捕鳥 一羽目 7

 木々を縫うように跳ねて森の中を走る大きな犬。それを追って三丈鳥も枝を避けながら飛んでいる。
「邪魔だ、退け」
「貴様こそ」
 それぞれに乗る主人は未だ喧嘩を続行中だ。怪鳥が犬を嘲笑うようにクカカと鳴くと口から炎が出た。前方の枝が焼け落ちて犬の進路を塞ぐ。
「よし、フザ。あの鳥は焼くな、エネル様はあれで気に入っているようだからな。生け捕りだ」
 返事のように一度鳴いて、自分と比べると何十分の一くらいの大きさの鳥のすぐ後ろへと追いついた。追われる鳥はまだ足に件の貝≠しっかりと掴んでいる。
「…!ホーリー飛べ!」
 ワン!と大きく吠えて燃える枝を飛び越える。主人の期待に応えようと懸命に走り大きな鳥に追いついた。犬の背に乗る男は追いかけていた鳥ではなく大きな鳥の方を狙って雲で出来た剣を伸ばした。三丈鳥はひらりとそれをかわしたが、その分標的から離れてしまう。
「こいつ…!」
「捕らえろ、ホーリー!」
 一際大きな声で鳴いて返事をすると、犬はジャンプして貝≠持ったまま必死に逃げる鳥に追いつき、口を大きく開けた。
「!?」
 ばくん。
 鳥も貝≠烽サの口に収めて、着地した犬は主人の命令を成し遂げて少し自慢げな顔にさえ見える。
「ホーリー…!」
 背に乗る男が何か言おうとする前に。
 ごくん。
 無情な嚥下の音が聞こえた。
「ホぉおおおおおリぃいいいいぃぃぃぃ…!」
 褒められるのかと思えば背中で主人が恨めしそうな声を出す。
「口を開けろ!早く!」
「?」
 言われるままに口を開けると、パタパタと鳥が出てきた。助かった、と思ったのか嬉しそうに一度ピィと鳴く。その足には黄色の貝≠ヘ無かった。



 鉄の試練に残されたゲダツとサトリ、そしてエネルだという子供。
「あれがないと…どうなるのですか?」
 追いかけるのには遅れをとったが、じっとしてもいられずにおろおろする二人に子供が尋ねる。
「貴方はゴロゴロの実≠ニいう悪魔の実を食べ、最強と謳われる雷の力を手に入れた…そして神になられたのです」
「そしてその能力を封じる貝≠見つけたので、今日はそれに雷を溜めることが出来るかと色々実験を…」
 二人は子供に状況を説明した。子供とはいえ、あの神なのだから。そしてこの子供が今この中で一番冷静に見えるので。状況を理解すれば何かいい案でも出してくれるのではないかと少しだけ期待した。
 髪の毛で顔がほとんど隠れた子供は注意深くそれを聞いて、
「それは…ずいぶんとぼく…私、がお世話をかけたようですね。そんなに大切な貝≠ニは知らず鳥に奪われたのも私ですし…重ね重ね申し訳ありません」
 ペコリと頭を下げた。サトリとゲダツはたじろいだが、発言する隙を与えずに子供は顔を上げて話し始める。
「神官の皆さんはずいぶんと能力の長けた方達とお見受けします。そうすると…あの犬と鳥に乗ったお二人も鳥を捕まえるくらい難なく出来るはずですね?」
 そう質問した。声は高く少年のものだったが、考える時に口元に手を添える仕草が、話ながら手振りをつける癖が、彼らの知る神と同じだった。
「ほう!それは…」
「そのはず…ですが」
 サトリとゲダツは顔を見合わせた。確かに鳥の一羽くらい簡単に捕まえてもらわなくては困る。いがみ合ってはいるが、その程度には互いの能力は認めている。
 問題は二人が一緒に追いかけたことだった。単品ならそれなりに役に立つが複数になると足を引っ張りあう。それが神官というものだ。
 捕まえようとした者を邪魔して喧嘩になることは容易に想像できた。
「…そのはずなのにちっとも戻って来ないということは…何かあったのではないでしょうか」
 嫌な予感に青くなって、二人も森へ走った。
「あ、私も行きます!」
 浅葱の布を引きずって小さな歩幅で走ってくる子供。振り返ったゲダツが見かねて片腕に座らせるように抱えた。
「うっかり落としたら殺すぞ」
「貴様ごときにンンーンンンンン、ンン!」
「口を開けた方が喋りやすいですよ…?」
「ほっほ〜〜う!エネル様、そいつのお守りをお願いします」
 走りながら喧嘩をする二人を見て少し笑った後、子供は髪の毛に隠れて冷めた表情になる。この調子では鳥を追いかけた二人もあまり期待できないな、と。
「どこにいるか分かるのですか?」
 躊躇なく森に入り、真っ直ぐ走って行く二人に尋ねた。
「おれたちには心綱≠ェあるからな♪」
「…!すごいです!大変な修行を積まれたのでしょうね!」
「エネル様はもっとすごい心綱≠お持ちです」
「…あ、そうなのですか」
「そうなのです」
 自分の将来の話をされてどんな顔をしていいのか分からないという風に、子供はゲダツの肩に掴まりながら二人と視線を合わせないように前を見た。
「あ!あそこに!」
 指刺した先、木々の間から犬のものと思われる白い色が見えた。



 それは異様な光景だった。
 大きな犬は木々の間の地面に仰向けに寝て、前足を胸の上辺りで重ねている。かたく目を閉じ祈るようなポーズで微かに震えていた。
 その飼い主は寝ている愛犬の脇に立ち、涙を流しながら剣を抜いた。
「…」
 怪鳥とその主人は巨木の枝に立って剣を構える男を見ていた。何か声をかけそうになって、止める。もしフザが同じことをしたら。自分も同じようにこいつに槍を向けるのだろう。それを思うと何も言葉が出ない。
 常日頃、気に食わない存在だった同僚と飼い犬だというのに、いい気味だなどと思うどころかこんなやり切れない気持ちにさせられる。そのことがシュラを苛立たせた。
「ホーリー…」
 サングラスから滝のような涙を流しながら愛犬の名を切なく呼んだ。
「おれァお前に出会えて幸せだった…」
 返事をするように犬も悲しげに鳴いた。
「あァ…何も哀しむことはねェさ、ホーリー…お前一人を逝かせやしねェ」
 妙に力の篭った語尾。
「貴様…!」
 オームは枝の上のシュラを見上げた。
「最期にこんな頼みをするのは真っ平なんだが…シュラ、貝≠見つけたらお前に預ける。エネル様を戻してやってくれ…」
「…ッ」
 神官たるもの神の為だけに命を投げ打つべきであり、犬と心中など言語道断。それを誰より分かっているはずのオームに遺言めいた台詞を吐かれ苛立ちは頂点に達した。
「介錯でも何でもしてやる!さっさとこの馬鹿犬と逝っちまえ!」
 説教してやる気にもならず怒りに任せて叫んだ。
 オームはホーリーに向直り、一度涙を拭って剣を構える。
「痛みはねェ…一瞬で終わる。一足先に向こうで待っていてくれ」
 最早涙は流さない。サングラスがきらりと輝いた。
「いけません!」
 動きかけた剣の切っ先に子供が降ってきた。
「お前は!エネル様を投げるとは何事だ!?」
 少し離れたところでゲダツがサトリに叱られている。
「いや、エネル様が投げろと…」
「それでも投げるな!馬鹿者!」
 そちらに目を向けることもなくオームは少年に剣を向けたまま睨みあっていた。
「…お退き下さい」
「ダメです!」
 小さな体で両腕を精一杯大きく広げて立ちはだかる。
「…ホーリーは…この犬は大切な貝≠飲み込みました。だがこいつに非は無い。私の命令に従順に従っただけです。罪は私が背負うべきであり、もちろん償いはします。だが、まず大切な貝≠取り出す必要がある」
「無理に取り出す必要はないはずです。飲み込んだのならそのうち出てくるでしょう」
「しかし」
「在り処は分かっているのだからあとは時間の経過を待つだけです。彼のしたことは褒められこそすれ、誰かが責めを負うべきではありません。元に戻った時、ここに居る誰かが欠けていたりしたら…大人の私はきっと悲しみます。私も将来の自分に申し開きができません」
 髪の隙間から見える片目がじっとオームを見ていた。神官たちはこんなに必死で真剣な神を見たことがない。ただ瞬時にこれだけのことを考え有無を言わさぬ説得力のある言葉にしてみせるのは、子供らしからぬ、神らしいことだった。
 剣を握る手にもう殆ど力が入っていないことを見て取り、少年は息を吐いて振り返った。白い毛を撫でてわき腹に軽く寄りかかる。
「いい子じゃないですか…こんなに震えているのに飼い主に牙を向けるどころか逃げ出しもしないなんて…。人間同士でさえこんな信頼関係を築くのは難しいはずです。主人の貴方が刀など向けないでください」
 柔らかく微笑んで優しい声で諭された。
「…!」
 オームは剣を落とし、泣きながらその場に平伏す。
 似ても似つかぬ小さな子供に神の姿を見たのだ。
 三人の神官も少年の知恵と勇気に只ならぬものを感じ、神妙な顔でそれを見ていた。
「あ、ええと…その、ご迷惑をかけている本人が偉そうに言うことじゃないですよね。すいません。皆さんの仕える方はこの子のお腹の中です。私はその半分にも満たないただの子供ですから…!どうか私にそんなことは…」
 人に土下座され慣れていない子供は困惑してオームの側に膝をつく。
「エネル様」
「は、はい」
 顔を上げたオームは子供の手を大きな手でがっしりと握った。
「貝≠フ中のエネル様にはしばしご辛抱していただくことになりますが…」
「あ、そうですね、そうなってしまいますね」
「せめて貴方のことは…我らがしっかりとお世話させていただきます」
 少年は驚いて困ったように三人を見回す。
「お世話させていただきます!」
 気合の入った四人揃っての復唱に圧倒されて、
「…よ…よろしくお願いします…」
 少年エネルはぺこりとお辞儀をした。



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200? 前サイトにて公開
20091120 本サイトにて公開