捕鳥 一羽目 8

 四人の神官と少年エネル、フザにホーリー。大所帯で一旦鉄の試練へと戻ってきた。
 こほんと咳払いをしてシュラが皆の前へ。
「さて、お世話するにあたって…我々が為すべきことを整理しよう」
 何故こいつがしゃしゃり出てくるのだと動物と子供以外は顔を顰める。
「おれが仕切ったのでは不満のようだな。だがこれはエネル様の為でもある。この中でこのような非常事態を経験したのはこのおれだけだということを忘れてもらっては困る」
 このような非常事態とは神の社愛の巣週間のことを言っているらしい。確かにその当事者はシュラとエネルのみ。そしてエネルの記憶は年齢と共に犬の腹の中だ。
「まァいい…貴様の意見がどれほどのものか聞いてやるから言ってみろ」
「あァ!? 誰の犬の所為でこんなことになったかもう忘れたか!?」
「ほっほう〜♪それは目くそ鼻くそだな」
「お前らが真面目に鳥を捕まえていればこんな騒ぎにはならなかったのだ」
 子供は少し困ったような様子を見せたが四人は気にも留めずにいつものペースで話し続ける。喧嘩腰がエスカレートして口喧嘩になり当たり前のように喧嘩を始めた。本人たちは本気でなくても少年の目には殴り合いというより殺し合いに見える。
「えーと…私がこういうときは止めるのでしょうか…」
 おろおろして大きな犬と大きな鳥の顔を見上げた。犬はぼんやり遠くを見ていて鳥はそっぽを向いたまま。まるで主人達の喧嘩には興味がないようだ。
「あの、皆さん」
 大の大人が四人暴れていると近寄ることさえ出来ない。
「ええと、すいません…喧嘩はやめてくださ…」
 小さな声はまったく無視されていた。
 少年は肩を落としてため息をつき。諦めたように犬と鳥の側に膝を抱えるようにして腰を下ろした。動物達の反応から察するにたいしたことではないのだろう。たとえ既に流血沙汰に見えたとしても。
「…なんだか楽しそうなので…待ちましょうか」
 少年は弱く笑って犬と鳥を見上げた。一羽と一匹はしばらく少年を見つめて。それから主人とその同僚達を見た。そういえばひと月も誰かを欠いたのは初めてだった。こうやって四人揃って暴れる機会は久しぶりなのかも知れない。じゃれたくなるのも分からなくもないのだが。
 もう一度少年の顔をじっと見て。申し合わせたようにホーリーとフザはけたたましく鳴いた。
 ピタリと喧嘩が止まる。
「これは…とんだところをお見せしました」
 四人は横一列に並んで深々と頭を下げた。
「あの、いいえ…楽しそうでしたので」
 待たされていた子供の謙虚な言葉に神官たちは胸打たれるものがあったようだ。無駄に時間を費やすことなく話を進めようと心の中で頷きあった。結局シュラがこの場を仕切ることになる。
「まず我らがすべきことを挙げる。一つはエネル様をお守りすること。これはそのうすらデカイ犬の腹の中の貝であり、この方でもある。そして一刻も早く元通りのエネル様に戻っていただく」
 三人は大人しく頷いた。少年は自分の名前を聞くと髪の毛に隠れて少し照れくさいような申し訳なさそうな顔をする。
「もう一つは本来のエネル様が居ないことを誰にも気づかせないようにすることだ」
「?」
「どうしてだ?ゲリラ達ならともかく…神兵や社の人間には知らせたほうが便利だと思うぞ」
 ゲダツが首をかしげてサトリが疑問を口に出す。
 シュラは同じ件で散々バカだアホだ単細胞だとエネルに言われたことを思い出した。ほらみろ。誰だって同じことを思うじゃないか。だがそれを言うべき相手が今はいない。こいつらをバカだアホだと馬鹿にしてやりたいが。先ほど喧嘩は避けて話を進めようと誓ったばかり。口に出すのは止めておいた。
「…ゴロゴロの実の能力を失ったエネル様は雷になれないばかりか不死身でもない…か」
 オームだけが意味を悟ったようだ。伊達に病的信者ではない。シュラは感心したような呆れたような視線を一度向けてから。神妙な面持ちに戻りハゲ頭に頷いて見せた。
「お子様なエネル様なら侍女たちでも命を狙えるというわけだ」
「…」
 納得を意味する沈黙だった。
 少年エネルは不思議そうに四つの顔を見上げていた。大人の胸までない身長の彼には。俯き加減になった四人の顔がよく見えてしまう。どの顔も妙に暗い。
 その視線に気づいたサトリが慌てていつものおどけた調子で飛び跳ねる。
「ほっほ〜〜〜う♪神ともなるとどこに敵が潜んでいるか分からないから注意するのが当然だな」
「偉くなるほど守りは堅くなるものです」
「少々不自由ですが辛抱下さい」
 まさか雷になる能力で故郷を滅ぼしたなどと。その生き残りが今の侍女であり神兵であり神官であるなどと。言えるはずがない。貴方は最も身近な人間から恨まれ殺されても仕方のないことをしたのだと。何も知らない少年に教えたいとは誰も思わなかった。
「だが…ではどうする?社以外でお世話するのか?」
「いや。神の社≠ェこの神の島≠ナ一番安全なことは確かだ。お世話するにもお守りするにもあそこ以外にはないだろう」
「エネル様だと知らせずにこの子供をあそこへどうやって連れて行くかが問題だな」
 四人の視線が集まり子供はまた恥ずかしそうに、申し訳なさそうに俯いた。
「ゲダツじゃないが…神の隠し子というのが一番もっともらしいと思うが…」
「それだとお世継ぎだのなんだのと…元に戻った時居なくなったのでは困るんじゃないか?」
「腹違いの弟…にしては小さすぎるか」
「いずれにしろ血縁者だというのは見れば信じるだろうから…」
 あの長い耳たぶを見れば誰でもエネルの親族だと疑う者は居ないだろう。神官たちは少年エネルの嘘設定を無い知恵絞って議論した。
「…あの」
 自分の話をされているのに話に加わることの出来ない子供が、出来るだけ邪魔をしないようにと小さな声でサトリに話しかけた。
「ん?」
「その…社というところに…私の父様や母様…家族がいるのでしょうか」
「!?」
「居たら…私の姿を見たら分ってしまうと思うのですが…」
「…!!!!!」
 神官たちは心の中で悲鳴をあげた。神の家族などこの島には居ない。居ないということはつまり。この世のどこにもいない。故郷と同じ運命を辿ったはずだ。
「ほっほ〜〜う♪ 残念ながらエネル様のご家族はスカイピアには居られません」
「…?ではビルカに残ったのですね…?」
「そうです」
「あははっ!頑固な父様らしいです」
 サトリが誤魔化すと子供は屈託なく笑って納得した。
 ホッとするのもつかの間。可愛らしい笑顔を見ながら四人の気分は更に滅入った。
 「ヤハハ」笑いはキャラ作りだったのか…。そりゃそうだ。不自然だものな…。そりゃそうなんだけど…。
「哀しいな…」
 子供に聞こえないようにボソリとオームが言うと横にいたゲダツもうっかりもらい泣きしながらうんうんと頷いた。



next

履歴

200? 前サイトにて公開
20091120 本サイトにて公開