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映画「BOX 袴田事件 命とは」を見て
http://www.box-hakamadacase.com/index.html


 1966年、旧清水市(現・静岡市清水区)で起きた一家4人殺人放火事件の裁判で、袴田巌死刑囚の無実を訴える再審請求が今も続いています。その裁判の一審・静岡地裁で主任判事として死刑判決を出した熊本典道氏が主人公の映画です。

 私が住んでいる旧清水市で起きた事件であること、熊本氏が無罪の心証をもちながら、合議のために多数決で死刑判決に導かれたことに関心があって、映画を見に行きました。

 映画が始まって、聞きなれた「清水弁」で交わされる会話に自然と顔がほころんでいたのもわずかの間で、裁判に関する場面になると、刑事と民事の違いはあるものの、同じ静岡地裁であるし、知らず知らずのうちに私の裁判と重ね合わせて見ていました。

 地裁判決に向けて、二人の判事が全部の調書を読んでいないことを熊本氏が指摘している場面では、私の裁判で地裁裁判長から、裁判所は忙しくて書面を全部読んでいられないから、読んで欲しいところに線を引っ張るようにと言われたことを思い出しました。

 驚きましたね。裁判長からこう言われた時は。弁護士と時間をかけて打ち合わせをし、一字一句間違いないように何時間もかけて推敲して書き上げた書面や、苦労して探し出した文献も裁判所は全部読んでいないことを知った時の衝撃は忘れられません。

 先輩裁判経験者からは、下線を引く時に蛍光カラーペンだけだとコピーした時に見えないからボールペンと二重にした方がいいとか、乳がん訴訟で最高裁判決を勝ち取った元原告からは、最高裁の裁判官は高齢なので、文献は字を大きく拡大コピーしたほうがいいとアドバイスを受けたことも思い出しました。

 また、私の一審・静岡地裁で、がん標本のDNA鑑定が決まった時、裁判所も初めてでわからないからみんなでお勉強をしましょうと裁判長から言われて、法医学の専門家を裁判所に招いてレクチャーを受けたことも思い出しました。裁判所もわからないと言うのは正直だと思いましたが、レクチャーを受けた裁判官たちは異動で地裁結審までにはいませんでした。一般市民の常識では疑問が残ると思います。

 袴田事件では犯行当時の着衣だとして、事件から1年以上たって新証拠が法廷に出されています。
 私の裁判では、裁判になってから、高名な浜松医大の病理医の名前が法廷に出され、がん診断の根拠となった病理診断をしたと病院側が主張してきました。主張のみで、証拠となる診断書は無く、しかもすでに亡くなられていることがわかりました。

 袴田事件では新証拠が提出されたこともあって、袴田巌さんが犯行を全面否認していたにも関わらず、裁判官の多数決で死刑が確定。映画の中では多数決の際、裁判官の学閥も示唆していました。
 
 意に反して死刑判決文を書いた熊本氏はその後、裁判官を辞し、控訴審に向けて状況証拠の矛盾を独自に検証していきます。
 この場面では、小坂医師の主張に沿って私がストップウォッチ片手に浜松医大へ行った時のことが思い浮かんできました。

 控訴審判決に向けて熊本氏が袴田巌さんの弁護士に送った状況証拠の矛盾を検証した結果報告は無残にも生かされず、控訴棄却。
 私の裁判でも、小坂医師の主張の矛盾をついた検証結果報告は判決に生かされませんでした。
 私が苦労した、「あと出し証拠をつぶす困難さ」を映画で再現されているようで、まざまざとみせつけられました。

 正義がとおらない悔しさを熊本氏が家族にぶつける場面では、私も裁判が続いていた12年近くの間、何度も何度も落ち込んだり喜んだりを繰り返していたので、私の家族たちのつらさをあらためて思い知らされました。

 熊本氏が、地裁は事件のあった地元の裁判所で裁く意味で、時間と距離が(事件に)一番近いと語った場面では、私の裁判でDNA鑑定が決まった時の主任裁判官のことを思い出しました。若い裁判官でしたが、DNAが違ったら大変なことになる、裁判どころではなくなると雑談中に関係者に話したということを伝え聞いていたからです。

 袴田事件では真相を知る人物が必ずいるはずだと思うし、私の裁判でも真相を知る職員が必ずいるはずだと思っています。そして、重要な地裁判決について裁判官に葛藤があったと思いたいです。

 映画を見終わって、苦しんでいるのは裁かれた人だけでなく、裁いた人も、それぞれの周囲の人たちも苦しんでいることがズシンと伝わってきました。
 裁判員制度が始まって、裁判が他人事ではなくなった今、ぜひ多くの人に見ていただき、人を裁くこと、裁かれることを考えていただきたいと思います。

*上映予定については映画の公式ホームページをご参照下さい。
  http://www.box-hakamadacase.com/theater.html


追記:私が声を上げ始めてから体験を通して思ったのは、市の職員、病院の医師・職員、議員は被害者に関心が無く、防衛本能にすぐれているということでした。それがなぜなのか今ひとつ理解し得ないでいたのですが、熊本氏が2007年11月に日本外国特派員協会で記者会見している中で、合点がいく話がありましたので引用します。
(全文はhttp://www.news.janjan.jp/living/0711/0711075288/1.php
以下、引用箇所です。

<また、日本では被疑者の権利についての質問に対し、熊本さんは、日本の国民性につながる問題であると指摘し、今春、ロサンゼルス・タイムスから日本と外国の司法文化の違いについて質問を受けた時、「日本人が権利というときは自分のプライベートな権利、ヨーロッパやアメリカの場合は人間の権利。その違いではないか」と答えたと述べ、人権についても日本人は自分に関係のないことには無関心であり、それがこの事件が40年かかっている原因ではないか、と語りました。>



                                2010年8月8日      竹下勇子



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