山賊を一人残らず縛り上げてみると、数人が小額の賞金首だということが分かった。
「こりゃ大物だ」
「まだヨーキさんですら賞金首じゃねェもんなァ」
「おれたちゃ街から表彰されたっておかしくねェ」
「いや、おかしいだろ」
機嫌のいい仲間たちに、同じく上機嫌でつっこんで笑っているヨーキ。戦っているときとは別人のように穏やかだとブルックは思う。はじめて見た戦いぶりは音楽のように爽快だったが、その分炎のような荒々しさもあった。
自分の剣とは対極だ。だからこそ彼の隣はやりやすいのかもしれない。得意とする相手もまた対極で、だからこそ補い合える。
「ブルック、お前の剣、すごいんだな」
「いえいえ、貴方ほどでは…」
「嘘つけ、本気じゃなかったくせに」
見透かされて、本当に強いのだと確信した。どちらが上かは問題ではない。背中を預けるのに十分かどうか。それでいうならブルックの目にヨーキは十分な腕前と見て取れた。
「大丈夫か?」
「怪我は?」
人質になっていたのはまだ幼さの残る少年二人だった。見分けのつかない双子。おそらく、さらわれた時に両親が死ぬのを見ている。まだ現状を把握できない様子で互いに寄り添うように立っていた。
「!?」
「おい、何を…!」
少年たちを助け出した仲間たちが騒ぎ始め、ブルックとヨーキもそちらを見た。
落ちていたのを拾ったのか、片方の少年が剣を握り締めていた。ガチガチと金属の音がだらしなく続いている。
「こ、いつ、が…っ!」
搾り出すような声で、縛り上げられた男の一人を見ていた。もう一人はぼんやりとその様子を止めるでもなく眺めている。見ているようで、何も見えなくなっているような、表情のない顔だった。
「手ェ出さなくていいぞ」
声が聞こえたかと思うと隣からヨーキの姿は消えていた。
「おい、やめとけ」
「うる、さい…!」
仲間の一人が止めようと前に出ると剣を向けられて退くしかなくなる。
体に不釣合いな大きな剣。一人では難しいかもしれないが、数人で同時に取り押さえれば止まらないことはないだろう。だがブルックはそうするつもりはなかった。手を出すなと言われた。どうやら移動しながら他の仲間にも言っているらしい。見守るように周りに集まるだけで何かをする様子はない。
ヨーキは少年ではなく剣を向けられ何か喚いている男へと向かっていた。長身のブルックからは人の頭はそう邪魔にならずその動きがよく見える。
白い帽子が傾いて男の耳に何か囁いているようだ。
ヒィと、鳥でも鳴いたかと思うような高い悲鳴をあげたきり、男は黙ってしまった。
その男の前に立ち、ヨーキは少年と対峙した。
「どけよ! そいつを…」
「こいつがなんだ? 親の仇? それとも兄弟に悪さでもしたか?」
二人が全く同時に反応したように見えた。
「だまれっ」
「こいつを殺してどうする? 何かいいことあるのかよ」
「殺さなきゃ…!おれは、そいつを」
「気が済まないっと…つまりお前の自己満足か。まぁ理由にはなるか」
軽い調子で言って、ヨーキは自分の剣を抜き、少年に向ける。と、思わせてすぐに剣を返し、おもむろに男の手足を縛った縄を切ってしまった。
「な…っ!?」
見守っていた仲間たちも、少年たちも同じように驚く。男は転がるように逃げていく。誰も止めようとはしなかった。
「あーあ。賞金首一つ損しちまった」
わざとらしく言ってヨーキは笑った。
「さて、お前の仇はおれが逃がしちまった」
「…っ!」
「代わりに貴様を殺してやる=H」
少年の代弁をしてから、更に笑う。自分の剣を鞘におさめて剣の先へと近づいていく。
「それでいい、おれを恨め」
それは流石に筋が違う。子供にだって分かるはずだ。
「おれがお前らをそんなにした。そう思え」
「何、言ってんだ…?」
動転していた子供は意味の分からない行動にいくらか頭を使わなければならなかったのだろう。先ほどまでの獣が吠えるような声ではなくなっていた。震える剣から出ていた金属音が消えている。
「おれの名はヨーキ、お前の殺すべき相手の名前だ。ちゃんと覚えとけ」
不思議そうにヨーキを見つめる子供に歩み寄り、下ろすべきかと迷っているような刃先を摘まんで取り上げる。そのままその剣をひょいと後方の仲間へ投げた。
「剣を放してどうする。おれを殺さないのか?」
「お前、じゃ…」
「お前の仇を逃がしたんだ。おれはあいつの味方。それでも違うのか?」
「…」
剣を失くした少年は助けを求めるような視線を兄弟へ送る。先ほどまで何も見えていないような目をしていた子供は、いつの間にか瞳に光を取り戻していた。
「違うよ。あんたは助けてくれた!」
大きな声でそう言うと、剣を取られた少年も。
「そうだ、あんたは違う」
そう叫んだ。
ヨーキは満足そうに笑って二人の前に膝をつき両腕で二人いっぺんに抱きしめた。何か話しているようだがブルックには聞こえなかった。
ようやく緊張が解けて二人は声を上げて泣きはじめた。ヨーキは頭を撫でて二人を他の仲間に託す。彼の仕事はここまでらしい。
武器はちゃんと集めておけと指示を出してこちらへ戻ってくる。途中、何人もの仲間から肩や背中を叩かれて冷やかしを受けたがどれも取り合わずに真っ直ぐ元いた場所、ブルックの隣に戻った。
「アンタ、そんなことばかりしてると、いつか本当に後ろから刺されますよ」
あの双子はむしろ彼を慕うだろうことは既に見て取れた。だがいつもこう上手くいくとは限らない。世の中には子供にも分かる理屈が分からない大人も大勢いる。
「そのときは、お前が背中を守ってくれるだろ?」
悪びれもせずにそう言われて。
「…そのつもりです」
ブルックも笑顔で答えた。
「逃がしてよかったんですか? さっきの、ここの頭でしょう」
「逃がしてない」
「はい?」
ヨーキはブルックに手招きをする。十分側にいるのだから、これは耳を貸せという意味らしい。体を折り曲げるようにしてヨーキの背に合わせて頭を下げると、耳打ちするようにして言われた。
「敵討ちなんてナンセンスだよなァ。なにも生み出さねェ。そう思わねェか=v
「はァ」
「だろ。だからおれがお前を殺してこの悲しい連鎖を断ち切ることにしよう=v
先ほどの高い悲鳴はここで上がったのだろう。
「じゃァ取引だ。おれも自分の手を汚すのは嫌いでね。黙っていい子でいられたら、あいつの剣がお前のここに突き刺さる前におれが逃がしてやる=v
「取引?」
ブルックは逃げた男の役を演じるつもりはなかったが、恐らく同じような反応だったと思われる。
「仲間うちに気に入らねェやつがいる。そいつを殺せ。約束を破って逃げたら今度こそ殺す。お前のその怪我じゃ、追いかけるのも難しくねェからな=v
「気に入らないやつ…」
「あの子供のことが片付いたら、そいつに真っ先に話しかける。お前はおれがそいつと喋ってる間に…=v
濁った金属音が周辺に響き渡った。
先ほど逃がした男がブルックの背後から襲いかかるのを、ヨーキが剣で受け止めた。
ほぼ同時に、ブルックはその場から一歩退いて自分に斬りかかった男の喉元に抜き放った細い剣を突きつけていた。
「背後から襲え≠ナすか」
「可愛くねェな。お前が狙われたときはおれが守ってやるって言いたかったのに」
ヨーキが受け止めるまでもなくブルックは男を殺せた。そこまでとは思っていなかったのか、言葉とは裏腹にヨーキは楽しそうに笑っている。期待を上回る腕前だったのがお気に召した、そんなところだろうとブルックは推測する。
「可愛くないのはお互い様」
剣を突きつけた相手から目を逸らすことなくブルックはため息のようにそう言う。
「そうやって動きを止めなければ、この人を殺すところでした。試したんですか?」
腕前ではなく。殺してしまうかどうかを。
「ぬはは! そこまで深読みすることはねェだろ。でも、そうだとしたら大合格だな」
すっかり戦意を失った相手から武器を奪って再び縛り上げた。
結果、子供は人を傷つけずに済み、賞金首も一人残らず捕らえられた。
「でも今日の一番の収穫は」
帰り道ヨーキは今日の戦果を挙げてブルックを見上げた。上機嫌な笑顔を見せるばかりで続きを言おうとしない。
「…お互い様です」
笑顔に笑顔を返す。
背中を預けられる友を得る。
それが本日の一番大きな収穫だったと、二人は同じ価値観を言葉にせずに共有した。