読者の感想
●投稿「一医師の立場より」その4 2010.04.07
私は、できるだけ多くの方に本当の医療の現状を知っていただき、国民の大きな声で医療行政を変えていくしか、崩壊を止める方法がないような気がします。また、情報をオープンにする事が、とんでもない医者の暴走の歯止めになるのではと思います。
でも、日本では、おかしい事をおかしいと言ったり、正しいと思うことを口に出すと、たたかれてしまします。むずかしい世の中です。
悲鳴をあげる病院
救急医療崩壊には歯止めがかからないようで、年々ひどくなって来ているように感じています。救急当番をやっていますと、大都市圏でも医者不足を痛切に感じます。内科専門病院から、外科、心臓内科、脳神経外科疾患などの患者さんの転院を依頼する際、専門医のいる病院を探すのに大変な労力と時間を要します。
地方では、救急の最後の砦となる中核病院が人手不足で壊滅状態のようです。私がコメントを書きましても、ごく少数の極端な意見と思われる方もおられると思いますので、悲鳴をあげる医療機関や、実情を報道した番組のサイトを具体的にご紹介いたしましょう。
日本テレビ: 2008年頃の状況ですが、比較的客観的な視点より救急崩壊を特集しています。最近の現場はさらに悲惨です。
http://blog.dai2ntv.jp/zero/tokushu/action/
千葉銚子市民病院:閉鎖されてしましました。
http://www.city.choshi.chiba.jp/hospital/
大阪松原市民病院:閉鎖されてしましました。
http://www.city.matsubara.osaka.jp/7,16209,85,358.html
ある医師によるブログです。最近、産科を閉鎖したり、分娩制限した病院のリストが掲載されています。掲載されている病院数の多さだけでなく、各地域の中核病院でさえ閉鎖されつつあるのは衝撃的です。特に、福島県、奈良県の産科診療体制は壊滅してしまいました。
http://ameblo.jp/med/entry-10053668207.html
神奈川県大和市立病院:院長の悲鳴というより、あきらめの声です。
http://www.yamatocity-mh.jp/about/greeting/index.html
滋賀県彦根市民病院:診療体制を維持できなくなってきています。院長自ら悲鳴をあげています。
http://www.municipal-hp.hikone.shiga.jp/goaisatu/index.html
東京都立墨東病院:東京都でさえ診察制限が始まっています。理にかなっている様に思いますが、この究極の形が、外国で行われている“アクセス制限”です。少し具合が悪くなって大きな病院を受診しようと思っても診てもらえません。まずかかりつけ医を受診し必要と判断されれば、病院に紹介されます(病院を受診したいと思っても、受診できない事があります)。全国的に役割分担という名のアクセス制限が始まっています。
http://bokutoh-hp.metro.tokyo.jp/outpatient/index.html
静岡県でも崩壊は始まっています。
島田市民病院:有名な研修病院ですが、悲鳴をあげています。
http://www.municipal-hospital.shimada.shizuoka.jp/030-kakushu-annai/050-kouhousi/tokushuu/tokushuu-008.html
焼津市立病院:限界が近いようで、悲鳴をあげています。
http://www.hospital.yaizu.shizuoka.jp/coming/kyukyu/index.html
静岡県立総合病院:ついに診察制限が始まっています。
http://www.shizuoka-pho.jp/sogo/gairai/gensokushokai.html
公的病院が、このような“悲鳴”をホームページに掲載する事は、昔は考えられませんでした。民間病院は、経営に響きますので悲鳴を掲載するわけにはいきませんが、多くの中小規模病院は、事実上救急から撤退しつつあります。しかし、実際に救急指定を返上する病院は多くありませんので、統計上は救急病院の減少には含まれていません。
名ばかりの救急体制
最近の奈良県の医療裁判の判決文です。遂に、裁判所自身が救急体制の崩壊を認めざるを得ない状況に陥っています。「救急は殆ど機能していない。」と述べられています。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100318100440.pdf
この事件と似かよった状況は、しばしば経験します。“たらい回し”という報道には多くの人が、「命を預かるはずの医者が無責任な事を言って、医者には道徳感のかけらも無いのか。」と思っているでしょう。しかし、救急医の立場からは、“たらい回し”という報道には、非常に大きな違和感を覚えます。
設備や人手の無い場所で中途半端に患者さんの受け入れをしますと、かえって患者さんに不利益になるので、受け入れたくても受け入れられないのが実情です。例えば、脳出血の患者さんを胃腸内科専門病院で引き受けて何の意味があるのでしょうか?心臓発作の患者さんを産婦人科病院で引き受けて何の意味があるでしょうか?時間を浪費するだけです。崩壊寸前の病院でどうやって複数の患者さんの救命処置を同時に行えるのでしょうか?
深まる溝
最近の報道の影響でしょうか、患者側と医療側との溝は深まる一方のようです。診療をしていますと、初対面の私に対し、最初から怒っている人や暴言を吐く人が増えてきています。重症の患者さんの処置中に、軽症の患者さんに少し待ってもらうように頼むと、「なぜ、先に来た自分を早く診ない。」と殴られた事もあります。診察の最初から最後まで、「申し訳ありません。」とひたすら謝りつづける事も珍しくありません。教科書には、「患者中心に診療をしなさい。」と書いてありますが、大変なストレスがかかります。数年程前は、こんな状況は考えられませんでした。
私は、救急の場でも、時間の許す限り、病状等を詳しく説明するようにしています。しかし、貧弱な医療体制の中で救急車が連続して来ますと、現場はパニック状態になってしまい、コミュニケーションの時間は無くなります。説明を中断して、次々処置をしなければ、別の患者さんが命を落としてしまう事になりかねません。その様な状態が朝まで続きます。しかし、もし結果が悪ければ、「あの医者は、何の説明も、治療もしなかった、けしからん。」と言われてしまいます。程度の差はあれ日本中で同じような事が起きています(繰り返しますが、私だけの感想ではありません)。
商業主義の為に、患者側と医療側との溝をどんどん深めようとする報道の姿勢には非常に大きな疑問がわきます。
日本の医療、医学教育は根底から立て直さないと完全に壊滅します。崩壊の段階はすでに超してしまいました。しかし、医者や病院がいくら悲鳴を上げたところで、耳を貸す人などいません。“極悪非道の金の亡者”が、「もうだめだ。」と言ったところで、誰が耳を傾けてくれるでしょうか?
官僚や政治には何も期待できません。迷走する医療行政は、医療の現場を混乱させる一方です。残念ながら、この流れには歯止めがかからないようで、救急医/病院はどんどん減少しつつあります(資料をご参照下さい)。
しかし、現在の状況では、貴会が問題としている“倫理的、技術的に問題がある医者”でも病院側としては、その場しのぎにでも雇ってしまい、“問題医”は淘汰されません。逆に、普通の医者が消滅してしまえば、“問題カリスマ医”が大手を振って増殖しかねません。
医療費の問題
改めて資料を見ますと、半数近くの病院が赤字です。実は、公立病院のほぼ70%が慢性的に赤字で経営危機に陥っています。特に地方自治体は財政危機に陥っています?ので、赤字病院を切り捨てにかかっています。
病院の収入の多くは、診療報酬によっています。保険診療では、診療報酬は、医者、看護師などの医療従事者の医療行為に対して病院に支払われる技術料です。医者に支払われる給料ではありません。70-90%が医療保険で支払われ、10-30%が患者さんの負担となります。
さて、病院からの請求書の明細をみますと、薬代や器械の価格がすごく高く驚く事があります。一日の薬代が1000円近くになる事はよくあります。心臓ペースメーカーという器械など、200-300万円もします。しかし、薬や器械代は殆ど病院の収入にはなりません。薬や器械は、病院が製薬会社、器械メーカー、代理店から購入しています。以前は薬価差益といって、保険請求上の薬代と製薬会社からの仕入れ値の差が病院の収益の一部となっていました。例えば保険請求すれば、病院に一錠90円支払われる薬を、80円で仕入れば10円の収益になります。赤字に苦しむ病院には、薬価差益は非常に大きな収入でした。ところが、そこに気づいた厚生省は、薬価を下げて病院へ収益が行かないようにしてしまいました。製薬会社、器械メーカーはあまり影響を受けませんね。
大多数の医者は、金儲けの為に医者をやっているのではなく、やりがいや生きがいの為に働いています。赤字だらけの病院で、どうやって金儲けができるのでしょうか?「医者=金持ち」というのは、マスコミによって創り上げられた虚像でしょう。そもそも、報道関係者の方が勤務医より給与が高そうですね
(http://nensyu-labo.com/gyousyu_housou.htm)。大都市圏の勤務医の平均給与は、完全な労働基準法違反の勤務時間で、年棒1000-1200万円ぐらいです。院長クラスで、平均1800-2000万円ぐらいでしょう。ちなみに企業の役員は、その2-5倍程もらっています。研修医の給料は、月給0-15万円程度。大学病院の貴重な労働力となっている大学院生は無給の上に、授業料を払っています。卒後10年目くらいの医員など給料がでるだけましで、教授でも勤務医平均より低い年棒です。
病院は利潤を追求する会社ではありません。しかし、経営が成り立たなければ閉鎖せざるをえません。投資の大失敗などで、大赤字になった企業や銀行には天文学的数字の税金を遠慮なく投入しますが、赤字の病院には経営努力が足りないから閉鎖しなさいと、いうわけです。
具体的に診療報酬はどのくらいかかっているのでしょうか?救急治療の場合を見てみましょう。病気によらず救急の初期治療は決まっています。A:気道、B:呼吸、C:循環の確保です。呼吸が危なければ、のどから管を挿れて人工呼吸を行います。心臓が止まってしまっていれば心臓マッサージ、脈が乱れていれば電気ショックを行います。その後、心臓発作であれば、カテーテル手術やバイパス手術を行います。盲腸であれば、緊急手術をする事があります。よくある救急処置の診療報酬をあげてみました。2008年頃の点数です。保険請求点数ですので、患者さんの負担は、表示の10-30%です。詳しくは、http://www.mhlw.go.jp/topics/2008/03/tp0305-1.htmlを参照下さい(もし間違いがありましたらご指摘下さい)。
気管内挿管(人工呼吸の為に気道に管をいれます):5000円
人工呼吸(人工呼吸器の設定には高度の知識が必要です)
30分まで2420 円・以後30分毎:500円・5時間以上は:一日8000円
心臓マッサージ 30分まで:2500円・以後30分毎:400円
電気ショック(脈が乱れて危険な場合、電気ショックをかけます):35000円
心膜穿刺(心臓の周りの貯留液や血液を緊急に針で抜く手技です。電気ショックよりずっと高度な技術が必要です。抜かないと心臓が動きません):5000円
胃洗浄(服毒などの場合に管をいれて胃の内容物を抜くことがあります):2500円
緊急心臓ペースメーカー(心臓の電気回路が止まってしまった場合に首や鎖骨下の血管から電線を挿れて刺激をする方法です。練達には心臓内科で5年近い経験が必要です):33,700円
虫垂炎手術(盲腸炎です):62,100円
心臓血管のカテーテル手術(心臓内科で10年近い経験が必要です):220,000円
心臓バイパス手術(心臓外科で10-15年ほど修練が必要です。少なくとも心臓外科医2名、看護師2名、人工心肺装置の技師1名ほどで数時間かかります):510,000-780,000円
短時間の静脈麻酔:1200円
この診療報酬では救急病院がつぶれても不思議ではありません。救命救急センターでは、数人の救急医、各科専門医、看護師、放射線技師、検査技師、事務当直を交代制で常駐させ、何千万、何億円とする最新診断治療機器を備え、使用期限のある高価な薬剤や機器の在庫をかかえるわけです。経営が成り立つはずがありません。
もちろん患者さんにとって医療費は安いに越したことはありません。私も手術を受けた事もあれば、糖尿病科、皮膚科、眼科、歯科、耳鼻科、整形外科などに通ったりしますので医療費はかなりの負担に感じます。
しかし、医療費は高いと世の中では非難されていますが、みなさん時々足裏マッサージに行きませんか?耳かき屋さんに行きませんか?パソコンの修理料には何万円も払いませんか?部屋の模様替えにさえ何十万円もかかりますよね?銀座で飲めば????
*事務局注:HP掲載に際し、投稿者名を匿名にしてあります。
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