闇の用尺師(やみのようじゃくし)2


<お断り>
今迄生きて来て、各方面より影響を受けた作品の影響を多分に受けております。
お許し頂けるならお読みくださいませ。



 古来税制は、穀物を納める「租」、労働を対価とする「庸」、そして織物を納める「調」があった。その中の「調」を
管理、指導する部署があった。
 聖徳太子の時代、諜報を司る「使能備」というものが存在したと言われるが、その源流も末裔も諸説ある。それとは全く別に、
神事、仏事、加持祈祷、から護摩調伏、大葬、寿ぎに至るまで、それに要する布の量の算出と調達課程や原料の生産、運搬、備蓄
管理する天皇直轄の組織があった。
 彼らには、市井の瑣末な事から国家の大事、又は宗教上の秘事秘伝に関するあらゆる知識がもとめられた。
諸国を歩き、その地域に溶け込み、深く静かに活動する。次第にその任務は、多岐に亘るようになり、為政者の命を受け
諜報・暗殺をも司る公事方と本来の勝手方になったのは、当然の流れである。
 江戸中期以降は、この組織は事実上その役目が少なくなり、明治新政府の樹立以降にいたっては、組織はほぼ解体されていた。
ただ、地方においては、これら一子相伝の技は受け継がれたが、直系の惣領以外は、家族にすら明かさないこともあった。


-用尺師-
 天皇の命にて動いてきた一門。故に、脅かす者が在るとすれば排除する。
歴代の武家政権が、皇室を排除出来なかったのは、用尺師が裏で動いたという説もある。
それぞれの「役」にそれぞれの協力者がいて「川上」と呼ばれ、協力者同志の別の繋がりを持つ。
そして、協力者は、拘りの無い「役」とは繋がりを持たないという複雑な組織体系を持つ。

<布役>
 織物生産管理の家柄。
 端に鋼線を折り込んで切る「鬼爪布」、青酸を塗りこんだ「青凱布」等様々な織物を使う。
 かつては、「羅門衆」と呼ばれる生産者の一門が協力者(川上)として大勢いたが、現在は数名
 を残すのみとなっている。

<糸役>
 各地を渡り歩き原料調達、連絡等のつなぎをする家柄。かつては、禁裏警護もした。
 数々のトラップを仕込んだり、諜報、侵入を行ったりする。
 鍔衣と呼ばれる者達が、協力者(川上)として日本各地にいた。

<針役>
 用具運搬、備蓄管理をする家柄。用尺師の中では人数も多い。
 針で経絡をつき、外傷を見せずに暗殺したり、仕込み刀等を使った独特の剣術を使う。。
 かつては、指物師の親方が、多くの職人を抱え、協力者(川上)として、仕込み武器の製造を請け負っていた。

-風水師-

<地の音(ちのね)>
 用尺師と表立っての対立はしてないが、常に時の政権を影で操ろうとする風水師の一門。
宮中に文官としても多く潜り込んでいた。現在もその系統は、多く残っていて、行政官に紛れている。

-鬼道師-
<水鏡(みずかがみ)>
 対価をもって動く呪詛術師の集団。その源流は、卑弥呼に雇われていた祭祀の集団とも。
「地の音」とは、かなり深い確執がある。呪詛を専門に行う「鬼道寮」と、諸々の事の
実行部隊の「隠行寮」とがある。

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<今までのあらすじ>

 天皇家直轄の組織であった「用尺師」の末裔で、「座枯らし」の二つ名をもっていた布山測瑠は、或る日かつて
世話になった伝説の用尺師「千手のお珠」の曾孫に会う。曾孫の「編夢」に託された荷物の謎が分からないまま、
昔の仲間たちとの再会をはたす。一方でかつて緊張関係にあった組織と事を構えることになる。戦いの準備を
する為、自分の使う武器となる「鬼爪布」を作っていた織元を訪ね、旧交を温める。


<8.小人閑居して不善をなす>

 一方編夢は、各地で繋ぎをつけに歩いていた。横浜の伊勢佐木町に、針役が居るとの情報があった。
その男は、ワイヤーを使う「銀平」と呼ばれていた男だった。身が軽く、家屋等に
忍び込むのが得意だった。ただ、生来の酒好きで、今は割と乱れた生活をしていた。

 その日も銀平は、朝からパチンコ店にいた。
 「多分この辺だと思うけど。」編夢は、パチンコ店を覗いた。雑踏の中にいる用尺師をさがすのは、至難の技である。
皆その用に仕込まれているし、日頃から目立たないのを信条にしている。ただ銀平も もう60歳である。ある意味、別れた
10年前が、盛りであった。一時株で大儲けをして、その後は、それを食いつぶしているだけであるので、金に困っている
訳ではない。本業の水道工事の仕事は、不景気のあおりでめっきり仕事が減っている。
 「今日は、出やがらねえな~。」そう言いながら店を出て、編夢を見た途端に急に眼付が鋭くなった。
 「誰だお前?」
銀平にも昔の勘は残っている。編夢の僅かな気配を感じ取った。編夢は、その男が凄むまでむしろ気が
付かなかった。
 「さざ波の銀平さんで?」
すこしビックリしたが、問いかけた。その男は、凄んだまま編夢を見据え動かない。
 別の客が、パチンコ店から出てきた。編夢が少し視線を外したスキに、男は消えてしまった。
 「どうしよう・・・。」編夢は、路地裏を歩きだした。少し歩いて引き返そうと思った瞬間、ワイヤーが風を切る音が聞こえた。
編夢は、咄嗟に避けたが、ほとんど転んだに近かった。別の路地に転がり込み、様子を窺った。
実戦経験の無い自分の技では、とても通用しそうになかった。そんな事は分かり切ってる。かえって、度胸が据わった。
 「問答無用ってわけね。やり合うしかないか。」編夢は、祖母の形見の「羅糸」を繰り出した。
 銀平の技は、まずワイヤーの付いた槍の穂先状の「標」という物を投げる。その後ワイヤーでループを作り、それで首を絞めるという
2段攻撃なのである。そのワイヤーが、波のように見えるので「さざ波」の名が付いた。
 何分経ったろうか。次第に編夢に焦りが出てきた。こういった時は、先に動いた方が負けである。編夢は、自分の周りに羅糸を
巡らしクモの巣状にした。一度間合いに入れば、他の糸が圧力のかかった場所を包み込み侵入者の動きを封じる仕組みである。
 
 糸が動いた。

 次の瞬間、2つの標が、首の左右を掠めたのとほぼ同時にそれぞれのワイヤーが首に巻き付きそうになった。咄嗟にかわそうとしたが
一本は手に絡みついたまま、もう一本は、首にかかってしまった。もう駄目かと思った。度胸が据わるのと、実際に行動に
移せるかに開きがあるようである。

 「この糸は!!!」

 暗闇から声がした。

 「おい、お嬢ちゃん。お前この獲物何処で手に入れた。」確かに、見覚えのある武器であった。
 「それは、おばあちゃんの形見です。」
 「おばあちゃんだと~!」かなり疑っている。
 「はい。わたしは、千手の珠の曾孫です。」
 「ウソつけ!そんな話聞いた事が無いぞ!」ここでも信じてもらえない。
 「本当です!」編夢は、どうして疑われるのか不思議であった。

 話は兎も角、それ以上に、この女の持っていた「羅糸」の方を信じる事にした。この銀平という男も、かつて千手のお珠とは
何度も組んでいる。それだけに、その羅糸を受け継いでいる子孫が居る事にも驚きを隠せなかった。
 「まあいいや。信じるとしよう。付いて来い。」諦めた様に銀平は言った。
 そう言うと男は、スルスルとワイヤーを終い、路地裏の飲み屋に入った。

 「何だ、銀さん新しい彼女か?」飲み屋の親父が声を掛けた。
 「ちげーよ、馬鹿!」銀平は、店の奥に座った。
 「で、話を聞かせてくれ。何なんだお前さんは?」銀平は、事態が今一つ把握出来ていない。

 編夢は、今までの事を簡単に話した。銀平は、ため息をついた。

 「だいたいの事は分かった。お珠さんも亡くなったか。知らなかったとはいえ、すまねー事したね。ただなぁ、
協力は、無理だな。お前もさっき見たろ。俺の腕は、もう錆びついている。歳も60だ。邪魔になるだけだ。他を当りな。」
 「でも」
 「おい、昔だったらなぁ、お前さんみたいなモンを殺るのに、あんな時間は掛かりゃあしねえ!ワイヤーも外しゃあしねぇ。
思えば良い潮時の解散だったんだよ。何を今更。」銀平は、コップさけをグイッと飲んだ。
 はっきり言って、編夢は太刀打ち出来なかった。あれで腕が鈍っているのか?謙遜でも何でもない。用尺師のレベルは、
自他共に厳しく、高い物なのであろう。編夢は、少し恐ろしくなったと共に、彼らと敵対する組織は、どんなレベルなのか?
それも不安になった。

 皆と別れた後、仕事中に小耳に挟んだ情報で、株の売買をやり数千万儲けた。急に今までの命を掛けても一文にも成らない
用尺師の仕事、汗水垂らして、頭下げても喰っていくのがやっとの表稼業が馬鹿ばかしくなった。用尺師の頃は、
6日に一度召集が掛かる。仲間ともしょっちゅう顔をあわすので、比較的規則正しい生活を送るし、仲間の足手まといに
成らない様に各自精進もする。少しくらい落ち度があっても、次に取り返せる様に余計に頑張る。
 それがどうだろう。一人になってしまうと、実に自堕落な生活を送ってしまう。頑張らなくても良い。急がなくても良い。
失敗しようが、何しようが、どうせ俺の稼ぎ、俺の時間だ。今まで、骨身を削ってやって来たんだから、これくらい。
そう言って、言い訳の羅列をして10年が過ぎた。命が惜しくなった訳ではない。ただ何も無い自由な時間の連続が、
また張り詰めた生活と引き換えになるのが億劫だった。

 「珠さんはねぇ、ある意味 怖いお人だったよ。何ちゅうかねぇ、仕事が始まると、触ると感電するんじゃねえかって位
張り詰めてた。ところがさあ、現場行くだろ、そうすると、さっきまでのビリビリがすーーーと引くんだ。居るか居ねえか
分かんない位にねぇ。相手もまさか、自分を殺しにバアサンが来るとは思わねえだろ。誰だって何だババアかって
言い終わらない内にあの世行きよ。ただ、何時も皆に目を配ってくれてね、怪我人はいないか?全員無事か?
仕事が終わりゃあ人情に厚い人だったねぇ。現場の纏め役だよ。その人がもう解散だって言うんだから。
もう一回集まれって言ったって、誰が中心なんだい?」
 編夢は、返答に詰まった。
 「白金の」編夢が言いかけたのを銀平が遮った。
 「それは、お差配だろ。現場だよ、現場。」
銀平は、編夢をジッと見据えた。
 「いねえのか。まあ年齢的にやれて・・・辰と綾・・・弟分のソク位だろ。もう5年早かったら俺も間がもったかもしれないがな。
手も腹もタプタプだ。他も大方そんなもんだ。何処にいるかも分かんねえ。全国に散っちまったからな。そうだな、
東京の浅草に箱卸してる「箱正」っちゅう小さな問屋がある。そこ行ってみな。俺に言われたって言えば良い。
まだツナギつけてる昔の仲間がいるかもしれねえ。」
 「有難うございます。」頭を下げて、顔を上げた時には、銀平は勘定を済ませていた。後を追って店を出たが、通りには
銀平の姿は無かった。
 「まだ十分行ける気がするけどなぁ。」
あまりしつこくして、殺されてもかなわわないので、諦めて横浜を後にした。
 

 浅草は、今も職人の街である。この手仕事が、戦後の復興の原動力だったといわれると納得がいく。
その町の通りを一つ入ったとこに、その店はあった。表通りの喧騒とは裏腹に、静かな街並みであった。
 「ごめん下さい。」編夢は、恐る恐る入っていった。
 「いらっしゃい。何かお探しで?」奥から恰幅の良い老人が出てきた。
 「さざ波の銀平さんの紹介で来ました。」基本素人の編夢は、いきなり切り出した。
 「あのバカ・・・。」老人は、小声でこう言ったようであった。
 「お嬢さん、どちらさんで?」話はまだ通じて無い様であった。
 「実は。」そう言って、編夢は、羅糸を出した。銀平は、これを見て自分を信じてくれたので、味をしめたのである。
 「何ですか、これ?」老人は言った。
 「羅糸です、羅糸。」編夢は、慌てた。現場で一緒だった銀平は知っていたが、他役の川上者には分からなかった。
 「こういった物は、扱ってないんですが。」老人は、すまなそうに言った。

 この男は、針役の風上者の鳶澤の大治郎と言う者で、先祖は、江戸時代から後は、徳川幕府と朝廷の
両方に繋がりをもっていたという。野盗を装い、家康に近づき、信頼を得た後に、治安維持に協力したと言われている。
徳川幕府の頃は、古着商を中心に生業としていたが、その職種は次第に広がりを持った。職人が必要な江戸で、
指物にまで業種が広がったのは当時の自然の成り行きであった。この男の先祖が、江戸時代に住んでいたあたりが、
20世紀末まで隆盛を誇った繊維問屋街の「富沢町」といい、一説には「鳶澤」の転訛であったともいわれている。

ただこの男は、本来針役の協力者(川上)なので、糸役の事はほとんど知らない。「千手のお珠」の名前は知っていても、
使っている武器の事等は、針役の者から聞いた位で見た事は無い。もっとも、自分の使ってる武器は、あまり
他人に見せる類の物ではないので、当然と言えば当然である。そこら辺が、編夢にはまだ分からない。
因みに、同じ川上者である「羅門の周吉」とはじっ懇で、肝胆相照らす仲である。

 「えーと、あのぅ・・・。」編夢は、あてが外れて困ってしまった。
 
 急に、大治郎の眼付が鋭くなった。編夢は一瞬ビビった。
 「さざ波の。居るんなら出てきやがれ!」野太く低い声でそう言った。
 「鳶澤の親方。お久ぶりです。」銀平が、物陰から出てきた。編夢は、全く気付かなかった。
 「ったく!どいつもこいつも。何でぇ急にばたつきやがって。まあいいやなぁ、へえんな。」大治郎は、早口に言った。

 「お嬢ちゃん、始めっからお話申し上げな。鳶澤の親方。この子は、千手のお珠さんの曾孫なんです。」
 「お珠さんに孫子がいたのか?」ここでも言われた。
 編夢は、今までのいきさつを話した。大治郎は、目をつぶって聞いていた。

 

<9.窮鳥懐に入れば、猟師もこれを撃たず>

 「大体の事は分かりました。ただもう用尺師は、多方がのりませんでしょうな。」
大治郎は、ため息をついた。そして続けた
 「最後の頃には、30人位しか残っていなかった。お役御免から約150年、解散から10年。事実 用尺師は、よくやったと
思いますよ。目的持った攻めの仕事じゃない、ただひたすら守りだ。普通やってられない。ばかばかしいし、消耗する。
完全な持ち出し仕事だ。表と裏の稼業の両立は言うに易く、行うに難い。それに、陛下からお言葉一つ在る訳じゃ無い。
誰の為に何をやるかちゅう根本が無いんだ。平和だ正義だなんていうのは後付けの理屈でしてな。
更に用尺師の殆どが今となっちゃあ、この銀平の様に60過ぎで、体もよう動かなくなる。銀平。お前さんまだ、「さざ波」出せるのかい?
一文にもならないのに命掛けますか?解散後に皆家庭を持ちだした。孫の居る者もおります。或る日爺さん父さんは、殺し屋だったって
言えますか?第一お嬢さん、あんた誰に頼まれて動いてます?用尺師は、天皇陛下直轄ですよ。陛下に頼まれたんですか?」

 編夢は、黙って聞いていたが、次第にうつむいていた。大治郎の言う事は、正論に思えた。と同時に、辰一行との温度差も
感じざるを得なかった。更に大治郎は続けた。
 「解散後も内に顔見せに来るのは、この銀平ともう一人だけですな。後は、何処でどうしてるのやら。」
 「その人は?」編夢は、身を乗り出した。
 「おっと、その先は、本人次第や。ワシの方から連絡入れます。で、もしお嬢さんに連絡が行かなかったら、御縁は無しでよろしいな。」
 「はい。宜しくお願いいたします。」編夢は、従うしかなかった。連絡先を置いて店を出た。

 帰り道、編夢はかなりへこんでいた。銀平の後をとぼとぼと歩いていた。
 「おい、ここ入るぞ。」蕎麦屋に入った。

 「かけ二つ。」銀平は、編夢に何も聞かずに注文した。編夢は、うつむいたままだった。
 「喰ったら帰えんな。」そう言ってタバコを吸い出した。
 編夢は、自分は、いままで何を突っ走って来たんだろうと思った。当然のように事が運ぶと思っていた。言われた事が、
どれももっともであった。

 このまま手ぶらで帰る訳にはいかない。編夢はそう思ったが、全くツテが無い。一人当たれば、芋弦式にいくと思っていた。
事実今までがそうであった。試案している内に、蕎麦が出てきた。
 「銀さん久しぶり。」
 「おう、勇。邪魔してるよ。またの名を、早贄のユウ。」銀平は、ニヤッと笑った。
 編夢は、はっとした。スラッとした、その男は、見るからに精悍で、一風職人風だが、何か違った雰囲気の男だった。
歳の頃は、辰と同じ位であろうか。

 「は・や・に・え?蕎麦を早く煮るんですか?」編夢は、大真面目だったが、見るからに二人は「馬鹿かこの女」的視線だった。
 「おお、そうだ。こいつは、蕎麦を作るのが早いんだ。」銀平はからかった。
 「銀さん!」ユウは、困った様子だった。編夢は、ポカンとしていた。
 「まだ ぶら下げられるかい?」急に銀平の眼付が鋭くなった。
 「あたりめぇーさ。で、誰が残ってるんですかい?」ユウは、聞いた。
 「辰と綾、ソクに宗治。止めは白金の長老。このお嬢ちゃんと辰の息子が新顔だ。川上もちらほらだな。」
 「へーー。結局 辰は、あの息子も用尺師にしちまったか。因果な奴だなーー。じゃ、その息子の為に乗るか。」ユウは、即答だった。
 「おめぇ乗るのか!!今更!!」銀平は、驚いた様子だった。
 「銀さん。辰だけだったら乗んねー。ただ、あの息子まぜるんなら乗らざるをえねーだろ。」ユウは言った。

 ここらへんのニュアンスも編夢には分からない。歴史の長い組織は、長老と同等に次代の継承者も組織で支えるのである。

 「まあ、そりゃあそうだけどよー。」銀平は渋っていた。
 「辰の息子に、銀さんの「さざ波」見せなくてい・い・の・か?」ユウは、悪戯っぽく言った。
 「からかうんじゃねえ!別に こんなもん見せたって、何にもなりゃあしねーじゃねえか!」
 「あの辰の息子だ。語りつぐぜ!「伝説の用尺師さざ波の銀平」をよ。」まるで悪魔のささやきである。
 「わかったよ!五月蠅ーな!手伝やーいーんだろ!手伝やー。ったく!年よりの手ー煩わしやがって。高く付くぞ!」
 「心配すんなって。用尺師の葬式は仲間持ちだよ。」ユウは、笑いながら厨房にはいった。
 一連のやり取りを横で見ていて、何となく組織の事が分かりはじめた。「一筋縄」等という形容は次元が違う。それぞれが強く、
その強い者が結びつく。「組織力」「チームプレイ」とは少し違うのである。編夢は、何となく安堵した。

 編夢は、ユウに銀平のように、話にのってくれそうな者が居ないかを聞いた。
 「えーと、編夢さんだったね。あまりあては無いね。俺は、行きがかり上ここに居るが、仲間の殆どが東京を離れたからね。
その先も落ち着くわけじゃない。やっぱ転々と渡り歩いて痕跡を消す。別れたのは、10年も前の話だからね。
追わないのも前提だったからな・・・。最初の内は召集掛かるんじゃないかって思ってたよ。1年2年経ち、3年経った頃には、
もういいやってなっちまう。俺はさ、最後に親方に挨拶してからって思って此処に来て、親方と蕎麦喰ってさ、帰ろうと思ったら、
ここの前の主人が、「もう店たたむ。」って言い出してさ。跡取りが居ないなんて話聞いてるうちにな、なんか自分の人生と
その親父さんの人生が重なっちまってさ。もともと俺も食堂やってたから、俺が弟子入りして継いだ訳よ。店は、喰ってはいける
からこのままでも良いけど、又用尺師に逆戻りか。人生って何だかわかんねーよ。何に命を掛けて来たんだか?敵さんも
多分同じじゃないかな。実戦の経験者は、少ないはずだ。」

 そこへ
 「邪魔するぜ。」と鳶澤の大治郎が入って来た。
 「俺が来る前にナシは付いたようだな。」
 「羅門衆も動き出したようだ。残るは、鍔衣だな。」大治郎は言った。
 「らもん?つばごろも?なんですか?それ?」編夢は聞いた。
 銀平は、飲みかけていたお茶を吹いた。
 「お前 ! 糸役だろーが!」
 「おめーさん、そんな事も知らねーで動き回ってんのかい!」一同は、唖然とした。

 鍔衣は、糸役の川上である。主に情報提供者的な意味合いが強く、多くは農家等の産地の者や狩漁業従事者に多い。
神社、仏閣の中にも協力者があったと言われている。因みに式内社の大半がその繋がりを持っているという説もある。
白金の源蔵も伏見にいたが、近くに「式内社」があったのは、偶然では無い。 かつて、重要な情報をもたらした者に
使者が忍びで来て、「木製の鍔」を「永代の精勤を願う」と書かれた絹の袋に入れ下賜した事が、その名の始まりと言われているが
定かではない。ただ羅門衆や、鳶澤の一団の様に実戦を加味した協力とは、少し意味合いが違うので、強固で頻繁な繋がりは
少ない。

 「これで、大方の役者は揃ったな。ただ、お嬢さん。あんた、鍔衣を知らないって事は、今は繋がって無いってこったね?」大治郎は言った。
 「ええ、すみません。全く分からないんです。ただ、実家の表稼業が、八百屋だものですから。おばあちゃんとは、何度か農場に
行った位でして。後、雑誌の取材にもアポイント取ってくれたりしましたけど、なんでも昔からの知り合いが居るって。」編夢は、すまなそうに言った。
 「鳶澤の!」銀平は、振り向いた。
 「うん。多分それが鍔衣の連中だな。」大治郎も同じ意見だった。
 「お嬢さん、川上同志の繋ぎは、ここにはいないがもう一人が握ってる。後は、何人残ってるかだ。」そう言うと大治郎は急いで出て行った。

 「へい お待ち。」ユウは、蕎麦を持って出てきた。
 「あれっ。親方は?」ユウは、店内を見回した。
 「出てったよ。繋ぎ付けに。」銀平はため息ついて言った。
 「相変わらずせっかちなお人だ。」ユウは、そう言うと、持って来た蕎麦を、自分で食べ始めた。
 「銀さん、何処から動く?ってゆーか、銀さん今商売何やってんの?」ユウは聞いた。
 「喰えない水道屋だ、公共投資嫌いの革新知事が期を重ねて、仕事減に拍車が掛かった。それも、そこの住民が選んだ未来と
現実だから余計に頭にくる。同業者は、減りっぱなし。まあ俺は、蓄えがあったから何とか看板だけは降ろさずにはいれるけど、
この先どうなる事やら。本来「裏仕事」どころじゃないんだよ。」
 「へーーー。まあ俺も似たり寄ったりだ。何とか喰ってるだけかな。かつては、問屋街は、盛況だったんだけどね。
今と成っちゃあ人数もまばらだ。」ユウもしみじみ言った。

 ユウは、編夢の方を振り返って色々問いかけ始めた。

 「お嬢さん、色々聞いて悪いね。」銀平はユウの話を遮って言った。
 編夢は、手を振って答えた。
 「別に、悪くなんか無いですよ。私の知ってる事なら。」
 「お珠さん、亡くなったって言ってたよね。」銀平は確かめる様に言った。
 「えっっ!お珠さん亡くなったんですか!・・・そうだよな~。最後は、80くらいだったもんな~。世話んなったよな~。」
ユウは、しみじみ言った。
 「私と糸繰りしながら、眠る様に。」
 「おい!そんな大往生したのかいっ!はっはっはっ。さすがお珠さんだ。」銀平は大笑いした。
 「すみません。誰にも知らすなって遺言だったもので、新聞にも載せずに身内だけで・・・。」編夢は、すまなそうに言った。
 「そういうお人だ。新聞出りゃあ、いくらなんでも誰か気付く。回状も出る。関係者は、危険冒しったってお別れにくる。
本意じゃないよな~、お珠さんにとっちゃあ。」ユウも笑った。
 「で、お嬢ちゃん。おっといけねえ。編夢さん。今日からあんたが「千手」を名乗りな。白金のお差配には、俺から
進言させて貰う。」銀平は言った。
ユウも微笑んでいた。賛成の様であった。
 「とっとんでも無いです。私は10本がやっとですから。銀平さんも御覧になったでしょう。私はとても。」編夢は、焦った。
銀平は、静かに続けた。
 「技の上手下手じゃねえんだよ。その名前を背ょうか背ょわねーかだけだよ。用尺師っていう裏か表か分かんねーモンと
何だかうじゃうじゃ居る仲間と一緒に死ねるか。または、見た事も会った事もない仲間や天皇家もしくは国体の為に犠牲になれるか。
色んな選択で常に「ああ良いよ」って言えるかだよ!誰だって始めから出来る訳ゃーねーじゃねーか。だから、少し出来てる奴が
庇うんだよ!庇われたら今度は、自分が庇えるようになりゃあ良ーんだ。早くな。俺だって、白金のお差配と辰の息子が
居なけりゃあ やりゃあしねーよ。」

 最初は取っつき難い、ただ一旦繋がると実に親身で手早く進む。横を向いてる様で実は腹の底、心の中を見ている。
伝説の組織「用尺師」とその一団が、静かに動きだした。編夢は、思った。この組織の中枢に、自分の大好きだった
おばあちゃんがいた。それも全く知らない顔のおばあちゃんである。皆を纏めて、心配して、育てて、こんなにも慕われて。
 今まで会って来た用尺師は、どれもクセの在る人ばかりだった。普通の人生を歩めば、絶対にすれ違いもしない様な人達である。

 千手の名を継げ」そう言われて、編夢は、服の上から羅糸を握った。

 

<10.急がば廻れ>

  一方、鳶澤の大治郎は、羅門の周吉に繋ぎをつけて、名古屋で会っていた。

 羅門の周吉は、栄のうどんやで、待っていた。中心を2街区程離れたところにある老舗であった。
 「お待たせいたしました。久方ぶりですな、羅門の親方。」
 「あんたも、元気そうでなによりじゃ。なぁに、少し早く着いただけや。」

 挨拶もそこそこに、うどんが出て来た。周吉が先に来て頼んでいたのである。大治郎は、刻現より早く来る。
さらにそれより周吉は、早く来る。昼の待ち合わせでも、小一時間早く11時を少し回った頃に始まる。
お互い親の代からの、いやそれ以上の付き合いである。
 二人は、出て来た味噌煮込みうどんを、汗をかきながら無言で食べている。大治郎は、大汗をかいている。

 「蕎麦の方が好かったかい?」羅門の周吉は言った。
 「いや。名古屋にきて蕎麦くっても仕方ありませんでしょう。」大治郎は、笑った。
 「時に鳶澤の。次代の千手さんはどうだね。」周吉は、亡くなったお珠の後釜について気がかりがあった。
 「いや、現場付いてて継いだ訳じゃありませんので、全くどうにも。第一鍔衣との渡りが付いていやせんので・・・。」
 「そりゃあ ちっと困るなぁ。」周吉も渋った。
 「ただ、お珠さんは、それとなく会わせていた節もありますんで。」うどんを食べながら大治郎は言った。
 「それだけじゃなぁ・・・。第一それで纏まり付くのかい?鍔衣の連中は。糸役の川上は、実戦からみじゃねぇーからなぁ~。
ただな。鳶澤の。この十年間、糸役だけは動いてたって言うじゃねえか。白金の差配も含めて。何掴んでたんだろうな~。」

周吉は、思案していた。そしてこう続けた。
 「先だって、うちの風上(ソクのこと)に会ったよ。10年ぶりかな。なんも変わっととらんかったが、以前より技は冴えてるかな。
若い頃の力ずくってのが消えて、精妙になってた。錆びついちゃあいなかったのが嬉しかったが、また仕事となると、どうも、
こっちもなぁ。このまま何にも無かったら、良かったんだったか、悪かったんだか。」そう言ってタバコに火を付けた。
 「座枯らしのソクですか。あっしが小僧の時分に、彼のじい様に会った事がごぜえやす。会った途端に震えやした。
思わず土下座しそうになりやした。」大治郎は、しみじみと言った。
 「ああ、そんな感じのお人やった。威厳っちゅうかな。大分んお世話になった。」周吉も笑った。

 因みに、用尺師から「川上」と呼ばれる協力者達は、用尺師を「風上」と呼ぶ。お互いを「上」と呼び合うのである。

 「鳶澤の。時にお前さんとこの風上は、どんな塩梅だね。」
 「辰がおりますんで。大方はなんとか。」
 「辰って、あの龍神の辰かい?確か奥方もいたよな。」
 「ええ。影縫いの綾がおりやす。後 早贄とさざ波が残ってますんで。」
 「ほう。さざ波の銀平かい。もういい年だろ。って言っても俺達も人の事を言ってる歳じゃねぇか。」そう言って周吉は笑った。
 「まあ、布役は、相変わらず1人だけだがね。」そう言うと周吉は、タバコを消した。

 一時間程話をした。

 「わざわざお時間戴き、お会い出来て良ござんした。」大治郎は、深々と頭を下げた。
 「ああ、楽しかったよ。俺は、散り花になるかね。まあお前さんも気ぃ付けや。」そう言って周吉は、手を振りながら歩いていった。

 段取り等の仕事の話は、たいしてしなくても判りあった仲である。ただ会えばそれでいいのである。今後色々な算段、段取りは
山の様に出てくる。ただ最初を外すと後の狂いの修正がより煩瑣になる。川上者には、川上者の道や、やり方がある。
一度会えば、本人が居なくても、相手がどう動くかが分かるのである。だから たいして用が無くとも会うのである。
表に出る事は無い。褒められる事も感謝される事も無い。ただ、必要とされたり、意識されないけどやらなくては
ならない仕事がある。夜間の鉄道やライフラインの復旧仕事のように、やってあって当たり前。その利益を受ける者が
出向いて直接謝辞を述べる事は無い。でもやらなくてはならない。それが川上者である。二人とも物ごころ付く頃から
この稼業が染み着いている。



 周吉は、家に戻った。
 「お帰りなさい。鳶澤のおじさん元気だった?」翔子は聞いた。
 「ああ、ちょっと太ったかな。」周吉は笑って答えた。
 「翔子よ・・・。まあいいや何でもねえ。」翔子の顔をまじまじと見つめて黙りこんだ。
 「何よ。変なお父さん。」そう言って翔子は、食事の支度をしに台所に行った。
 周吉は、ソクの事を話そうと思ったが、止めたのである。
 ひっそりとやる工場は、決して楽ではない。表稼業の同業者も減少の一途を辿っている。「3K」等と言われ後継ぎが
無いのが大半の理由であるが、その根っこは、「無関心」にある。廃業すると言うと惜しがるが、平素は大して見向きもしない。
感謝もしない。だから、物の価値も判断しない。ただ安ければいい。そこに何人の手が掛かろうと、どれだけの手間が掛かろうと、
そんな事は、「どうでもいい」事なのである。合理化すれば出来ると思うのである。そしてそこに対価を投じないし、足も運ばない。
「ネットで十分だ。」経済の非情な所である。
 周吉も何度も工場を閉めようと思った。ただ、ソクを待ちながら働く娘を見ていると、切り出せなかっただけなのである。
小奇麗にはしているが、着飾るわけでもない、大して化粧する訳でもない。朝から晩まで働いて、嫁にも行かず。同じ年頃の
他所の娘達に比べ明らかに違うのである。確かに色々な生き方はあるし、人生も、職業観も自分の時代とは違うのは承知の上である。
所帯ヤツレしてないのが幸いだが、「これでいいのか。」と父親なら出る当然の感情がある。

 そんな父親の思いとは裏腹に、久しぶりの再会で翔子の心は軽かった。食事の支度をするにも、自分の食器の横に置いた
測瑠の使った食器に語りかけたり、手を休める時も窓から外を眺める事が多くなっていた。基本前向きな人間なので、
会えない辛さより、またいつか会える期待が大きかった。その期待が、更なる制作意欲を産んだ。測瑠の為に色々な布を
試作していて、再会後はそれが加速していた。街に出る時より、むしろ工場に出る時に少しだけ化粧をした。それは、
仕事一徹の周吉にも、測瑠を意識していることが読み取れる程であった。「嫁に。」の話も無いではなかった。ただ
「本人の思う相手が居るんだよ。」周吉は、むしろそう言って写真も受け取らなかったし、翔子に話もしなかった。

 この10年測瑠は、何処で何をしてたんだ?何故会いに来なかった?裏仕事だけの付き合いと思っているか?
 周吉は、むしろ今までの空白の10年間が気になっていた。翔子にそれとなく水を向けると。

 「当たり前じゃない。来れる訳無いでしょ。測瑠さんは、そういう人なの。」とあっさり言われた。親にとっては、何時までも
子供だと思っていたが、「測瑠さんの事は私の方が分かってる。」的な翔子の口ぶりに、周吉は少し驚いたと同時に
むしろ安堵した。確かに翔子の言う通りかもしれない。何かあった時の為に繋がりを断っていたのである。
組織立って動いている時ならまだしも、解散してしまっては、離れたところにいる関係者は守る事が出来ない。
敵対する者は、弱い所から消していく。だから無関係を装う。翔子は、まったく会えなくても守られていた事を、この10年間も
感じていたのである。何時も以上に、自分の娘を嫁に出すなら、この男を置いて他には無いと周吉は思った。



 「翔子、仕事片付いたら、少し鍔衣衆に当たるぞ。」周吉は言った。
 「はい。」翔子の顔も幾分決意の色が付き、表情は硬くなった。
 兎も角情報の収集に当たらなくてはならない。


<11.嘘から出た誠>

 
 「便利な世の中になった。」
周吉は、つかづく思った。工場に掛かって来る電話は、時分の携帯に飛ばせばいい。
何処にいようと、日常の受け答えは出来る。もっとも手続きは、娘の翔子任せではあるが。
 表稼業の急ぎの仕事をこなすと、支度を整えて、神奈川県秦野に向った。
 「鍔衣は、横の連絡をしない。一人一人に糸役があたりをつける。」
 「何で、各役のごとに形態が違うの?」
翔子は、今更ながらと思ったが、周吉に疑問を投げかけた。
 「元々のな、風上のお役の性質が違うんだ。時代の変遷で、平和な安定皇権の時代と、物騒な治安の乱れた時代、
二階に上げといて、梯子を外すような傀儡の政権時代。永い歴史の中での皇室の置かれた状況によってでは、
仕事内容の優先順位が変わるんだよ。次第に武力や、諜略に重きが移るのは至極当然の経緯だな。それに鍔衣の連中は、より
民間人に近い。天皇家への忠誠ったって、他に比べりゃあ薄いんだよ。地場の結びつきの方が強いからな、まあ お役は後廻しだな。
ただ、それ位 地場に密着していないと、密度の高い情報は得られないんだよ。だから糸役が、跡目を選別にかけて協力を依頼する。
子孫なら誰でもって訳にゃあいかないんだ。まあ教会を起点にしたMI6の諜報網に似ているかな。」
 町工場の職人の口から「MI6」が出たのも違和感があったが、なんとなく説得力があった。
 小田原から小田急に乗り換え、鶴巻温泉で下車した。
 「むかしから、紙幣の原料を作っている農家があるんだ。他にもタバコ、塩、味噌、専売公社からみのところが多かった。
公社の解体も、用尺師の解散もそんなに時系列の差はなかったから、当時は、用尺師潰しを疑ったもんだ。」周吉は、しみじみ言った。
 「平和になったから邪魔になったとか?」翔子は、時代劇の忍者のおきまりのストーリーに思えた。
 「何処かに、傷が出来る。それを何かが塞ぐ。傷はなおったかの様に思う。ただ時間が経ち、傷も癒えると、今度はその
傷を塞いだ物が邪魔になる。悲しいかなこれが現実だ。今も昔も変わりゃあしない。永い時間の中で、こんな事ぁー何度もあったろうよ。
それでも敵がいれば何とかなんだよ。敵もいなくなれば もう仕舞だ。」
 「変な話。敵あっての、存在意義な訳。」
 「そうだよ、ソ連崩壊後の世界の在り様、国内の政治の動きを思い出してみろ。よしゃあいいのに、人間ってやつぁー敵や、悪を作りたがる。
それと戦う正しい自分を作りたがる。どーでもいい事をわーわー騒いで、人巻き込んで、収拾付かなくなって、じゃあ何故最初の平和に
落ち着かないんだって言ったって、それが正義の為だって言いやがる。結局巻き込まれた奴らが割喰うだけさ。「悪人正機説」ってーのも
こんな所から出てんじゃねーかな。」
 何時になく哲学的な父親の側面をみた翔子は、自分の父親は、こんな事考えながら仕事してたのかと思った。食べていくのもやっとな
田舎のしがない町工場の主が、社会や、世界の事を考えてるのかと思うと不思議に思えたし、どう考えても、本人自らの思想体系ではない。
多分若い時に薫陶を受けたであろう先人、特に時折「よく世話になった。」と話題にする測瑠の祖父の影響ではないであろうかと思った。
もし出来ることなら、測瑠の祖父に会ってみたいと思った。
 たとえば、アメリカ大統領がホワイトタイで迎えるのは、世界で3人だけ。「ローマ法王」「イギリス女王」と「天皇陛下」だけなのである。
そして、ローマ法王も、イギリス女王も上席は天皇陛下に譲る。これは、世界の常識なのである。用尺師は、直属の長が、陛下なのである。
測瑠の祖父も凄い人だったことは察しがつく。

 程なくして目的の農家に着いた。

 「息災だったかね?」周吉は、庭先で作業している数名の物に声をかけた。
 「周吉さん!本当に周吉さんかね!久しぶりだね~。ここじゃあなんだから、中へお入りよ。」
 年長の老爺は、懐かしそうに迎えた。皆後に続いて入って来た。

 「どうしたね?まさか昔話をしに来たではあんめぇ。」少し表情は硬くなった。
 「ああ、また裏仕事がおこりそうだ。」
 「一旦離れちまうとなぁ・・・。でも他ならぬアンタの頼みとあっちゃ動かざるをえまいて。
10日ばかり待っとくれ。情報網の復活だ。」
 老人は、なんだか楽しそうであった。

 話もそこそこに、周吉と翔子は、工場にトンボ帰りした。

 (会う必要あったのかな?)そんな翔子の心の内を見透かすように、周吉は言った。
 「会わないと、始まんないんだよ。もしかしたら、もう自分の知っている相手じゃないかもしれない。」
 「裏切ってるって事?」翔子は、恐る恐る聞き返した。
 「ああ。仲間だと思ってたら、寝返ってたって事はよくあるんだ。人は変わる。」
 「ふーん。用尺師内でもあるの?」
 「人質取られたり、金に目が眩んだり、理由は幾つも出て来る。だから会うんだよ。」
 「でも、会っただけで判るの?」
 「8割方は防げる。会って判んなきゃあ、余っ程の事だ。そん時ゃ別の方法を取る。」
 翔子は、一瞬 測瑠を案じた。
 顔に出たのか周吉は、続けた。
 「翔子よ。測瑠は、腕が立つ。頭も良い。ただ、人の為にと自分を犠牲にする。
命取りなのは、そこだけだ。用尺師は、存続と生存を第一に考える。滅多な事じゃあ 殺られない。
逃げ道は、確保してから仕事する。其処ら辺の周到さは、皆心得ているさ。」
 翔子は、少し安堵したというより、自分を納得させるしかなかった。

 周吉も苦慮していた。何せ、ブランクが長すぎた。全てが、過去の物と成っていた。
翔子にああ言ってみたものの、自分は、心配していなかった言えば嘘になる。
昔から普通にして来た事が、こうもまどろっこしく成っているのかと思った。
 それと同時に物事の流れにも、違和感を感じていた。それが何かと言われると
はっきりと指し示す物は無い。であるが故に今までの事を時折反芻していた。

 「お父さん。」
 「どうした?」
 「あのね、測瑠さん。殺し合いになるの?」
 「翔子。今まで、測瑠の殺めた相手は、数え切れない。おそらく、ここ数日の内にも
何人かと戦ってる。動き出すとそんなもんだ。ただ、測瑠は、そんな事ぁ おくびにも出しゃしない。
ニコニコ笑って、普通にしてる。怖いと思うか? 血も涙も内と思うか? そういう男だ。
他の奴らもそうだ。ただ、そんだけだ。」
周吉は、自分にも言い聞かせるように言った。
翔子は、黙って聞いていた。どうリアクションして良いものか測りかねた。

 「何時終わるかなぁ。」翔子は、少し不安になり、自分に問うように呟いた。
 「そればっかりは、判んないなぁ。早いようで遅い、遅いようで速い。見えるようで見えない。
そういった連中なんだよ。」
 周吉は、タバコを出しかけ、なんとなくまた戻し、車窓の外を眺めた。
 二人は、小田急からJRに乗り換え、帰途についた。



<12.人の振り見て我振り直せ>

 測瑠は、合流まで日数があったので、少し水鏡について探ろうと思い帰宅していた。
相手は、どれ位の規模で残っているのか、横の繋がりは、どうなっているのか。
次代を継ぐ者や、族長クラスの構成等、次々に思いを巡らした。
 用尺師は、バラバラに成って居たが、水鏡に関しては、ばらばらだったとは考えにくい。
何処に集まっていたのか。

 「教会をあたれ。」

 別れた時に、白金の源蔵からの指示であった。確かに、日本人は、教会に弱い。
なんとなく、敬虔な信徒の集団に思えるし、多くはそうなのである。仏教が、多くの宗派や、
新興系に枝分かれしている様に、教会も単一で無いのであるが、
それを見分けられる日本人は少ない。
 「ぽつんとあったり、海沿いや川沿い。土日の出入りが無い所か。それにしても、結構在るな。」
検索すると、割と引っかかる。こういった事は、糸役が得意だった。やはり切ってしまった
ネットワークは惜しい事をしたと思った。用尺師が、捨ててしまった事を、水鏡はやって来れたと思うと、
複雑な思いがした。
 「この時勢で、どうやって組織を維持できたんだろう?」
 測瑠は、疑問に思った。余程の目的が無いと、組織を維持するのは難しい。
 「世界征服や、終末論って言ったてな~。選民的思想か何かかな。第一資金が無いだろうに。」
人事ながら、心配もした。

 ふと脳裏を過ったのは、かつて「糸役四門」と言われた人たちの事であった。
千手のお珠さんの下で、陽動から隠密にわたり活動していた女性達である。
当然 当時の人員構成では無いであろう。
糸役の性格上、代変わりして存続いる可能性もあるが、孫娘の編夢が、
ほとんど全様を把握していないので、どうしたものかはかりかねた。

 「それぞれが別々に独立し、動いている可能性もあるな。」
 何となく思ったことが、妙に説得力があった。



 所在なく店に居ると、ひとりの女性が入って来た。見覚えのある顔だ。
彼女も何となく探る様な仕草だった。


 測瑠は、はっと思いだした。

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この店を始めて、少し経った頃だった。
一人の中学生位の女の子が、店に来たのである。
「何かお探しですか?」
測瑠は、当初学校の教材でも買いに来たのだろうと思った。
「あのぅ、この人の着てる服なんですけど。」
「ああ、ゲームで出てくる人だね。これを作るの?」
「ええ・・、はい。」
「この布は、オペコットといって、レオタードにする布で、ちょっと作りにくいよ。」
「はい・・・。」
「簡単に作るなら、普通の生地でも出来るけど、少し感じが違っちゃうよ。」
「なるべく、同じにしたいんですけど・・・。」
「ちょっと、待ってね。問屋さんに聞いてみるから。」
「もしもし、倉知さん?布山ですけど。この間のオペコットのターコイズ。ええ。
あれ、一反 丸でないと引けないですか?いや、客注は、2Mもあれば良いんですけど。
50Mですか。でも良いです。お願いします。」

「取れますよ。」
「あのう。私少ししか買わないんですけど。そんなに取っちゃっていいんですか?
御迷惑なら・・・。」
「良いんですよ。好きなんでしょ、そのキャラ。商品来たら、電話しますね。」
「電話は、止めて下さい。家族にも、友達にも内緒なんです。皆に変な目でみられるし・・・。」
「まだ、地方だと、理解ないかもね。都内では、普通なのにね。じゃあ、商品来たら、
店頭にこの黄色い布掛けておいてあげるよ。そしたら、バス降りなよ。」

そこまで話したら、その女の子は、急に泣き出した。
「どうしたの?」
「今まで、誰も話をきいてくれなかった。皆に、変態だとかいわれて・・・。」
「ここは、布屋だから、大丈夫。君たちの秘密基地だよ。」
「有難うございます。また来ていいですか?」

 そんな、話をした子だった。

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「その節は、お世話になりました。引越になって、ご挨拶もせずに。」
「お久しぶりですね。」
そんな話をしていたが、どうもなんかシックリ来ない。そう思っていると。
その女の子は、急に意を正して、

「実は、私の祖母は、「花」の名をお預かりしてまして。」
またも急な来訪者に、動揺した。
これじゃあ居所を隠しようがないと思った。

「そういう事ですか。」
「引越も、祖母の死が原因です。私も死んでから色々聞いたんです。
祖母の友達という人達でしたが、祖母の生前には、会った事もない人達で。
その人達から、祖母のやっていた事いろいろと。
最初は、そんな事に祖母が拘っていたなんて、信じられなくて。」

測瑠は、聞いていて、どうした物かと思案した。今なら引き返せるのでは
ないだろうか。この女性を、引き込んでよいのだろうか?この女性にしろ、
先日の編夢にしろ、急にしょい込むには、重すぎる話である。
普通に暮らすべきではないだろうか?そんな思いが過った。

そんな測瑠の思いとは裏腹に、彼女達は、はつらつとしているようにも映った。
綾にしても、編夢にしても、翔子にしても、暗さが無いのである。
「楽しいのか?」と、いつも疑問だった。
ひっそりと生きてきた自分が、何だか小さく感じた。


<13.論より証拠>

 「花」を名乗るその女性は、各地の情勢や、川上の動静、「地の音」や「水鏡」の事を
つぶさに話し出した。なんとなく想像はついたが、味方の疲弊は大変なものだった。
 「で、糸役の四門は皆健在で?」
測瑠は、気になっていた。
 「はい。ただ全員代変わりしているのと。「星」に女の子供がいなくて、男が
跡をついでおります。」
「そうですか、で、今は誰の元で動いてますか?お珠さんは、亡くなりましたし。」
「その後は、それぞれの判断で、個別に動いていました。もっとも、四門衆は、
情報の収集が主ですから、公事方の皆さま程の御苦労はありませんので、
各自、本業の傍らですけど。」
ここへきて、その女性は、はじめて表情を柔らかくした。

 測瑠も何となくほっとした。多大な犠牲を払っていなかった事がせめてもの救いであった。

 「鍔衣は、どうですか?編夢さんは、繋がって無い様でしたが。」
 「白金のお差配から止められてたのも事実です。こういう時代ですから、
御本人の決心が固まるまで、声を掛けるなと。」
 「色々な駒がそろって来たな。かつては、四門衆と会う事は無かったし、
他役の川上衆とも会わなかった。もしろ、何かあった時の為に避けてきた。
時代 時代と言いたくないが、やっぱ時勢かね。」
「お察しいたします。何分、人数が少なくなりましたので。」


取り止めの無い話が続いた。なんとなく、和やかムードに時間が過ぎた。
途中で、ピリピリしてない事にも気付いたが、何となくそのまま話続けた。
知った顔だったという安心感もお互いに在ったかもしれない。

 程なく話し込んだ。

「そのうち残りの3人も伺わせます。」
「いや、場所を変えたほうが良いでしょう。あなたは兎も角・・。」
「いえ、布山さんの表稼業は、手芸屋さんですから。女の私達には
むしろ安全で、集まりやすいです。集まるにも三々五々で
問題ありませんし。託から荷物の中継まで全てOkです。」
そう言ってにっこり笑った。
「秘密基地のようですね。」測瑠も笑った。
「だって布山さん、私が中学生の時初めて伺った時に、
ここは秘密基地だよって仰って下さって、
学校とかで嫌な事一杯あったけど、
私居場所が出来たみたいで
嬉しくて嬉しくて。私、あの日の事忘れません。」
「そうでしたね。」
「また、色々とお世話になります。」

そう言って「花」は、帰っていった。

 「花」を名乗る「累」という女性は、レイヤーといい、ゲームやアニメ等の
登場人物の格好をする事を趣味としている人達をさす。
一括りにして揶揄される事が多いが、特定分野の情報は早い。
また情報源も多岐にわたり、仲間が集めてくる情報も合わせると
膨大なソースを持っている。一芸に秀でている者は、心強い。



<類は友を呼ぶ>




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