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「清水病院と清水厚生一体運営」報道記事を読んで
                     
 2026年5月9日
                  

1.市の責任逃れ―隠し事は信頼関係を損なう
2.情報統制—漏れては困る情報
3.責任の果たし方—知った責任
4.「医療事故一覧」から学ぶ姿勢を


1. 市の責任逃れ―隠し事は信頼関係を損なう

 静岡市の方針として27年度から、JA静岡厚生連が指定管理者として清水病院と清水厚生両院を一体運営する方向で調整を進めるという報道を知り、市の責任逃れだと思いました。

 赤字の背景として物価高騰や人件費増加などの全国的な課題のほか、市内全体の空き病床が増えている現状があげられていますが、清水病院独自の問題として医療事故の存在がすっぽり抜け落ちています。

2.情報統制—漏れては困る情報
 
清水病院での医療事故については訴状や報道記事などから「医療事故一覧」として、「静岡市立清水病院から被害をなくす会」のHPに掲載していますが、病院側から抗議を受けたことはありません。

 清水病院の医療実態について、被害者や病院職員を取材したルポライター米本和広氏の著作や、清水病院に勤務して直に診療実態を知った近藤誠医師の著書についても何の抗議も受けていないということは、市や清水病院はすべて認めていることになります。

 かつて、石原院長が「職員の綱紀の保持について」と職員に出した通達に対して米本氏が反論を送っていますが、何の抗議もありませんでした。
会のHPに掲載している該当記事は以下です。
 

――――――――――
【該当記事】
米本和広氏
    いのちジャーナル1998年11月号・ 12月号・ 1999年2月号
    別冊宝島『病院に殺される!』・文庫版『病院に殺される!』
    月刊現代『虚像の名医』2003年1月号
近藤誠医師
    日刊ゲンダイ2011年3月1日(28日発行)18面
    近藤誠の「女性の医学」がんを作り出す病院を司法は野放し
    「あなたの癌はがんもどき」がん患者を作り出す病院・
                「医療詐欺」のからくり
院長通達 
院長通達反論 
―――――――――――


 市内他病院との話し合いの俎上に清水病院の事情として被害者の存在「医療事故一覧」を載せず、「片手落ちの情報」で何の反省も責任も取らずに問題を先送りしたまま、運営を指定管理者に任せるとは身勝手過ぎます。

 「医療事故一覧」のうち、2人からそれぞれ裁判を起こされた小坂医師は、市や清水病院が「乳がん名医」だと喧伝して乳がん検診をすすめ、500床ある病床利用率が100%を超えて黒字計上に貢献していました。米本氏のルポを引用します。会のHPに全文掲載しています。


<92年度のベッド利用率は絶好調のホテル並みの92%(96年度は95%)。小坂率いる外科病棟は102%に達した。100%を超えるのは朝に退院し、夕に新規患者が入院するからである。小坂のおかげで乳癌患者が外科病棟の半数以上を占めるまでになった。月刊「現代」2003年1月号273頁「虚像の名医」乳癌を切りまくった医師に問う

売上げについては、
<小坂の名声、市をあげての検診キャンペーンが見事にあたり、病院の収支は次第に改善されていった。バブル期の移転新築が負担となり累積赤字は11億円に膨らんでいたが、小坂が副院長に出世した95年から黒字に転換し、97年には累積赤字を4億円までに圧縮。赤字一掃は目前となっていた。>同上


 翌98年、清水病院放射線科に勤務して評判とは裏腹の小坂医師の実態を知った近藤誠医師を講師に、啓蒙のため旧清水市で講演会を開催した際、出席者チェックのため市の人事課長が派遣されました(別冊宝島『病院に殺される』文庫版169頁)。事前にその情報が流れたため病院職員は講演会に出席できず、帽子を深くかぶり、眼鏡とマスクで顔を隠さざるを得ず出席した開業医には感服しました。

3.責任の果たし方—知った責任
 清水病院は公立病院として市民の命を守る責務があります。
 しかしながら、近藤誠医師の講演会に市の人事課長を派遣して出席者をチェックした様子から、市や病院は外部に漏れては困る情報(小坂医師の所業)を知っていたと考えられます。

 同様に市や病院が小坂医師の所業を知っていたと推測できるのは、96年、竹下提訴時に、市はDNAに関する政府委員高芝利仁弁護士を代理人に据えたことです。その後の裁判で清水病院提出のがん標本はアンダーソンモデルだと判明しています。

 米本氏は「知った責任」ということをよくおっしゃっていました。

 米本氏は取材を通して、近藤誠医師は診療現場で、私は受診して被害を受けた者として、「清水病院の実態を知った責任」から、被害者を増やさないために、それぞれができることを尽くしてきました。その結果が会のHPに掲載している「活動年表」にあるとおり今に至っています。

 小坂医師を退職に追いこみ、乳がん被害をくい止めることはできましたが、小坂医師を名医と喧伝し健診を勧めてきた市や清水病院はどのような責任をとったでしょうか

 外科医としての技量をもたない近藤誠医師意見書)小坂医師にメスを持たせ続け、市民の命を守る責務を果たさなかったにもかかわらず「乳がん被害はなかった」としてこのまま無視を貫き通すのでしょうか。(「下手な手術写真」参照)

 自宅から歩いて5分ほどの間に私を含めて7人の乳がん手術体験者がいました。本物のがんだったかもしれませんが3人が亡くなり、3人所在不明。早々に清水病院から逃げ出した私だけが、後遺症に苦しみながらも転居もしないで生きています。(雑記帳「風土病は何処へ」参照)

 小坂医師の同僚で、「乳がん生産工場」最盛期から今に至るまで清水病院に勤務している医師たちの責任は計り知れず甚大です。

4.「医療事故一覧」から学ぶ姿勢を

 今後に向けて他病院との話し合いの俎上に「医療事故一覧」を載せるべきです。清水病院の被害者は乳がん事件だけではありません。被害者にも人権があります。過去から学ぶ姿勢が改革への第一歩だと思いませんか。今の状態は、問題を先送りしてきた結果です。

 巨額の税金を投入し続けた病院です。納税者に正しい情報を伝えるべきです。


                    竹下勇子(2026年5月9日)

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