森の木々に無数の真珠がなっている。どれもうっすらと乳白色の光を放ち幻想的な空間を作り出していた。
この森の番人らしい。歩きながら森を仰ぎ見てそう思った。星空のようだがもっと近くて優しい。
月は出ていたはずだが生い茂った緑で夜空さえ見えない。本来なら真っ暗なはずの迷いの森。真珠のように微かに光る玉雲が無数に浮かんで歩くのに不自由しない程度に明るい。妖精か何かが出てきても不思議ではないような雰囲気だ。
番人の陽気な性格から、玉雲を浮かべたら偶然こうなった訳ではないだろうと思う。夜の森は暗くて寂しいから。だからこうなるように無数の玉雲で飾ったのだ。こんなメルヘンチックな趣味だというのは知らなかったが。
彼らしいと思うほど哀しみが押し寄せてきて歩きながら幾度となく涙を零す。立ち止まっては涙を拭い、鼻をすすってまた歩き出す。
玉に当たらないように注意して進む。綺麗に見えても中身は火薬や刃物ということもある。外見に相応しく可愛らしい物が出てくることもあるが。触らない方が賢明であることに変わりはない。本当なら愛犬に乗って来たかったが体が大きい分、玉を避けづらいから森の外で待たせてある。
やがて地面に落ちた玉を見つけた。
正しくは玉ではない。
仰向けに倒れたこの森の番人サトリだ。
「…」
意識が無いのか顔を覗き込んでも反応は無かった。いつもしているサングラスの残骸らしき物は近くに落ちている。
「おい」
膝で丸い体を軽く小突いた。
「…ぅ」
唸っただけで目は開かない。生きていることが分かってひとまずは安堵した。
今度はもう少し強く蹴る。
「起きろ、サトリ」
「…ぅあ……なん…だ…？」
まだ目を開けない。だが意識は戻ったようだ。
「オーム…か。なんだ…折角寝ていたのに」
高めの声はかすれて、強がって言った言葉も力がない。
「こんなところで寝ると風邪をひくぞ」
「いいんだ…おれはここが好きだから」
目を開けないままサトリはまた意識をどこかにやってしまいそうな安らかな表情になる。
「おい」
「いいんだ…それよりお前何をしに来た」
かすれた声にいくらか咎めるような響きが混ざる。
「…エネル様が…見てこいと」
「嘘をつけ。エネル様はおれのことなど気にも留めなかっただろう…」
「…。情けないとは言っていたな」
「ほう…確かに…情けねェな。青海人に負けちまった」
笑おうとしてどこか傷むのか顔を歪める。
「〝マクシム〟が完成したそうだ」
告げるとようやくサトリは目を開けた。だがすぐにまた閉じてしまう。普段サングラスで見えないが割りと円らな目だなとどうでもいいことに気づく。
「…そうか。よかったな。エネル様は喜んでいただろう」
「だからお前もこんなところで寝ている場合じゃない。風邪をこじらせて乗せてもらえなくなっても知らんぞ」
「…ほほう。やめておけ。情けをかけてもお前の情けではダメだ。神が情けをかけない限り、おれはどうせ救われねェ」
らしくない諦めの言葉。分かってはいるがそれでもここまで来てしまった。
「シュラも、ゲダツも気にしていた…。本当にここでいいのか」
ぞろぞろと三人揃ってここへくるのは躊躇われた。どうせ誰が行っても〝心綱〟で伝わるのだから。一番会話が成り立ちそうだとオームがここへ来たのだ。
「いい。ここがいい。綺麗だろう？おれはここが好きだ…」
この森は深く迷いやすい。明日シャンディアが乗り込んできたとしてもこの森を通る者は少ないだろう。思うよりここは安全なのかも知れない。
「こうしていると…木にいっぱい〝限りない大地〟がなってるように見えるぞ…ほらお前も見てみろ」
「…ああ。見えるな」
「エネル様もここを好きだと言ってくれた。おれもこの森が好きだ…ここで待つんだ…」
涙が溢れた。
死を待つ場所はこの森でいい。
言われてそれが一番相応しいと思えた。柔らかなベッドの上よりも余程心が安らぐだろう。
「泣くな…お前はいちいち湿っぽいな。こんな情けない有様でも…おれは幸福と誇りに満ちている。大丈夫だ」
倒れたまま微かに微笑んでみせる。涙は止まるどころか次から次へと流れ落ちた。
この〝神の島〟で番人なるものが居るのはここだけだ。神の気に入った場所だから番人が任命された。その森を守ることを任されて、サトリはいつも言っていたのだ。幸福と誇りに満ちていると。
やはりここが最適だ。他にはない。
「おれはお前たちの方が心配だ…おれは…もうここまでだが…」
上手く開けられない目を開けてオームを見上げる。
「お前たちは残れよ…」
「…」
「エネル様を一人にするなよ…」
「…分かっている」
だがそれが叶うかどうかは神の気分次第だ。いや、余程のことが無い限りたとえ神官が残っていても連れて行く気はないだろう。
それでも。四神官は彼と共に行かなくてはならなかった。彼を一人の世界から救うには誰かが残って今までと同じことの繰り返しを止めさせる必要がある。使い捨てにできない存在を彼に作ってやらなくてはいけない。
この僭越な自分達の考えは全て筒抜けだろう。神がそれを快く思っていなければ神官を生き残らせる可能性は０だ。現にサトリは見捨てられた。
「…ならもういいだろ。行け」
「…ああ」
止まらない涙を一度拭いて、サトリに背を向ける。元来た方向へ歩き出す。
「おれはここで祈ってるから…お前たちが残るように…ずっと祈っててやるから」
サトリの声は泣いていた。
「…エネル様にか？」
立ち止まり振り返って尋ねた。
「…それもおかしいな、ほっほ～う」
サトリは無理に陽気な声を出す。
「じゃァこの沢山の〝限りない大地〟に」
「…それは…御利益がありそうだ」
「だろ」
それきり。何も言わずにその場を去った。
〝心綱〟で聞こえる声は本当に祈りの言葉ばかり。
エネル様が〝限りない大地〟へ辿り着けますように。
誰かがあの方を救えますように。
繰り返す一人の世界から連れ出すことが出来ますように。
出来れば神官の誰かがそれを成し遂げますように。
死を待っているというのにこの森の番人は他人の心配ばかり。
せめて安らかにと。
人のいい番人の分は自分が代わりに祈っておいた。
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神官ズは仲悪いけど仲良しで。
且つ全員エネル様を大好きだといい。
２００５１０ 某同盟にて公開
２００７？ 前サイトにて公開
２００９０２１０ 本サイト開設と同時に公開
・・・どうやら書いている人はこの文相当お気に入りらしいですね＾＾