会の活動
静岡市保健福祉長寿局宛手紙2回目
静岡市保健福祉長寿局 御中 2026年4月12日
静岡市立清水病院の今後に向けてA―信頼回復のために過去から学ぶ姿勢を
(2026年1月10日付を@として下さい) 隠蔽体質・人権侵害の実態
拝啓
前略、ごめんください。
「静岡市立清水病院から被害をなくす会」のホームページに載せた新しい記事「清水病院と浜医の関係」(【資料1】参照)とルポライター米本和広氏寄稿関連記事コピー(【資料2】参照)を、「静岡市立清水病院の今後に向けてA」と題した当文書に添付し送らせていただきます。
【資料1:「清水病院と浜医の関係」】
清水病院乳がん事件竹下裁判において「浜医大の病理学教授が乳がんと診断した」と市側(旧清水市)が主張したことに対して、浜医大関係者はいっさい知らされていなかったことを記しました。
【資料2:「判決の真実―「65万分の1」の確率・死人に口なし」】
竹下裁判地裁判決(2004年3月)後に米本和広氏が「判決の真実」と題して解説を寄稿。DNA鑑定と病理鑑定に関する部分を添付します。
そもそも、清水病院が裁判所に提出した「乳がん標本」のDNA鑑定結果が先に出されていれば、病理鑑定に進む必要はなく決着していました。
清水病院に勤務し、小坂外科医の下手な手術や、乳がんではないのに手術されて放射線科へまわされた患者たちを直に診てきた近藤誠医師と、取材を通して清水病院の実態を知った米本和広氏が、それぞれのお立場の責任から事件解明のために、竹下裁判では弁護士たちとの30回を超える打合せに毎回出席して下さいました。全くのボランティアで交通費さえ受け取ることはありませんでした。
お二人のご尽力なくして乳がん被害をくい止めることができなかったこと自体、市(旧清水市)と清水病院が市民の命をないがしろにしてきた人権意識と自浄能力の無さを露呈している甚大な問題です。
「これほど下手な外科医が日本にいるんだ、それが公立病院の要職にある、と知って驚いた」「外科医が通常備えているべき技術をもたない」と近藤誠医師が裁判所に提出した意見書に書かれた小坂医師は、1978年から2000年4月まで22年間清水病院にいました。
その間、妻まち子さんを亡くした久保山甲三さんと竹下が「医療行為に問題有り」と裁判を起こし、竹下が提訴した際に、市(旧清水市)はDNAに関する政府委員会の委員を単独で代理人に選任しました。
市(旧清水市)は2人から訴えられても小坂医師を講師に講演会を開催して市民に乳がん検診を勧め、年間100件近くの乳がん手術が10年間続きました。
近藤誠医師が「医療詐欺」と断じる被害を拡大させ続けた市(旧清水市)や清水病院の人権意識の無さには怒りや憤りを通り越して言葉に表せない情けなさや屈辱を感じます。根底に市民蔑視・女性蔑視がなかったと言い切れるでしょうか。
竹下裁判において、市側(旧清水市)は嘘の上塗りとしか思えない主張によって浜医関係者の人権をも侵害してきました。【資料1参照】
巨額の税金を投入している清水病院の今後に向けて、過去から学ぶ一助となればと、お便り差し上げる次第です。
かしこ
「静岡市立清水病院から被害をなくす会」
竹下勇子
*@に添付資料(下線部をクリックしてください)
活動年表 事故一覧 赤字病院のこわさ 1995年講演会案内チラシ
乳腺手術件数(平成4年度・11年度、平成12年度)
判決の真実ー死人に口なし
院長通達 院長通達反論 下手な手術写真 近藤誠意見書
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