捕鳥 二羽目 2

 神の社の探検は拍子抜けなほどスムーズに進んだ。
 基本的に鍵をかけるという概念がこの社にはない。いや空島にはそういう習慣がほとんどないのだ。常に外気を取り入れなければ暑くてたまらない気候の所為でどの家も窓や扉が開け放たれたままというのが普通。この社も例外ではなくどの部屋も扉が開けてあったり閉まっていてもすんなりと開いたり。
 時折忙しそうな侍女とすれ違うがハネルを見るとにこにこと笑顔で会釈して誰も咎めたりはしなかった。
 部屋はどれも二人が泊まることになった部屋と大差ない。全体的に派手で装飾が煩い印象だった。エネルが趣味で集めたと思われる妙な通販の筋トレマシン置き場になっていたり。書庫のように本だらけになっていたり。それぞれ目的に応じて多少の変化はあるがサトリが期待したほど面白い部屋はない。当たり前か。変わり者の神が住んでいても家は家の定義から外れはしない。
 あとは侍女達の暮らしている棟に期待するしかない。そんな風にサトリが飽きかけてきた頃。
「…ここ」
 未だわくわくした輝く目で探検を楽しんでいたハネルが何の変哲もない部屋で小さく呟いた。
「きっと私の部屋です」
「なんで分るんだ?」
「なんとなく…なんですが。見覚えがある物があるわけでもないんです…でもなんとなく」
 他の部屋にもあったような椅子を小さな手が愛しげに撫でる。
 今までいくつも見てきた部屋と何か違うだろうか。見回してみたがサトリには違いが分からなかった。強いて言うなら他のごちゃごちゃした雰囲気に比べると少し物が少なめだろうか。
「フフ…アハハ。なんだか変な感じですね」
 ハネルはテーブルや灯貝にも触れて。時々声を出して笑っていた。見知らぬ物のはずなのに懐かしんでいるような表情を浮かべている。
 未来の自分の部屋を見るのはどんな感じだろう。例えば十年後の自分の部屋は。サトリはぼんやりと今とは違う場所に住む自分を思い浮かべた。きっと今とそう変わりないのだろう。家具や家が全く変っていても。根本的な何かが変わりなく受け継がれているに違いない。何年経っても変わりない自分の姿を見るようで自嘲のような微笑ましいような微妙な可笑しさを感じるのかも知れない。
 どこまでも推測でしかないが。椅子に座ってみたりしてはしゃいでいるハネルを見ながらそう見当違いなことでもないだろうと思った。きっとこの部屋には本人にしか分からないような昔から変わりのない何かが溢れているのだろう。
「サトリさん」
 ちょろちょろとあっちへこっちへと動いていたハネルがいつの間にかすぐ隣に立ってサトリと同じように全体を見渡すように部屋を眺めていた。
「ん?どうした?」
「私は…神様になった自分というのがどうしても信じられなかったんですが…」
「うん?」
「やっぱり神様になっても私は私なんですね…」
 微笑んだ表情が大人びていてどこか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「がっかりしたのか?」
「いえ…よく分りません。私が全然違う人間になってしまうのも寂しいですし。全く成長しなくてもやっぱり寂しい。…そういうことだと思います」
 分からないと言いながらも上手く説明するものだとサトリは感心する。やはり子供とはいってもあのエネル様だ。
「おれの知ってるエネル様はハネル様とは全然違うけどな」
「…見た目が、ですか?」
「見た目も。中身も。ハネル様がどうやってあの方になるのか本当に不思議だ」
「…きっとそれはサトリさんに気に入られたくて私が猫を被ってるからですよ」
 にっこり笑ってそんなことを言う。
「そういう思わせぶりなところはちょっと似てるな」
「アハハ!やっぱり!」
 楽しそうに笑って部屋を出る。お子様ランチを好きだといったり。妙に大人びた表情を見せたり。不思議な子供だ。ある意味大人のエネル様の方がずっと分りやすいような気がした。神は自分のしたいことに素直な方だ。絶対の力を手にして神になったことで遠慮の類がなくなった所為だろうか。それだけでこの子があそこまで変るだろうか。どうしても目の前の少年と神・エネルが繋がらない。
「ハネル様、サトリ様」
「はい?」
 出てくるのを待っていたのか部屋の外に出ると侍女が声をかけてきた。
「お食事にはもう少し時間がかかりますが。それまで湯浴みはいかがでしょうか」
「…ゆあ…?」
「風呂に入るかって聞いてるぞ」
「ああ…えっと」
「エネル様は普段シャワーだけしかお使いにならないのですが今日はお湯も張りましたし…いかがですか?私でよければお供いたしましょうか?それとも他の者をお呼びしましょうか」
 どこかのハゲが聞いたら鼻血でも出しそうな話だ。サトリは自分が子守を買って出てよかったとこの瞬間心底思う。
「では…有りがたく使わせていただきます。一人で入れますのでどうぞお気遣いなく」
「折角このお姉さんが背中流してあんなことこんなことしてくれるかもしれないのにか!?」
 自分が十三の時なら確実にお姉さんについてきてと頼んだだろうに。勿体無いといわんばかりにサトリが抗議した。侍女に汚物を見るような目で見られても特に気にならなかった。
「お、お風呂くらい一人で平気ですよ…!」
「ほっほ〜〜う♪ハネル様はむっつりスケベだ〜♪」
 見る間に顔を赤くして。思い切りサトリから顔を背けると。ハネルは場所を知りもしないのにずんずん歩いていった。
「あ、ハネル様!…あー…」
 呼んでみたが振り返る気配はない。むしろ遠ざかるスピードが上がったように見える。
 チクチクと侍女の責める視線がサトリの分厚い脂肪に突き刺さり流石に無視しきれなくなった。
「おかしいな〜。普通の少年ならこんなチャンス逃さないぞ」
「ハネル様はサトリ様と違って初心なのです。あまりからかい過ぎるのはいかがなものでしょうか」
 早く追いかけて下さいと侍女の声≠ェ聞こえてくる。そういえば侍女たちに囲まれただけで涙目になってしまう子だった。どうやらそっち方面は正真正銘本物の子供のようだ。
「ほっほ〜う。多感な時期の男心は難しいな」
 走るというより飛び跳ねるという方が近い動きでハネルを追いかけた。



 心綱≠ナ捕らえられないハネルを追いかけるのは思いの外労を要した。しかもハネルを連れずにうろうろしているところを社の者に見つかると二回に一回は何をなさっておいでですかと丁寧な言い回しの中にたっぷり棘を仕込んだ言葉で咎められるのだった。仕方なく風呂の場所を訊いてそこで待つことにする。
 だがそこについてみるとどうやらハネルは既に中に入ってしまった後のようだった。
 やはり無駄にゴージャスでサトリの部屋よりも広い脱衣所に浅葱の布が畳んで置いてある。
「ハネル様ー!」
 見たことはないが大浴場だと思われる扉の向こうに呼びかけてみた。
「わ、サトリさん…」
 エコーのかかった声が聞こえる。
「ハネル様、失礼なことを言って申し訳ありませんでした。お許し下さい」
「…」
「怒ってますか」
「も、もう怒ってません。私こそ一緒にいてくださいとお願いしたのに…逃げたりしてすいませんでした」
 余程自己抑制が上手いのか声は本当に怒ってなどいないように聞こえた。子供なのに大人だ。エネル様は大人なのに子供みたいだというのに。サトリは微妙な違和感に一人首を傾げてみる。
 時折見せる動作の癖や聡明さ。確かにエネル様だと感じる瞬間はある。だがそれ以外は真逆の行動が多い。率先して働くこと。素直なこと。我慢をすること。謝ること。気を遣い過ぎること。女性が苦手なこと…は年齢の所為かも知れないが。
 なるほど。とサトリは妙に納得していた。自分の中でハネルとエネルが結びつかないのは当然だ。外見だけでなく中味も共通点が少なすぎる。自分は子供の頃と比べてどれほど変っただろうか。朧な記憶を辿ってみるが正反対というほど変ってはいない。むしろそのままの部分が多いように思う。
 エネル様の人生には何かがあったのだ。悪魔の実を食べたことかも知れない。他の事かも知れない。いや実際に何かが起こったのではなく自ら変ろうとして変った可能性もある。とにかくだ。子供の頃の自分を全く捨て去り。別の自分を生み出した。それが一度きりだったのか何度も繰り返したことなのかは分からない。ただそうやって自らを変革させることで自分が知る神・エネルになったことは確かだろう。
 神の秘密に触れた気がしてどこか後ろめたい気分になる。シュラが言っていた「自分の小さい頃をお前らに知られるなんてまっぴら御免だ」という言葉を思い出していた。生憎サトリ自身にはそう思い当たる節はない。だが神・エネルは子供の頃の自分の姿など決して見られたくはなかったのではないだろうか。正反対と感じるほどの変化を遂げたのだ。誰にも知られたくない秘密。無かったことにしたい過去。それがあの子供だとしたら。
 これ以上あの子供のことを知ってはいけない。知られたくないことくらい神にでもある。当たり障りのない楽しいお喋りなら得意分野だ。電気貝≠ェ出てくるまでそれを貫き通すべきだ。
 いやもっとあの子供のことをよく知りたい。神が真逆の性格を作り出してまで隠したかったのは何なのか。ここまで知ってしまったのだ。どうせなら完全に暴いてみたい。
 相反する考えがサトリの中でぐるぐると渦を巻いていた。
 サトリにしては珍しく沈黙して考え込んでいると。
「あの…広いお風呂でちょっと心細くなってきたところです。サトリさんもいかがですか」
 扉が少し開いて長い髪を器用に結い上げたハネルが顔を覗かせた。オームに知られたら呪い殺されそうなシチュエーションだ。
 恨みがましいハゲの姿が思い浮かんでどうしようかと少し考えたが。サトリは自分のここでの役割をふと思い出した。
 社探検で楽しんでいる場合ではなく。彼の護衛をしにきたのだった。
 今のところ社の者にハネルの素性を疑う者や、親類を人質にしてエネル様に害を為そうなどと思い巡らす者はいないようだが。悪い感情が一つも聞こえてこなかったかといえば嘘になる。神に家族を殺された者が神の親族の登場に浮かれてばかりのはずがない。今はまだ浮き足立って浮かれている連中につられているだけで。一晩経てばもう少し分りやすい悪意に成長する可能性は高い。悪意が直接ハネルに危害を加えるという行動に発展するかどうかはまだ分からないが。シュラと立て篭もったときにエネル様が危惧したことは残念ながら間違いではなかったようだ。
 彼を一人にするのはやはり得策ではない。外で見張っていれば彼が風呂に入っている間は安全。だが自分が入っている間ハネルは一人になる。それはまずい。
「じゃあ一緒に入らせてもらおうかな〜」
 嬉しそうに笑顔になってハネルの顔が引っ込んだ。足音とお湯が跳ねる音。湯船に飛び込んだようだ。
「サトリさんが入ったらお湯が無くなっちゃいそうですね」
「おお、言うな〜」
「さっきのお返しですよ」
 脱衣所をよく見ればサトリの分のタオルも用意されていた。流石に着替えはなかったが。向こうも二人セットで扱うつもりらしい。それは護衛の面から考えれば色々と都合がいい。
 念のためオームの気配が社の近くにはないことを心綱≠ナ確認して。結局ハネルにどう接するか決めかねたまま浴場に入っていった。



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20091120 本サイトにて公開