プレーパーク プレーリーダー宣言 アルバム2005 ようこそ川へ こども市
遊ぶからこそ子どもは生きる。
 遊びは子どもにとって、食事や睡眠のように生存と成長のために欠かせない。
 それは芸術のような魂の表現であり、哲学のような存在の証明であり、
 旅のような心の修養であり、航海のような未知への冒険であり、
 人間関係をつむぎ上げる文化そのものなのだ。
  一方、冒険を恐れる大人たちは、失敗することをひどく嫌い、金で買える物や
 点数で計れるものばかりに心を奪われ、自分が子どもの命の道筋を先導できると錯覚し、
 大人の思い通りにならない子どもの自由な遊びを無視し、ときには排除すらしてきた。
  その結果、子どもはその体の中に秘めた、生きる原動力たる生命力を発揮する術を
 奪われ、聞き分けのよい「小さな大人」でいることを強いられてきている。
  「今」を生きることを許されない子どもたちは、生きる実感を持つことができない。

  子どもから自由な遊びを奪おうとするあらゆるものたちよ。
  子どもに自由な遊びを返還しようではないか!
  そのために力を注ごうとする人たちよ。
  立場を超えて手をたずさえよう。

  我々は感じなければならない。生きる実感を持たない人間がつくりだす社会のむなしさを。
  我々は知らなければならない。遊びを通してでしか紡げない人間関係があることを。
 子どもが子どもだからこそ持ち得る自由と力を。
  我々は思い出さなければならない。時間を忘れて遊んだことを。心の底から笑えたことを。
 居場所を奪われた悔しさを。本気でぶつかり合う仲間がいたことを。

  二度と来ない子ども時代。そこに「生きる」ことの根源がある。

  プレイリーダーは、子どもが自由に遊び、生き生きできる環境を実現することを目的に
 行動する。

  一、子どもが主役の遊び場をつくる
  一、子どものありのままを受けとめる。
  一、子どもと人として対等な関係を築く
  一、遊びから見える子どもの姿を発信し続ける
  一、子どもの遊びを重視できる社会へと意識の転換を図る

  プレイリーダーは以上のことについて、常に自己研鑚することをここに宣言する。

2002年2月11日
第1回全国プレイリーダー遊学祭にて


      プレーリーダー宣言について

 
この宣言は「プレーリーダーが社会に向けて発信したいこと」と
「プレーリーダー自身にとって自分を振り返る鏡のようなもの」という
2つの意味を含んでいます。
子どもの遊ぶ現場に立つものとして、「今、子どもが置かれている状況」の問題を、
きちんと提起し、子どもが生き生きと遊び、
生きていかれるような社会にしていくための宣言です。

 2002年2月11日初めてのプレーリーダーの集会である遊学祭にて、真剣に語り合い、宣言として残されたものです。
子どもに関わる大人として、いつも心に刻んでおき、
たびたび振り返らなくてはならないと思っています。




プレーリーダー宣言