捕鳥 一羽目 3

 一週間後。
 骸骨の草原で大きな白い犬が寝そべっていた。
 鼻の上に茶色い鳥が一羽とまっている。
 そしてまた五つの人影がその背の上で円陣を作っていた。
 ホーリーはムッとした顔で鼻の上の鳥を睨んでいる。鳥の方はそんなこともお構いなしに陽気に囀るばかりだ。
「―さて、ずいぶんと沢山集まったな」
 黄色い円柱型の貝≠ェごろごろと五人の真ん中に転がっている。
「エネル様、こいつズルを!」
「人の領域まで勝手に踏み込んで集めていったのです!」
「卑怯者め!」
 三人が口々にオームを非難した。
「…エネル様のためを思えばこそだ…卑怯呼ばわりとは…哀しいな…」
 開き直ってオームはサングラスを押し上げる。
「貴様、そうやって点数稼ぎのつもりか!」
「貴様らこそ闇討ちしてきただろうが!」
「盗人に罰を下してやっただけだ!」
「悔しかったら夜くらいグラサン外してみろ!」
 黄色い貝≠フ山を前に言い争う四神官をぼんやりと眺める。能力を失った時、こいつらを疑った自分は愚かだったと密かに自嘲した。普段ならただ呆れるだけだが、愚かなまでの従順さが今は少し嬉しい。
「よし、では一番多く集めたオームから褒美を授けよう」
 唇の端を吊り上げて笑いながらオームを見た。サングラスの所為で表情は分かり難いが驚きと喜びを隠せない様子だ。
「エネル様!」
「だからこいつはズルを…!」
「そう言うな。卑怯も卑劣も私の為なのだろう?」
「もちろんです」
「ならば問題はないな?オームから始めるぞ」
 神に問われて抗議していた三人は黙った。
「この貝≠一つ持ってあの辺りに立て」
 神・エネルはずいぶんと離れた草原の真ん中辺りを金の棒で指し示す。何をするつもりなのかと聞きたいが、嫌な予感がしてオームは尋ねる事さえ出来なかった。褒美という名の罰ゲームの臭いが大いに漂ってくる。
 半開きの目でじっと見ながら早く行けと言うようにもう一度指を差すので、オームはホーリーの背から飛び降りそこへ走った。何かを拾って来いと命じられた犬はこんな気持ちなのだろうかと、関係の無いことを考えて気を紛らわせながら。
「もっと離れろ。そう、その辺りだ。では貝≠頭の上にあげろ。穴を上に向けるのだぞ」
 オームに指図して叫ぶエネルの後ろで、三人の神官も嫌な予感に青くなり始めた。オームから始めるということは、自分たちの番もすぐに回ってくるのだ。
「それでいい。動くんじゃあないぞ…」
 エネルはオームの方を向いて立つと片手をゆっくりと上げた。神官たちの予想通りその腕はバリバリと青く光って帯電している。
 一人離れて草原に立ち、貝≠掲げているオームはすっかり青ざめて歯を食いしばっていた。
「神の裁き=I!!!」
 青白い光の柱がオーム立っていた場所に落ちる。
「うおおおおお!!!!!!」
 意味もなく叫び声をあげながらオームは両手で貝≠掲げ持ったまま立っていた。何が起こっているのか理解できない。ただ一瞬にしてその場からかき消されるという予想は外れた。両腕で支えている電気貝≠見上げた。光が、いや雷が収束して貝≠ノ吸い込まれている。
「お、おおお!」
 助かった。オームはそう思った。
「吸い込んでるぞ!」
「奇跡だ…!」
「本当に雷を溜めるとは…」
 ホーリーの背から見る四人には神の裁き≠ェ勢いよく貝≠ノ吸い込まれる様子がよく分かった。青白い光が見事に小さな貝≠ノ吸収され、その下にまだ無事なオームが立っているのだ。この世のものとは思えない壮絶な光景だった。
「上手くいきそうだな」
 腕の光が収まらないままエネルはニヤと微笑んだ。
 が。
 その時、異変が生じた。
「!?」
 オームの手の中で黄色い貝≠ェみしっと音をたて、割れたのだ。木っ端微塵に。
「あ」
 見ている方は「あ」で済んだ。済まなかったのは光の柱の真下に居たオームだ。轟音とともに草原が消し飛び、爆風で砂が舞いホーリーは固く目を閉じる。オームの姿どころか悲鳴さえ残らなかった。
 すこしして風が止むと、
「どうやら許容量を越えたようだな」
 エネルは冷たさを感じさせる事務的な口調で言った。
 三人の神官は心の中でオームの冥福を祈った。
「こ、このために我らを…?!」
「そうだ。鉄の試練を選んだ理由はもう一つあったな。雷は高いものに落ちやすい。他の場所では狙いが外れるかもしれん。こんな平地は他にないからな」
 そんなことも知らずに集合場所がここだというだけでどこか誇らしげだった鉄の試練の番人はもう居ない。
「次に多く集めたのは…サトリか」
 ゲダツはうっかりが多すぎ且つツッコミ役のエネルが面倒くさがって何度かそれを放置したため、シュラはオームとの喧嘩に気をとられることが多かったため数が伸びなかったのだ。今となってはそれが幸いなのだが。
「弱い方からいきましょう、エネル様。折角集めた貝≠ェ壊れてしまいます。100ボルトくらいからにしましょう」
「いいじゃあないか。どうせこんなに沢山あるのだぞ。全て管理するのも手間だ。少し減った方がいい」
 サトリの必死の提案も虚しく、笑顔でまた草原を指差す神。いつになく重い足取りで指定の場所へ行く途中、クレーターの底に真っ黒に焦げたオームが倒れているのが見えた。生きているとは思うが確証はない。数十秒後に自分もこうなるのかと思うと逃げ出したい衝動に駆られる。
「雷より速く逃げられるなら試してもよいのだぞ、サトリ」
「…!」
 釘を刺されて、渋々貝≠掲げて立った。
「上ではなくこちらに向けろ」
「は、はい…」
 何故こんなことになったのだろう。鳥の巣から黄色い貝≠見つけて、はしゃいでいた自分の姿が走馬灯のようにサトリの脳裏を駆け巡り、後悔の念を煽った。
「6000万ボルト=c」
 ドドンと太鼓の音が聞こえ、
「雷龍=I!!」
 輝く竜がサトリを襲った。
「ヒィィィィィィィ!!!!」
 竜が手元で消えていくのを見ながらサトリは甲高い悲鳴をあげていた。恐怖で涙を流しつつ必死に貝≠支える。
 このまま全て吸い尽くせば。そう願った瞬間、手の中の硬い殻がぐしゃりと潰れるのを感じた。
「!」
 雷の竜が通り過ぎた後には真っ黒な丸い塊が転がっていた。
「なんだ…私の雷を全て奪ったというのに…この程度も耐えられんのか…」
 悲惨な光景を気にも留めずに不満を漏らすエネル。
 その後ろで抱き合うようにゲダツとシュラが震えていた。
「次だ。二人ともその辺に立て」
 さほど遠くない場所を示しながら命令を下される。二人は互いに見つめ合い互いの肩をポンと叩いた。せめて君に神のご加護がありますように。柄にもなく互いのことを気遣いながら命令に従う。普段は仲の悪い神官だが苦しい時も悲しい時も共に乗り越えてきた。云わば戦友なのだ。逃れられない運命に甘んじることを彼らが恥じることはない。むしろ誇りにさえ感じるのだ。
「雷鳥=I雷獣=I」
 何故手にしたこの貝≠使って彼の能力を封じないのだろう。そうすればこんな仕打ちを受けずに済むのに。そんな疑問が頭を過ぎる間もなく二人も地面に倒れた。
「これでも駄目か…折角集めたというのに使えんなあ」
 黒い煙を立ち上らせたまま動けない四人は朦朧とする意識の中で、何故か同じことを考えていた。
 グッジョブ、おれ達。
 それは同じ立場に立った者だけが分かち合うことの出来る達成感。如何なる理不尽も神のためなら受けてみせる。彼らはプロの神官だった。
「仕方ない…次は1000万ボルトくらいにするか」
「よ…よろこんで!」
 不死鳥のごとく立ち上がった四神官はイイ笑顔でそう答えた。
「? 気でも触れたか?…まあいい貝≠持て」
「はい!」
 異様な熱気に神さえ少し引いたが、そのまま電気貝≠ノ雷を溜める試みは続いた。




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200? 前サイトにて公開
20091120 本サイトにて公開