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竹下裁判

『判決の真実』米本和広

はじめに
1.争いのない事実および標準診断
2.判決文の構成にみられる偏頗性
3.証拠採用の偏頗性
4.手術と傷害の関係について
5.「65万分の1」の確率
6.死人に口なし
7.竹下裁判控訴審の意義

 pdf版はこちら

  ※ 一審・静岡地方裁判所判決(2004年3月18日)

5.「65万分の1」の確率

<DNA鑑定で「永久標本」にある組織が竹下さんものと一致したら、「永久標本」に癌細胞があるかどうか病理鑑定をする>

 この順番通りに鑑定が行なわれていれば、竹下さんは勝訴していたでしょう。しかし、現実はいろいろな事情が重なって、病理鑑定結果が先に法廷に出てしまいました。

 並木恒夫病理医の鑑定は、永久標本には「癌細胞あり」となりました。

 ところが、そのあとに提出されたDNA鑑定では「永久標本の組織は竹下さんのものとは認められないが、突然変異が生じた可能性も否定できず、結局のところ、確定できなかった」という結果となりました。
 つまり、多田病理医が診断した「永久標本」の組織は、竹下さんのものと特定されなかった。要するに「わからん」と。その結果、永久標本に癌細胞があること(並木鑑定)は意味をなさなくなってしまったのです。

 客観的に見れば、竹下さんが乳癌だった証拠は、カルテになし、検査結果になし。存在するのは「竹下さんのものとは特定できない永久標本に、癌細胞がある」というだけです。「永久標本」に癌があっても、誰の永久標本かはっきりしなければ、竹下さんが癌であった証拠とはなりません。
 前に書いた、紹介した近藤さんの言葉を思い出してください。医者が人の身体を切って唯一傷害罪を免れるのは病変がある場合に限り、病変があるかどうかははっきりした証拠によって判断される。小坂氏が陳述する以外、どこにも「はっりした証拠」はないのですから、故意傷害の成立です。
 実際、裁判所はDNA鑑定が出た段階で、竹下さん側の主張の整理を誘導し、竹下さん側は訴因を変更し、「故意傷害による損害賠償請求」を加え、請求額も高くしました。

 ところが、ここでどんでん返しが起きるのです。

 小坂氏側(代理人の高芝弁護士はDNAのプロとして有名な方です)は、「癌にかかった場合、その人のDNAに突然変異が起きる」という論文を添付した意見書を提出してきたのです。
 簡単に言えば、永久標本のDNAが竹下さんのもの(現物の組織=血液)と違っても、癌にかかっていれば突然変異によって違ってくる場合があるという論文、意見書(村井意見書福井・高津意見書)です。

 竹下さんたち一時期唖然、呆然としました。
 しかし、気を取り直して、添付されていた英語論文、意見書を専門家を交えて検討しました。
 すると、次のことがわかりました。
 裁判所鑑定の鑑定書によれば、「永久標本」の組織と竹下さんの組織はミトコンドリアDNAで塩基配列が3ヶ所違っていました。(指紋を想起すればわかりやすい。指紋は完全に一致しないと同一人物とは認められない。それと同じようにミトコンドリアDNAの塩基配列が一ヶ所違えば赤の他人と言われている)
 さらに、竹下さんのミトコンドリアDNAの塩基配列は「日本人に特有な塩基配列」。それに対して、永久標本の塩基配列は「アンダーソンモデル」(欧米人に特有な塩基配列)でした。
 塩基配列が3ヶ所違えば、自動的に、欧米人特有のモデルになるわけではありません。日本人特有か欧米人特有かの特徴を示す塩基配列部分があり、永久標本はその部分の塩基配列が竹下さんのものとは違い、見事なアンダーソンモデルになっていたわけです。
 この確率を計算すると「65万分の1」となりました。
 癌による突然変異説を採用したとしても、竹下さんのDNAが欧米人特有の塩基配列になる確率は「65万分の1」なのです。近代科学の立場からすれば、自然界の法則としては「あり得ない」という結論になります。(この確率については小坂氏側は最後まで反論しませんでした。裁判で否定しないということは認めるということです)

 ところで、百歩譲って、癌による突然変異によって「65万分の1」の確率ながら、竹下さんのDNAが欧米人特有のアンダーソンモデルに変異する可能性があることを認めたとしても、小坂氏側の主張は竹下さんの永久標本を実際調べたものではなく、一般論として「そういうことがあり得るとしている」だけのことです。「65万分の1」の確率で実際に変異したとは言っていないのです。「癌によってDNAが突然変異が生じる場合があるから、永久標本が竹下さんのものではなく、他人のものだと断定することはできない」と主張しているのに過ぎないのです。(「鑑定申請書」「控訴理由書(1)」を読んでください)
 であれば、元に戻って、竹下さんが癌であったことを示す証拠はどこにもないということになり、小坂氏は癌という病変がないにもかかわらず、全摘出手術をしたということになるのです。


 では、判決文はどうなっているのでしょうか。(「第四、原告の主張について」)

 論理展開をよく見てください。 
<@裁判所鑑定によるDNA鑑定では永久標本が竹下さんのものかどうか、肯定、否定、いずれの結果も得られなかった。
 A福井・高津意見書では、塩基の違いは癌で生じた突然変異に基づくものなのか、同一人に由来しないことによるものなのか(他人のものなのか)区別するのは困難である。
 B村井意見書では永久標本が竹下さんのものかどうか、判定するのは困難と評価されている。
 C清水病院のシステム上、竹下さんの生検組織を永久標本化する過程で、他人のものと混同されることはない。(理由は12月27日に生検手術を行なったのは竹下さん一人だから)>

 ここまでの事実認定では、小坂氏側も反論しなかった「65万分の1の確率」について無視していることは問題なのですが、おおまかには竹下さん側も異論はないはずです。

 問題は次です。@〜Cのことを述べたうえで、次のように結論づけるのです。
これらの事情を総合すれば、12月27日に作製された組織標本は原告由来のものと考えられ、これが原告由来のものではないということは到底できない。
 そこで、多数の医師(上記AB)や鑑定人の診断(上記@)、[原告自身の腫瘍マーカーの数値]などを総合すれば、原告が乳癌であったことは否定できないというべきである
」(注[ ]内は小坂の陳述書)>

 なんでこうなるのでしょうか。
 高校の数学(初歩的論理)で、上記の<>の部分が問題に出され、「この論理展開は正しいか間違いか」と問われれば、×印をつけなければなりません。

 高校生でもわかるこんなデタラメな論理展開で、竹下さんは乳癌にされてしまったのです。

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