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竹下裁判

病理鑑定の申立補充意見書

平成16年(ネ)第2435号 損害賠償請求事件
控訴人  竹下勇子
被控訴人 静岡市 外1名

2005(平成17)年10月31日

控訴人訴訟代理人 弁護士 渡  邉  彰  悟
               同            福  地  直  樹

東京高等裁判所 第5民事部 御中

病理鑑定の申立補充意見書

はじめに
 平成17年10月31日付「鑑定に関する上申書」において、被控訴人は病理鑑定を不要とする根拠として、「30〜40回のスライスが行われた」こと、及び、「深く切り込んだ標本となっている」ことを挙げ、スライドBに浸潤癌組織がなかったとしても組織の同一性を否定することにはならないと主張する。
以下には、上記被控訴人の主張に対し、1.本件標本を30〜40回のスライスが行なわれた事実がないこと、2.「深く」切り込んだ場合でも組織学的分類の異なる組織のみが現れる可能性がないことを主張し、病理鑑定が必要であることを再論する。

1 薄切のこれまでの経過と現段階

 結論として,被控訴人が主張する30から40回のスライスをしたという事実は存在しない。

 (1) これまでの経過

  これまでパラフィン包埋ブロックを薄切してきた経過は以下のとおりである。

   [1] 永久標本作成時――長村標本含めて1〜3枚程度(平成15年7月3日付小坂調書67項)
     「生検組織のスライド標本は、2枚(オリジナル標本1枚、再剥離標本1枚)あります」(平成16年9月7日付高芝上申書3)
   [2] 並木鑑定時に標本として5枚(並木鑑定書2ページ)(4枚目〜8枚目)
   [3] 支倉鑑定時に7枚(9〜15枚目)
   [4] 16枚目が今回のTSLによる鑑定でありスライドBということになる。

 つまり、並木鑑定時に薄切された一番目の標本から数えてTSLのスライドBは13枚目にあたることになる。

 病理標本1枚を3μ(ティーエスエル鑑定書3頁・甲111参照)として,並木鑑定の一番目のあとに,病理標本が4枚(3×4=12)あり,そして組織切片スライドとして7枚、DNA鑑定用の組織切片1枚が10μとして(ティーエスエル鑑定書3頁参照),10×7=70,つまり並木鑑定の一枚目以後これまで合計82μの厚さの薄切がなされてきたことがわかるのである。1μは1000分の1oであるから、つまり0.082oである。
 なお,薄切を開始する時に,きれいに組織を薄切する目的で表面を整えるスライスを何回かすることがあるが,それは組織を無駄にしないように1μのレベルで行なわれるもので,上記[3]支倉鑑定時,[4]TSL鑑定時にも行なわれていると思料されるものの,せいぜい3〜4μ程度が使用されたに過ぎない。

 (2) 組織の状態から浸潤癌部分の存在は明確であること

  並木鑑定において病理診断された浸潤癌の大きさは以下のとおりであった。

  『本例の場合,腫瘍全体の面積が最大割面でほぼ12×7=84o2  であるのに対し,浸潤癌の部分は2ヵ所ありますが,3×2=6o2大と2×2=4o2  の合計10o2  です』(並木鑑定書)

  つまり,ここでの浸潤癌の大きさは3o×2o,2o×2oなのである。μ(ミクロン)のレベルの話なのではない。3o×2oといえば,まさにちょっと小ぶりの米粒ほどの大きさなのである。この米粒ほどもある2つの浸潤癌部分がわずか0.082o(1oの約100分の8である)削ったからといってなくなるはずがない。わずか0.082oの厚さの違いで消えてしまう浸潤癌の大きさとは到底言いがたい。

  念のため,以上の点は被控訴人の主張するスライスの回数によっても異なることのない話である。つまり,被控訴人の主張するスライスの回数は上記の倍ということになるが,倍であってもせいぜい0.2oの話であるから,一ミリの5分の1の薄切によって浸潤癌部分がなくなってしまうと考えることはいかにも不自然なことなのである。

2 「深切り」主張に対して

 被控訴人は,スライドBが「深切り」であったとするTSLの鑑定に依拠して必要性のなさを説こうとしている。
しかし,何をもって「深切り」というのかわからない。そもそも,ブロックを薄切するときには,精密な作業が可能となる水平の台に乗せて,ミクロンの世界で平均的に切り出すようなものとなっているのであって,切片の面が異なるといっても(それは,甲111の写真と同じように,全く同一でありえないのは当然とはいえ),連続性を欠くに至るほどのものではありえない。0.08o程度ではまだまだ最初と最後の薄切でスライドAとスライドBの抽出した写真ほどの違いが出てくるとは到底考えられない。
 並木医師が今回甲110号証においてTSL鑑定書の「深切り」という表現を引用しながら述べていることは,ここに主張したことを述べているに過ぎない。そうであるからこそ並木医師は意見書2ページ目において「浸潤癌と非浸潤癌の違いはこの図(注:並木鑑定書付図4のこと)をみても一目でわかります。ですから標本全体をみれば直ちにこの存在は判明する筈です」と述べているのである。

最後に

 今回の被控訴人の反論には違和感を抱かざるを得ない。被控訴人がスライドBについて,控訴人の言っていることが明らかに事実に反し荒唐無稽のものと考えるのならば,堂々と最後の機会として裁判所のしかるべき判断に委ねていればよい。この時点で時間を急ぐ理由も全くない。しかるに,被控訴人のスライドB等の病理診断をさせようとしない頑なな姿勢に,かえって不自然さを感じざるを得ない。
 また,中村医師からの書面を一日で用意できたことにも驚きを禁じえない。中村医師はもともとTSL鑑定における病理鑑定をされた方なのであろうかと見紛うほどである。なお甲114によれば,慶応義塾大学医学部三四会なるものがあり,長村義之氏と被控訴人小坂昭夫と中村雅登氏はいずれも同会の会員であり,かつ平成11年当時は,長村氏と中村医師とは同じ東海大学の所属になっており,中村氏の今回の事件に対する立場も客観性に問題があることは明白である。

 原審が十分な科学的な根拠もないままに,原審での支倉鑑定のミトコンドリアDNAの結果を無視し,安易に「変異」によって被控訴人らの責任を回避したことについてもう一度熟慮されるべきである。
 控訴人は何度も主張してきたが,ミトコンドリアDNA解析において3箇所の違いがあれば,それは他人である。そして,違っている個所の竹下の塩基配列はいずれも,日本人に多数見られる塩基の配列だった。そしてその部分が変異してアンダーソンモデルに変わったという事態を原審は「変異」の枠に閉じ込めたのである。ありえない話である。この間,専門家に問い合わせをしたところ,日本人の400人のミトコンドリアDNAの塩基配列を解析した結果,400パターンの配列の中にアンダーソンモデルと同一の日本人はいないというのである。アンダーソンモデルの配列を示したパラフィンブロックから薄切された組織は,もともとアンダーソンモデルだった,つまり竹下の組織ではなかったと考えるのがもっとも自然である。
 そうであるからこそ,控訴人はDNA鑑定にこだわってきたが,それは原審の組織と同一のものであることが前提でなければ何の客観性も意義も見出せないものとなる。
 実際,控訴人が今般同一性の問題に疑念を抱かざるを得ない状況はこれまでも説明してきたが,同時にこのような問題意識が決して荒唐無稽でないことは,現在の病理標本作成についての技術水準が以下のようなものであることからも明らかである(甲113参照)。
 当該文書の中には,「顕微鏡下に、特定の組織の部分だけを、パラフィン包埋標本から採取して、一つのパラフィン包埋標本に多数の症例の特定部分のみを集めたパラフィン包埋標本の作製方法が開発され、組織マイクロアレ−法と呼ばれている」(甲113・4枚目)との記述が見られる。標本を自分の意図したものに作り上げることは,この組織マイクロアレー法の技術をもってすれば容易で簡単にできてしまうのである。
 この点で、パラフィンブロックが本件鑑定に際して裁判所へ提出されるまで裁判所に保全されておらず、被控訴人病院に存在していたことに注目すべきである。
 以上のとおり,控訴人としては,被控訴人の反論が不自然であることを指摘するとともに,この時点においてスライドBとスライドAを病理診断に付することは極めて合理的であり,事件の行方を決定する手続であると思料する。
その事実は,今回の控訴人の申し立てている鑑定の申請によって直ちに明らかになる。

 ぜひとも今回申請している病理の鑑定を採用され,客観的で専門的な病理医によって鑑定を実施されるように求めるものである。

以上

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