恋も二度目は臆病で 2

 酒場の隅でバイオリンを弾く仕事中、偶然知り合った歌好きの男に誘われて、彼の仲間たちに引き合わされることになったとき。ブルックは柄にもなく幾らか緊張していた。元護衛戦団長という身分がここでは歓迎されないかもしれない。特権階級を嫌う向きもあるだろう。そんな心配をしつつも身なりを崩すという歩み寄り方など考えが及ばず、初対面の印象を大事にと紳士らしく接することを心の中で誓っていた。
 相手は野蛮人に違いないが同じ人間。紳士的に接すれば友好的な関係は築けるのだと自分を励まして。仲間がよく集まるという酒場へと向かった。
 そこに集まっていたのは護衛戦団より余程洒落っ気のある男たちだった。この男だらけのむさ苦しさは既に慣れ親しんだもの。ただ、それを包む空気は全く別物だった。
 ここには無駄口を利いたと殴り飛ばす野蛮人はいない。賑やかな食事があるだけだ。
 一つのマナー違反で変わってしまう繊細で偏屈な雰囲気はない。相手に迷惑をかけない範囲なら何をしてもよいというルールがあるだけ。しかも殆ど何をされても気分を害さないと思われる気さくな相手ばかり。
 下らない冗談の通じない身分ばかりで頭の悪い輩もいない。粋なジョークと紙一重な下ネタは彼らの言語を華麗に彩る。
 そして飲んで浮かれて自然と誰かが歌いだす。湧き上がる音楽。伴奏は酒に乱され歌声も調子外れ。それでも誰もが楽しめる音がある。自分はいつしか音を楽しむと書いて音楽だということを忘れていたのだと知らされた。
「イカス頭だ。でっかいマリモみたいだな」
「飲んでるか? アンタ元護衛戦団長さんなんだって?」
「じゃァ、マリモ剣士ってわけだ」
「いいだろう、ここは。アンタみたいな貴族崩れも多いんだぜ。楽器を弾いてる奴は身なりが小ぎれいなのも多いだろう」
「何しろ頭があのキャラコのヨーキだ。音楽が好きなら氏素性は問わねェってんだ。しびれるじゃねェか」
 騒ぐ男達は押し並べて人懐っこく親切だった。そして誰もが口々に称える人物がいた。彼らを纏める男はどうやら相当の器の持ち主らしい。
「おい、そこのデカイの!」
 椅子に腰掛けてもこの長身は隠せない。しかも目立つ髪形だ。逃げも隠れもせずにブルックは立ち上がった。
「見ない顔だな。新入りか?」
 酒を煽りながら白い帽子の男が尋ねた。自分よりも若そうだと思う。集まっている男たちの中でも若い方に入るのではないだろうか。だが彼が声を上げてから周りの男達は雑談の音量を下げた。
「ご挨拶が遅れました。私は」
「名前はいい。何か弾けるか?」
 酔った様子で尋ねられ、バイオリンを少々と答える。持参したバイオリンを構えると品のない拍手と野次とも声援ともつかない声が上がった。
 弾こうとして腕が止まる。彼らの好む音楽を知らない。ここは宮廷でも貴族の晩餐会でもない。バイトをしていたバーとも全く違う。こんな場所にはどんな曲が相応しいのか。先ほど少しだけ聞いた舟唄のようなものもすぐに弾けるほどじっくりと聞いたわけではない。
 仕方なくよく宮廷で演奏した曲を適当にアレンジして先ほどの船歌に似せてみた。のんびりとした明るい曲調で、分かりやすいフレーズを二種類ほど選んで繰り返す。あとは持ち前の陽気さと歌詞のない鼻歌で誤魔化した。
 ノリのよい男達は知るはずのない曲に口笛を吹いて手拍子を合わせる。楽器を持つ者は即興でブルックの援護を始める。苦し紛れの曲だったはずのものがそれなりの船歌に聞こえてきた。
 こんなに楽しい演奏をずっと忘れていた。もっと品のある余興として即興で一曲演奏したことは何度かあった。だがそれとは意味が異なる。誰が上手かを競うのでもなく、嘲笑する対象を作り上げるためでもない。音符に逆らってでも楽しく、優雅でなくてもそこにいるみんなが楽しんで、喜んでもらえたなら。これは立派な音楽だ。
 演奏している数人と目配せしてキュ、と高い音で短く締めくくると歓声が上がる。
 自分も楽しめたと満足して腰を下ろすといつの間にか隣の席の男が変わっていた。先ほど声をかけてきた白い帽子の男だ。
「お前、名前は?」
 先ほど遮っておいて今度は尋ねられる。
「ブルックと申します。剣とバイオリン、その他楽器は幅広く」
「おれァ、ヨーキ。・・・いい音楽だった」
 満面の笑みで見上げられた。
 彼がここに集まっている男たちを纏めていると思うと少し意外だった。大柄でも粗暴でもない。敢えて一番をつけて表現するとしたら一番身なりが洒落ているということくらいだろうか。帽子も上着もまだ一般にはそう広まっていないであろう国外の素材で出来ている。見た目の派手さはないが見るものが見れば分かるという装いは実に粋だった。
「ここは気に入ったか?」
「ええ、私食事中にゲップやおならをしてみるのが密かな憧れだったんです。ここじゃ、しても誰も気づいてくれない。ヨホホホ! こんなに楽しい食事は久しぶりです!」
 喜びのあまり叫んで、つい特大のゲップを頭だという男に向かって吐きかけてしまった。
「おま・・・! 汚ねェな!」
「ぬはははは! こりゃとんだ貴族様だ。おれは気に入ったぜ、ブルック。ここにいる条件は音楽が好きなこと! おれたちゃ近々海賊団を立ち上げる。あの偉大なる航路≠ノ挑むつもりだ。その気があればついて来い」
 失礼の限りを尽くした新入りに笑って夢まで語る。
 なるほど、多くの男を惚れさせる器だと妙に納得していた。
「さァ、このノリのいい新入りにあの唄を教えてやろう! 知ってるか? 海賊ってのは歌うんだ!」
 海賊の舟唄を大合唱で教えられる。最初に覚えた曲はビンクスの酒という曲だった。


 近々と言っていたがその時点ではまだ船さえ準備できていない港町の荒くれ者の集まりでしかなかった。ただ善良なる弱者からは決して金を取ることなく迷惑もかけないというのが信条らしい。だからこそ町も彼らを邪険にせず、他所の賊から守ってくれる護衛か何かのように親しくしていた。
 キャラコのヨーキの名はこちらの世界ではそれなりに力を持っていた。少なくともこの町で彼の名前を出して解決できない問題はない程度に。それは恐れからではなく、彼の中にある善悪のルールが非常に筋の通ったものだからだろうとブルックは感じていた。時には暴力に訴えることもあった。だがひとごろしは絶対にするなとよく仲間に言って聞かせる。自身もそのルールは決して破らない。彼の行動は法に触れることはあっても、人の良心や美学のような抽象的な何かにはむしろ正しく映る。それが彼の力であり、人気なのだろう。
 町で商売をする人間は彼とその一味をよい客として扱う。平時は単なる飲み仲間か音楽団とその仲間にしか見えないのだ。
 だから、しばらくは彼の腕の程は確かめることはできなかった。それは向こうにとっても同じこと。剣を抜く機会が与えられたのは初めて会ってから数ヶ月が経過してから。
 ブルックが初めて彼らの前で剣を抜き。またヨーキの剣を振るう様をブルックが目にしたのも同じ時。
 以前から港町から流れる物を狙って馬車が襲われるということはよくあった。だがその日襲われたのは民間人しかいない乗合馬車。生き残った者が体を引きずって戻ってきたことで事件は知れわたった。大人は皆殺されたがまだ幼い兄弟が山賊に連れ去られたという。雑用として使われるのか、奴隷として売られるのか、目的は定かでなかったがろくなことではないことだけは分かる。
 誰に命ぜられたわけでもないがヨーキは腕に自信のあるものを率いて山賊のねぐらへと向かう。ブルックもその中にいた。
 作戦などほぼないに等しい状態で乗り込んだ。ひたすら実力の差にものをいわせる。ブルックの剣技は伊達に護衛戦団長を務めていたわけではないことを皆に知らしめた。
 ブルックもヨーキの戦いぶりに目を見張る。
 その姿は今こそ楽器を手に取り伴奏をつけるのが相応しいような、剣が、血しぶきが、跳ね踊る、激しいけれどダンスのように洗練された無駄も隙もないものだった。
 また一つ納得する。
 集まった仲間に元貴族が多いのも何も集めたわけではあるまい。彼の戦いも生き様も振舞いも、全てが音楽のように調和していて優雅なのだ。服装が洒落ているだけではない。心臓の鼓動が既に音楽を奏でているのではと思うほど彼自身が一つの音楽のように華やかで、近づく者に爽やかさと心地よさをそっと置いていく。敵に斬りかかるその姿さえ味方にはごきげんな舟唄のように軽快で楽しげに見えるのだ。
 貴族社会には決して見られない粋な言動と、ただの粗野な乱暴者ではないこの魅力に惹かれてしまうのだろう。
 今の自分のように。
「ブルック、お前、戦うとき鼻唄うたってただろ」
 自覚はなかった。護衛戦団にいた頃指摘されたことはなかったのだから、もし歌っていたとしたらそれはヨーキの戦いぶりに釣られたのだろう。
 その日を境にブルックは一味の完全な仲間として受け入れられ、仲間からの愛称も「マリモ剣士」から「鼻唄剣士」に変わった。またブルックもヨーキを一味の頭として本当の意味で敬意を払うようになった。


 山賊から救い出したまだ幼さの残る双子がそのまま一味に加わりたいと言い出して入り浸るようになった。
「遊びじゃねェんだ、ガキは帰れ」
「帰ってもおれたち二人しかもういねェ、なぁ、おれ達なんでもするぜ。ここに置いてくれよ」
「二人いりゃこれからなんだって出来るだろう」
「この一味がいいんだよ! あ、ヨーキさん!」
 まだ十代前半の双子はヨーキに特別懐いてしまった。
 家族を殺され、自らも恐ろしい状況に陥っていたまさにそのとき現れたヨーキ一味は彼らにとってヒーローそのものに見えたのだろう。
「またお前らか」
 ヨーキは苦笑するが他の仲間と違いただ帰れとは言わない。
「で? 音楽かケンカか。片方でもまともに出来るようになったら来いと言ったよなァ」
「う・・・」
 将来幾らでも道のある若者に最初の一歩を踏み外させたくはないのだろう。普通の家庭で育った双子はもちろんどちらも得意というわけではなかった。
「でも! おれたちヨーキさんが大好きなんだ!」
「それって、つまり音楽を好きなのと変わりねェと思うんだっ!」
 双子の力説は大半の者には理解不能で、ヨーキ自身も顔をしかめて「はァ?」と不可解だと意思表示する。
「ヨホホホ! それは確かに音楽が好きなのと同じですね」
 ブルックが笑うとみんなからの非難の視線が突き刺さった。彼らを仲間に入れるべきでない。それが共通の意見だったからだ。
「さすがブルック! 分かってる!」
「だろ!? ヨーキさんは音楽みたいだよなっ!」
「ええ、ええ、そうですとも。だから音楽を好きな人が彼のところに集まるのです。お二人も音楽を分かっていらっしゃる。堅苦しく考えずに歌いましょう。きっと楽しめますよ」
 バイオリンを弾こうとして腕を引っ張られる。ヨーキとの身長差は大きい。止めようとするとこうなってしまうのだ。
「おい」
「はい?」
「はい、じゃねェ。なに考えてやがる。あいつらまだガキだろうが」
「そうですね」
「カタギのガキを引きずり込むこたぁねェ」
「もう手遅れですよ」
 自分と同じくあの時魅了されてしまった二人の少年はおそらくもう戻れない。戻ったところで一度諦めたこの世界をいつまでも憧れをもって見てしまうだろう。そしていつかまた足を踏み入れる。そのとき側にいる連中がこんなに気のいい仲間たちとは限らないのだ。
「他所の野蛮な連中に任せるよりはここに置いた方が余程彼らのためだと思うんですよ」
 二人の会話を聞いていた兄弟は口々に「ここに置いてくれなきゃ他の一味へ行く」と言い出した。明らかにブルックの弁に乗っかっただけだが喚くほどにヨーキの顔が渋くなり。
「歌くらいまともに歌えるようになれよ。ここにいる条件は音楽が好きなことだ」
 根負けしてそう言った。
「ヨホホ! さァ、歌いましょう!」
「どうせ歌うんならあれにしろ」
 捨て鉢な言い方だったがミズータ兄弟のそっくりな二つの笑顔を見て、諦めたように息を吐く。山賊のねぐらで彼らが保護されたときに顔に張り付くように浮かんでいた暗い色はもう見る影もない。
 ブルックは最早十八番になったビンクスの酒を仲間と一緒に歌った。


 船が手に入り、いよいよ海賊としての旗揚げとなった。大所帯になりすぎてこの町の自衛団として残る者と船に乗る者とに分かれることになった。分割は個人の中に葛藤はあったものの思いの外あっさりと、そして自然ななりゆきで決まっていった。船に乗ると言って聞かない連中は特にヨーキへの忠誠が篤い者ばかり。そしてこの町に家族が出来た者には残って町と家族を守れと命令が出た。
「おれの船に乗る条件は音楽が好きなこと!」
 歓声が沸いてヨーキの短い演説に熱気が添えられる。
「泣く子も笑うルンバー海賊団の旗揚げだ!」
 海賊団の名称は仲間で話し合って決められたものだがその前の枕詞は誰がつけたとも知れない、いつの間にか定着した言葉だった。ミズータ兄弟を救い、その世話までしたことを称えて町の住人が誰からともなくそう呼んだらしい。
 ミズータ兄弟の乗船にも最早誰も異議を挟まなかった。まだ若いことには変わりなかったがそれなりに場数を踏んで戦闘要員として十分役立つまでに成長していたのだ。
「よっ! 船長!」
「ヨーキ船長!」
 ヨーキさんがヨーキ船長に変わったことを冷やかすように仲間が叫ぶ。ブルックも一緒になって船長、船長と声を張り上げる。競い合うように仲間たちもヨーキを船長と呼んで張り合う。彼の夢が前進するのは自分たちの夢が前進するのと同意義なのだ。嬉しくないはずがない。ヨーキ船長コールは港中を埋め尽くす。
「うるせぇ! 海に出るまで取っとけ、それは」
 照れる船長の号令とともに船は旅立つ。
 町からも船からも船長の愛するあの唄が聞こえていた。


 海の厳しさ。船の上という閉鎖された場所での大勢での共同生活。思わぬ雑用の多さ。水平線しか見えない退屈との戦い。
 全ての船乗りが経験するそれらの困難をルンバー海賊団は音楽の力を借りて勤めて楽しむことにしていた。
「なァ、ブルック! お前の早斬りすげェな! おれにも教えてくれよ、剣術」
 ミズータ兄弟の成長は誰の目にも明らかで、それがなんとも微笑ましかった。
「私でよければいくらでも。ではまず素振りの型を幾つか・・・」
「素振りじゃなくて剣術がいい!」
「鍛錬なくして剣術は成しえませんよ。練習をサボると楽器の音が悪くなるのと同じです」
 ブルックは戦団当時の習慣で早朝のトレーニングを欠かしたことがなかった。日の昇る前から一人剣を振るい、夜明けと共に仲間をバイオリンの音色で優しく起こすのが日課なのだ。
「一日にしてならずってやつかー」
「面倒くせェな」
 気のあう双子は意見もよく一致する。
「もっとこう・・・双子を活かした必殺技とか欲しいよな」
「そうそう! ダブルなんとかアターック! とか ツインなんとかファイヤー! みたいなやつな」
「ヨホホホホ! それならこんなのはどうですか。最初は片方だけで攻撃して、逃げたところを二人で挟み撃ち。相手にしたらお化けか分身の術かと思いますよ」
「いいな、それ! えっと、ミズータ・ゴースト・・・・じゃなくてドッペルゲンガー!とかかな!?」
「普段は二人並んでない方がいいよな、それなら」
「そうそう、敵には双子だってばれないようにして」
 下らないアイデアにも子供はすぐに食いつく。
「戦ってる最中に相手の顔なんか見てるか?」
「おれは見てねェ」
「おれも」
 そんな必殺技より素振りの方が役に立つぞと通りすがった仲間に諭され、二人は拗ねた顔をする。
「だったら揃いの服でも着てればいいんじゃねェのか」
 助け船を出したのはヨーキだった。
「おれたちはもう見分けがつくんだ。派手な柄で同じのを着てれば戦闘中でも印象に残るだろ」
「おお! すげぇ!」
「だったら断然水玉のシャツだよなっ!」
「だよな!」
 それからというもの、二人は同じ服を着るようになり、少しだけ別々に行動する時間が増えた。
 兄は剣術の鍛錬に励み、弟はその真似をする。故に剣の上達はいつも少しだけ兄の方が早かった。
「頼もしい限りです」
「ああ・・・そうだな」
 ブルックが兄から剣を学ぶ弟の姿を見て呟くと、珍しくしんみりとヨーキが答えた。
「後悔していますか。仲間に入れたこと」
「いや、逆だ。勝手に救って勝手に放り出すよりは、これでよかったんじゃねェかと思う」
「それはよかった」
「それにマリィはもうおれよりラッパは上手い」
 若いってのはいいな、とヨーキは笑っていた。音楽をこよなく愛することは誰もが認めるが楽器や歌は人並み外れて上手いということはなかった。曰く、自分で出来ないからこそ音楽家を集めたのだそうだ。
 ミズータ兄弟は楽器をヨーキから習いたがり、唯一彼が吹けるトランペットを習っていた。いくら彼が他から習った方が上達すると説得しても二人は聞かなかった。誰に習うかが兄弟にとっては重要だったに違いない。
 こちらは兄より弟の方が上達が早く、弟が兄の練習に付き合う形になる。
「・・・あの時・・・」
 何か言いかけたヨーキを見下ろすと目が合い、すぐに帽子で隠すように下を向いた。長身のブルックからは白い帽子ばかりがいつもよく見える。
 言葉は止まってしまったが彼がなにを言おうとしたのか分かるような気がした。
「船長は音楽なんですよ」
「な、なに言ってんだ」
 彼は誰より音楽の才に関して己の平凡さを知っている。
「それでも、そうなんです。私たちにとってかけがえのない・・・」
 誰も本人に教えないのか、言っても信じないのか、とにかく知らないようなのでブルックも黙っているのだが実は音感やリズム感はプロの音楽家と変わりないほど良いのだ。楽器の不調だけでなく奏者の不調まで聴き取る耳を持っている。ただヨーキにはそれを表現するための道具がない。だから自分たちが彼の楽器なのだと音楽家たちは勝手に誇らしく思っている。
 他の仲間もそうだろう。楽器を奏でなくても、戦闘員はみなヨーキの指揮で戦いを奏でる楽器だと、戦いはさながらオーケストラか何かだとそう感じているに違いない。そう感じるほど彼は敵と渡り合うときでさえリズミカルに剣を躍らせるのだ。ブルック自身も彼の隣で剣を振るうとバイオリンを弾いているときの気分とよく似た高揚を覚える。彼の音楽の才が一番発揮されるのは戦いの中なのかもしれない。
「音楽そのものなのです」
「恥ずかしいことペラペラ語ってんじゃねェ。そんな暇があったら歌え、行くぞ、あの唄ァ!」
 その唄は船長の照れ隠しにもよく歌われた。


 その夜は特に静かで風も波も凪いでいた。月にかかってはゆっくりと去る雲の流れる音が聞こえそうな、そんな夜。たまには趣向を凝らした演奏会を、という話になった。管楽器はお休み。ピアノと弦楽器だけでロマンチックなメロディを海いっぱいに響かせる。
 賑やかな仲間たちも船上で優雅なひと時を味わい、それでも最後には「やっぱりあの唄だろ?」とちょっぴりメロウなアレンジの伴奏に合わせてビンクスの酒を歌う。
「なァ、音楽家ってのはモテるんだろ? 演奏会の後、どっかのお嬢様とか奥様にお持ち帰りされるとかあったんじゃねェの?」
 折角のムードもこの船ではあまり意味がなかった。男ばかり集まってロマンチックな雰囲気をかもし出しても話すことといえば自然と下ネタばかりになる。特に十代のミズータ兄弟は大人の雰囲気には理解を示さない。
「まぁ、女で苦労したことはあるけど、女日照りってことは船に乗るまでなかったなぁ」
 バイオリン奏者の一人が答える。
「お持ち帰りしたり、されたり。忙しくてどっちが本業か分からない時期もあったね」
 育ちのよさそうな身なりのまま船に乗っている演奏者はブルックと同じような楽器も戦闘もいけるクチだった。彼らは戦いだけでなくそちら方面の武勇伝も数多い。
 音楽家が誰でもそうかといえば断じてそうではなく、こういう話になると怪力自慢のヴィオラ奏者は耳まで真っ赤にしてそっぽを向く。チェロ奏者はいつもと同じ調子でにこにこしているだけだった。ブルックも語るべきことではないと沈黙して聞き手に回る。
「ブルックも?」
 急に水を向けられ、
「おいおい、聞いてやるなよ」
「いや、貴族の趣味ってのは分からねェから、アリかなぁ?と思って」
「それはおれ達に失礼だろ」
 勝手に非モテ人間に分類されたことは否定しなくてはならない、と立ち上がった。
「失礼ですね。こう見えても女性からは人気あるんですよ。えーって・・・本当に失礼。いや、こういうことは語るものではないでしょう。女性との思い出は花のように胸に飾るのではなく、大切な写真のようにそっと胸の奥深く大切にしまうものです。でも私は紳士ですから。その気になったお嬢さんの誘いをお断りして恥をかかせるのは本意ではありません」
 お断りする機会なんか本当にあるのかよと野次が飛ぶ。
「ですからそうならないように、先手を打つのです。私に恋をしてしまいそうな可憐なお嬢さんを見たらすぐにこう言うのです。おや美しいお嬢さん、パンツ見せていただけますか≠ニ」
 ちょっぴり見栄を張って本来の目的とは微妙にニュアンスが異なる説明をしていた。だが全くの嘘ということもない。
「ただの変態じゃねェか!」
「いーえっ! 実際これにも怯まず見せてくれようとするご婦人もいらっしゃるので、その次はこうです。お金貸してもらえませんか≠アれでたいがいの女性はどん退きです」
 ブルックの紳士的無駄な気遣いはムードを完全にぶち壊す威力があった。爆笑が起こっただけでは済まず、次の日から一時船の中でブームを巻き起こした。
 活用例を挙げるなら。船の中ですれ違いざま体が当たったときに「悪ィ」「いや、こっちもよそ見してた」という代わりに「あ、悪ィ・・・その、パンツ見せていただけますか」「誰が見せるか!」というやり取りをする。「おはよう」の代わりに「パンツ見せろ」という。そんななんでもアリな妙な流行り方だった。
 気持ちが悪いのでブームはそう長く続かなかったが、「お前なら・・・見せてもいい」という応用編などが勝手に派生して船の上でのカップル成立にいくらか貢献したとかしないとか。
「おーい、ブルック、パンツ見せろー」
「ちょ、アンタまでそんな破廉恥なことを」
「お前が流行らせたんじゃねェか」
「こんな閉鎖空間で男同士で言ったら冗談で済まないでしょ」
「・・・いや、女に言う方がどうかと思うんだが」
「じゃァ可憐なるヨーキ船長、パンツ見せていただけますか」
 もちろん船の上での生活で互いのパンツ姿くらい幾らでも見たことがある。それより酷い姿が嫌でも目に入る。それでもブルックは細長い体を折るように腰を曲げ真顔をヨーキに近づけてそう言った。
「・・・面と向かって言われるとやなモンだな・・・」
 舌を出して吐き気を表現したヨーキに。
「ブルックが抜け駆けしてるぞ」
「ヨーキ船長、おれにもパンツ見せてください!」
「おれも!」
「おれもー!」
 次々とご指名が入った。
 船の上で一番モテるのはやはり船長で、船員殆どからパンツ見せろと要求されたヨーキは今後船上でのその台詞は禁止とルンバー海賊団の規則に付け加えた。



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