Essay:二度と会えないかも知れない 2001-2002

My 2002 Year.
2002/12/30
2002年は「こんな事もあるのか!と思った2001年」を遠い昔に思わせる一年となりました。

世の中的には「韓日共同開催ワールドカップ」「北朝鮮拉致被害者帰国」に日本中が揺れたのではないでしょうか(影に隠れて住基台帳が活動を始めてしまいました)

個人的には、春から父が入院、手術。続いて姉が乳癌手術。一息ついたら自分が交通事故、更には日本平スタジアムの壁面落下事故現場に居合わせ「何事もない日常」のありがたさが身にしみました。

そんな中、ちょっぴり健康指向に目覚めたり、痴呆講習会に参加したり、髪を染めてしまったりと自分の中にも何か変化が起こったのかもしれません。すっかり映写機となったPS2でたくさんの映画も見たし、何年かぶりに映画館にも行ってみた、双子座流星群もしっかり見ました。そして、私を金縛りにする女性が現れたこと。

2001年が曲り角だったなら、2002年は新しい世界の入り口で、2003年は前進するのみと言うことでしょうか。

星に願いを
2002/12/14
今夜ふたご座流星群がピークとなり10個以上の流れ星を見ることができました。「1時間に50個以上の可能性あり」との予想もあり「これはいくらでも願い事ができるではないか」(私は案外こういった事を気にする)とホクホクで星空を眺めたわけですが、いざ星が流れると「あっ!」とか「おお〜」とか感激してしまい、願い事も忘れてしまいます。
これって普段の生活でもまったく同じような気します。チャンスはいつでもどこでもたくさんあるのに、それをうまく掴む事はなかなか難しい。
星に願うこと〜チャンスに気付けますように、そして迷わず行動する勇気を持てますように☆

責任のとれる人いますか?
2002/12/7
小泉改革が次々と腰砕けになるなか、政治屋さんの中立的あるいは民間的組織に対しする「責任をとらない者が何を言うか!」的発言が目立ちます。なるほど知識人に政治的責任はとれないのかもしれません。
では?...はたして責任をとれる人など存在するのでしょうか?言いだしっペのオヤジ達は?およそ責任をとった政治屋さんなど聞いたことがないですよね。まさか「議員を辞める事が責任をとる事」だなんて言ってるわけじゃないでしょ?(無能な者がその職を失うのは当然の事)
日産再生のゴーン氏のように、政治についてさえもいよいよ「助人」を真剣に考えるべきなのかもしれません。勿論政治屋さんの決定を待つのではなく国民の意思として。
とっても情けないことですが「日本」がなくなってからでは遅いのですから。

痴呆は身近なこと
2002/11/10
地元公民館での痴呆予防講習に参加してみました。どれほどの参加者がいるのかと思いましたが、これがどうして定刻が近づくにつれあれよあれよと定員60〜70名と思われる講習室は満杯に、100名は集まったかと思われ多くの方が立ち見状態でした。自分も参加しておきながら関心の高さにビックリです。
約1時間半にまとめられた内容は大変興味深いものでした。
とにかく痴呆が珍しいものではないという事。「まだらな痴呆」というものがあり、「まさか」と思って避けるのではなく冷静に受け止めること。不可解な行動にも「本人なりの理由がある」こと、周囲の理解により早期相談、治療することで直せる痴呆もあることなど、正しい知識の必要性をとても強く感じました。
そして、日頃から脳を守り、鍛え、予防が必要なことが現実問題なのだと。

干支って
2002/10/27
この季節、本屋さんには年賀状関連書籍がズラッと並びます。う〜ん日本の冬(苦笑)

その一冊を手にしてふと疑問が。それは水墨画風図案集のようなものでしたが、どうもしっくりこない気がするのです。来年の干支は「未(ひつじ)」ですが、水墨画に合わないのです。これが。そもそも日本に羊っていませんよネ?

なんて考えると「干支」「十二支」は純和風なものだと思っていましたが、一体正体は何だろうか、輸入品?それとも?などと不審に思い始めるのは季節のせい?(ん?歳のせい?/笑)

帰郷〜拉致被害者に思う〜
2002/10/19
北朝鮮による拉致被害者が一時帰国しました。テレビなどで何度となくその姿を見るたび、やはり涙せずにはいられません。

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今、私は夢を見ているようです。人々の心、山、川、谷、みんな温かく美しく見えます...
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詩を綴るように語られる言葉が心に響きます。24年間北朝鮮人としての人生を過ごし、帰郷した今、彼女は日本人として10代の少女に戻ったのではないでしょうか。そう夢から醒めたかのように。
故郷に滞在する10日間ほどの間に、目の前を景色が猛スピードで駆け抜けるように、日本人としての24年間を取り戻してゆくことでしょう。そして、その後の彼女は一体「誰」なのでしょうか。
ただ「自分が自分として生きていける」そうあってほしいと願うばかりです。

幽霊の寿命?!
2002/9/16
私は「未知の存在」を信じています。同時に、いつの日か未知でなくなるとも思っています。

本の中で、こんな数行に出会いました。
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「やつらは幽霊だったにちがいない。だが、いつの時代の幽霊だろう」というのは、グラント・アレンの奇妙な説を思い出しておかしくなったからだ。彼の主張によると、もし各世代が死ぬたびに幽霊を残すとすれば、世界はついに幽霊であふれてしまうだろう、というのだ。(タイムマシン/H.G.ウェルズ/阿部知二訳/創元SF文庫)
***
「なるほど!」です。人類誕生以来、この世に残された思いの数はまさに無数、なお増え続けるばかりです。いつか幽霊も深海や宇宙に進出するのか?は、さておき、幽霊は永遠の存在であり、いつかこの世に溢れてしまうのでしょうか。

彼等も我々に感じることができなければ「存在しないも同じ」と考えるならば、存在を示すために映像化するなら光学的、神経に直接訴えるなら(多分)電気的、物体に作用するなら物理的なエネルギーを必要とします。源が何処であれエネルギーを調達し消費する以上は、「尽きる」事もあり得るのではないでしょうか。つまり幽霊として存在する寿命が終る時が。

決して彼等の存在を否定するのではなく、むしろ理論的にキチンとした存在なのだろうと思うわけで(故にいずれ未知ではなくなる)、彼等にもエネルギーの代謝があり、寿命がありそうだということを思うのです。

オヤジ手紙について考える

2002/8/11

手紙を書きました。(電子)メールではなくハガキに手書きです。ワープロで原稿を入力して、それを見ながらハガキに向かい、何気なくやったあとで「?」何やら不思議な思いがホワホワと...

ワープロが登場した当時(20年ほど前でしょうか)は、手書き原稿を清書(印刷)するために使われていました。ワープロ(パソコン)は事務所に1〜2台の貴重品、考え事などしていたら怒られてしまいますし、ワープロ入力はOLさんのお仕事とされていましたから、男がワープロの前に座っていると「サボっている」と言われてしまいました。(苦笑)

そして今や年賀状はパソコン印刷があたりまえ、電子メールで日常のやりとりをする現代に手紙(紙メール)の意味(役割)とは何だろうと考えると、「手書きすべし」との思いが浮かんできたと言うわけです。

紙がもったいない、ワープロ打ちのほうが慣れている、訂正が簡単、いつのまにか逆転したのです。また一方では「ギャル文字」などという新たな試み(笑)もあるようで、手紙という文化の変貌の直中に私たちはいるのかもしれません。

力尽きるまで
2002/7/7
ワールドカップが私に見せてくれたもの、それは「力尽きるまで」という姿でした。90分間など余裕でこなすだろう強豪チームの選手が、ボールを追い走ることさえできなくなった姿。世界中からの選り抜きの選手が力の限りを尽くす、それが日本で、そして韓国でリアルタイムの出来事として起こっていると思うと、何とも言えない新たな感動の瞬間です。
その中でも印象的だったのが韓国チームです。常に日本のライバルだったチームが、共同開催国として日本の分まで、いやいやアジアの代表としてやってくれたとさえ思えてくるから不思議なものです。
波乱の幕開け、無難な結末(笑)、いろんな意味で「世界」を実感した一ヶ月間。興奮からさめて改めて「とっても凄いこと」だったのだと思い知ったのでした。
「力尽きるまで」それは限界に到達することではなく、自らの限界を押し広げること。

自分のスタイル
2002/6/22
世界中から選りすぐられたスーパースターよって競い合うワールドカップ。(言わずと知れた/笑)ベッカムのモヒカンスタイルをはじめ、プレーは勿論、外見も非常に個性派揃いですが、その理由は「自分を世界にアピールするため」いつでも自分を見つけてもらえるようになのだとか。
他人に自分を知ってもらうこと、それは自分自身が何者なのかを表現できると言うことなのではないでしょうか。それは、誰かの真似ではなく「自分のスタイル」を持っているということ。メイク、ファッション、パフォーマンス等など方法は何であったとしても。
嬉しい時、悲しい時、緊張の時、動揺の時。鏡に写った自分を見たら、あるいは大事な人と目を合わせたなら、いつもの自分の気持ち、意識を取り戻すことができる。自分を見失わず、自分が自分であることを再確認できる、見せかけでなく自信を持って自己表現できる、そんな「自分のスタイル」が持てたらイイ!
まさに自分である証としてのスタイルが☆

ワールドカップ日本代表、決勝T進出
2002/6/15
市川のクロスをナカタが決める。私のチョーお気入りパターンである。最年少代表と騒がれながら本戦直前に登録抹消。あれから4年、オーバートレーニング症候群、代表に呼ばれない日々、そして帰ってきた若い市川を世界のナカタが活かす。言葉では言い尽くせない場面だ。
倒されても倒されても走り続ける柳沢、我慢強く耐えて警告を受けなくなった鈴木、海外組と言われつつ厳しく貴重な現実を経験した稲本、地味だが黙々とゴールを守り続け楢崎、そしてこの日の為に日本人となったアレックス、みんなみんなスゴイ☆ヤツラなんだ。
強くなった日本代表、以前ならリードした試合で残り時間が少なくなるほどに「いつやられてしまうのか」と心配したものだが、ワールドカップに入り「90分間心配御無用」なんである。本当に、本当に強くなった青き戦士たち、君らはエライ!!!
韓国も揃っての決勝T進出、世界にアジアの赤と青の旋風を巻き起こそう♪

危険な子供達、否、大人達も
2002/5/29
通勤電車内、足を投げ出して座る子供達、思わず「まあ!ようけ育ったがね」と呟いてしまいそうな長〜い足、「羨ましい」じゃなくて邪魔ですね。下車しようと私が近寄っても、ついには跨いでもなお微動だにせず。「死んでるの?」と思ってしまうほどです。
そんな子供達を見ていると「危険」だなアと思います。それは「危険な事をしでかす」という事ではなく「これでは生き残れないだろう」と思うのです。何者かが近付けば身構える、避けるといった生物としての危険察知あるいは回避能力が消滅してはやっぱり駄目でしょう?
まあ子供達に限らず、火のついた煙草を振り回して歩くオジジや「戦争ゴッコしたい、した〜い」の政治家屋さんも同じかも?ですが。年齢に関係なく人間、イヤ生き物として危険(自分に対する、自分の人に対する)に対する能力を見失っているような...

思い出せないこと、忘れられない事
2002/5/19
祖母が亡くなって何年になるだろうか?いつも見ていてくれるんだよね?なのに「ばあちゃんの顔」が思い出せなくなっている。お墓の前で手を合わせ目を瞑る。そこに思い浮かべようとするのだけど、その姿は日ごとに淡くなっているようで申し訳ないような悲しいような思いがする。
別れてしまった人。忘れようとすればなおさら忘れられない。なら嫌な事を思い出すようにすれば嫌いのなれるの?いや、そんな諸々さえも好きだった事を改めて思い知られるだけ。
自分ではどうにもしようのない事がある。悲しかったり辛かったりしても、そこを通り抜けないわけにはいかないのだ。苦しい事はどうやっても苦しい。それを受入れて次に進んでいかなければ、立ち止まったままでは、思い出に浸っていては...うまく言葉にできないけど、今手に入れられる幸せさえも見逃してしまう。そんな気がする。

血はつながっている
2002/5/4
父のお見舞いに叔母がやって来ました。私はおよそ15年ぶりの再会です。
父と並んだ姿は「兄妹だなあ」と思いましたね。しかし私が驚いたのは、その話振りがあまりに自分(私)そっくりに思えたことです。まるで楽屋でネタ合わせをしてきたかのように私の思う事を話すのです。横で肯いているだけで事が済んでしまう素晴らしさ(いや奇妙さか?)。
今までに何回と会ったことはないし、自分は性格的には母親似だと思っていたので尚更の驚きでした。「あっ!血がつながっている」そう直感しました。離婚だ勘当だと生活を切り離すことはできても、決して代えられない、変わることのないつながりがあるんだなア。
決して「血縁」ばかりが理由ではないし、人間として何もかもがそっくりな訳でもないのだしと思いつつ、それにしても自分を人の目を通して見ているようで、と〜っても不思議な体験でした。

輸血、同意しますか?
2002/5/2
父が肺の手術をしました。それほどの内容ではないし「サッサとやってしまおう」くらいに思っていたのですが。
手術前日の説明で万一輸血が必要となった場合の同意確認がありました。日本赤十字社の検査をパスしていても「絶対に何もない」とは言えないとの事でした。考えてみれば当然の事とはいえ、その時には手術すること、病状ばかりが気になって「リスク」は頭からなくなっていましたので、同意書を目の前にして「一体何をどう考えれば良いのか」分かりませんでした。必要な事態となったのなら「同意する以外にないのでは?」いや「身内限定する事も考えた方が良いのでは?」う〜む...
結局は本人が納得している事、どんな手段を選ぼうと絶対はありえない、ならばプロを、またとり得る最善を信じるべきだろう、と結論付けました。
幸いに輸血の必要もなく手術は終了しましたが、どんな事でもいつ自ら当事者となるのか分かりません。自分の希望や考え(決意と言っても良いかな)を確認する習慣が必要なのかも。その時パニックにならないように。

悩ましのCLIE PEG-NR70
2002/4/22
私は小さなハイテクおもちゃが大好きである。モバイル機としてテリオス(WinCE)を使っている。綺麗な大画面、フルキーボードにタッチパネル、携帯電話インターフェイスなどなど、その機能には満足なのだがやっぱり「重い!」とっても。そして、ポケットには入らないので「イザ」って時に手元にないし、通勤電車内で立って使うのはチョット厳しいんである。
そこに現れてしまったのが「クリエ NR70」キーボード付のPalm機だ!見た瞬間に「欲しい」と思ってしまったが、まてよポケットに入るメールマシンなら携帯電話の方が良くないか?でも、携帯はメールだけでPCとのデータとしての同期や転送ができない。いやいやCLIEだって通信時にはどうせ携帯電話が必要になる。それなら多機能なWinCE&携帯の方が...
CLIEならBluetoothでワイヤレスに通信ができる。でも、Bluetooth内蔵携帯はauのC413Sしか選べないようだし。カメラ機能ならムービー写メールの出来が素晴らしいと思う。似ているようでもヤッパリ違う悩ましのハイテクおもちゃ達。当分はワクワクドキドキ悩みながらも楽しめそうである。(結局喜んでいるのさっ、へへへ)

*追伸:結局やってもうた(笑)> PDA

らしくない自分
2002/4/15
辻元議員辞職の頃から「らしさ」という言葉を盛んに耳にする。辻元自身も会見で「自分らしくないと思い」のような発言をしていた。
では「らしさ」とは何だろう。それは他人から見た印象、タイプ分けあるいは期待像ではないだろうか。自分自身で「らしさ」を意識した時、それは「他人の期待に応えよう」「本来の自分を殺し虚像を演じよう」とする事ではないのか。ニュース映像で「辻元らしくないぞ」と怒鳴る記者がいたが「売物としての虚像を作り上げた事こそが、自己を見失わせた要因ではないか」とは、あの記者には思いも及ばないであろうが。(まあ単なる需要と供給の関係だと言えなくもないけどネ)
「人の目を気にする」事自体は決して悪いことではないし励みになる事さえあるだろうが、「らしく」とも「らしくなく」とも自分は自分。他人に勝手に作られた「らしさ」の枠に囚われず、もっともっと「らしくない自分」を開拓しようじゃないか!

見せて綺麗になろう
2002/4/5
「見られると綺麗になる」「恋すると綺麗になる」とは言うけれど、どちらも相手があってのこと。では40(歳)オヤジはフィールドからはもはや退場しなければならないのだろうか。
いやいや待てよ、相手がいたからといって何もなく勝手に綺麗になっちゃうわけではないんだよね?自分が相手(特定であれ不特定であれ)から見られることを意識すること、そしてそれに応えたいと意識すること、意識が違うからこそではないのだろうか。ならば積極的に自分を見せる意識を持つことで、変われるのじゃないだろうか。
もっと綺麗に格好良くなろうよ。春だもの、桜も衣替えしたし〜♪(しっかし今年の桜はワっと咲いてドサっと降ってゴ〜っと攫われちゃったって感じだなあ)

バーチャライフ
2002/4/1
現実とは一体何だろう。現実と非現実。「バーチャル」という言葉が流行り、それはゲームやネットでの出来事として取上げられる事が多いようだが、普段の生活にこそバーチャルな状態が多く存在しているのではないだろうか。
人は有頂天な時、あるいは失意の時など意識が現実を離れ勝手な思い込みがグルングルンと回転しているではないか。それはリアルとはおよそ無関係であるにも関わらず一時的であれ人(行動)を支配する。例えば不倫は悲劇の主人公的思考に実体が支配される、まさに超リアリスティックゲームではないか。
日常生活はリアルとバーチャルが曖昧に、そして多分に重なりあっていて区別して捉える事が非常に難しい。その事自体を気安く善し悪しで決めつける事はできないが、時にはリアルとバーチャルを意識してみる事も必要なのではないか。お笑いオンエアバトルを見ながらフトそんな事を考えてみちゃったりする。

3月-人事異動
2002/3/18
3月、新しい生活に向けて人が動き出す季節。卒業、進学、就職、転勤。かつてはサラリーマンとして私も人事異動を身近に経験してきました。従来、人事異動とは机の引越し、会社という土台の上を文字どおり人が移動していると思っていましたが、最近ではその様子が大きく変わり、土台と思っていた会社も動いてしまうので、乗っている(つもりの)社員は一体?といった感じになってしまったようです。
もはや会社とは普遍の土台ではなくなり、設備や組織は勿論、業種さえ変わってしまう。更には名前や資本さえも明日はどうなるのか。確かなものはありません。
こんな時代にあっても変わらないもの。雇い主である国民を蔑ろにしては、自らの存在を否定するって事にそろそろ気付いかないとねエ...

コピー防止音楽ディスク(CDのようなモノ)
2002/3/12
コピー防止機能付きの音楽CDが発売されるそうです。これがまた、CD-R/RWで複製できないのは当然のこと、データとしてMP3プレーヤー等への変換・転送もできないうえに、ナント!Macでは音楽自体を聞く事すらできないのだとか。こうなるとiMac使いの私としては「ぬわに〜!」と思わずガラも悪くなってしまいます(苦笑)
ところが、あれこれ調べてみると、これが「そもそも、これは音楽CDではない」のだとか。見た目はCD、再生はCDプレーヤー、でもCDではないモノ。なんじゃこりゃ?ですね。
正規のCDではないので、CD規格ロゴもつかないしCDプレーヤでの再生も保証されてはいないわけで(店頭に並ぶディスクには注意書きが書かれるらしい)、さまざまな課題を抱えながら登場するこのなんとも不思議なディスク、はてさてどうなる事やら。と発売を待ち構えていたら、な〜んとオリジナル発売前に既にコピーがネット上を流れているのだとか。ウ〜ムますますもって不思議な時代になったものです。

「アミ 小さな宇宙人」に思う
2002/3/6
なんとも悩ましい本がここにある「アミ小さな宇宙人」(エンリケ・バリオス著、石原彰二訳/徳間書店)読みたいのに目(?)が進まない。何故か?それは主人公が「変な子」だからなんですぅ。
この本は「十歳の男の子」と「子供の姿をした宇宙人」の「すべての国の、さまざまな年齢の、子どもたちに捧げる」物語なのですが、この二人、やりとりがとにかく「年寄り」なんですよ。読んでいて「こんな子供いないだろ」「いたら無気味だ」と余分なところに気になって肝心なテーマ「愛」に集中できないんだな。
これが作者が意図した事なのか日本語訳の問題なのかは分かりませんが、内容が良いだけに尚更悩ましいのですよね。無理に子供を持出さなくても良かったのではないのか(冗談抜きにサラリーマンだったら自然に読めるのでは?)と思ったり。子供の振りした大人を見るのはあまり気分の良いものではないでしょ?
挿絵を描いている「さくらももこ」さんの文章だったら、本当に子供に読んで聞かせられる物語になったのではないだろうか。重ね重ねも残念だなあ!!!

オヤジ「化粧」について考える
2002/2/20

コンピュータ業界紙をめくっていたらこんなコラムが目に止まりました。「化粧のはじまり」
*****(抜粋)
美的徒然記(2)
「化粧=COSMETICS」の語源は、古代ギリシャ語の「宇宙・秩序=KOSMOS」。古来から、化粧が「自分と自分を取り巻く人や環境をつなぐ役割を果たすもの」ととらえられてきことがここからも伺える。
*****
化粧(あるいはファッション)というものは集団の中にあって「共通言語」としての役割があるのですね。特に日本においては、女子高生のルーズソックスに代表されるように「仲間の記号」「象徴」の意味が大きいのではないでしょうか。
また男における化粧と言うもの。NHKドラマの「聖徳太子」を見ていて「昔の男は随分とお洒落だこと」などと思っていましたが、コミュニケーション手段の面から言うなら現代(の大人)の意識の方が歪んでいるように思えてきます。いつから「男が化粧など」といった風潮が広がったのでしょう。戦争(軍国主義)の影響が少なくないように思うのは私だけでしょうか。
「個性がなんとか」といった見方が多い部分ではありますが、「人をつなぐもの」として自然に身に付けられたなら素敵なことじゃないですか。ネ♪

遅すぎるなんてないんだよ
2002/2/4
今まではずっと人と接する時に、自分自身が選びだした気に入っている部分だけで自分を表現していたって事に今更ながら気が付いたよ。自分が許せる範囲の自分などどれ程あるだろうか、二割?三割?ほんの一部分を見せただけで自分を分かってもらおうとか、まして好意を持って欲しいなどお笑いだよね。
でも、今の今迄まったく気付かなかったのだこれがまた。それで十分だと信じて疑わなかったし、当然人の意見など聞くはずもなく過ごして来てしまった。あまりに情けないが、事実なんだ。
映画「小公子」にこんな台詞があったっけ「良い事をするのに、遅すぎるなんてないんだよ」あ〜そうだよな、そうであって欲しいよな。せめてこれからは、自分の持てる全てで人に接し(たとえ自分として気に入らない部分でも)必要とされる事を惜しみなく発揮できたなら「幸せ」を感じて過ごせるのだろうと思う。そうなりたい。

今年の抱負など
2002/1/13
月並みなテーマですが、一応ケジメって事で...「今年こそ運命のパートナーを」と言いたいところですが、これは「縁」あっての事なので運命に任せるとして。
まずは「太るぞ」と。冗談ではなく何をするにも健康第一なわけで、マジに太りたいと思います。
それから「カラオケ」かな?芸のひとつも身に付けよう、イヤ以前から「唄って踊れるパソコン先生」が目標でしたから(どんなヤツだ一体-笑)流行歌の一つも人前で歌えるようになろうかと。
そして「WinXP」と「MacOS-X」って事になるのかな。
で、今年も顔を上げて、胸を張って、笑顔で過ごしたいですね。

これは欲しいかも
2002/1/8
ついに出ましたおにゅ〜なiMac!最初に写真を見た時は「え〜こんなナノ?!思ったのと違〜う」なんて思ったのですが、それじゃその辺のWindowsPCと同じじゃんネ。と思って良〜く見ると「あ〜らアナタなかなかイイんじゃな〜い」、液晶だし、G4だし、Xだし、SuperDriveだし〜!も〜これは欲しいかも〜!!と思えてきてしまったのです。やっぱMacはやめられまへん(笑)

でも、この姿PIXARのCGアニメの電気スタンド君に見えてしまうのは私だけ?

元旦には清水エスパルスが天皇杯優勝!そしてこのiMac!今年は春からウキウキよ〜♪と行きたいもんだ。

2001年を振り返って
2001/12/31
2001年もあと僅かとなりました。今年一年は本当に「こんな事もあるのか!」と言うような凄い(自分で言うのもなんですが)年でした。私にとって転機の時だったようです。ほんの一年前には想像さえしなかった自分がここにいます。

*****

変われることはすばらしいことなんだ。
変われるってことはいつだって可能性があるってことなんだ。変われるってことは今日がだめでも、明日はうまくいくかもしれないってことなんだ。変われるってことは絶対にあきらめるなってことなんだ!
誰だって、自分が思っているよりはすごい人間だよ。

(妖精フィッツの言葉/童話物語より)

*****

昨日は、ものすっごい風で今年の諸々を吹き飛ばすかのようでしたが、今日は一転まさに一面ピシッと青空なりスキっと大晦日を過ごせそうです。21世紀版の私はまだまだ変わり(成長か?)始めたばかりです。これから自分がどう変われるのか、そしてどんな事が起こるのかを楽しみにしつつ新しい年を迎えたいと思います。

答なんて欲しくない?
2001/12/24
日々の生活において本当に悩みや迷いは尽きる事がありません。事の大小はあれ生きている以上、また前進しようとする以上は人間誰もがそうなのだと思います。人に相談したり、あるいは神に願い事をしたりする事も少なくありません。
でも、本当に答を求めているのでしょうか?いや、答を聞いてしまったら迷いも消え素直に先に進む事ができるのでしょうか。気持ちの何処かで「このままで良い」と思っていないでしょうか。
答を知ってしまったら。あとは自分の意志と責任で進んで行かなければなりません、新しい領域に。「未知の環境」それは「悩み」よりも怖いものかもしれません。だからこそ無意識に避けてしまう。
本当に欲しいのは答そのものではなく、悩み、迷いを本当に解決しようと思う意志、そして答を実行できる強さ。これこそ求めるべきもの。

お墓参りにて
2001/11/25
「わが子を残してあの世に行くとはどんな気持ちなのだろうか」線香の煙の中、目を閉じていてフトそんな事を思う。
祖母は病の床にあってなお娘(私の母)の事を気にしていたと聞いた事がある。いくつになろうと「親は親」「子は子」なんだと当然の事ながら感じさせられる話です。
私自身は未だ結婚もせず当然子供はないので、「わが子」について話す事などできませんが、いつかその日がやって来たとしてもその体験を人に伝える事はできないわけで(経験者はこの世にはいないのだから)実際のところは永遠に誰にも分からないままなのでしょう。
目を閉じて祖母の顔を思い浮かべると「見えない相手に隠し事などできようはずもない。いつまでもこうして、ありのままで向き合える様でありたいものだ」と改めて思うのでした。

年末に向かって
2001/10/25)
月の数字も二桁になると世の中が「年末」に向かって動き出すようです。店頭にはカレンダーにダイアリー、「年賀状」のタイトルが並び、中旬を過ぎると(温暖な静岡でも)通勤電車でマフラーを目にするようになりました。
年賀状(葉書)を出す人(会社)が減っているそうですが、家庭においてはパソコン、ワープロが一年でもっとも活躍する季節なのではないでしょうか?
来年(2002年)の干支は「午(馬)」ですが、前回の午年にはどんな年賀状を出したのでしょうか。当時はプリントゴッコ(ご存知ですか?)全盛だったように記憶していますがいかがでしょう?その前は?ひたすら手書きだったと思います。では次回(2014年)はどうなっているでしょう。想像できますか?
12年周期というのは時の数えとしても経済的な周期としても非常に良くできた仕組みのようです。昔の人はすごいことを考え出したものです。(感心!)
そんな事を考えている間に25日も過ぎ、いよいよ残り2ヶ月となってきます。21世紀最初の年はどんな風に来年に続いて行くのでしょう。そして我がホームページは無事に新年の装いをまとう事ができるのでしょうか(笑)

返り桜で一句
2001/10/7
金木犀の香に誘われてフラフラと。「さて写真でも撮りましょうか」と思いながら見上げていると「デジカメですか?」と声が。振り返るとお散歩中のおば(否)オネエ様。
「デジカメ撮るんですか?」と目敏く私の手の中のデジカメを発見して興味津々な様子。聞けば、ご自身も俳句の題材をデジカメで撮るのだとか、金木犀の撮り時を今日か明日かと待っていたそうな。パソコン歴は7〜8年はあるそうで、「息子のお下がり」だからと謙遜されてはいるものの、お話を聞いているとなかなかのキャリアであります。
「ほら、こちらの木の方が色が良いですよ」などとアドバイスをいただいていると「あら!返り桜だわ」と驚きの声、見ればたしかに桜がポツリポツリと咲いています。しかもその一本にだけ。すかさず「また一句できたわ」だそうで、いやっ御見逸れいたしましたです。
「自分と同じようなことをする人がいるなんて」と随分楽しそうにお話をして頂きました。私も母ほどのお歳の方とこれほど通じるとは、嬉しく、そして不思議な思いがしました。
これもひとつの「出会い」せっかくなら若いお嬢様が良かった?まあ、お嬢さんは返り桜で一句読んだりしないか(笑)

つい昨夜読み終えた本にこんな一言がありました。「何か好きだということは、生きる意味をそれが与えてくれているということです。」

誰かにそばにいてほしい
2001/10/4
テレビで映画「ディープインパクト」を見ていたら涙が出てしまいました。愛し合っていても避けられない「別れ」がある事を痛感した瞬間でした。作り話なのは分かっているし、CGも今となってはやや不自然さも感じ(贅沢過ぎ?)ながらも、米国同時多発テロの後とあって「ありえない事」とは言い切れないのは私だけではないのでは?
こんな時、部屋に独りきりな事にふたたび涙する静か過ぎるかもしれない秋の夜です。

マイケルジャクソンの顔
2001/9/24
久しぶりにM.ジャクソンの映像見た。このところ30周年コンサートに6年ぶりの新曲発売、そして米同時多発テロの犠牲者支援チャリティー・ソングを計画するなど、度々ニュースに取りあげられている。
新曲のプロモーションビデオでは、衰えのない歌と踊りを見せてくれるが、(気になる)顔は増々仮面化がすすんでいる感じで、まさに「張付いている」かのようです。(猿の惑星の特殊メイクの方がずっと表情豊かに思える)

彼ほどの才能と栄光、実績も財産も備えた人物がどうしてそこまで自分を変えることにこだわるのだろうか、それはまさに凡人には伺い知れぬ事なのでしょう。

見た目をイジクリ回す事では日本の若者も負けてはいないようですが、残念ながら「個性的」など程遠く規格化されていて、中には「おまえにそれはないだろう」と思うのだがやはり「みんなと一緒」が良いというのが日本人らしいところでしょうか。女はおしり、男はおなかにパンツを見せて、いかに平和(でオメデタイ)な国なのかを(その格好では緊急的行動は無理でしょ?)世界にアピールしているとも言えなくはない。(若者よ何故にそれほどパンツを見せねばならないのか?)

ただ、M.ジャクソンであれジョシコウセイであれ、みんな何かを求めているのであって、そして行動している(その内容はともかく)だとすれば、ただただ育ったままの姿でいるオジサンとしては見習うべきところがあるのかもしれない。

戦争とイチゴ
2001/9/17
ケーキ屋さんのショーケースからイチゴのケーキが姿を消している。魚屋さんからはマグロが...米テロ事件は間違いなく日本人の一般生活にも影響しています。あらためて他人事ではないのだと思い知らされます。
米大統領から何のためらいもなく「戦争」の言葉を聞く様になり、「戦争」が現実の事として近づいていることを感じます。日本では、なんとなく「やられたらやり返す」とか「米から言われるから」とか、国民(市民)の安全・平和などおよそ考えにもない様子。これはゲームでも映画でもなく、我が身にミサイルが襲い掛かるのかも、愛する人を戦場に送るのかもと思っている人がどれほどいるのでしょうか。
我が身は自分で守らねばならないのも事実だと思い、武力では平和は実現できないのもまた事実だと思う。難問であるからこそ逃げずに向き合う事が必要なのでしょう。

痛い
2001/9/14
昨日朝は腓(こむら)返りで飛び起きた(実際には起上る事などできなかったが)、とにかく我慢するしかない辛さ。これでいつもなら痙攣が治まれば痛みは消えていくのだが、今回は何故だかず〜っと痛い。今朝になるとなおさら痛くなっているみたいだ。一体どうなってしまったのだ私のふくらはぎ、たんなる歳のせいか?

信じられない

2001/9/12

世界貿易センター崩壊。今目の前にあったビルが煙の中に消えてしまう(本当になくなってしまった)なんて信じられない光景です。ミサイル防衛構想がどうとか議論になっていますが危険は遠くからゆっくりやってくるのではない事を思い知らされましたね。ただ戦争の時代にならないことを祈るばかりです。

はじめに

2001/9/3

「もう二度と会えないかも知れないと思うと、話しかける勇気が出てくる」ずっと昔のTV-CMでオノヨーコ(ジョンレノンの奥さん)が言っていた言葉を今でも思い出す。「もう二度と会えないかも知れない」今この瞬間こそは、まさしく二度と会えない時間(とき)なのだ。
振り返った時「もしあの時、...だったら」、そんな後悔をしたくないから「もう二度と会えないかも知れない」と思って勇気を出して話しかけてみよう。


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