捕鳥 一羽目 2

 雲の道が草原を曲がりくねりながら横切っている。
 風で草がなびき、無数に立った棒に掛けられた骸骨がからからと乾いた音を立てる。
 草原の真ん中に大きな白い犬が伏せている。その上に神・エネルもうつ伏して寝そべっていた。
「お前たち、遅いぞ〜」
 駆けつけた三人をサトリの妙な節回しの声が迎えた。やはり犬の背中の上で飛び跳ねている。
「お待たせいたしました」
「ヤハ、どうした。敵襲にでも遭ったのか」
「いえ…」
 未だシュラとエネルのことを誤解しているゲダツが喧嘩を売り、頭に血の上り易いシュラはあっさりとそれを買い、嗜めたオームも不純な動機でシュラの元を訪ねたのだとバラされて喧嘩に加わった。
 そんな経緯は心綱≠ナ承知していながらわざわざ意地悪く尋ねるのは神の趣味に他ならない。
「まあ、そんなことはどうでもいい。早く登って来い。内密の話だ」
 神・エネルに言われ三人もホーリーの背に上がった。五人もの人間を乗せてホーリーは地顔のすこしムッとしたような顔を更にもう少しだけ不機嫌そうに歪めて、それでも大人しく伏せていた。
 輪を描くように座ると、
「オーム、お前の持っている貝≠見せろ」
「は…」
 エネルがそう命じたのでオームは黄色い貝≠その真ん中に出した。
「これは…」
「ほっほ〜う!これは噂のオナ…」
「それは私が吐いた嘘だ」
 さらっと言われてシュラ以外の三人が顔を上げてエネルを見た。珍しく笑っていない真面目な顔だ。
「これは…」
「エネル様!」
 貝≠ノ手を伸ばす神・エネルに驚いてシュラがその腕を止めた。
「お前は自分が仕出かしたことをもう忘れたか」
「いやァ…その、ですが」
「…まあいい。今は触れずにおこう」
 二人とも出した手を戻した。三人は訳が分からずその様子を見ている。
「これは電気貝=c私の雷を吸い取ることが出来る物なのだ」
「…!」
「例のシュラとの愛の巣事件の発端はこれだ。全ての雷を奪われて私は只の人より尚悪い状態に成り下がった…分かるか、この意味が」
 試すような視線を三人に向ける。
「それでは…あの一週間エネル様は…!?」
「我が神なり…という駄洒落が使えなかったなあ」
「そうじゃないでしょう!お前らがおれを散々罵ってる間、おれは一人でエネル様の警護とお世話を…!」
 ようやく真相が明かされて、シュラは今まで言えなかった事を大声で叫んだ。
「静かにしろ!」
 それを隣に座っていたオームが一喝する。
「貴様、何の為にわざわざホーリーの背中に集まったと思っている…」
「あァ!? どうせ神の気紛れ…あ、いや、その…」
 神に睨まれてシュラは口をつぐんだ。
「ほら見ろ、だからお前は単細胞だと言ったのだ。ここに集まった理由はなんだ、オーム」
「ここは視界が良く敵も味方も近づいてくればすぐに分かります。そしてホーリーが常に見張っている。…この貝≠フ存在を味方を含め誰にも知らせないようにする必要がある…それにはここが最適です」
 エネルは満足そうに微笑み、シュラは憮然とした。自分が言われるまで気付かなかったことをオームが難なく答えたからだ。
「五人集まっていればどんなことがあっても心綱≠ナ近づく者を察知出来るしな」
「そのように危険なものならば今すぐ破壊するべきでは…?」
 ゲダツが尋ねると神は首を横に振る。
「確かに敵の手に渡ればこれ以上の脅威はないが…考えてみろ。例えば…神の裁き≠これに溜めておいて…お前たちが持っているとしたら…」
「ほう!それは妙案!おれたちも神の裁き≠ェ打てることになる」
 勘のいいサトリが楽しそうに言うとエネルも悪戯っぽく笑った。
「そうだ。そうすれば私は更に…」
「楽が出来て暇になりますなァ」
 ぐさりと釘を刺すようなツッコミをシュラが入れる。
「…何を怒っているんだ、シュラ」
「怒ってなど。この一ヶ月間の私の苦労なんぞ神の体裁に比べれば屁みたいなものですからなァ」
「そう言うな。そろそろお前を許しても怪しまれないだろうと思って今日まで我慢したのだ。お前との約束も果たしたじゃあないか」
 自分自身とそれを慕う者をもっと信頼するようにとの約束は今こうやって果たされている。少なくとも神官の四人にはこの貝≠フ存在を教えても大丈夫だと確信したからこそこの密談は成立したのだ。
「…そりゃァ…そうですが」
「ヤハハ、一月私と会えなかったのがそんなに堪えたか」
「アンタはまたそうやって…!」
「よしよし、可愛い奴だ。私も寂しかったぞ、シュラ」
「違う!そういう冗談は止めていただきたい!」
 ふざけたり笑ったり怒鳴ったり。そんな二人を残る三人は呆然と見ている。
「…なんだか…なァ?」
「神密度が上がっているな…」
「親密度だろうが…」
 神とシュラのやり取りを見ながら入り込む隙も見つけられず。本当にラブラブ宣言は嘘だったのだろうかとさえ思った。
「ヤハハ、妬くな妬くな。あの一週間はかなりの地獄だったぞ」
「全くです」
 引く三人に気付いてそちらに話を振ったがかえって逆効果だった。
「息もぴったり合って…!」
「一ヶ月会ってなかったにしてはずいぶんと…仲のいい…」
「抜け駆けとはいい度胸だ…シュラ…!」
 おもむろにオームが剣を抜きシュラに踊りかかる。ガキィインと剣と槍が濁った金属音を響かせた。
「好きでしたんじゃないと言ってるだろうが!」
「では何故貝≠神兵に捜させた!その場で殻頂を押せばその地獄の一週間とやらも過ごさずに済んだだろう!」
 得物を押し合いながらオームとシュラが怒鳴りあった。背中で暴れられてホーリーが不満を漏らすように小さく呻いたが誰も聞いていない。
「そ、それは…」
「ゲダツもびっくりのうっかりをそいつがやらかしたのだ、オーム」
 喧嘩を止めるでもなくのんびりとエネルが言った。
「私のゴロゴロの実≠フ能力を奪った貝≠失くしたのだ。まあ…その後の献身的な働きで一月の謹慎で良しとすることにしたが」
 神・エネルもその一週間のことにはあまり触れたく無いのでシュラを弁護するように付け加えた。が、それがまずかった。
「献身的な働き…エネル様にどんなご奉仕をしやがった…!」
「無い!お前が想像してるようなご奉仕は何も無いわ!愚か者め!気色悪い想像をするな!」
 ますます二人は怒鳴りあう。ゲダツは下らない事で話を逸らす二人に憤慨して怒鳴ったつもりだが口を開け忘れたので声にはならなかった。サトリはエネルの周りを跳ねて回って「エネル様モッテモテ〜♪」と茶化す。
 神・エネルは面倒くさくなって座ったまま欠伸をしていた。
「!」
 騒動をおさめたのは一羽の鳥だった。
「なんだこの鳥?」
 茶色い鳥が飛んできてシュラの周りをくるくると回る。
「あ、お前は…!」
 そうかと思うと今度はエネルの方へ飛んで太鼓を繋ぐ輪にとまった。ピィと一度鳴く。
「そうか…あの時の…」
 真上を向いて神は懐かしそうな声を出した。
「間違っても私を突くなよ。死ぬぞ」
 返事のようにまた鳴く。あの時の雛が成鳥になったのだ。精神的に滅入っていたあの時、この鳥のお陰でどれほど救われたか分からない。自分の側に居れば危険なのだが追い払う気にはなれなかった。
「オーム、貝≠しっかりと持っておけ。決して手放すな」
「はい」
 言われた通りにオームは電気貝≠手に取る。
「紹介しよう。これは私の双子の兄弟だ」
「神の…ですか?」
「この鳥頭ならいざ知らず…」
「アァ!?何か言ったか?」
「シュラはお母さんだ、なあ?」
「神…もうその話はやめましょう」
 シュラは決まり悪そうに提案したが聞き入れられなかった。
「この鳥は重要だぞ。オーム、それをどこで手に入れた?」
 オームは手にした貝≠見た。
「これは…森でホーリーと散歩している時に見つけました」
「地面に落ちていたか?」
「いえ…枝に引っ掛かっていました。ホーリーに乗っていなければ見えなかったでしょう」
「側に鳥の巣が無かったか」
「さァ…記憶していませんが…あってもおかしくはないような所だったように思います」
 にやりと笑って鳥を見上げた。
「この鳥には変わった習性があるのだ。巣を橙色や黄色い物で飾る。私が最初に見つけたのもこの鳥の巣の中だった」
 己のことを言われていると知ってか知らずか、茶色い鳥がまた鳴いた。雛の頃からするとずいぶんと可愛げの無い声になっている。
「この絶滅種の貝≠ヘ案外この鳥の巣にはまだ幾つか残っているんじゃあないかと思う。現に二個見つかっているのだ」
 絶滅種と定めたのは人だ。見つけられないからといって無いと判断した浅はかな決定だ。
「そこで、だ。この電気貝≠全て見つけ出しておきたい。お前たちに持たせて楽をするかどうかはまた別の話だ。まずはこの貝≠神の島≠「や…スカイピア全域から回収したいと思う」
 ゴロゴロの実≠フ能力を吸い尽くすこの貝≠全て管理下に置くことで脅威を取り除くことが出来る。
 神官たちはようやく真剣に話を聞いた。
「この鳥の巣を重点的に調べていけばいいだろう。…その仕事をお前たち四人に頼みたい。私もこの一月やってみようとは思ったが…二分で飽きた」
「そんな正直な…」
「ヤハハ、地道な作業はどうもなあ」
 本当は鳥の巣を調べると雷の体がまた鳥を焼いてしまう。それが怖くて近づけないのだがそんな話をすることは出来なかった。
「神兵を使った方が早いのでは…?」
 ゲダツの提案は尤もだがそれが出来ないからこうやって密談をしているのだ。
 オームが「お前はシュラ並の単細胞か」と呟いてゲダツとシュラ両方から睨まれる。
「それは…したくないなあ。私はお前たちを買っているつもりだが…同じ程神兵を信用してはいないのだ」
 この貝≠フ性質を知れば神を殺すことなど容易いことがすぐに分かるだろう。全ての部下が謀反を考えないなどという楽観視はとても出来ない。
 そう説明することは避けた。お前たちは信用している。それは嘘でもなかったが優越感を与えるための科白だった。そこまで言われて不平を漏らす者はここに居ない。
 実に扱いやすい奴らだと思いながらも神妙な顔でいるのを怠らなかった。
「神兵に自慰貝≠セと言って探させてはどうですか」
 サトリは愛の巣週間のことを思い出して言った。
「それも考えたが駄目だ。もっともらしい理由を考えて自慰貝♂収を命じることができたとしても…自慰貝≠セと言えば面白半分で見つけた物のうち幾つかを自分で保管したくなる者も居るだろう。何しろ女が少ないからなあ」
 そして数少ない女の大半がエネルの侍女として召抱えられている。侍女に手を出すことは特に規制されていないが、実行した者が皆何らかの不幸に見舞われているという恐ろしい事実があるのだ。嫉妬深い神のお陰で実質上この島に手出し可能な女性は殆どいない。
 禁欲生活の長い神兵たちが自慰貝≠ネるものが実在するのなら試してみたいと思ってしまうのは火をみるより明らかだった。
「ほっほ〜う♪それこそシュラのところへ使い方を聞きに来る者が行列を作るな♪」
「どこかのハゲのような不心得者がなァ」
「そんな不届き者は片っ端から裁きに処するべきだ」
「…」
 チクチクと責められてオームは押し黙った。
「そういう訳だ。お前たちで電気貝≠探せ。期限はそうだな…明日の今頃…」
「それは無理です!」
「この神の島≠ノどれほど木があるとお思いですか!?」
「しっかりと調べねば完全に回収などできません」
「せめて一週間…」
「分かった。一週間後だな。区域を四つに分けよう。ゲダツ、私はお前と一緒に探すぞ」
「は」
 単にゲダツのうっかりを心配してのことだったが、本人は特別扱いを心なしか喜んでいるようだった。他の三人もそれには異論を申し立てない。誰かが見張っていなければうっかり一日中白目を剥いたまま探しかねないからだ。
「では一週間後の今頃、全ての電気貝≠持ってこの犬の背に集合だ」
「分かりました」
 誰が最も多くの電気貝≠集めることが出来るか。それにより誰が最も神の為に良い働きが出来るか。そんな競争が当たり前のように発生して四人は寝る間も惜しんで島を駆け巡った。




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20091120 本サイトにて公開