「最後の一つか」
そもそも万単位の電圧を溜めようという試みに間違いが有ったようだと、ようやく気付いた。ゴロゴロの実≠フ能力はそれほど桁外れなエネルギーを自在に操るものなのだ。砕け散った沢山の電気貝≠ニ、それと同じ数の神官の苦労によりそのことが判明した。
「本当にそれがエネル様の能力を奪ったのですか」
1万ボルトさえ耐えられない貝≠ノ全てが吸い取られたという事実の方を疑いたくなるのは自然なことだった。
「やってみるか」
エネル自身も疑わしく思ったのか自分で最後の黄色い貝≠手にした。
「あの鳥に気を付けていろ。もうあれはこりごりだ」
「はい」
エネルの双子の兄弟と紹介された鳥は一発目の神の裁き≠ゥら姿を消していた。本能的に彼らの変人ぶりを感じ取り逃げたようだ。
底の穴に指を入れると、苦しそうに顔を歪めて膝をつく。思わず駆け寄った神官たちに、
「私より周囲を警戒しろ」
力の無い声で言った。余程あの一週間が応えたのだろう。白い毛の上に片手をつきながらももう片方の手でしっかりと貝≠握っていた。
「ああ…忘れもしない…この感覚だ」
「エネル様…太鼓が」
シュラも恐ろしい物でも見たように緊張した声で言った。
エネルの背中から太鼓が消えていた。あの時と全く同じだ。
「雷も出ん…やはり今回集めた貝≠ェ不良品だったのではない」
言いながらエネルは殻頂を押す。パリっと小さな音と共に体に力と太鼓が戻った。
立ち上がって小さく息を吐くと四人の顔を見回した。
「どうやら私が電圧をかけなければ良いようだ」
「電圧…ですか」
「雷を押し出す力のことだ。本来電気とは…いや雷と言うのは高いところから低いところへ水が流れるようなもので…その流れを強くしたり障害を越えるにはそれなりの力を加えてやらねばならん。その力だ」
焦げに焦げまくった四神官の眉間に、お揃いの皺が寄り、同時にカクンと同じ角度に首を傾げる。説明されても雷に打たれることは間々あるが雷になったことが無いのでその概念が掴めない。
「私も自分のことだが上手い説明が思い浮かばん。人知を超えたものだからこそ我は神なのだからな」
苦笑して理解させることは諦めた。
「つまり私が何万ボルトというあれが力の強さの単位だ」
「ああ、それですか」
「いやァ、おれは知ってたぞ」
「小さい頃よく遊んだもんだ…電圧で」
「電圧片付けてから寝なさいってお母さんに言われたっけなァ…」
「好きな子の電圧持って帰ったりしたよなァ」
「舐めてたな、おれは」
「ヤハハ、おれも舐めた」
「神もですか…!私は貴方の電圧を舐めたい」
「ご本人に言うことか!」
「構わん、好きなだけ舐めるがいい」
「いけません、エネル様!」
薄笑いを浮かべながら神官達が口々に電圧についての思い出話をした。どれもこれも明らかに嘘だが誰も正さないのでそのまま流される。
「つまり今日の収穫は…この貝≠ナ私は楽を出来んということだけか…」
詰まらなそうに呟く神を見て、神官たちは複雑な面持ちになった。あんなに一生懸命に卑劣な手段を講じてまで集めた貝≠ヘ役に立たない。こんなに雷撃を喰らって命まで懸けたというのに。分かったのはたったのそれだけだ。口に出すことさえ出来ない虚脱感は疲労を倍増させた。
「…そうだ…!」
何か思い出したように顔を上げた神・エネルだったが、神官たちの顔を見回してまた俯いて目を伏せた。
自分の顎をさすりながらどうするか…と考えている。
「何を思いつかれたのです」
「ああ…いい。お前たちもご苦労だった」
「よくありません。何でも試しましょう。ここまでやったのですから」
「エネル様の能力を封じることしか出来ないのなら最後の一つも壊すのでしょう」
「何かまだ可能性があるのなら是非やりましょう。我らも出来るだけのことをします」
神官たちは引き下がらなかった。この一週間の苦労と、この数時間の恐怖と痛みと苦しみが何も生み出さないよりは、更なる恐怖の方を選ぶ。最早、忠誠心と言うよりも彼らの意地だった。
「分かった。分かったから…そう近づくな、暑苦しい。この技は…出来ればお前たちにも見せたくなかったのだが…。唯一放電しない技だからなあ…能力を使っていないこの状態に一番近い技のような気もする」
自分自身が雷の塊に変化する雷神≠フ名を持つ最高の技だ。
「ではその状態でこの貝≠ノ触れるということですか」
「そうだ。それでも全て吸い尽くされるのか…一部だけ溜まるのか、やはり壊れてしまうのか。それを試してみたいが…島への被害も甚大だろう」
本当は神の島≠破壊することを心配しているのではなかった。
味方にさえ最終奥義を見せるのは躊躇われる。常に奥の手を隠し持っておかなければ安心出来ない性格がそうさせていた。
信頼すると約束はしたが、全て手の内を曝け出すと約束した訳でなし。エネルはそう考えて煮えきらずにいる。
神官たちは変にテンションが上がっていて是非やりましょうと口々に言う。こいつらが帰ってからこっそり試すべきだったと考え、巨大化したあの姿では隠れてなど出来はしないと思い直す。
どうせ見られるならここで晒しても同じか。それにマクシム≠ニそれに搭載されたデスピア≠ェ完成すれば別の技も出来るようになる。全てを知られる訳では無い。
しばらく悩んだ末、もう一度四人の顔を見回した。
「よし、やってみよう」
「はい!」
ホーリーの背から飛び降りてエネル自ら草原に立つ。神官たちもそれを追って草原に下りた。
「お前たちはここで待て。死にたくはあるまい」
振り返って四人に言うと、また何か悩むように口元に手をやった。
「…?」
「如何されました」
シュラが尋ねるとエネルは少し躊躇ってから珍しく言い難そうに答えた。
「やるとは言ったが…本当は…この技はお前たちにも見られたくないのだ」
少し俯き加減に視線を落とす。声の調子も同じく落とす。
「そのパワー故に私はとても醜い姿になってしまう…お前たちにその姿を見られたくない」
醜いなどとは微塵も思っていなかったが、視線を逸らしてそう言えば、
「エネル様…」
扱いやすい下僕たちは雨の中に捨てられた仔犬を見るような目でこちらを見詰める。全く愚かで可愛い下僕だ。
「お前たちの忠誠を疑うのではないぞ。ただ…神どころか…化け物のような私を見られるのは…」
演技派の神は上手く言葉に詰まって見せた。
「…」
恥かしい、と。続けた方がいいだろうかと考えて、それはさすがにやりすぎだろうと心の中で笑う。そして面白くなさそうな顔をしてみる。神官たちの反応を窺うと、どうやらちゃんと照れて見えたようだ。
「私はあの辺りでその姿になる。…お前たち、こちらを振り向かないと約束するか」
「します」
「決して見ません!」
「誓います」
「貴方の命令に背くことなどありません。立てホーリー、お前もあっちを向くんだ。…よし。伏せだ。これでよろしいですか」
苦し紛れに言ったものがここまで通用するとは思わなかった。こいつら詐欺に遭っても被害を受けたことにさえ気付かないのではないだろうか。騙した自分のことを棚に上げて神官たちの頭の心配をした。
「ああ。私が呼んだらこの貝≠後ろに放り投げてくれ」
神・エネルはオームに電気貝≠手渡した。
「心得ました」
「ではそっちを向いていろ。触れた後どうなるか予測が出来ん。あの鳥には注意を怠るなよ」
「は!」
四神官とホーリーは女性の着替えを待つ時のように訳の分からない動悸を感じながら森の方向を見たまま動かなかった。
エネルは一人離れた場所にゆっくりと移動する。心綱≠働かせてみるが振り返って見てみようなどと不届きなことを考える者は居ないようだ。それはそれでなんだか寂しいなと勝手なことを思いながら草原の中央に立つ。
深呼吸をして。空を見上げた。
「…」
空気が澄んで透明になる。感覚がなくなってしまったような、それでいて鋭く研ぎ澄まされているような。我は全であり、また無でもある。草が揺れて互いに擦れることさえ気配で分かる。そんな錯覚を起こした。
そして風が止んだ。長い耳朶はまだ風に揺れているのに、それでも止まったような気がした。この世の全ての音が遠くなり、やがて全くの無音になった。
こうやって何かに集中する時の静けさは心地がいい。
目を閉じて己の中の無限のエネルギーに、もう一人の神に話しかける。
出番が来た。
さァ、行こう。
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