男声合唱の夕べ(6)(多田武彦作品C)
男声合唱の夕べ 目次 (1)愛唱歌より その1からその7 (2)多田武彦作品@ その1、その2、その3 (3)多田武彦作品A その4、その5 (4)静大グリークラブの思い出、なまずの孫のこと (5)多田武彦作品B その6、その7、その8 (6)多田武彦作品C その9、その10、その11 |
多田武彦作品C |
草野心平 作詩 | |
T 作品第壹 麓には 桃や桜や杏さき 群がる花々に 蝶は舞い 億萬々の蝶は舞い 億萬々の蝶は舞い 七色の霞たなびく
夢みる わたくしの 富士の祭典
ぐるりいちめん 花はさき ぐるりいちめん 蝶は舞い ぐるりいちめん 花はさき ぐるりいちめん 蝶は舞い 昔からの楽器のすべては鳴り出すのだ 昔からの楽器のすべては鳴り出すのだ 種蒔きのように 鳥はあつまり 日本のすべての 鳥はあつまり 種蒔きのように 鳥はあつまり 日本のすべての 鳥はあつまり 楽器といっしょに 楽器といっしょに 楽器といっしょに 歌っている
夢みる わたくしの 富士の祭典
七色の霞は 雪に映え 鹿や猪や熊や馬 人は
ああ 夢みる わたくしの 富士の祭典
三つの海を 渡ってくる |
U 作品 そよ風が 吹けば光たちの鬼ごっこ 葦の葉のささやき 葦の葉のささやき 自分の顔は ふりそそぐ 春の光に ふりそそぐ 春の光に
少女たちは うまごやしの花を摘んでは 巧みな手さばきで 花環をつくる 富士が
耳には 頬にはひかり
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V 作品 牛久のはての 黒富士 大いなる はるか 黒富士 大いなる はるか 黒富士
さくらんぼ色は だんだん沈み さくらんぼ色は だんだん沈み 雲一点 雲一点 雲一点 雲一点
<存在を超えた 無限なもの> <存在を超えた 無限なもの>
牛久のはての 黒富士
祈りの如き はるか 黒富士 祈りの如き はるか 黒富士
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W 作品 まるで
その下に
その下の 地軸につづく
どこからか そして沸きあがる 天の楽音
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X 作品 平野すれすれ 平野すれすれ 雨雲屏風おもたくとざし 平野すれすれ 平野すれすれ 雨雲屏風おもたくとざし いきなりガッと 夕映えの富士
夕映えの富士 夕映えの富士 夕映えの富士 夕映えの富士 夕映えの富士 夕映えの富士
降りそそぐそそぐ 降りそそぐそそぐ
平野すれすれ 平野すれすれ 雨雲屏風おもたくとざし いきなりガッと 夕映えの富士
降りそそぐそそぐ 降りそそぐそそぐ
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その10 草野心平の詩から
草野心平 作詩 | |
T 石家荘にて 茫々の平野くだりて サガレンの潮香かぎし女 月蛾の街にはいり来たれり 白き夜を 月蛾うたわず 耳環のみふるえたり ああ 十文字愛憎の底にして 石家荘 沈みゆくなり |
U 天 出臍のような 五センチの富士 海はどこまでもの青ブリキ あんまりまぶしく却ってくらく 満天に黒と紫との微塵がきしむ 寒波の縞は大日輪めがけて迫り シャシャシャシャ 音たてて氷の雲は風に流れる 人間も見えない 鳥も樹木も 出臍のような 五センチの富士 |
V 金魚 あおみどろのなかで 大琉金はしずかにゆらめく とおい地平の志那火事のように 志那火事が消えるように 深いあおみどろのなかに沈んでゆく 合歓木の花がおちる 水のもに そのお白粉刷毛に金魚は浮きあがり 口をつける かすかに動く花 金魚は沈む 輪郭もなく 夢のように あおみどろのなかに朱いぼかし 金と朱とのぼんぼり |
W 雨 志戸平温泉第五号の番傘に 音をたてる 何千メートルの天の奥から 並んでくる雨が 地上すれすれの番傘に音をたてる 林檎畑にはさまれた道に そうして墜ちて沁みる 點 點 天の音信(いんしん) 靄(もや)が生まれ ひろがり空にのぼる |
X さくら散る はながちる はながちる ちるちるおちるまいおちる おちるまいおちる 光と影がいりまじり 雪よりも 死よりもしずかにまいおちる まいおちるおちるまいおちる 光と夢といりまじり ガスライト色のちらちら影が 生まれては消え はながちる はながちる 東洋の時間のなかで 夢をちらし 夢をおこし はながちる はながちる はながちるちる ちるちるおちるまいおちる おちるまいおちる |
尾崎喜八 作詩 | |
T 冬野 いま 野には 大きな竪琴のような夕暮れが懸かる。 厳粛に切られた畝から畝へ霜がむすび、 風の長い 最初の白い星がひとつ もっとも高い 冬は古代のようにひろびろと枯れ、 春はまだ遥かだが 予感はすでに天地の わたしはこの暮れゆく わたしの手から 夕日のようにみなぎって 信頼のために重い それは沈む、 深く仕えるもののように、 地底の夜々を変貌して おもむろに遠い黎明をあかむるために。 きよらかな 澄んだ凝縮が感じられる。 ただ周囲の蒼然たる沈黙のなかで わたしの心が敬虔な賛歌だ。 そしてもう聴いている、 とりいれの野が祭りのような、 燃える正午が 海のような六月を・・・・・・ |
U 最後の雪に 田舎のわが家の窓硝子の前で 冬のおわりの花びらの雪、 高雅な、憂鬱な老嬢たちが 朝から白いワルツを踊っている。 その窓に近い机にむかって 私の書く光明の 早春の夕がた、透明な運河の 水や船や労働を織りこんだ生気の 雪よ、野に藪に、 そして私の窓の前、 お前たちの踊る典雅なウインナ・ワルツの その高貴さを私の詩に加えてくれ。 やがて遠い地平から輝く春が 微風と 古い詩稿に私は愛を感じるだろう、 お前たち、高雅な憂鬱な老嬢たちの 窓の前でのあの最後の舞踏のため、 私の内でいつも楽しい記念のため。 |
V (ゆくりなく八木重吉の詩碑の立つ田舎を通って) 静かに賢く老いるということは 満ちてくつろいだ願わしい境地だ、 今日しも春がはじまったという 木々の芽立ちと若草の岡のなぞえに 赤々と光りたゆ だが自分にもあった青春の 燃える愛や衝動や仕事への奮闘、 その得意と蹉跌の この賢さ、この澄み晴れた成熟の ついに間に合わなかったことが悔やまれる。 ふたたび春のはじまる時、 もう梅の田舎の夕日の色や 暫しを照らす谷間の宵の明星に 遠く来た人生とおのが青春を惜しむということ、 これをしもまた一つの |
W 天井沢 みすず刈る信濃の国のおおいなる夏、 山々のたたずまい、谷々の姿のもとに変らず。 安曇野に雲立ちたぎり、槍穂高日は照り曇り、 砂に さてはおりおりの言葉すくなき登山者など、 ものなべて昔におなじ空のもと、 案内の若者立たせ、老人ひとり、 追憶がまぶた濡らした水にうかんで 天上の |
X 牧場 山の牧場の青草に あまたの牛をはなちけり。 あまたの牛はひろびろと 空の真下に散りにけり。 夏もおわるか、白雲の きょうも峠をこえて行く。 立ち臥す牛ら眼を上げて、 雲の 山の牧場に風立ちて、 夕日の光ながれけり。 風に送られ、日を浴びて 牛は牧場をくだりけり。 |
Y かけす 山国の空のあんな高いところを 二羽三羽 五羽六羽と かけすの鳥のとんで行くのがじつに秋だ あんなに半ば透きとおり ときどきはちらちら光り 空気の波をおもたくわけて もう二度と帰って来ない者のように かけすという仮の名も 人間との地上の契りの夢だったと 今はなつかしく 柔らかく おりおりはたぶん低く ほのぼのと 暗み 明るみ 見る見るうちに小さくなり 深まる秋のあおくつめたい空の海に もうほとんど消えてゆく・・・・・・ |