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『月刊いのちジャーナル1998年11月号(6〜14ページ)』(さいろ社)
業界がお墨付きを与えた病院のとんでもない医療の実態

訴訟5件を抱えた病院が「いい病院」? 

                             取材・文 米本和広

 有名シェフご推奨のレストランで食事をしたところ、顔をしかめるほどまずい料理だった。あるいは5つ星印のホテルに宿泊したところ、部屋の中はゴキブリが徘徊していた。こんな目にあったら、当の施設に文句を言い、推奨者たちに抗議するだろう。そしてむやみに権威なるものを信じてはならないことを教訓とするだろう。
 もっとも、料理がまずかろうが、不潔な部屋に泊まろうが、命には別状はない。だが、権威ある第3者機関に優秀と認定された病院が実はいい加減で、患者を死に至らせるぼどのミスを犯していたような病院だったとしたら、私たちはいったいどうすればいいのか。

 「いい病院」のお墨付きは
 業界″では画期的

 静岡県の清水市郊外にある清水市立病院は敷地内にバス停が設置されているほど繁盛している病院である。 人口24万人の清水市に総合病院は3つあるが、公立ということもあって、この病院の人気はとりわけ高い。

 正面玄関の入り口には患者の権利を最大限に尊重するといった趣旨の宣言文、その横に日本内科学会認定教育施設、日本透析医学会認定施設など19の学会認定施設であることが誇示されている。患者の権利を尊重し、多くの学会から認定されている。とあれば、初めて訪れる人は診察を受ける前からいい病院と信じ込んでしまうに違いない。「宣言」と「認定施設一覧」の間には一際大きな文字で、この病院は地域災害医療センターであり、広域救護病院、エイズ拠点病院であり、さらに財団法人・日本医療機能評価機構認定病院であることがうたわれ、そばに同財団の認定証が掲げられている。

「清水市立病院殿 貴病院が財団法人日本医療機能評価機構の定める認定基準を達成していることを証する。平成9年12月8日」

 「認定基準を達成」とはどういうことか。読んでも説明できる人はいないだろうが、権威ある団体がこの病院を良い病院として認定したという程度のことは漠然とはわかり先の掲示内容とを合わせ、この病院はとても優秀な病院だろうという印象を強くするはずだ。
 
 実は、日本医療機能評価機構(以下評価機構)の設立(95年)と同財団の認定事業の開始(97年)は白本の医療史のなかでも画期的な出来事といっていい。これまで病院の活動は誰からも客観的に評価されることなく、話題になった安田病院のような犯罪的といえるほど質の悪い病院でさえ存続が許されていた。こうした野放図な状況に対して、自分たちで独自に病院を評価する第3者組織をつくり、基準を満たしている施設には認定書を与えようというのが評価機構の設立の意義なのである。簡単にいえば、業界が自主的に病院の質を高めていこうという内側からの病院改革なのである。財団への出資者は日本医師会、日本病院会といった業界を代表する団体がずらり顔を並べ、国も拠出金を出しているから、一部のグループではなく、業界あげての自主的な質向上運動の取り組みと評することができる。

 認定事業の仕組みは、申し込みのあった病院に約540項目にも及ぶ調査票を書いてもらい、それをもとに専門の調査員が現地調査をし、基準にかなっていれば認定書を与えるというものである。業界外の人から見れば、申し込み料金が120万円から180万円もし、しかも申し込んだ当の病院が調査票に回答することから、「なんだ、金を払って認定書をもらうだけではないか」と思うかもしれないが、現地調査は院長・看護管理・事務管理の経験者がトレーニングを積み、6人1組となって行なうという。

 患者側の立場から医療過誤訴訟に取り組む医療事故情報センター理事長の加藤良夫弁護士は、評価機構の認定事業は1つの進歩だとして次のように評価する。
「病院は外から評価されることをとても嫌がっている。評価についてはまだ不十分な点もあるが、これまで病院の機能が客観的に評価されることはなかった。その意味で1つの進歩だ」

 また評価機構からすでに認定を受けている医真会八尾総合病院の院長で、医療事故調査会代表の森功氏はこう語る。
「評価機構に受審を申し込んでも、好きで受けたんだろというような受け止め方をする病院がまだ多い。私は受審は病院の義務だと思うが、お金がもったいないからと端から無視するか、申し込んでも認定されないだろうという自信のない病院が多い。カルテを落書き帳のように扱っている病院が少なくないだけに、受審する病院が増えていけば、医療界の前進につながる」

 評価対象となる病院9490のうちこれまで130の病院が申し込み、そのうち103(8月現在)の病院が認定を受けた。そのうちの1つが前述した清水市立病院なのである。2人のコメントの脈絡から敷行して言えば、外から評価されるのを好まない業界にあって、わざわざ高い費用を払って評価機構に評価を依頼し、認定基準を満たしていた清水市立病院は革新的で、質の高い病院ということになる。

 裁判件数はカルト集団なみ

 しかし、同病院の質は高くない。それどころか、病院の宣言にある「患者さんの権利を最大限に尊重し、相互の信頼関係にもとづく医療を行うことに努力します」とは、無縁の病院なのである。実は、この病院は評価機構の認定を受けるまでに、わかっている範囲でもなんと6件もの医療過誤の訴訟を起こされていたのである。1つの病院がどのくらいの訴訟を抱えているのかという”業界相場”はわからないが、6件は異常に多い数字だろう。近く新たに3件の訴訟が予定されているというから、合計すれば9件になる。共通して訴えられている病院の最高責任者・清水市長は、まるで多くの裁判を抱えて話題になるようなカルト教祖のようでもある。
 
 レベルのとりわけ低い1つの医局だけが 訴訟の対象になっていれば話はまだわかる。そうではなく、同病院の場合、内科、脳外科、外科、産婦人科が訴えられているのだ。

 出産分娩に際して行なった会陰部切開の手術ミスと出産後のケアの怠慢で、患者の下半身に機能障害を負わせた(産婦人科、損害賠償請求額約567万円)。これは85年の事故である。
 翌86年には陣痛促進剤の不適切な投与により胎児を死亡させ、またその後の母体の健康管理が不十分だったため子宮内膜症を発生させ、以後妊娠を不可能な状態にした(産婦人科、損害賠償請求額6970万円)。
 89年には3度の手術で体力消耗している患者に抗がん剤を投与し、骨髄機能抑制・肝障害で死亡させた(外科、損害賠償請求額4720万円)。
 92年には乳がんの患者に粗雑な摘出手術をしたため、運動機能障害を負わせた(外科、6200万円)。
 さらに94年、頭蓋咽頭腫を非機能性下垂体腺腫と誤診した上、手術に失敗し、失明、意識障害に陥らせたばかりか、全身身体機能を低下させた(脳外科、約1億円)。
 この5件は係争中の裁判である。請求額総額は3億円にものぼる。このほかに90年に肝不全で死亡した男性の遺族が医療過誤で清水市を訴え、96年に和解している(内科、請求額3860万円)。

 清水市立病院にこれらの裁判について取材を申し込んだが、「係争中なので、コメントできない」という回答だった。そのため一面的との誹りを受けるだろうがしかたがない。訴状と訴訟当事者の証言をもとに、質の高い病院と権威ある第3者機関から認定された病院でいったい何か行なわれたかについて、2つの例を紹介する。

 提訴後にわかった
 驚くべき事実

 89年に亡くなった久保山まち子さんの場合はこうだ。証言者は夫の久保山甲三さんである。89年5月に乳房にしこりを発見したまち子さんは、けんみんテレビなどで乳がんの名医として紹介されていた小坂昭夫氏がいる清水市立病院で受診した。ちなみに、『医者がすすめる専門病院・東海版』(ライフ企画)でも小坂氏は乳がんの名医ということになっている。現在、小坂氏は同病院の副院長だ。

 まち子さんは初診で、乳がんだからと手術を勧められた。生体検査をしたあと、6月に乳房全切除の手術を受け、抗がん剤を投与された。副作用のことを訊ねると、小坂氏は「ありません。大丈夫です」と答えた。術後、小坂氏は甲三さんに胸を張って「手術は成功です。転移もありません」。しかし、その直後に小坂氏は「不幸中の幸いで、がんが皮膚に浸潤しているのが発見された」と語り、7月に患部を切除し下腹部の皮膚を移植する手術を受けた。その同じ7月に今度は直腸にがんが発見された。

 甲三さんとまち子さんは6月と7月に大手術をしているので、手術を受けるにしても体力を待ってからにしたかったし、できれば切りたくなかった。それに対して小坂氏は「切らなければ肝臓に転移する。8月14日頃までには手術をしたい。どこの医者に行っても(診断結果は)同じだ」と話し、8月16日にがん摘出の手術を受け、卵巣を摘出するとともに人工肛門とした。まち子さんが亡くなったのはそれから1ヵ月後の9月19日のことである。残された子どもは8才と4才たった。
 
 妻の死に納得できない甲三さんは説明を求めた。小坂氏は「抗がん剤をもっと投与すれば良かった。1ヵ月でがんが全身にまわった」といばかり。乳がん、直腸がんも取ったというのにどうしてがん細胞が全身にまわるのか。納得がいかない。甲三さんが「タクシーをまわすから自宅に説明に来い」といっても、「行きません」というばかり。年が明けた90年の1月、小坂氏の知り合いだというスナック経営者が突然やってきて、子どもにお年玉を置いていった。あとで手紙を付けて突っ返したら、その知人は電話でこう話した。
「そっちが裁判をするなら、こっちも告訴するぞ」

 久保山さんの図書館通いはそれから始まった。92年に提訴してからいろんなことがわかった。抗がん剤に副作用がないと断言したのも変だし、生体検査の結果が出て乳がんであることがわかる前から入院(結果の出る2日前)させられたのも首をひねらざるを得なかった。直腸がんの手術の際に卵巣を摘出したとき、小坂氏は「ホルモンの影響を受けやすい人だから卵巣を取った」と説明していたが、カルテにはホルモンの影響倹査の結果は陰性となっていた。
 なにより驚いたのは、直腸がんの手術の翌日から抗がん剤「マイトマイシンC」10ミリグラムが1週間単位で2回投与されていたことだった。劇薬であるため、投与後に白血球や血小板は低下する。そのために血液検査などを頻繁に行なって各種の数値の回復が確認されてから、2回目の投与を行なうのが常識になっている。それなのに小坂氏は検査をせずに劇薬を投与していたのだ。その副作用によって脊髄機能が低下し、死に至ったことがわかった。

  名医のあきれたインフォーム
  ド・コンセント

 もう1人、竹下勇子さんのケースを紹介する。やはり久保山まち子さんと同じようにしこりが気になり、91年12月26日に小坂氏の診察を受けた。診察室に入るといきなり上半身裸で寝かされ、そこに小坂氏が登場し、問診はI切なく、2〜3秒間胸をひとなでし、乳がんと診断。レントゲンと超音波検査を受けるように指示する。さすが名医は診察の基本である問診をしなくとも、ひとなでしただけでがんがわかるらしい。翌27日には穿刺吸引細胞診をせずに生体検査を行ない、御用納めの28日に「乳がんだ。すぐに手術が必要だ」と宣言し、こう説明した。
「あなたの場合、(乳房を温存する)温存療法と筋肉を残して乳房を全部取る方法がある。温存療法は日本に入ってきてまだ3年、データがないし、手術後、放射線ときつい抗がん剤をうつから、我慢できないだろう。命を取るか、危険なほうを取るか」

 これが名医の”インフォームドーコンセント”なのである。参考までに説明しておくが、日本で乳房温存療法が始まったのは91年時点の8年前、91年当時乳がん手術に占める割合は約13%といわれている。小坂名医の説明では、乳房を取る方法(乳房全切除)だと抗がん剤は必要ないように聞こえるが、このことについては後でもう1度触れる。

 入院日は1月4日となった。手続きを説明する看護婦に、竹下さんが手術を受けた経験者に話を聞きたいと頼んだところ、彼女はこう答えた。
「聞くのはよしな。聞かないほうがいいよ」

 1月5日に手術日が8日と決まった。生体検査の結果が出たのは7日である。順序が逆である・レントゲン、超音波によっても乳がんであることがはっきりしなかったため、生体検査を行なったはずである。にもかかわらず、小坂氏はその結果を待たずして手術日を決めていた。竹下さんがその当時のことを振り返る。

「今から考えると、本当に切らなければならない腫瘍だったのかわからない。あのときはいきなり裸にされたため、恥ずかしくて症状を説明することができなかった…ともかく命に関わるがんだというように思い込まされ、一刻も早く手術をと急かされる感じでした」

 手術後、リハビリを開始したが、右手に障害が残った。薬については一切説明がなかった。退院後にもらった薬については薬局で説明を求めたが、「外科で聞いてくれ」。外科に出向くと、看護婦は「先生がいないから、先生の奥さん(専業主婦)に電話して聞きな」と答えた。
 この病院のやり方は驚きの連続だが、私か一番驚いたのは薬の説明を「奥さんに聞け」という看護婦の発言である。

 抗がん剤が投与されていたことを竹下さんが聞かされたのは投与から2ヵ月以上も経った4月に入ってからのことだ。小坂氏の”インフォームドーコンセント″によれば、乳房温存療法ではきつい抗がん剤を投与しなければならず、乳房を切除すれば抗がん剤は必要なかったはずだ。竹下さんが憤るのは当然だろう。抗がん剤の副作用によってひどい下痢と鮮血が出た。そのことを訴えると、若い医者は怒鳴った。
「薬を飲むのか、命を捨てるか」
 処方されていたのは、副作用が出るだけで効果が期待されない5FUと、漢方薬(十全大補湯)だった。

 退院後、どういうがんだったのか聞いたところ、小坂氏からは意味不明の答えが返ってきた。
「普通の乳がんで、神のみぞ知る。ねえ、竹下さん、僕だって明日交通事故にあうかもしれない。明日の命は誰にもわからない。そうでしよ?」
 
 その後、竹下さんは国立静岡病院で診てもらった。医者は竹下さんの傷口を見てハッと驚き、「20〜30年前のやり方だ。こんなひどい手術、ここ何年も見たことがない。これじゃ、中はメチャクチャだ」と話した。確かに、中はメチャクチャたった。レントゲンを撮ってみると、金属のクリツ プが16個も人つていたのである。
 
 抗がん剤療法やがん検診の危険性について問題提起した近藤誠氏(慶応大学病院放 射線科)は、この病院に勤務していたことがある。近藤氏は「小坂氏の手術は下手だった」と振り返る。事実、竹下さんの傷跡は、筋肉をもえぐり取るハルステッド手術をしたかのように肋骨が浮き出ている。縫合の仕方も劣悪だったため、右上半身のしびれ、右腕に運動機能障害を残す結果となった。

  評価機構も ”化石業界″の内
  側にいるのか

 清水市立病院の産婦人科で子宮がん、手 術の必敗性ありと診断された人が、竹下さんの勧めで県立病院で診察を受けたところ、「がんではない」と笑われたことがある。県立病院が市立病院に問い合わせたところ、どちらの病院でも検査数値は同じだった。同じ数値なのに市立病院は子宮がんと診断し、県立病院はがんではないと笑う。久保山さんと竹下さんが、ほんとうに手術が必要な乳がんだったのか、必要ないのに切除された人がいるのではないかと疑うのは当然だろう。

 小坂氏は雑談中に竹下さんにこう語ったことがある。
「自宅の周囲で、がんではないのに切られてしまったというビラを撒かれたことがある」
 
 話を冒頭の評価機構の認定事業に戻す。
この認定事業は、前述の加藤弁護士が話す通り、不十分な点がある。それは評価対象を医療の質ではなく、病院の施設・運営面に絞っている点にある。私たちからすれば、施設が悪かろうが、医療の質(=ヤブ医者がいない)が高い病院かどうかを評価してもらいたい。しかし、森功院長によれば「(医療界は)化石のような業界」というから、まずは施設・運営面からの認定事業であってもしかたがないだろうし、外から客観的に評価されることのなかったという業界事情からすれば1つの進歩ではあろう。

 しかし、清水市立病院の玄関口で認定書を読んだ人はどう判断するだろうか。認定書の文面からすれば、質の高い病院と判断するに決まっている。日本の権威が推奨する病院で、久保山さんや竹下さんのような治療を受けたら、どうすればいいのか。まずい料理を食べさせられた、ゴキブリのいる部屋に入れられたというのとは訳が違うのである。

 加藤弁護士は私の記事の方向性に忠告を与えてくれた。「評価機構がやっていることが不十分だからといってまるごと批判するような記事を書けば、大喜びするのは認定事業そのものをつぶしたいと考えている保守的なグループだけだ。ミスリードにならないような記事にしたほうがいい」。その通りだと思い、そのようなまとめ方ができればと期待して、評価機構に質問した。

 (1)認定書を与えた病院が5件もの裁判を抱えていることについて率直にどう思うか。
 (2)調査票の項目に医療過誤で訴訟を起こされているかどうかを加える考えはないか。
 (3)いくら医療の質を評価対象にしていないといっても、5件もの訴訟を抱えているような病院なら認定を取り消すべきではないか、それができないならせめて認定書の文面に医療の質は評価対象に入っていないことを明記すべきでないか。
 (4)今後、医療の質を評価対象について加える計画はあるのか。

 これについて内部で検討された結果だとして、次のような回答が返ってきた。「当機構としては正式な手続きで清水市立病院を認定した。訴訟の事実経過について知らないのでコメントできない」

 訴訟の事実を知らなければ訴状を取り寄せればいいだけのことではないか。この回答は評価機構が外部の第3者機関のそれでなく、「係争中なのでコメントできない」という清水市立病院の立場と何ら変わりがない。どうやら、設立そのものが1つの前進と評される評価機構も”化石業界”の内側にいるらしい。竹下さんたちが抗議に出向いても、聞き置くという態度で何の回答もなかった。540項目の評価結果については「病院に聞けば教えてくれるはずだ」という。そこで清水市立病院に問い合わせると、「病院の内部資料だから見せられません」。再び、この病院の姿勢について評価機構に質問すると、今度は一転して「公表するかどうかは病院にまかせている」と答える。これでは受審料金ほしさの評価事業と言われてもしかたがないだろう。すでに評価機構は130の病院から2億円前後の金を手にしている。

 自分たちが認定書を与えた病院が5件もの訴訟を抱えているところだと知っても、何の痛疼も感じないようだ。となれば、私たちができる自衛策は、シェフ推奨レストランを信じないのと同じように、評価機構が評価した病院だからといって信じないことしかない。

 幼子を抱え裁判を闘ってきた久保山さん、後遺症に苦しみながら家業を切り盛りしている竹下さんは今を生きている。化石業界に生まれた「不十分だが、1つの前進」なるものの進化を温かく見守っていくことなどに付き合ってはいられない。それより、第3者機関を自称する「日本医療機能評価機構」そのものを評価するさらなる第3者機関が必要だと感じているのだ。



よねもと・かずひろ◆1950年島根県生まれ。『繊研新聞』記者を経て、現在フリーのルポライター。著書に『大川隆法の霊言』(宝島社)、『平成サラリーマン白書』(講談社)、『洗脳の楽園ヤマギシ会という悲劇』(洋泉社)などがある。『Views』に連載した「巨大カルト集団ヤマギシ”超洗脳”体験ルポ」で97年に日本ジャーナリズム賞を受賞。

 

 

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