読者の感想
●投稿「一医師の立場より」その3 2009.07.18
「日本の救急医療の恐ろしさ」
ここ数年、数多くの中小規模病院で内科の当直をする機会が増えています。そして、日本の救急医療の恐ろしさをしみじみと感じています。今回は、二次救急についてのお話です。
救急医療の使命は、兎に角「患者の命を失わない事」にあります。従って、命に関わる病気を見逃さず診断し、治療しなけらばなりません。しかし、これがなかなか簡単では無いのです。
何故なら、病態は刻々と変化しますし、典型的な症状を示さない事も多いからです。命を左右する因子は、一部は医者の知識、経験、直感等に負う所もあるのは事実ですが、いかに医者の技量が優れていようが、今の日本の救急医療は綱渡りであると感じています。
急に体の調子が悪くなって、日本で119番で救急車を呼ぶと、まずtriageに掛けられます。則ち、重症度の分類をして、一次、二次、三次救急病院のどこに運ぶかを決めるわけです。
原則的には、三次救急病院には多発交通外傷等の重症中の重症者しか搬送されません(最近は何でもかんでも搬送される傾向にあるが)。一次救急では本当の軽症患者さんしか診れないので、心肺停止を含めた重症患者は二次救急に運ばれる事が多いのですが、二次救急病院に運ばれた際に助かるか助からないかは運次第だと感じています。
その理由は、
(1) 施設の貧弱さ:救急をするには、それなりの設備が必要ですが、心臓カテーテル治療やPCPS (一種の人工心肺装置)等の循環器系救急に欠かせない設備が無い二次救急病院が殆どです。
因みに、最近勤務した日本全国40箇所余の50-250床クラスの病院で、PCPSを10分以内にすぐ使える病院はわずか1病院、心臓カテーテル治療を行える病院は3病院しかありませんでした。
心臓内科系の治療に加え、緊急内視鏡や緊急人工透析を行える二次救急施設となると殆ど無い。要するに、心臓発作で中小規模の二次救急病院に運ばれると、助かる命も助からないという事です。
典型的な心筋梗塞の症状(胸痛)であれば最初から循環器系の治療ができる400-1000床クラスの大規模病院へ搬送されますが、歯痛、腕の痺れ、息苦しさ等の非典型的な心臓発作も少なくないので厄介なのです。設備の無い二次救急病院に運ばれると診断治療が遅れ、致命的な結果となりかねません。
また、外科医不在の病院も多く、救急搬入後に消化器外科系の緊急疾患(消化管穿孔、壊死)や大動脈瘤破裂等である事が判明した場合にはお手上げです。大規模病院や3次救急病院へ転送しようと思っても間に合わいません。また、恐ろしい事に、救急当番日でさえ血液検査のできない病院が存在します。「昔は緊急で血液検査などできなかった」などと言う人もいるのですが、ナンセンスですね。鑑別診断を考える上で、血液検査のデータは必須です。データ上異常が無い事で迅速に除外診断できる疾患は多いからです。
(2) 医師の人手不足:多くの中小病院が経営難に苦しんでおり、常勤医で当直を行う事はどだい無理な相談で、非常勤医(アルバイト医)で何とかやりくりしています。当然、医者と病院スタッフがお互い初対面の事も多く、チームワークが上手くいかない事も少なくありません。
更には、当直医の専門領域以外は専門科の診療は困難です。例えば、消化器内科医が当直している時に、心臓疾患の患者さんが搬送されると、診断が遅れたり充分な治療ができない事はよくあるでしょう。勿論、逆のケースもあります。また、心臓内科や神経内科が元々存在しない病院も多く、本来早急に必要な積極的な治療が成されぬままで保存的な治療で命を落とすケースも少なくないと思われます。例えば、脳梗塞は専門医の下で血栓溶解療法を行えば後遺症をかなり減らせる場合がありますが、専門医不在の為に積極的な治療が行えず(適応の判断が難しい)、また転送していたのでは間に合わない(発症後3時間以内に行わないと意味が無いといわれている)ので、多くの病院では、あまり効果の望めない脳保護剤や血小板凝集阻害剤を漫然と投与する事が多いでしょう。保険が効かない為、充分リハビリも行えず後遺症を残したままになるケースも少なくありません。
(3) パラメディックの人手不足:また、夜間の外来救急を担当する看護師が不在の病院が多いですね。
では、どうしているかというと、病棟看護師が兼務しています。救命救急時には、同時進行で種々の手技、検査、投薬を行うので、最低でも医者1名、看護師1-2名、臨床工学士1名、放射線技師1名がそろう態勢が望ましいのですが、医者、看護師一名ずつという病院が殆どです。
その様な態勢で患者さんが急変したら。また、病棟看護師が救急対応で外来に下りてしまうと、その間入院患者の対応が全くできなくなる。病棟で何か起きたらどうしようもありません。
私が勤務した40箇所余の中小病院で、臨床工学士が常駐している病院は皆無でした。放射線技師も殆ど全ての病院で、呼び出しでした。
このような惨状の中、設備不足、人手不足のまま、「病院の評判だけは維持したい」、あるいは「患者を確保したい為」、現場の状況を考えずに、無理に救急当番制度に参加する病院や経営者も多いのです。「満床でも救急車を断るな」という無責任極まりない輩も居ます。医者は神様ではなく、人間の能力には限界があるのですが。
とある300床程の地方の中規模病院でのでき事を紹介しましょう。
正月休み中の24時間当直でした。時間外や救急患者は、5分診察の定期外来受診と違い、殆どが初診に近い状態です。あるいは、かかりつけでも症状悪化の状態で来院します。従って、一人の患者さんの診察、処置にかかる時間は少なくとも20-30分はかかります。重症の場合、落ち着くまで3時間以上かかる事などざらです。その間、医者はベッドサイドに付ききりで病状の変化を診ながら細かく指示を出す必要がある事も多いのです。
その日は、昼夜問わずひっきりなしに訪れる、風邪、インフルエンザの患者さんの合間に救急車が10台程やって来ました。
救急車がやってくると一般外来はストップで、2-3時間待ちになります。待ちきれずに帰って行く患者さんもいました。急患の中には、殆ど呼吸停止状態で、蘇生の必要な患者さんもいました。仮眠はおろか食事やトイレに行く時間も殆どなく24時間ノンストップで働きました。
10人ほど入院しましたが、入院後の指示をきちんとだす暇もありません(入院後のフォローを医者の目で充分できなかったという事になる)。忙しいのは仕方ありませんが、問題は内科医は私1人であった事です。別に外科医が1人当直していましたが、そちらはそちらで絶え間なくやってくる外科の急患で大変そうでした。可能な限り、聖徳太子の様に同時処理を進めようとしましたが、まさに綱渡りでした。
救急専門医が複数いてスタッフも多い3次救急病院でさえ断る、救急車3台同時収容に近い状況もあり、「いい加減にしろ」と(事務相手に)声を荒げた場面もありました。医療事故が起こらないのが不思議な状況でした。私が唖然としたのは、病院スタッフの中に、「内の病院は忙しいのは普通ですから」と自慢げに言う輩がいた事です。私は、「こんな無責任な体勢の病院には二度と来ない」と告げて帰りました。
別の「救急を断らない」病院でのでき事です。
満床にも関わらず、事務の連中が救急患者を引き受けろと連絡してきました。結局何人かは、たまたま一見重症ではなかったので、外来点滴室で朝まで様子を観て、病棟に空床ができ次第入院してもらう様にしました。
夜間の外来看護師は2名しかおらず、明らかに人手不足です。救急車が来ると、2人ともそちらへ行きますので、観察患者さんは全く放置状態になります。急変したら誰も観てませんから終わりですね。さらに、かかりつけの心不全の患者さんを救急で引き受け、集中治療室を無理やり1床空けてもらって入院してもらったのですが、患者さんに付き添ってICUへ行く途中で「新患の救急を受けろ」との連絡がありました。流石に、語気を荒げて「無理だ」伝えました。
救急を断らないのならば、「それなりの体勢をとれ」という事です。きちんと責任をもって診れない状況で、救急を漫然と引き受けるのは「犯罪」であると考えます。医療事故が起きていないのは偶然にすぎません。 救急の恐ろしさを知らぬ無責任な輩が多すぎますね。
この様な状況で、不可抗力でも結果が悪いと総て医療ミスにされますので、救急を頑張ってやろうという医者はどんどん減っているわけです。日本の救急医療が完全崩壊する日も近いのではないでしょうか。
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