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市民は忘れていない               2023年7月2日
「乳がんは清水の風土病」-病理体制は?


「乳がんは清水の風土病」事件関連の資料を地元で配り始めました。

清水病院と市は過去のこととして忘れたいでしょうが、事件を風化させるわけにはいきません。
配り始めて、ある程度の年齢の人たちの反応は見事で、「市民は忘れていない」ことを実感でき、とても心強いです。

「行ったらみんな切られてしまう」
「乳がん通りってあったね」
「知り合いに2度目の手術を受けて亡くなった人が2人いる」
「腕のむくみがひどいからと服のお直しを頼まれた」等々、資料を渡した時に返ってきた話です。

「みんな切られてしまう」というのは、当時の手術件数からすれば当然のことでしょう。

乳腺の手術件数に「癌」と「その他」が表記されています。
私が手術を受けた翌平成4年度は「癌」94件、「その他」238件で、乳腺外科だけで計332件の手術件数です。

「癌」の94件は、手術日は週2回、年間52週×2回=104から年末年始・夏休み・出張等を除いて、乳がん手術をやっていた件数です。

「その他」は、キズがふさがらず再手術した話を耳にしていたので、生検以外にそれらを含んでいるだろうと思われます。「これほど下手な外科医が日本にいることに驚いた」(竹下裁判近藤誠医師意見書)という腕前ですから。

ところで、肝心な病理診断について手術件数に見合う病理体制になっていたのでしょうか。

竹下裁判で、病理診断について病院側の主張が「判決の真実-死人に口なし」(ルポライター米本和広氏寄稿)にまとめられているので引用します。


「91年12月27日に生検手術をしたあと、迅速標本をつくった。それを持って、私は浜松医科大病理医の喜納教授のもとを訪れた。喜納教授は癌と診断した。その際に、1月6日にできあがる永久標本を診断してもらうことを頼んだ。当日、塩野義製薬の営業マンT君に標本を喜納教授に届けるように頼んだ。午後、喜納教授から癌という診断を電話で聞いた。それをもとに竹下さんや家族の方に最終診断を説明をした」

    (ぜひ、「判決の真実」全文を読んでください)


1人の患者の生検手術後、乳腺外科医本人が迅速標本をもってタクシーと新幹線を使って、アポなしで浜松医科大の著名な教授のところへ行ったという。

初診翌日、しかも仕事納めの土曜日だった。

永久標本は、仕事始めに年始回りに来た製薬会社の営業マンに浜松医科大の著名な教授に届けるよう頼んだという。

他の年間100件近い乳がん患者の病理診断はどうしていたのでしょう?

乳腺外科の「癌」と「その他」手術で年間300を超えていた件数が清水病院のHPによると現在は0件

私からの資料を受け取った元原告たちの応援を受けて元気をもらい、これからも地元でボチボチと資料配りを続けていきます。

「乳がん事件」を風化せないために、そして二度とこのようなことが起きないように次世代・次々世代・周りの方々に情報伝達よろしくお願いいたします。


                       竹下勇子(2023年7月2日)

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