捕鳥 一羽目 9

 話し合ったり。やっぱり時々仲良く喧嘩したりで。空はすっかり橙色。
 決まったことをシュラが確認のために一つ一つ口に出してみた。
「エネル様の遠縁の親戚がエンジェル島に居ることが分かってエネル様はお忍びでそちらに何日か滞在されることになった。この子はその家の末の子だがエネル様のはとこに当たる。この子が神の社を見てみたいと言うので神は我々神官に彼のお世話を申しつけ社で数日過ごすように仰った…と」
 だいぶ苦しい嘘設定が出来上がった。こんなときにこそ口からでまかせ大王のエネルの出番だというのに。その彼が居ないことがこれだけ話し合いを長引かせたのだった。
「サトリはエネル様と一緒に神の社へ」
 侍女やヤマにつっこまれても上手くかわすにはオームやゲダツでは言葉が足りなさそうだということになった。シュラでもよいがまだシュラとエネルの仲を勘繰る者も多い。それで社で直接のお世話はまずサトリに。その後はまた交代もあり得るが今夜はそういうことになった。
「我々は島の警備だ。ゲリラどもにエネル様の不在を気取られないよう十分注意する…と」
 神官が一人足りない上に神の援護がない。かなり手薄になるのをどうにか誤魔化さなくてはいけない。情けない話だがこんなときにワイパーが攻めて来ないことを祈るばかりだ。
「お前はその犬をちゃんと見張っておけよ」
 シュラは最後にそう付け加えた。
「心配せずともホーリーは決まった場所でしか用をたさない」
「その…いつごろ出てきそうなんだ。エネル様は」
 なるべく何にまみれて貝¥oてくるかは考えないようにしながらゲダツが尋ねる。
「上手くいけば明日中には……遅くとも二日後には…おそらく」
 オームは言葉を濁す。
 ホーリーをあまり期待の目で見ないことが大事だ。緊張させると出るものも出なくなってしまうかも知れない。それは理解していても難しいことだった。何しろオームの頭の中では、
「いちいちそういうプレイと結びつけるな!汚らわしい奴め!」
 皆が考えないようにと努めている救出時の神の状態が変質的な妄想となって渦巻いているからだ。
 ホーリーの出したものをその都度念入りに確認しなくてはならないが。どうやらそういう嗜好もあるらしいオーム。そんなことは苦でもなんでもないらしい。表情こそ変えないが心綱≠ナ聞こえる声≠ヘとても子供に聞かせられる内容ではなかった。声≠ェ聞こえる元の神がこの場にいたら即裁きが下るだろう。いや一刻も早く戻って手加減無しの神の裁き≠ェ下ることを他の三人は心から願っていた。
 その妄想を理由にゲダツが喧嘩を売りそうになり。シュラが制した。どちらかといえば常に火をつける側のシュラが制するという世にも珍しい出来事をサトリが茶化すがそれでも喧嘩は始めなかった。もうすぐ日が暮れる。社の連中を説得するにも多少時間がかかるだろう。時間が勿体無いと短気なシュラはイライラしていた。
「おれたちはすぐ島の警備に戻るが…最初は四人で連れて行こう。今回は誰より力があって気転の利くエネル様の言葉が無い」
「ヤマが我らの言うことをすんなり受け入れるとは思えんしな…」
 力で説得することは得意な彼らだが。言葉によるそれはあまり得意分野ではない。そういうことは誰よりエネルが得意なのだが子供の彼にそれを期待するわけにもいかないだろう。三人寄れば文殊の知恵と言う。四人いれば何とかなるのではないかという根拠のない算段だった。
「さて…では行くが………あァ…なんとお呼びすればいいのだ」
「そうだな。親戚の子をエネル様とお呼びするわけにもいかん」
「エネル様」
 長い話に飽きていた少年は白い犬の鼻を撫でて遊んでいた。呼ばれて思い出したように振りかえる。
「はい?」
「何かあだ名のようなものはありませんか。呼ばれて自然に返事が出来るような」
「…」
「お友達からなんと呼ばれますか?」
 サトリは持ち前の陽気な調子で尋ねたが子供はもじもじしてなかなか答えない。
「エネル様?」
「あ、はい。あの………タブ…ですね」
「たぶ…?」
 これですよ、と言うように両手で長い髪の中から耳たぶを摘み上げた。あまり嬉しいあだ名では無いのだろう。そしてその原因を晒すことも。彼にとってはとても不名誉なのだろう。俯いて髪の隙間に埋もれた顔が真っ赤になっている。
「…ああ…」
「子供って残酷だ…」
 あだ名というよりからかうネタのような名前だ。彼の様子から察するにとてもここでの呼び名にはできそうにない。
「それならハネル様だな♪」
 サトリが跳ねながら言う。「エネル様」と呼ぶときと同じアクセントだった。
「はねる…?」
 子供は顔を上げた。
「耳の長いウサギは跳ねるからハネル様〜♪」
「サトリ…貴様、親のネーミングセンスまで受け継いだな…?」
「一字違いが親族らしいのはお前の家だけだ」
「だが可愛らしくて似合うと思うが」
 うっかり本音を漏らすゲダツに男の子に可愛らしい名前をつけてどうする。とは誰も言わなかった。実際少年エネルは非常に可愛らしい。その点については四神官の思いは一つだ。
「え?それが…私の…名前ですか?」
「お気に召しませんか?」
「いえ…あの…」
 少年がまたもじもじと俯いてしまったので四人はうろたえた。いくら大人が似合うと思っても本人が気に入らないのでは仕方がない。男の子なのだから可愛らしい名前で喜ぶわけがなかったのだと提案したサトリも賛同したゲダツも反省する。
「すみません!ええええと!では他のものを考えます!」
「いえっ!いいんですっ!タブよりずっと好きです!ハネルがいいですっ!」
 顔を上げて力説する少年は照れたようではあるものの。あだ名を教えるときに比べればずっと晴れやかな表情をしていた。
 考え直します、いえ結構です、そういうわけにはいきません、いえ是非ハネルでお願いします、と問答がしばらく繰り返され。
「ではよろしいのですね?」
「はい。私はハネルで。エネル様の遠い親戚なのですね」
 金髪の隙間から整った笑顔を見せてさらに続ける。
「私のようなものが神と血の繋がりがあるなんて聞いて驚いています。でもとても光栄です。神の社を見てみたいと駄々をこねたら本当に連れてきていただいて嬉しいやら申し訳ないやらで…。神官の皆様にはお世話をしていただいてありがたく思っています。神の過分の御親切にも感謝しています。…こんな感じでいいですか?」
 自分の設定を飲み込んで、更に自分の立場で言葉にして見せた。さすがエネル様、子供でも聡明だ。ノリもいい。外見はかけ離れているのに四人はエネルの姿をまた垣間見る。
「さすがエネル様」
「お前が間違えてどうする。ハネル様とお呼びするんだろうが」
「そうか…ハネル様、ハネル様、ハネル様」
「なんだかエネル様と呼ぶよりは違和感がないな」
「私も自分の名前に様付けされるよりは返事がし易いです」
 神官たちは賢く頼もしい少年を見てなんとかなりそうだと表情を緩めた。
 少年の方はにっこり笑顔を見せてから。髪の毛に隠れて少し疲れたような顔をする。大人の自分はこんな頼りにならなそうな部下を持って苦労しているな。そんな冷めた表情。
 だがすぐに笑顔に戻って神官たちを見た。
「あの、私も皆さんのお名前を教えていただいてもいいですか?」
「は。これは申し遅れました」
 遅ればせながら名前だけの自己紹介。
「シュラ様、オーム様、サトリ様、ゲダツ様…ですね」
「や、止めてください!」
「畏れ多い!呼び捨てで構いません!」
「でも私は親戚の子なのですから…不自然ではないですか…?」
「戻ったあとが恐ろしい!是非呼び捨てで!」
「…いえ、でも…」
「…エネル様が『そいつらのことなど様で呼ぶ必要はない』とハネル様に仰ったのです」
 考え込むようにしていたオームが新たな設定を付け加えた。
「なるほど。それは言いそうだ」
「…そうですか…。ではせめてさん付けで呼ばせてもらいます…。あの…もしかしなくても私はかなり横暴で我侭な大人になるのですね…?」
 納得と同時に少し残念そうにそういうので。
「え」
「いや、それは神ともなれば誰でも多少は」
「そんなところも神としては威厳があるというか」
「断じてそればかりの方ではなくですね…」
 神官たちは慌てて言い繕ったがあまり説得力のあるものではなかった。むしろそれが図星であることを証明するばかり。
 しどろもどろで必死に弁解する神官たちをキョトンとした顔でしばらく眺め。
「…アハハッ!大人の私が皆さんを神官にした理由が分かったかもしれません」
 楽しそうに笑い出した。今度は四人がキョトンだ。
「すごく楽しい方たちですね」
 子供の言うことにいちいち一生懸命に対応するのが可笑しかったらしい。四人は互いの顔を見回し。似たような苦笑を浮かべる。
「…カハハハ!それは大当たりかもしれませんなァ!」
 半ば投げやりにシュラが言った。人権を無視したような遊びに付き合う日々を思い返して。若返っているとはいえ本人の口からそれを言われると。自分達の存在意義を考え込みたくなるのだった。
「…すいません。私がご苦労かけてるんですね…」
「そこで謝られると辛いので笑ってください」
「は…あ…アハハハ…?」
「カハハ!」
「ほ〜う♪っほっほう〜〜♪」
「はははは」
「フ…ふふふふ…」
 捨て鉢な笑い声をあげながら神の社へと向かう四神官と子供。なんとも奇妙な橙色の光景だった。



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20091120 本サイトにて公開