。
やがてジョージは少し安心したような表情になって自分に寄りかかって眠った。
彼の半身にはなれないけれど。
兄にはなりたかった。
フレッドの分までジョージには甘えてもらいたいけれどきっと本人が断るだろう。
自分は不器用で甘やかし方なんてよく分からないから。
そのうちジョージのほうから逃げていくに違いない。
優しい自分は気持ちが悪いと悪態をつきながら。

履歴

20080805 某ブログにて公開
20100304 本サイトにて公開