会の活動
静岡市保健福祉長寿局宛手紙
静岡市保健福祉長寿局 御中 2026年1月10日
静岡市立清水病院の今後に向けて―信頼回復のために過去から学ぶ姿勢を
隠蔽体質・人権侵害の実態
拝啓
前略、ごめん下さい。
本日は突然お便り差し上げる失礼をお許し下さい。
私は清水病院で乳がん手術を受けたものの、主治医からがんについての説明が「神のみぞ知る」だけ、という信じられない屈辱的な対応を受けた元原告の竹下勇子と申します。
私たちは「市でやっている病院だから」と、信頼しきって受診した清水病院で被害にあい、家族を亡くしたり、後遺症を抱えたり、苦しさの中から被害者が中心となって、2000年2月に「清水市立病院から被害をなくしより良い病院にする会」(現在は「静岡市立清水病院から被害をなくす会」)を立ち上げて、被害をなくすための活動を続けています。
【資料1:「活動年表」参照】
会設立からまもなく26年を迎え、会のホームページには膨大な資料を掲載しています。一例として、清水病院での被害実態を「医療事故一覧」として公開しています。同様の被害を繰り返さないために、訴訟や報道等で公表されたものや、被害者本人からの資料をもとに一覧を作成しています。
【資料2:「医療事故一覧」参照】
被害実態の中で特筆すべきは、「乳がんは清水の風土病」事件です。
清水病院が市民の信頼をどうして失ったのか被害実態から学んでいただきたく、私が清水病院と、その後の裁判で体験した市(旧清水市)の対応を、「赤字病院のこわさ」と題して、ホームページに掲載したので、記事コピーと関連資料を送らせていただきます。
【資料3:「赤字病院のこわさ」参照】
「乳がんは清水の風土病」事件は決して昔の出来事ではありません。
私より先に裁判を起こした久保山さんの亡き妻、まち子さんと私の乳がん手術後のカルテに、M医師の名が残されています。
清水病院ホームページによると、M医師は現在、清水病院参与兼外科科長・医療安全管理室長ですが、「乳がんは清水の風土病」事件の渦中にいた外科医の1人です。
同じ頃、清水病院で乳がん手術後患者に接していた放射線科医の1人、近藤誠医師は、「これほど下手な外科医が日本にいたことに驚いた」・「外科医としての技量をもっていない」と裁判所へ提出した意見書に書かれています。また、ご著書『あなたの癌は、がんもどき』(梧桐書院2010年初版)に清水病院を実名で、「がん患者を作り出す病院」・「医療詐欺」と書かれています。
M医師と近藤医師は、外科医と放射線科医の違いはありますが、同じ乳腺外科医の手術後患者を診ていながら、反応の差(人権意識の差)に驚きます。
M医師が同僚乳腺外科医の所業を看過してきた責任は計り知れず甚大です。
乳がん事件だけでなく、被害実態(医療事故一覧参照)に目をつぶり、何事もなかったかのように、静岡市は清水病院に巨額の税金を投入し続けています。
市の病院として責任をもって市民に受診を促すためには、信頼回復のために過去から学ぶ姿勢をもつべきでしょう。
そうでなければ、今までと同様、清水病院で何が起きようが外部にいっさい伝わらない隠蔽体質が続くだけで、信頼回復は不可能でしょう。隠蔽され続けた顕著な一例が「乳がん名医」の手術でした。
【資料4:誰もくいとめられなかった乳腺外科医の下手な手術(平成時代)】
清水地域の将来の医療の持続性を考えるならば、清水病院の実態(信頼を失った理由や、現在地に移転新築して以降の赤字累計総額(税金投入額))を市民(納税者)に知らせ、今後の方向性を検討すべきでしょう。
清水病院の今後に向けて、信頼回復の一助となればと、お便り差し上げる次第です。
かしこ
「静岡市立清水病院から被害をなくす会」
竹下勇子
*添付資料(下線部をクリックしてください)
活動年表 事故一覧 赤字病院のこわさ 1995年講演会案内チラシ
乳腺手術件数(平成4年度・11年度、平成12年度)
判決の真実ー死人に口なし
院長通達 院長通達反論 下手な手術写真 近藤誠意見書
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