弧鳥 3

 愛の巣立て篭もり生活一日目は何事も無く過ぎた。
 何事も無さ過ぎて良くなかった。
 二日目にはただでさえ飽きっぽい神・エネルが早速イタズラの限りを尽くすのだ。
 朝一からシュラが朝餉を持ったままエネルの張った罠に掛かり、神が頭から味噌汁を被るという大惨事だった。
 片づけをして、朝食を作り直し、共に食べろ言われてシュラも一緒に食べ始めた。
「暇だな」
 たった今起きた大惨事も気にすることなくエネルはそんなことを言う。
「…おれには毒電波が届いて暇どころじゃァ無いんですがね」
 神を汚した冒涜者だの、殺すだの、裏切り者だの。
 女好きはフェイクだの、あの髭が嫌らしいだの、感電好きのマゾヒストだの。
 心綱≠ナ聞こえるシュラに対する悪口はどんどんエスカレートしている。
 神を恐れてかあまりエネルの悪口は聞こえてこない。本当にラブラブならシュラの悪口を聞いてもエネルは激怒するはずだが、今のところ誰にも裁きが落ちないので二人の仲を疑う者も居るようだ。
 すぐにでもフザに乗って神の島≠回り誤解を解きたいと思うのだが。イタズラは出来るが他はだらだらと寝て居ることしか出来ないエネルを一人残すのも心苦しかった。
「それにしても、不思議だなあ」
「何がですか」
「お前がそれなりに料理も掃除も洗濯もするとは…神でも予想しなかった」
「…長く一人で居ると自然と出来るようになるもんです…」
 シュラは目を逸らして遠くを見ながら言った。聞いてはいけないことだと察したのか、エネルもなんとなく遠くを見た。
「おれだけじゃなく、他の三人も料理はします。以前、料理を持ち寄って食事をしたときは…」
「…そんなことをしているのか…」
「オームのゴルゴンゾーラのペンネは絶品でしたな。サトリの牛ランプ肉の黒胡椒スモークとか言うのも良かった。ゲダツの料理だけはいただけませんな。あいつは本気で塩と砂糖を入れ間違える漫画みたいな奴ですから」
 エネルは呆れて物が言えない様子だ。一人身の男四人が自慢の料理を持ち寄って和気藹々と誰の料理が一番かと喧嘩しながら食べている様子は傍から見れば物悲しい光景かもしれない。
 今食べている朝餉もシンプルな和食だが、文句をつけるところが無いほどの味で、それが更にこの会話の物悲しさを助長している。不器用な、いかにも男の料理が出てきたほうが余程笑い話に出来ただろう。
「なるほど、どおりで…美味だな」
「ありがとうございます。お気に召して光栄です」
 微妙な空気の変化に気づかず得意気に胸を反らすシュラ。エネルは思わず涙が出そうになったが欠伸をする振りをしてなんとか誤魔化し、シュラの上機嫌は保たれた。



 日が高くなってきた頃シュラは中庭で雛に餌をやっていた。上着を脱いで長袖の黒いシャツだけになったシュラはいつものもこもこした雰囲気と違って見える。
 そのすぐ後ろでフザも羽を休めている。
 エネルは暇そうに少し離れたところに寝転んでそれを眺めていた。
 スポイトで黄色い粒を口に押し込んで入れる。その動作を繰り返す様子がなんとも穏やかな時間の流れを作る。
「その餌はなんだ?」
「粟玉です…煎った粟に卵黄を絡めて作る一般的な雛の餌なのですが…この鳥にも合うようで良かった」
「ふーん…」
「フザも雛の頃は食べたな」
 フザは覚えていませんとそっぽを向いて短く鳴いた。
 ごろごろと転がってエネルも側に寄る。太鼓が無いのもいいなあとこんな時は思う。
「シュラ、こっちも」
 寝そべった神が大きな口をあけて餌をねだった。
 これが神だと言うのだから世の中間違っているなと呆れるシュラの嫌そうな目が物語っている。
「…美味いもんじゃないですよ」
「毒でもないだろう」
「腹が減ったなら何か作りましょうか」
「違う、違う」
 駄々っ子だ。大きななりした駄々っ子が居る。シュラはため息をついたがエネルは露骨な態度も聞こえる声≠燒ウ視して口を開けて待った。
 仕方なく匙ですくうと、大口が閉じる。
「それがいい」
「スポイトはダメです。鳥の病気が伝染る」
「む。…ではそれでいい」
 再びあーんと口が開いたので匙で粟玉を入れる。
 すぐに顔が歪んで不味いと訴えた。
 口を押さえてゴロゴロと転がって元の場所に戻った。背中を向けてぺっぺと口から出した。
「不味いと言ったでしょう」
「本当に不味い。よくその鳥はこんなもの食べるなあ…」
 ゴロンとシュラの方を向き横になると肘をついて片手で頭を支えた。
 小さな体でよくそんなに、と思うほど。雛は何度餌を口に入れてもらっても、もっともっとと言う様にピーピー鳴いて口を開ける。
「フザも要るか?」
 当たり前のようにシュラはフザにも話しかける。フザも主人の言葉を理解しているらしくまたプイッとそっぽを向いた。
「…なんだか…」
「どうされました」
「親子みたいだなあ…」
 一人と二羽の図は幸せな家庭を思わせた。
「フザがお父さん、シュラがお母さん、その雛が赤ん坊だ」
 エネルが指をさしながらままごとの役割を言うとシュラは顔をしかめる。
「エネル様は?」
「私か?私は…」
 自分の存在を幸せな家庭の構図に組み込めず、自然と省いていたことに気付く。問われても良い配置が見つからない。
「エネル様はこの子と双子の赤ん坊ですな」
「双子か!?私がその鳥と!?お兄ちゃんではないのか」
「同じほど手がかかります」
「失敬なヤツだな…覚えておけよ…」
 悪態をつくがまんざらでもない様子で苦笑する。それを見てシュラも少し笑った。



 日が暮れる少し前、ヤマが定時連絡に来た。今日のところは収穫なし。
「申し訳ありません」
「まあ、のんびりやってくれ。我々はイチャイチャして待っているからな、シュラ」
「はい、エネル様」
 そんなに上手くはいかないかと、あまり気を落とすこともなく二人でラブラブな芝居を続けてヤマを見送った。
 夕食もご馳走とはいかないものの、やはりシュラが作ったとは信じ難い料理が並んだ。
 エネルは食べながら今度神官と遊ぶ時はビストロ・ス○ップ風に料理対決にしようと提案してきた。単に自分も混ざりたいのだろうとシュラは思ったが口には出さなかった。
「シュラ」
「はい」
「昨夜は社のどこで寝た?」
「社の門の内側です。見張りのつもりが眠っていました」
 そういえばこいつは警護のためにも居るんだったと今更思い出したことが神の顔に書いてあった。
「門を守ったところで別に守りきれるものでもあるまい」
 確かに社を囲う壁は高くない。侵入する気がかればどこからでも入り込めるのは事実だった。
「ではどこで?」
「……」
「聞こえませんが…」
「…私の…部屋に来い」
「…」
 色々な考えがシュラの頭を駆け巡り、大乱闘を始めたので、
「…それはどういった意味でしょうか」
 判断に困ってそう尋ねた。
「あー…笑うなよ?」
「はい」
「…一人で寝るのは嫌だ」
 また微妙に判断に悩む言い回しだった。心臓に悪いのでやめて欲しいと心底思うシュラ。
「いい大人がこんなことを言うのも可笑しいと思って昨夜は言わなかったが…やはり上手く眠れん」
「毎晩侍女が居るんですね…」
 いいなァとシュラの顔に出したがエネルは意に介さない。
「となりで寝ろとまでは言わん。せめて同じ部屋に居てくれ」
「むさ苦しい者でよければいくらでも」
 迂闊にもどちらの役だろうかとまで考えた自分を恥じながらシュラは返事をする。
「………そうか…シュラがそういうシュミがあるというなら…考えてみないでもないが…」
「心綱≠ヘご勘弁下さい!わー!わー!聞くなーッ!!!」
 逃げ出すようにシュラは食器を片付け始めた。



 そして。夜。
「こっちに来るか?」
「結構です!」
 ふざけて寝床をポンポンと叩くエネルに怒鳴り返す。それが可笑しくてエネルは笑い転げた。
「一人じゃ寝れない可哀相な赤ん坊のために来たのです。ママに添い寝して欲しいならそう言って御覧なさい」
 頭に来たのかシュラは神に向ってそんな挑発をする。
「髭の生えたママは嫌だ」
 笑ってエネルは天蓋の着いたベッドに寝る。
 シュラは適当にソファに寝てみて、柔らかすぎて寝辛いと起き上がり。かといって床は硬すぎる。などと落ち着く場所を探してうろうろしているとにやけた顔の神と目が合った。
「来るか?」
「床で結構!」
 他の部屋からベッドを運び込むことも考えたが面倒だったようだ。暇だ暇だとかまって欲しがるエネルの世話に、数時間毎に餌をやらなくてはいけない雛の世話。始終聞こえてくる毒電波。シュラは色々と忙しいらしい。適当に床に毛布を敷いて寝床を作る。
 さっさと寝て明日の朝も何か神の気に入るものを作らなくてはと考えているのが健気でありがたくもあるが少し気色悪い。
「…では、おやすみなさい。エネル様」
「ああ」
 少しすると本当にシュラは寝入ってしまいエネルは置いてけぼりをくらったような気分になる。昼間ごろごろしてばかりいたのであまり眠くない。
「…シュラ」
 小声で呼んだが規則的な寝息が聞こえるだけで返事がない。疲れているのだろう。
 ―私にとことん尽くしてくれ。お前が雷の無い私に愛想を尽かさなければ、今の話、考えてみよう。
 何気なく言ったあの言葉に振り回されているのだ。
 それで必死に世話をするのか。フザと暮らしているだけならメニューに悩むことなどないだろうに。
 神としての力をなくした自分にあくまで仕える形を取るのも。
 自分に教えるためなのだ。
 いかに愛されているか。
 力がなくとも。神でなくとも。
 エネルという個人をどれだけ大切にしているか、思い知らされる。
 態度で示される好意に気付くと言葉で言われるよりも幸せが深く沁みる。恥かしくなり寝たまま腕で顔を覆った。
 しばらくして腕を退けるとエネルは今にも泣きそうな顔になっていた。
 大事に扱われることには慣れていたがこんなことを考えるのは初めてだった。
 他の部下もシュラと同じようにするのだろうか。
 神官たちはそうなのかも知れない。他にも居るだろうか。
「………………重たいなあ……」
 たった二日で思い知らされてそう呟く。嬉しい反面、圧し掛かった何かに潰されそうな気もする。
 知らないでいればよかった。部下は全員自分を恐れているから神と呼んで崇めるのだと、そう思っている方が楽だったのだ。今までも分かっているのに気付かない振りをしていたのかもしれない。
 急に雷の体が恋しくなった。早く元に戻りたい。
 こんなことで気が滅入るのは今の自分に絶対的な力がないからだ。
 雷の能力が戻れば、部下の想いに潰されそうになることも無いはずだ。
 心まで弱っている。これでは神どころか人並み以下の情けないヒトだ。
「…」
 たとえ部下全員が今の自分を神と認めてくれるとしても。真っ先に自分が神ではいられなくなりそうだ。
 闇と静けさに呑まれそうになる。不安がよぎって弱った心を侵食する。
「…ッ」
 貝≠アのまま見つからなければどうなるのだろう。
 そこに考えが至ると涙が出た。
 これでは一人で寝た昨夜の方がましだった。
「エネル様」
 寝ていたはずのシュラの声がした。
「な、なんだ」
「恐れながら申し上げます」
 声が妙にはきはきと歯切れ良い。
「やはり、その寝床の端を貸して下さい。背中が痛い」
 言いながら勝手に広いベッドの隅に入り込んだ。半分寝惚けていたらしくすぐにまた寝息がした。
 寝ぼけながらも尊敬語を使ったことは流石というか職業病というか。とにかく日頃の苦労が垣間見える寝惚け方だった。
 翼がこちらに向いていて何かの拍子に触れる。翼は女でも男でも同じだなと当たり前のことを考えながら。
 エネルはシュラの羽を手で触ったまま眠った。


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20040531 前サイトにて公開
20090315 加筆修正して本サイトに公開