男声合唱の夕べ(2)(多田武彦作品@)

     多田武彦作品@

  その1  柳河風俗詩

  その2  雪と花火

  その3  父のいる庭 

 

その1  柳河風俗詩

                                                                    北原白秋 作詩

   T 柳河

もうし もうし 柳河じゃ 柳河じゃ
かね  
銅の鳥居を見やしゃんせ

欄干橋を見やしゃんせ 見やしゃんせ
 ぎょしゃ    らっぱ     ね
(馭者は喇叭の音をやめて

 赤い夕日に手をかざす)


あざみ
薊の生えた その家は その家は
ふる        ノスカイヤ
舊いむかしの 遊女屋

人も住まわぬ 遊女屋  遊女屋

 

裏のBANCOに居る人は
       ままむすめ
あれは隣の継娘 継娘

水に映った そのそのかげは 

母の形見の小手鞠を 

赤い毛糸で くくるのじゃ

涙片手に くくるのじゃ

赤い毛糸で くくるのじゃ

涙片手に くくるのじゃ

 

もうし もうし 旅のひと 旅のひと

あれ あの三味をきかしゃんせ
にお
鳰の浮くのを 見やしゃんせ 見やしゃんせ

(馭者は喇叭の音をたてて

 赤い夕日の街に入る)

 

夕焼け 小焼け

あした天気になあれ

 


   U 紺屋のおろく

にくいあん畜生は 紺屋のおろく

猫を擁えて 夕日の浜を

知らぬ顔して しゃなしゃなと

 

にくいあん畜生は 筑前しぼり
きゃしゃ     こあお
華奢な指先 濃青に染めて

金の指輪も ちらちらと

 

にくいあん畜生が 薄情な眼つき
         けじゅす
黒の前掛け 毛繻子かセルか

博多帯しめ からころと

 

にくいあん畜生と 擁えた猫と

赤い夕日に ふとつまされて
   はま
潟に陥って 死ねばいい

ホンニ ホンニ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


   V かきつばた

柳河の

古き流れの かきつばた

昼はONGOの手にかおり

夜は萎れて 三味線の

細い吐息に 泣きあかす
けえつぐり            ち
(鳰のあたまに火ん點いた
 
 潜んだと思うたらちい消えた)

 

柳河の

古き流れの かきつばた

昼はONGOの手にかおり

夜は萎れて 三味線の

細い吐息に 泣きあかす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


   W 梅雨の晴れ間

廻せ 廻せ 水ぐるま

廻せ 廻せ 水ぐるま
     ひる   ただのぶ
きょうの午から忠信が
くまどりあか        つら
隈取紅い しゃっ面に 

足どりかろく 手もかろく
きつねろっぽう
狐六法踏みゆかん

花道の下 水ぐるま

 

廻せ 廻せ 水ぐるま

雨に濡れたる古むしろ
まるてんじょう
円天井のその屋根に

青い空透き 日光の

七宝のごと きらきらと

化粧部屋にも笑うなり

 

廻せ 廻せ 水ぐるま

梅雨の晴れ間の一日を

せめて楽しく浮かれよと

廻り舞台も滑るなり

水を汲み出せ その下の

葱の畑のたまり水

 

廻せ 廻せ 水ぐるま

だんだら幕の黒と赤

すこしかかげて なつかしく
   おやま
旅の女形もさし覗く
          ひらどま
水を汲み出せ 平土間の

田舎芝居の韮畑

 

廻せ 廻せ 水ぐるま

廻せ 廻せ 水ぐるま

はやも昼から忠信が
べにくま          
紅隈とった しゃっ面に

足どりかろく 手もかろく

狐六法踏みゆかん

花道の下 水ぐるま

 

 

その2  雪と花火

                                                          北原白秋 作詩

   T  片恋

あかしやの 金と赤とが ちるぞえな

あかしやの 金と赤とが ちるぞえな
 
かはたれの 秋の光に ちるぞえな

かはたれの 秋の光に ちるぞえな

あかしやの 金と赤とが ちるぞえな

あかしやの 金と赤とが ちるぞえな

かはたれの 秋の光に ちるぞえな


                    
片恋の 薄着のねるの わがうれひ

片恋の 薄着のねるの わがうれひ

曳船の 水のほとりを ゆくころを

曳船の 水のほとりを ゆくころを

やわらかな 君が吐息の ちるぞえな

やわらかな 君が吐息の ちるぞえな

あかしやの 金と赤とが ちるぞえな

ちるぞえな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


    U  彼岸花

憎い男の心臓を
   つこう
針で突かうとした女
     いつ       わ
それは何時かのたはむれ

憎い男の心臓を

針で突かうとした女

それは何時かのたはむれ

 

昼寝のあとに

ハットして

きょうも驚くわが疲れ

昼寝のあとに

ハットして

きょうも驚くわが疲れ

 

憎い男の心臓を

針で突かうとした女

もしや棄てたらきっとまた

もしや棄てたらきっとまた

きっとまた


     しめじ
どうせ 湿地の

彼岸花

蛇がからめば

身が細る

 

赤い湿地の

彼岸花

午後の三時の鐘が鳴る

 

       けし
   V  芥子の葉
           
芥子は芥子ゆえ 香もさびし
     
ひとが泣かうと 泣くまいと

なんのその葉が知るものぞ

なんのその葉が知るものぞ

知るものぞ


芥子は芥子ゆえ 香もさびし 香もさびし

香もさびし 香もさびし

香もさびし 香もさびし

わたしはわたし

芥子は芥子

なんのゆかりもないものを

 

わたしはわたし

芥子は芥子

なんのゆかりもないものを

 

わたしはわたし

芥子は芥子

なんのなんのゆかりもないものを

 

芥子は芥子ゆえ 香もさびし

ひとが泣かうと 泣くまいと

なんのその葉が知るものぞ

なんのその葉が知るものぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 


   W  花火

花火があがる
      くじゃくだま
銀と緑の孔雀玉

パッとしだれて ちりかかる
こんじょう
紺青の夜の薄あかり

ほんに ゆかしい歌麿の

舟のけしきに ちりかかる ちりかかる

 

花火が消ゆる
うすむらさき
薄紫の孔雀玉

紅くとろけて ちりかかる

Toron… Tonton…

Toron… Tonton…
    
色とにほいが ちりかかる

両国橋の水と空とに ちりかかる

 

花火があがる

薄い光と汐風に
    なさけ
義理と情の孔雀玉

涙しとしと ちりかかる
       つまびき
涙しとしと 爪弾の

歌のこころに ちりかかる
うちわ
団扇片手のうしろつき

つんと澄ませど あのように

舟のへさきに ちりかかる

 

花火があがる

銀と緑の孔雀玉

パッとかなしく ちりかかる
       おおかわ
紺青の夜に大河に

夏の帽子に ちりかかる

アイスクリームひえびえと

ふくむ手つきに ちりかかる

わかいこころの孔雀玉
       しょう
ええなんとせう 消えかかる 消えかかる

 

 

その3  父のいる庭

                                                                   津村信夫 作詩

   T  父が庭にいる歌
  うしな
父を喪った冬が

あの冬の寒さが

また 私に還ってくる

 

父の書斎を片づけて

大きな写真を飾った

兄と二人で

父の遺物を

洋服を分けあったが
      はんかち
ポケットの紛悦は

そのままにして置いた

在りし日

好んで植えた椿の幾株が

あえなくなった
   うつろ
心に空虚な部分がある

いつまでも残っている

 

そう言って話す兄の声に

私ははっとする程だ

父の声だ

そっくり父の声が話している

私が驚くと

兄も驚いて 私の顔を見る


 きくず             かざおと
木屑と星と 枯葉を吹く風音がする

暖炉の中でも鳴っている


 
燈がともる

言い合わせたように

私達兄弟は庭の方に目をやる

  (そうだ いつもこの時刻だった)

 

あの年の冬の寒さが

今 庭の落葉を静かに踏んでくる

 


   U  太郎
    なか
妻のお腹の中に

太郎と呼ぶ子供がいる

そいつが近頃では

夜になると

手をのばし足をひろげたりする
    なか
妻のお腹の中に

太郎と呼ぶ子供がいる

そいつが近頃では

夜になると

手をのばし足をひろげたりする

妻は

とき折寝床の上に坐り直す

ぼんやり考えている

すると俺も思案を始める

日本の美しい子供の伝説には

腹掛をした裸の少年がいる
   ふと
俺は肥りすぎて 人に笑われたが

裸の子供はいくら肥っていても

誰かが可愛がってくれるだろう

太郎太郎 腹の中の太郎

お前の生れるのは 五月にほど近い日だ

青葉になった梅の木のもとで

お前のお前の肥ったおやじが

夢を夢を一杯みたした
 うぶゆ
産湯をつかわしてやろう

妻のお腹の中に

太郎と呼ぶ子供がいる

 

 

 

 

 

 

 

 


   V  早春

浅い春が

好きだった

死んだ父の

口癖の

そんな季節の

訪れが

私に

近頃では

早く来る

ひと月ばかり

早く来る


やぶかげ
藪陰から
   つぼみ
椿の蕾が

さし覗く

私の膝に
   あかご
女の赤児
 
爐の火が

とろとろ燃えている

山には

雪がまだ消えない
   
椿を剪って

花瓶にさす

 

生暖かな

ああこれが「生」というものか

ふっと

私の頬に触れる

夕べの庭に

ゆう煙
    さが  つたな
私の性の拙さが

今日も

しきりと

思われる

 

浅い春が

好きだった

死んだ父の

口癖の

そんな季節の

訪れが

私に

近頃では

早く来る

ひと月ばかり

早く来る

 



   W  紀の国

「紀の国ぞ

はや 湊につきたり」

「紀の国ぞ

はや 湊につきたり」

 

舟のおじ

かたみに呼びかけ

舟のおじ

かたみに呼びかけ

うっとりと
ひとみ
眸疲れて

父に手をひかれし心地

 

犬の先曳く車もあれば
   べ  こうじ
海の辺 柑子の実光りて

その枝のたわわなる下

かいくぐり

かいくぐりゆく

 

うっとりと

眸疲れて

父に手をひかれし心地

 

犬の先曳く車もあれば

海の辺 柑子の実光りて

その枝のたわわなる下

かいくぐり

かいくぐりゆく

 

「紀の国ぞ

あらぶる海の国ぞ
 な                             ところ
汝が父の生れし処ぞ」
  
父逝いて

今日の日も想う
おさなご  あこ   いだ
幼児の吾児を抱きて

そが小さき者の

夢にも通え

そが小さき者の

夢にも通え

あらぶる海の国は

あらぶる海の国は

わがためには父の国
        おおちち
汝がためには祖父の国
      みはか
そが人の御墓かざる

ゆずり葉のみどりの国ぞと

紀の国ぞ

あらぶる海の国ぞ

紀の国ぞ

 

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