復活!リーマンパッカー
《TRAVEL7》
タイ、ラオス 2010/12/30-2011/1/4
239.ついに復活!
旅を終えてから2年半が過ぎた。この間に10回海外へ行った。が、これはすべて海外出張。仕事だ。何人かの友人に同じことを言われた。
「仕事でも海外へ行って外の空気を吸えば、少しは旅した気分になるんじゃない?」
実際は全くの逆・・・。仕事で海外へ行けば行くほど旅をしたくなる。あたりまえだが、やはり全くの別物なのだ。
そろそろどこか行こうかな? そう思い始めてからすでに1年が経った。長期休みもそれほど長くない会社だし、やはりピーク時の航空券の高さに二の足を踏んでしまっていたのだ。
しかし! これ以上旅から離れていては体に毒。いや、心に毒! てなわけで、2010年から2011年にかけての正月休みで久々に旅をすることにした。リーマンパッカー復活だ!
さっそくチケットを探す。行先の候補はいくつかあるが、やはり行ったことのない場所へ行きたい。
ラオス北部にある何もない小さな村ムアンゴイ。
ラオス南部のメコン川に浮かぶ群島シーパンドン。
タイ北部の少数民族が暮らす町メ―ホーソン。
フィリピンのルソン島にある棚田で有名なバナウエ。
行ったことはあるが、最近空港でビザが取れるようになったミャンマー。
チケットの値段、フライトの時間や乗換え、正月の気候。これらを検討した結果候補は2つに絞られた。シーパンドンかミャンマーだ。
どっちにしようかな〜。などと考えているうちに、ミャンマーの空港でのビザ発給が一時停止となってしまった。総選挙の影響だろう。事前に日本でビザを取るのは面倒だ。
オレが迷っていると、外的要因によっておのずと答えが出ることが旅の最中にも良くあったが、今回もやはりこうなったか・・・。タビガミ様がこっち行けっていってるんですね。
今のところ、オレにとってろくな神様じゃないけど、信じて行ってみますか! シーパンドン。
バンコクINで国内線に乗り換えウボン(ウボンラチャタニー)へ。ちなみにこのフライトは今日本で話題のLCC、AIR ASIAだ。ウボンから陸路国境を越え、ラオスのパクセ、そしてシーパンドンへ。帰りも同じルートを戻り、復路はバンコクで1泊。6日間という短い時間でベストなスケジューリング。
今までのオレは予定を立てて旅をするのがキライだったが、今回はしっかりと予定を組んでしまった。2年半で日本人化してきたのかな・・・。
240.旅の空気
仕事が終わった12月29日の夜。最近国際空港化した羽田からのフライトでバンコクへ向かった。夜発というのも時間のないリーマンパッカーにはうれしいし、静岡に住んでいるオレにとっては国内の移動時間も節約できる。これからも利用価値大な感じだ。おまけに今回はオーバーブッキングでビジネスをゲット! 幸先の良い旅立ちとなった。
バンコクから国内線でウボンへ。アジアのLCCは初めての搭乗だったが、ヨーロッパのそれと同じく、そんなに苦になるようなものでもなかった。やはりこちらも今後活躍してくれそうだ。
ウボンの空港に到着。一応ここも国際空港なのだが、かなりしょぼい。しかもタクシーやソンテウ、バスも姿がなく、1台だけ客待ちをしていたバイタクでバスターミナルへ向かった。ラオスのパクセ行き国際バスの時間にギリギリセーフ! このバイタクがいなかったら完全にヤバかった・・・。
タイ〜ラオス国際バスは快適、そして快調に走り、ボーダーを越えメコン川を渡りパクセへ。パクセのバスターミナルから今度は、別のバスターミナルへ向かうためソンテウに乗る。バスには5人の日本人が乗っていたが、3人はシーパンドンへ、そしてオレともう1人はチャンパサックへと向かう。結局ここで知り合ったミノルさんとはチャンパサック、そしてシーパンドンまで一緒に旅をすることになった。彼も今のオレと同じようなリーマンパッカーだ。以前のオレのような長旅をしているバックパッカーとは時間的、金銭的な感覚にズレがあるだろうが、彼となら大丈夫そうで良かった。
ところで今回は、「2年8ヶ月ぶりの旅だし、バンコクに着いた瞬間にテンションMAXなんだろうな」などと出発前は思っていたが、そうでもなかった。出張で海外へ行っているということもあるのかもしれないが、バンコク到着から慌ただしく移動移動の連続で、さらには通路側の席だった飛行機でも、カーテンの閉まっていたバスでも、外の景色を楽しむことができなかったからだろう。
今このバスターミナルでふと我に返り、アジアの典型的な風景を目にしてようやく楽しい気分になってきた。米の麺の「フーナーム」、ラオスのビール「ビアラオ」の昼食。バックパッカーも地元の人もごちゃ混ぜ満載のソンテウ。鮮やかなオレンジの袈裟を纏った僧侶。屋根の上まで荷物を乗せたオンボロのバス。舗装のされていない赤茶けた大地を無邪気に走り回る子どもたち。そしてこの匂い、気温、湿度。すべてがアジアの空気に満たされている。
これだよー! これこれ! この空気! このアジアの空気! この旅の空気!! 来て良かった! やっぱオレはこれを忘れられない!! やめられない!!!
こちらに来てからだいぶ時間差で旅のスタートにテンションが上がったオレだった。
これから向かうチャンパサックには、ワットプーという世界遺産の寺院遺跡がある。アンコールワットにも影響を与えたヒンドゥー教寺院だ。
そのワットプーを観光してからさらに南下し、カンボジア国境付近のメコン流域に広がる群島、シーパンドンを目指す。メコン川の中に4000個の島があり、その中のいくつかの島が観光地化されているのだ。ちなみにシーパンはラオ語で4000、ドンは島。そのまんまのネーミング。
この旅の目的地はそのシーパンドンにあるドンデッド。つまりデッド島だ。時間もないことだし、パクセから直行しても良かったが、相変わらずオレは「世界遺産」という言葉に弱い・・・。それにどうせ通り道だし。ということでワットプーへ行くことにしたのだが・・・。
241.ラオスの時間
トラックの荷台に無理やりベンチを付けたという感じのラオスの乗り合いタクシー「ソンテウ」。多くの場合はバスターミナルなどで客集めをし、客が集まると出発するのがパターンだ。
オレとミノルさんが乗りこんだソンテウも一向に出発する気配がなかった・・・。今まで旅をしていて、このように長時間待たされることは日常茶飯事だった。が、やはり短期の旅行でこれをやられるとキツい・・・。今日はここからチャンパサックへ向かい、今日のうちにワットプーを観光する予定だったが、どうも無理そうな雰囲気だ。
ようやくソンテウは走りだした。が、1時間ほど行ったところで今度はメコン川が行く手を阻んだ・・・。橋はなく、車も乗れる渡し船に乗っていくのだが、その船がタイミング悪く対岸へ向かったところだった。対岸で車を下ろした船はそのまま対岸で客集め。満載になると戻ってきて、今度はこちら岸で客集め。満載になるとようやく対岸へと進むことができるのだ。
こうなると今日のワットプー観光は完全にアウト! かと言って困っただとかムカツクといった感情は微塵もなかった。これがアジアの旅なのだ。2年8ヶ月も旅から離れていたが、今のオレはまだセーフだったという訳だ。きっとごく普通の日本人ならこの時点でイヤになってしまうのだろう。
日本とアジア、特にラオスでは流れる時間がまるで違うのだ。このアジアの時間にどっぷりと浸かるのもやはり旅の醍醐味。長時間待たされることになったメコンのほとりだったが、良い時間だったようにさえ思える。
景色も良かった。これぞラオス! というような山とメコンと赤土の風景。藁とトタンの粗末な売店。物売りのおばちゃんと子どもたち。いつまでも変わらないこの風景がラオスの魅力なのだろう。
対岸へ渡り少し走ると、チャンパサックの町に到着。宿を決め、すぐに宿の人に聞いてみたが、やはり今日のワットプー観光は無理だった。4:30に閉まるという話だ。この時点ですでに5:00。当り前か・・・。
次にオレたちがしなければならないのは、翌日のシーパンドンへの移動手段を確保すること。どのような方法があっていつ出発するのか? それにあわせてワットプー観光の予定をたてなければならないからだ。何よりそれを調べるのが先決。
で、結局調べた結果・・・。ローカルのソンテウを乗り継ぐ、ツーリスト用のボート、ツーリストバス。すべて1日に朝の1便のみということがわかった。
ということは・・・。明日ワットプーを観て、明後日シーパンドン!!? それではシーパンドンでの時間がなさすぎる。あくまでもメインはシーパンドンなのだ。ではワットプーを観ないで明日の朝シーパンドンへ向かうか??
ここで、ミノルさんと2人だったこと。しかも2人ともリーマンパッカーだったことが幸いした。2人ともある程度金は使えるのだ。そこで・・・、たったの2人で車をチャーターすることにした。1台90US$はするが、これなら観光が終わった後に出発できる。長旅をしていたらそんな大金と思うような1人45US$も、リーマンパッカーからすればそれほどイタい金額でもない。それに今は円高なので約3800円なのだ。
とにかく彼と一緒で助かった・・・。
車の手配をしたあと一度部屋へ戻り、夕食を食べに外へ出るともう真っ暗。しかもメコン川以外には何もないような田舎の町なので、夕食を食べ終わった8:00にはまるで真夜中のような静まり返りようだった。
日本を出てからずっと移動で疲れていた体にビアラオのアルコールも手伝って、オレもミノルさんも9:00には爆睡だ。
その甲斐もあって翌日は早起きでき、メコンの朝日を見ることができた。静寂の中、一点の曇りもない朝日が昇る。その太陽はまるで純粋そのもののラオスを連想させた。そしてラオスの象徴であるこのメコン。やっぱこの国はえ〜の〜。
宿で朝食をすませ、ワットプーへ。正直に言ってしまうと、わざわざ寄り道をし、しかも移動手段がなく45US$の車代を出しただけの価値は・・・なかった。が、旅の鉄則! 行かないで後悔するより行って後悔した方が良い。まったくその通りだと今回は感じた。遺跡はたいしたことなかったが、素朴なチャンパサックの町はなかなかだったし、何より風景が良かった。
結果、これで良かったんだよ。
これぞラオス! という風景 / ワットプーの本堂
242.メコンの夕日
ワットプーから戻り、チャーターした例の車でシーパンドンへ向かう。広いミニバンに客はオレたち2人だけ。贅沢な旅路だった。たまにはこんなんもアリですな。
2時間ほどでナーカサンという町に到着。もうすでに4000の島があるシーパンドンエリアだ。ここからボートでドンデッドへ渡る。
ドンデッドの北の端にある船着き場に着き、宿を探す。この島にはメコン川に沿って、つまり島を一周するように1本の道があり、その道沿いに宿やレストランが点在している。島の東側がサンライズエリア、西側がサンセットエリアで、オレはどうしてもサンセット側に宿をとりたかった。旅をしているとナゼか夕日が見たくなるのだ。
宿を探してしばらく歩くと、日本人の女の娘2人と会った。彼女らも宿を探しているが、どこも満室なのだそうだ。やはり年越しはここドンデッドでという旅行者が多いのだろう。大晦日に移動したのは失敗だったのかもしれない・・・。
しらみつぶしに宿をあたったが、彼女たちの言うとおり部屋はない。そろそろ疲れたというところでレンタサイクルを借りて宿を探した。これなら楽だし、遠くの宿まで行くことができる。
と長期戦を覚悟したが、しばらく探して難なく宿が見つかった。メコンに面した宿が良かったがそんなことは言ってられない。とにかく荷物を置くと、島を自転車でまわることにした。
ドンデッドは自転車で1時間も走れば1周できてしまうような小さな島だ。これだけ小さくて旅行者に人気の場所とあれば、すぐに島全体がツーリスティックになってしまうと思うのだが、この島には素朴な島の人の生活が残っていた。それに宿やレストランなども、一部を除いてはそれほどリゾートっぽいものではなく、やはり素朴な感じのバンガロータイプが多い。まさに旅行者がラオスに求めるものが失われずに、それでいて旅行しやすい環境。ここが人気なのもうなずける。
オレもこの島をすぐに気に入り、来てすぐに帰りたくなくなったくらいだった。長旅の途中で来ていたら長居できたのに・・・。それはまたいつかの機会にぜひ実現させたいところだが、その頃にこの環境のままでいてくれるとは思えない。これまで見てきたいくつもの町や村がリゾート開発で変わってしまっているからだ。
そう考えると、今オレがここに来たのは本当に最高のタイミングだったように思える。少し前までこの島には電気も水道も来ていなかったそうだし、宿やレストランも少なかったことだろう。今が早すぎず遅すぎず最高のタイミングだった。次また来るとしたら、近いうちに。その方が良さそうだ。
ところでオレたちがドンデッドに着いたのは大晦日。オレはニューイヤーパーティーが必ずあるはずだと思い楽しみにしていたが、探してみるとやはり2ヶ所でパーティーがあるようだった。宿で夜まで休んだ後、パーティーへ行くことにした。
1ヶ所はレストランでのパーティー。欧米人だらけのレストランには大音量で音楽が流れている。うるさすぎでパス!
もう1ヶ所は船着き場の砂浜でバーベキューパーティー。こちらも音楽はかかっているが、それほどうるさい感じでもなく「行くならこっちだな」。ということになった。しかしまだ人も多く集まっていないし、横にあったレストランで飲みながら様子を見ることにした。
ところが、その何気なく入ったレストランではラオ人たちがパーティーをしている。結果的に良い場所を見つけたのだ。ラオ人たちがカラオケで歌って踊って盛り上がっていた。前にビエンチャンで行ったディスコテカを思い出す・・・。
ところが、このレストランでも、隣の浜辺でもカウントダウンもなにもなく・・・、花火が上がるわけでもなく・・・、何となくフェードアウト・・・。楽しかったが、なんともしっくりこない年越しだった。
元旦も朝から自転車で出かけた。橋で渡れる隣の島、ドンコンへ行って滝を見る。こっちの島もイイ感じだ。ドンデッドよりもさらに素朴感に溢れている島で、こちら側に泊まる旅行者も多い。寺や水牛の行水を見ながらソンパミットの滝へ。期待以上に迫力があり満足。雨季はどんだけ凄いんだよ? と思うほど乾季のこのシーズンでも激しく水が流れていた。
その帰り道、タイ〜ラオスの国際バスで一緒だった日本人の女の娘とばったり会い、昼食を一緒に食べた。メコンに面したレストランで心地よい風に吹かれながら、静かでのんびりした時間が流れた。昼からビールを飲み、女の子たちが遊ぶ風景、男の子たちが漁をしている風景、大人たちが水浴びをしている風景を眺めた。こんな時間が旅をしている中で、最も贅沢な瞬間なのだ。
宿に帰ってシャワーを浴びた後、夕日を見に今度はドンデッドのサンセット側にあるレストランへ行く。またしても至福の時間が流れた。オレンジ色の夕日に照らされたメコンでは男たちが歌を歌いながら漁をしている。その歌と姿、そしてカンボジア領の森に沈む夕日に心を奪われた。不思議な異空間のような錯覚にさえ陥った・・・。
1年の始まりからサイコーの夕日を見ることができ、今年は良い年になるような気がした。
素朴な島の風景 / 元旦の夕日
243.リーマンパッカーはつらいよ
翌日、カンボジアのプノンペンへ向かうミノルさんと別れ、オレはもと来た道を引き返しタイのウボンまで戻った。そのさらに翌朝、国内線でバンコクへ移動。ラスト1日はバンコクで過ごした。いつものことながら、行く度に変わっていくカオサンをひとまわりし、今度はバスで市内をひとまわり。やっぱなんだかんだ言ってもここは良いよな。などと思いながらぶらぶらしているうちに、あっという間に1日が過ぎてしまった。
ラオスに比べればバンコクの時間も、日本のそれに近いのかもしれない・・・。
そんな日本では明後日から仕事がオレを待っている。バンコクよりも早く時間が流れる国で、次の旅までがんばりますか!
リーマンパッカーはつらいよ・・・。
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