捕鳥 一羽目 10

 神の社に到着すると。
「可愛い〜〜〜ッ」
 少年エネル―ハネルの姿はあっという間に見えなくなった。
「お名前は?」
「は、ハネルです…」
 侍女達に埋もれて声だけが聞こえる。
「ハネル君ですって!」
「あらだめですよ。ハネル様とお呼びしなくては!」
「ハネル様っ!お名前まで可愛らしい!」
「お歳は?」
「あの…背低いんですが…十三なんです」
「あら…きっとこれから伸びますわ」
「男の子ですもの。まだまだこれからですよ」
 無視されている神官たちはぼんやりと。十歳くらいに見えるが聡い訳だ。本当は十三歳だったのか。そんなことを考えながら所在無く立っていた。
「わ、あああの…」
「わぁお肌すべすべねー」
「血筋よねー。エネル様も御幼少の頃はきっとハネル様のようなお綺麗なお子様だったでしょうね」
「髪の毛もさっらさら〜」
「せっかくのお顔が隠れて勿体無い。編んでみたらどうかしら」
「え、それは、えと」
「どのくらいこちらに?今日はここにいてくださるの?」
「え、ええ…出来たらそうしたいと…」
 侍女達の黄色い声が社に響き渡る。エネル様の遠い親戚だというあたりまでは聞いて。証拠にと長い耳たぶをちらりと見せると。その後は誰も神官の話を聞こうとしない。折角考えに考え抜いた設定が全く報われない。四人の背中にピュウと冷たい風が吹いた気がした。
「その布はエネル様のものですね?」
「あ…はい。えと…ここに来るのに相応しい服がなくて…お借りしました」
「まぁまぁ!では服を縫いましょう」
「や、あの」
「大丈夫ですよ。すぐに出来ます」
 侍女のおもちゃになって有無を言わさず採寸されている。すっかり人気者だ。侍女達も毎日エネルの相手をするばかりで他には娯楽らしい娯楽もあまりない。可愛らしい子供が遊びに来て。しかも神は不在。神は元気で留守がいいとばかりに女たちははしゃいでいた。
「ほっほう〜あの女どもも普通にしゃべるんだな」
「そりゃ喋るだろうが…」
 いつも畏まって神のお側に仕える姿しか見たことのなかった神官たちはかなり驚いている。神に仕える神聖な女たちの幻想は崩れ去り彼女達もここへ来るまでは普通の女達だったのだと思い知らされた。
 女たちは一分も持たずにハネルの虜にされてしまったが。それでも神兵長は黙ってはいないだろう。そう思ってヤマを見ると。
 見たことのない穏やかな表情で侍女達に構われている少年を見守っていた。幸せそうに目を細めて微笑んでいる。今にもお菓子かお小遣いでも出して渡しそうな勢いで似合わないほんわかオーラを出しまくっている。
「…神兵長まで…」
「あれは孫を見る目だな…」
「ああ…孫が遊びに来たときのおじいちゃんの顔だ…」
「さすがエ…ハネル様…一瞬で社を制圧だ…」
 社の他の男たちもヤマのそれと同じ表情だった。
 本当にこの社は大丈夫なのだろうか。四神官は自分たちのことはすっかり棚に上げて浮かれきった神の社を呆れた様子で見ていた。
 自分達がこの島の砦だ。真実を知る者として。自分達がしっかりしなくては。心綱≠ナ四人の思いは一つになっていた。
「…と、とにかくだ。社でお世話するのは上手くいきそうだな」
 我に帰ってサトリが言うと残る三人も思い出したように頷いた。設定は活かされそうにないが目的はすんなりと果たされてしまったようだ。
「ではハネル様のことは頼んだぞ」
「ほっほう♪任せろ。お前たちより上手くやるぞ」
 社の者からはまったく相手にされない四神官は仕方なく神官だけで話をした。サトリを残して他は解散するかというときに。
「あ!待ってください!あの、神官の皆さんにご挨拶を」
 ハネルの一際大きな声が聞こえた。
「あら、まだ居られたのですね」
 そして侍女の冷たい声も。
「神官にお気遣いだなんて…ハネル様はなんて健気でいい子なのかしら」
「逃げませんから離してくださいー!」
 うふふふおほほほと上品な笑い声に送られて少年は剥ぎ取られそうだった布を引きずって神官たちのもとへと走ってきた。大勢の女性に慣れないのか、それとも何かされたのか。涙目で真っ赤な顔をして。
「お世話になる身で図々しいとは思いますが…お願いがあります…ッ」
 今まで歳に似合わぬ落ち着いた様子しか見せなかった彼が切羽詰ったように懇願する。
「何なりと」
「あの人たちの中で一人にしないで下さい…!!!」
 子供らしい一面を見てサトリがよしよしと頭を撫でる。
「ほっほう〜♪お前たち浮かれすぎだぞ。怖がってるじゃないか。ハネル様、大丈夫。おれがここに残りますから」
 サトリが女性陣に聞こえるように言うと。「えー」とか「いいのに」とか迷惑そうな声が上がる。
「ずいぶんと羨ましい光景でしたがな」
 シュラはわざとらしく笑ってハネルを見た。
「ぅう…意地悪ですね」
 見上げる恨めしそうな涙目と尖った唇が子供らしくて。神官たちはどこかでホッとするのを感じた。いずれ神になる身とはいえ今はただの子供。変に大人びた先ほどまでの彼よりも女達に囲まれて真っ赤になっている方が自然だ。オームやゲダツは思わずヤマと同じようなほんわか状態に陥りそうになるのをぐっと堪えた。
「せいぜい取って食われないようにしてください」
「食われるんですか!?」
「あら、シュラ様。人聞きの悪い。私達そんなこといたしませんわ」
 言葉では否定したのにオホホと笑う高い声はまるで取って食いますと言わんばかりに聞こえた。無論ハネルの怯える様子が可笑しくてのことだ…と信じたいが。
「サトリさん、今日はずっと一緒にいてくれますよね!?」
「ほっほう〜勿論♪ハネル様の貞操は守りますとも」
 サトリにしがみつく少年を眺めて侍女たちはくすくすと笑っている。ヤマはまだほんわかモード全開だ。あいつ絶対エネル様の子供でも出てきたら舐めて擦って可愛がるに違いないとシュラが陰口にしては大声で言ったが全く気に留める様子がない。完全に腑抜けだ。
「では我らは戻ります」
「オモチャにされて大変かと思いますが…ここにいれば安全ですから」
 ゲダツとオームがそれぞれ不自然でない程度に軽く頭を下げた。
「はい、今日はありがとうございました。皆さんも島の警備頑張ってください」
「サトリ」
「おう。ここはおれにまかせろ」
「ハネル様、ダンゴに押し潰されないようにお気をつけて」
 また意地悪を言うシュラに今度はハネルも少し笑った。手を口に添えて内緒話のポーズをするのでシュラは屈んで顔を近づける。
「シュラさんも大人の私が居ないからって彼女達に手を出すのは気をつけた方がいいと思いますよ」
「っ!?」
「シュラはスケベが顔に出てるからな〜♪修行をつめよ。ほっほう〜」
 にっこり笑顔で手を振るハネルに見送られて三人は社を後にした。



「…まったく可愛くねェ餓鬼だな。ッテェ!」
 ボソリと言ったのがオームとゲダツの耳に入りゴツンガツンと殴られる。子供とはいえ神・エネルに対する暴言は見逃されないようだ。
「また面倒なことになっちまったが…まァ、エネル様が戻られるまでせいぜい頑張ると致しましょうかねェ」
 シュラが軽口を叩いてわざとらしくため息をつく。
 前回の当事者としては。精神的に追い詰められていく神と二人きりで過ごしたあの時に比べれば事態はずっと楽観的に思えた。相談する相手もいる。取り出せないだけで貝≠フ在り処は分かっている。あの子供は確かに神の片鱗を見せるが所詮子供。ことの深刻さを彼なりに分かっているだろうがあのときのような悲壮感はない。
 何かが解決したわけでもないのにどこか緊張感のない自分に気づき少し呆れていた。前回も今回も。その気の緩みがこういう事態を招いたというのに。
「…お前たち…」
 どこか気楽そうなシュラとは対称的に何か思いつめた様子でオームが小さく呟いた。
「あの子供の…ハネル様の声≠一度でも聞いたか」
「?」
「いや…そういえば聞こえないな?」
 ゲダツとシュラは怪訝な顔で答える。
「それはお前…子供でもエネル様なんだから当然だろう」
 神の声≠ヘ神官たちには聞こえない。心綱≠ヘ何故か一方通行なのだ。神官同士なら心綱≠ナ会話は可能。だが神≠ノは一方的にこちらの思いが筒抜けになるだけなのだった。だからこそ神。理屈はよく分からないがそんな風にゲダツやシュラは納得している。
「それは…そうなんだが」
「あまり考えたことがないが…そういう体質かなにかでは?」
「…そうだな。なんでもない。忘れてくれ」
 納得したのかそうでもないのか。常に仏頂面のオームの表情からは何も読み取れなかった。ずんずん歩いて先にいってしまうオームを見て。シュラは肩を竦めて。ゲダツは腕を組み損ねながら「そうでないなら何だと言うんだ」と口を開け忘れながら尋ねていた。
 無論口から出ない質問に返事が返ることはなかった。



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20091120 本サイトにて公開