勲章みたい

手配書を覗き込んでから、誰もが船長の顔も覗き込む。
そして笑う。
「写真うつり良過ぎだろ」
「うるせぇ!これが真の姿だ!バーカ!」
「こっちの人はバーカとか言わねェ」
「ああ、言わねェ」
キャラコのヨーキの手配書は誰がどう写したのか、実物を知る仲間からすれば、変にかっこよすぎるとあまり評判がよろしくない。もちろん船長が賞金首になったことには、ある種の緊張感と色々な感慨深さと、単純な喜びがあった。それやこれとは別の話として。写真写りの話となると船員は口を揃えて船長をからかうのだった。
「ったく、あいつら、おれのかっこよさをわかってねェ」
膨れながら隣に座った船長につい微笑みを向ける。
「お前もか。お前も写真の方がいいって思ってんのか」
責めるような口調に慌てて掌を振った。
「みんな、知ってますよ。船長のかっこよさくらい」
「どうだか」
「ただ、あれは違うと思うだけです」
彼の魅力の主な部分はその外見ではない。容姿が悪いとは言わないが、いや、実際写真には男前に写っているのだからむしろ整った顔なのだろう。
だが。
違うのだ。船に乗って豪快に騒ぐ船長の姿と、楽しそうに歌ったり踊ったりする姿と。あの写真とはどうにも同じ人物とは思えない隔たりを感じる。
「かっこよく撮れてるじゃねェか」
「そうなんですけどねェ」
「何が不満だよ?」
「…さぁ、単に船長が賞金首になったのが羨ましいだけなのかも知れません」
はぐらかしてみると、少しだけ機嫌を直してぬははと笑う。やはり手配書とは似ていない。
「お前も軍相手にあれだけ暴れてるんだ。そのうち嫌でも賞金首になっちまうさ」
「…そう、ですかね」
それは憧れのような、追いかけてきた夢のひとつのような、そんな甘い響き。
「そうなるといいんですが」
「命狙われるのいにか?」
「…ええ」
上手く言葉にならない何か。伝えようとして言葉を探す。
「笑わないで、くださいね?」
「おう」
茶化すのが好きな船長も前置きすれば大人しく話を聞いてくれる、こともある。
「以前はそれに顔と名前が載るような人物はどんなに斬ってもいいのだと思っていました。…そのために悪そうに写すんですかね?」
「…おれが軍なら…まぁそうするな」
「でも、それに写ってる船長は本当はこんなに面白い人で」
「怒っていいか?」
「褒めてるんですよ」
「ならいい」
「この船も…とても楽しくて」
社会不適合者ばかりを乗せているはずの海賊船は、実に愉快で、気のいい仲間のいるところ。大きな家族のような、そんな温かみさえ感じる場所。
「たとえば…何年も先、ここにいるみんなが、天寿を全うしてそれからまだ百年とか二百年とか…経ったあと」
船長は白い帽子を少し傾けて考えるような仕草をする。楽しい毎日を送っているとそんな先のことなどどうだっていいと彼ならば考えるのかもしれない。
「この大きな海の上に小さな船が浮かんでいて。それは海賊という人たちで。唄ったり笑ったり…実に楽しい毎日を過ごしてたなんてこと…だぁれも、知らないってことになったら…」
寂しいというより、勿体無い、という感じ。
時が全てを流し去って、この素敵な空間を知っている人物は誰もいない。そうなるのかと思うと、何か形に残るものがあればいいと考えてしまう。
たとえば、手配書。
「まぁ…誰も知らなきゃ知らないでもいいんじゃねェか?」
「え、そ、そうなんですか!?」
海賊団を作り上げた本人がそんな風に言うとは思わなかった。
「楽しいのも苦しいのも…この航海全部、おれたちだけのもんだろ?」
「そうですけど」
「おれはおれが楽しけりゃそれでいいや。誰にも覚えてもらわなくたって、おれァ今最高に楽しい」
どうやら共通の話題にはできないようだ。そうですね、と笑って答えてしまおうと思ったとき。
「…それに、お前が楽しいってのを伝えたいのは」
向こうから話の矛先を変えてきた。
「そんな先にはいねェ気がする」
「?」
首を傾げると、船長はまた大声で笑った。
「分からねェよな。おれも分からん」
「何言ってるんです?」
「だから、分からんことを言ってる」
持っていた自分の手配書を自分の顔の前に持ってきた。
「いつの誰でもいいや。誰かに何か伝えたいなら、お前はどんな風に撮ってもらいたいんだ?」
無駄に男前の写真が話す。
「…そうですねぇ」
考えるフリ。それは海賊になった頃から密かに決めていた。
「私は満面の笑みで手配される気マンマンです」
紙を下ろして、船長は豪快に笑った。
「やっぱ、それ、ずっと先のだれかじゃねェよ」
笑う理由も言葉の意味も分からず、首の骨が折れるんじゃないかと心配されるほど首を傾げ続けた。




船も海もまだ眠ったままの静かな夜明け前。
手の中の満面の笑み。
仲間からの評判は概ね良好。船長のときとは大違い。
紙の中からどこへともなく笑いかける自分。
「…ほら、船長、見てくださいよ。予告どおり、こんなに楽しそうに…」
独り言を誰にも聞かれてはいけない。
涙を誰にも見られてはいけない。
今は船長代理なのだから。
まさか、船長は、見せたい相手が船長自身になるとは思っていなかっただろう。もちろん自分もそんなつもりは毛頭なかった。
彼が去った船は今でも楽しい。以前より唄う機会が増えた気がする。そうしていないと間が持たないのかもしれない。音楽以外に何で埋めていいのか分からない。
未来の誰かでないなら、この笑顔は誰に向けたかったのだろう。
答えを知っていそうな人物が、今、このとき隣にいない。
「…どこかで、見てくれてますよね…?こんなに、笑ってるんですよ…」
自分の笑顔を見て、どこか誇らしげに思っている自分に気づく。
ああ、未来ではなく。
過去の自分と。今の自分に。
こんなにも楽しいのだぞと、その笑顔が雄弁に語りかけてくる。
「…私は、私に見せたかったんですね…。あのときは…」
それに小難しい未来の話など持ち込んだりしたから、彼は笑ったのだろう。
「ヨホホ…可笑しいですね、本当に。ただ、私が楽しいことを確認したいだけだったなんて…」
あのとき教えてくれなかったのは、そのときになれば分かると思ったからだろうか。
「…じゃあ船長は…」
あの無駄にかっこいい写真は彼自身に何を伝えたかったのだろう。
「かっこいい自分を自分に見せたかったんですか…?」
言ってみたら彼らしすぎて笑えてきた。大声にならないように笑いを堪える。
「見かけじゃないところで十分船長はかっこいいのに。…ああ、そういうことでしたか」
楽しそうな自分の手配書に話しかけていた。
自分以外には自分がとても楽んでいることは一目瞭然で何も記録すべきことではないのだろう。ただ己一人がそれを確認したくて、こう写るように願ったのだ。
「…案外自分だけ知らないことってあるんですね、船長?」
相槌はなく。
ただ朝焼けが金色に燃えるばかり。
満面の笑みをもう一度見て、負けない笑顔を作ってみた。
「…ね」
独り言はやめて、眠る船を起こしに向かう。


履歴

20090706 某ブログにて公開
20100302 本サイトにて公開
タイトルはこちらからお借りしました。