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雑記帳「本質的な問題」(2) 「また、被害者が」(1)の原稿で、被害者の声が公表されないから被害実態が伝わらず、被害がくりかえされると書いた。 しかし、本質的な問題は被害者側にあるのではない。 今さらと思うかもしれないが、小坂医師のことをうやむやに終わらせたため小坂時代の病院の体質が今でも続いて、そのために「また、被害者が」生まれたのだと思う。 かつて、「乳がんは清水の風土病」と病院職員たちの間で言われた乳がん治療の実態を、市や病院内部で誰も問題にしなかった。 病院内で行われていることが当たり前で慣れっこになっていたのか、問題ありと声を出せば左遷される暗黙の了解があったからなのか、誰も問題にしてこなかった結果、風土病と言われるほど乳がん手術件数が増加し、小坂医師の権力は絶大なものとなった。 今でも、清水病院のことを小坂医師なしでは語れないと市の職員だった人が知人に伝えているくらい影響力をもっていた。 しかし、私の裁判で、小坂医師が手術したひどい傷あとを見ていた協力医の意見書には、「小坂医師が手術した傷あとを見て、びっくりした。これほど下手な外科医が日本にいるんだ、それが公立病院の要職にある、と知って驚いたのです」そして 、「いずれ病院側や清水市も気づいて、何か手を打つだろうと考えていた」と書かれている。しかし、誰も下手な手術に手を打つことはなかった。 「下手な手術」問題もふくめてマスコミに取り上げられたとき、当時の清水市長は自ら病院に乗り込み、事実調査のために医療従事者や病院職員幹部に個別に聴き取り調査をしたという。全国的にみても異例の措置である。それだけ病院内部のことが外に漏れない体制になっていたという証でもある。 記事がきっかけとなって小坂医師は退職した。 しかし、清水病院から小坂医師がいなくなったのだから問題はなくなった―と考えるのは大間違いである。 風土病説にしても下手な手術にしても、病院内でうわさで流れていても、病院全体で問題として共有されず外部にも漏れなかった病院の体質が問題なのだ。 最初にマスコミに取り上げられてからは、私のところに看護師を教育する立場にいた人から連絡があった。彼女は小坂医師との人間関係に苦しみ、自殺まで考えたと話してくれた。医療従事者が声を出せない病院の体質も問題だ。 過去から今に続くこうした体質を見直し、被害が起きたとき、病院全体で問題を共有することで被害をなくす方向にむかうことを願っている。 2009年1月12日 竹下勇子
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