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竹下裁判

竹下裁判Q&A(「竹下裁判」がよくわかる太郎と桃子の会話)

目次

1.小坂昭夫医師の自宅で癌の説明、
  「神のみぞ知る」を繰り返された怪(提訴のきっかけ)

2.癌の証拠がないのにメスを入れられる怪(静岡地裁編)
3.DNA鑑定と病理鑑定の順序が入れ替わったことによる怪
4.ミトコンドリアDNAが、“癌によって日本人から外国人へ変異”の怪
5.故人となっていた病理の世界的権威を持ち出す怪
6.いつの間にか本人の標本だと断定してしまう佃判決の怪(地裁判決)
7.「病床利用率が100%を超える」&「乳癌は清水の風土病」の怪(問題の背景)
8.技術不足自認鑑定人によるDNA鑑定結果の怪(東京高裁編)
9.「TSL鑑定は非科学的」の意見を無視し、
  病理診断の判断を回避した高裁判決の怪

10.“怪”についてあばいた上告理由書(上告編)
11.最後の砦となるか−ご注目!

 ※ PDF版はこちら

1.小坂昭夫医師の自宅で癌の説明、
「神のみぞ知る」を繰り返された怪(提訴のきっかけ)



太郎: このホームページの「竹下裁判」で、裁判所に提出された書面がたくさん載って
     いるけど、よく理解できない。それで、この裁判に詳しい桃子さんにかみ砕い
     て説明してもらいたいと思って…。

桃子: いいわ。

太郎: 最初に、そもそもの話なんだけど、裁判になった経緯はどうなの? サイトに載
     っている書面はほとんどが高裁になってからのものばかり。だから、裁判を決意
     するまでのことや、静岡地裁の頃のことがわからない。

桃子: そうね。竹下さん(以下、原告)が執刀医の小坂医師に疑いを抱いたのは、1期
     の乳癌だと言われて、平成4年1月8日に受けた乳癌手術後に、小坂医師はじめ
     看護婦たちに「どんな癌だったのか」と何度も質問したのに、答えてくれなか
     ったことにある
の。

     小坂医師の返事は「神のみぞ知る」というだけ。

太郎: えっ、普通の病院なら、腫瘍の大きさとか癌の質、進行度とかをレントゲン写な
     どを見せながら、丁寧に説明してくれると聞いているけど。

桃子: そうよね。
     それで、原告は清水市立病院(当時、現静岡市立清水病院)で乳癌手術を受け
     た人たちに聴き取り調査したの。そうしたら、「乳癌」と言われただけで、詳しい
     説明を受けた人はいないし、ほとんどみんなが初診で癌と言われたり、初診翌日
     に生検(生体検査)を受けて、生検当日や、翌日に癌だと言われて手術されてい
     ることを知ったの。それで、これは原告だけの問題ではないと認識していったん
     だ。

     その後、癌についてどうしても納得できなかった原告は、手術から2年後の平成
     6年に、清水市(当時、現静岡市)の市政モニターに応募して、レポートで自分の
     体験を訴えたのよ。

     レポートは市のモニター担当者から病院長に渡って、病院で緊急トップ会議が開
     かれたそうで、その直後に、いきなり小坂医師から、ものすごい剣幕で電話がき
     たんだって。それで、原告が小坂の自宅へ出向いて、説明を受けることになった
     の。

太郎: えっ!病気の説明を医師の自宅で。
     清水病院ってベッド数が500もある公立の大きな病院でしょ。小坂医師はそこ
     の外科のトップ。それなのに、どうして病院の一室ではなく、小坂医師の自宅で
     説明されることになったんだ?

桃子: アハハ。まあ、普通はそう思うわよね。なぜだか、理由はわからない。

太郎: 2人だけだったの?

桃子: ううん、原告が部屋へ入ったら奥さんもいて、病院の庶務課長はすでに筆記具抱
     えて座っていたそうよ。だから、原告はこんなことがしょっちゅうあるのかと思った
     んだって。

太郎: ええーっ!患者の疑問に医者が診察室で説明すればいいことなのに、なんでそ
     んなことになってしまうの?それに奥さんは関係ないはず。

桃子: そうよね。診察室で説明できない理由があったとしか思えないわね。
     ともかく、原告がいろいろ質問したけど、自宅に持ち帰っていたカルテを見せなが
     らも結局は、「神のみぞ知る」で、終わったということよ。原告だけでなく他の患
     者にもこう言ってるってね。

      それから、「前にも、自宅周辺でビラを撒かれたこともあるんだ。癌ではなかった
     のに切られたと言って」とか、「私を支持する人を何人も連れてきましょうか」とか
     言われて、原告は患者として癌について知りたいだけなのに、なぜ、他の患者の
     ことや、小坂を支持する人を何人も連れてくるとまで言われなければならないの
     か不思議で仕方がなかったそうよ。

     それでも、しつこく食い下がると、「私をはじめ9人の外科医みんなが怒って、
     全員辞めるって言っているぞ!」
と、興奮して話したらしい。
     当時の清水病院の外科は慶応医局が医者を派遣していたから、これ以上、問題
     にするようなことがあれば、慶応医局が手を引くぞ−という意味ではないかと思
     う。

太郎: なんだかすごい話だね。原告の竹下さんには悪いけど、興味津々。それでどうな
     ったの?

桃子: その後、小坂邸での話し合いに同席していた庶務課長から電話がきたそうよ。
     庶務課長は原告が小坂邸での話し合いに納得していないことに理解を示し、病
     院事務職トップの事務部長と話し合うことを提案した。場所については、本来は
     こっそりではなく病院の一室で話し合うのが普通だと思うけど、なぜか、病院では
     まずいと言われ、公民館では人目につくし、ということで、原告の家でということ
     になったそうよ。

太郎: なんで、そんなややこしいことになるの。

桃子: そうね。それで、事務部長と庶務課長が原告の家にわざわざ来たけども、原
     告に説明どころか、原告からいきさつを聞いた事務部長は、
     「そんなひどい病院なら、私でも行きませんよ。必ず改善しますから、竹下さん、
     患者としてまた来て下さい」と、言ったそうで、原告は益々呆れ返ってしまったと
     いうことよ。

太郎: そうだったのか。竹下さんは市のモニターになって声を上げても癌について
     知ることができなかった
んだね。

桃子: うん。だから、原告は、これほど説明を求めても答えてもらえないのであれ
     ば、ひょっとしたら自分は乳癌ではなかったのではないか。そう疑うようになった
     わけ。

     それで、原告は平成7年に証拠保全を申し立てた(→この間の経緯については
     『竹下裁判の原点』陳述書を参照)。
     すでに裁判を起こしていた久保山さんと出会ったことも大きな後押しになったよう
     よ。

太郎: その、久保山さんていう方は、すでに裁判を起こしていたの?

桃子: そうよ。
     久保山さんは、平成元年に元気だった奥さんを乳癌手術のあと亡くしているの。
     小坂の治療に疑問をもって納得できないでいた久保山さんが、「もっと勉強しろ」
     と小坂に言ったのを、「弁償しろ」と聞き違えたのか、小坂は人を介して「裁判を
     起こさないでくれ」と言ってきたそうよ。それで、久保山さんは怒り心頭で、裁判
     を決意したと聞いているわ。

太郎: 何だか、普通では信じられないような話ばかりだね。

桃子: そうね。久保山さんも小坂の乳癌治療についていろんな疑問をもっていたけ
     ど、初診で乳癌と言われたことで、やっぱり癌について本物だったかどうか疑問
     を持ち続けていたの。

太郎: そうだったのか。小坂先生や、乳癌についての疑問を抱いていたのは竹下さん
     だけではなかったんだね。

桃子: 原告が手術体験者の調査をしたことはさっきも話したよね。調査結果によれば、
     初診の日に乳癌と言われたのは久保山さんだけではないことがわかっていた。

     だから、清水病院では、超スピードで癌を診断する、“とびっきり”の機械装置が
     あるのではと、原告は本気で思うようになったそうよ。
     『超スピード癌診断装置』のような機器の存在を考えなければ、すぐに癌と言わ
     れることの説明がつかないからね。

太郎: そんな機器がホントにあったの?

桃子: アハハ。まさか!でもね、原告が調査した人たちは初診で乳癌と言われたり、ほ
     とんどみんなが初診翌日に生検を受けて、生検手術直後も含めて当日、あるい
     は翌日に乳癌と診断されているの。

     そこで、原告は弁護士が証拠保全のために病院へ行く時に、
     「即座に癌の判定をする特別な機器があるはずだから、その機器の写真
     を撮ってきて欲しい」
と頼んだそうよ。

     そうしたら、「証拠保全に行ってきたけど、そんな機器はなかった」と弁護士から
     電話があったそうよ。

太郎: やっぱりね。そんな機器があるわけないよね(笑)。

桃子: それから続けて弁護士は、「生検の結果が出ていたのは手術前日の1月7日
     だった」と話したそうよ。

     原告はそれを聞いて茫然自失で頭の中は真っ白だったという。小坂に何度も
     “説明”を聞いたのに「生検の病理診断結果」については何も教えてもらってい
     なかったからね。この「生検の病理診断結果」については後で繰り返すから覚
     えておいてね。

太郎: 「生検の病理診断結果」だね。覚えておくよ。


2.癌の証拠がないのにメスを入れられる怪(静岡地裁編)


太郎:  ところで、竹下さんのカルテには何て記載があったの?

桃子:  驚いたことに、カルテには癌の記載は、な〜んにも、なかったのよ。
     今、厚生労働省が乳癌撲滅のために検診体制を推進しているといった記事を
     目にするでしょ。その検診の核となる検査はマンモグラフィー。その検査結果
     も書いてなかったの。唯一、具体的記載があったのはエコー(超音波)検査の
     所見で、「良性腫瘍、経過観察」。それだけ。

     そうそう、もう一つあった。それは生検の所見。
     さっきも言ったように、なんと生検の病理結果が手術の前日(1月7日)だった
     ことがわかったのよ。

      このことはあとで触れるとして、ともかく、手術が下手とか、後遺症のこととか
     癌を前提として静岡地裁に提訴したの(月刊『現代』の記事参照)。
     訴状には書かなかったけど、本当に自分は癌だったのか、癌だったとすれば
     どんな癌だったのか知りたかったのね。

太郎: なるほど、癌だった証拠がなければ、裁判はどうなるの?

桃子: そもそもの話だけど、ナイフで人の身体を傷つければ、傷害罪として刑罰を受
     けるでしょ。唯一、刑法で例外とされるのは、医者が病気の患者、手術が必要な
     患者にメスを入れる場合。唯一の例外だから、医者は身体にメスを入れ
     なければならなかったことを記録として残す必要があるわけね。それがカルテ
     ね。

     平成8年2月に原告が提訴してから、やはり証拠が問題となった。小坂は当
     然のことながら、原告は癌だったと主張する。しかし、どこにも証拠はない。
     それで、じゃあ、生検で切り取った組織に癌細胞があるかどうか調べてみよ
     うじゃないかということになったわけね。小坂は生検で「癌あり」となったから、
     癌であると最終判断をしたと主張していたからね。

太郎: ちょ、ちょっと待って。話が飛びすぎだよ。
     小坂医師だって、一応、検査をしたってことなんでしょ。

桃子: そうね。話が飛びすぎた。
     乳癌の場合、問診→触診→マンモグラフィー、エコーの順を経て、癌の疑い
     ありとなれば、細胞診→生検となって、癌が確実となれば、治療ということに
     なるの。

     原告の場合も、小坂は、初診(平成3年12月26日)で、問診→触診→マンモ
     グラフィー、エコーまで進んだ。マンモグラフィーの検査依頼書には「至急」
     マジックで大きく書かれたことで原告は不安を煽られたそうよ。でも、証拠
     保全で手に入れたカルテに、マンモグラフィーの所見の記載はどこにもな
     かった。


     レントゲン写真はあったから、裁判になって、それを検証した結果、癌所見なし
     を主張できた(近藤意見書)。エコーは、さっき話したように「良性で経過観察」
     と技師が所見を書いていた。であれば、次に進む必要はないのだけど、小坂は
     いきなり乱暴に初診の次の日に生検(12月27日)に突き進む。もし次の検査
     をやるにしても、生検の前に細胞診をやるほうが先なんだけど、小坂の場合は
     そうではなかったの。このことも問題だけど、話を先に進めるね。

     ともかく、小坂は初診翌日に生検を行った。その生検時の組織が後々、この裁
     判を決定づける重要な問題に発展していくことになるのよ。

太郎: もう少し具体的に説明してよ。

桃子: さっきもちょっと話したけど、証拠保全をした時に、東海大の多田助教授(当時)
     の「永久標本(生検で切り取った組織を標本にしたもの)に癌組織あり」という1
     月7日付の病理診断結果がカルテにあったのよ。

太郎: な〜んだ。じゃあ、竹下さんは癌だったのか。

桃子: ふつうならそう思うでしょ。ところが、1月7日付の診断書をそのまま認めることは
     できないの。1月7日は手術日前日だし、1月6日に本人や家族に小坂が説明した
     時に、多田助教授が病理診断を明日行うといったことの説明もなければ、後で、
     病理診断書を見せられたこともなかった。
     ここまでの話でも、オカシイと思ったことはない?

太郎: ん?

桃子: 鈍いなあ。原告は手術から2年後に、小坂の自宅でもどんな癌だったのか質問
     したでしょ。もし病理診断書がその時にあったのなら、原告に診断書を見せなが
     ら、これこれの癌だったと説明できたはずでしょ。

太郎: わかった!病理診断書をもとに説明すればいいだけのことなのに、小坂先生は
     興奮して「外科医は全員やめる」(笑)。

桃子: この問題の決定打は、生検翌日の平成3年12月28日(土)に原告に「1期の
     乳癌」だと癌告知して手術と入院を言い渡した時と、年明けの1月6日(月)に家
     族にも説明した時点で、癌の記述がカルテになかったことなのよ。

太郎: じゃあ、何を根拠に「1期の乳癌」と言ったんだろう?

桃子: そう、そこが問題なのよ!誰だって知りたいと思うでしょ。だから、原告は裁判を
     決意したのよ。

太郎: それで、カルテの続きだけど、どうなったの?

桃子: 初診の検査結果だけど、腫瘍の大きさなどの触診所見がカルテに書いてなか
     ったことについて、小坂は裁判の証言で、「記載漏れ。週に300人くらい来るの
     で忙しくてカルテに書かなかった」と釈明した。だけど、やはり裁判官も疑問に
     思ったのか、多田病理診断書をもってして癌であったとはとても認定できない
     と考えたようね。


3.DNA鑑定と病理鑑定の順序が入れ替わったことによる怪


太郎: カルテには記載がない。多田助教授の病理診断書もあてにならないとしたら、
     癌であったかどうかは、どうやって判断できるの?

桃子: ひとつだけある。病院に保存されている生検で切り取った組織の永久標本よ。

太郎: 具体的にどんなものをイメージすればいいの?

桃子: 蝋で固められた組織の塊を想像すればいいのよ。実際、パラフィンブロックと
     呼ばれている。それをスライスしたスライド標本を、第三者の病理医に鑑定して
     もらえばいいわけ。裁判所が鑑定を認めて、被告、原告とも合意して、仙台
     市の並木病理医に鑑定してもらうことになったの。

太郎: なるほど、客観的で科学的な方法だね。

桃子: ところで、原告が鋭かったのは、病院が保管して裁判所に提出するパラフィン
     ブロックが、はたして自分のものかどうか疑った。癌細胞のある他人の永久
     標本を出してくる可能性もあると考えた。そんなことが行われれば、「癌細胞
     あり」となってしまう。

太郎: なるほど、そうだね。でも、病院にあるパラフィンブロックが竹下さんのものかど
     うかは、どうして判断できるの?

桃子: この数年後、拉致被害者の横田めぐみさんの遺骨事件で全国的に有名にな
     ったDNA鑑定で判断できるのよ。

太郎: そうか!で、DNA鑑定をやったんだね?

桃子: そう。静岡地裁はDNA鑑定を認めたんだ。だけど、原告にとって残念だった
     ことを先に話しておくわね。

     原告は裁判官に次のように念を押した。

     「病院に保存してある永久標本の組織が、DNA鑑定で私の組織と一致する
     ことが認められたあと、病理鑑定に進むべきだ」と。

     それで鑑定申請書の鑑定事項には、「原告の身体の一部であった場合、
     乳癌組織が認められるか。」と明記された。

     この意味はわかるでしょ。

太郎: うん。DNA鑑定で一致しない、つまり原告のものと認められない永久標本
     を病理鑑定して「癌組織あり」となっても、まったく意味をなさない。ということ
     でしょ?

桃子: その通り。ところが、ここで不幸なことが起きる。原告の最初の代理人はこの
     順番の重要な意味を理解できなかったのか、DNA鑑定人と病理鑑定人との
     連絡を十分にやらなかったこともあって、先に病理医から病理鑑定が届いたの
     (平成11年11月)。

     病理鑑定結果は「癌組織あり」。

     高裁の書面で「並木鑑定」という言葉がたくさん出てくるけど、それはこの鑑定書
     のことを指す。

     そしてそのあとに届いたDNA鑑定(平成12年3月)は「本人のものと確定で
     きなかった」。「支倉鑑定」とか「支倉・佐藤鑑定」というのが、これを指す。

太郎: ええーっ!でも、鑑定申請書に鑑定の順番のことが定められているから、DNA
     鑑定で本人のものと確定できないとなれば、「癌組織あり」の病理鑑定は
     無視すればいいのに。

桃子: まあ、そうなんだけど、永久標本を診た病理医の「癌組織あり」という並木
     鑑定書のインパクトは大きく、鑑定申請書での約束事とか論理を主張しても
     「標本は癌である」という事実は大きかった。

     もし、最初の弁護士がテキパキとやっていて、支倉・佐藤鑑定書が先に届
     いて、病院や小坂が原告のものだとしてきた永久標本は、実は原告のもの
     と言えないとなれば、裁判は早々と勝訴に終わっていたと思う。

太郎: 竹下さんにとって不幸な出来事だったんだね。しんみりするね。

桃子: まあ落ち込んでもしようがないから、弁護士を解任して、新しく渡辺彰悟
     弁護士と福地直樹弁護士に委任し、心機一転やる気を起こして再スタート
     したの。渡辺弁護士は難民問題で活躍する正義派弁護士、福地弁護士は
     医療過誤に精通する弁護士で、いま話題のC型肝炎の薬害訴訟で活躍
     している。

太郎: 一度落ち込むと再びやる気を起すのは大変なことなのに、えらいねえ。

桃子: これぐらいのことで、そんな感想を漏らさないでよ。というのは、これからは
     また逆転につぐ逆転劇。落ち込んだり元気になったり、山あり谷ありだった
     んだから(笑)。

太郎: わかりました(笑)。それから静岡地裁の裁判はどうなっていくんですか。

桃子: 病理鑑定では「癌組織あり」となったけど、DNA鑑定では病理鑑定のもと
     となった標本が「原告のものと確定できない」となったから、原告にとって
     は有利な材料だよね。それで、その主張を展開していくことになるの。

     具体的には「被告は、原告が乳癌ではないのに乳癌だとして切除手術を
     行った。これは故意傷害である」と、訴因を追加したんだ(サンケイ記事)。


4.ミトコンドリアDNAが、“癌によって日本人から外国人へ変異”の怪


桃子: だけど、ひとつだけ「支倉・佐藤鑑定」には弱点があったの。
     あとでも再度触れることになるから、この鑑定の特色というか性格について
     説明しておくわね。
     
     DNA鑑定には、そもそも二種類あるのよ。一つは核DNA鑑定、もう一つは
     ミトコンドリアDNA鑑定ね。
     
     核DNA鑑定は親子鑑定や犯罪捜査に使われるもので、けっこう生々しい
     素材(現場に残っていた髪の毛とか唾液とか)が鑑定の試料になるの。精度
     はすごくいいらしいけど、古いものとか保存状態が良くないものはDNAが検
     出されにくいという欠点があるのよ。
     
     これに対して、ミトコンドリアDNAはナウマン象とか古代の稲とかの鑑定に
     使われることからみても、古いものでも鑑定が可能という特色があるの。
     横田めぐみさんの遺骨(高温で焼いた組織)でもミトコンドリアDNA鑑定が
     行われたことは記憶に新しいと思う。

     でも、やはり保存状態が悪い場合には精度を失う。そのこともあって同一
     人のものかどうかという鑑定になると、原理的には塩基配列が一カ所でも
     違ったら赤の他人ということにはなるけど、保存状態とかによって変異しや
     すいということから、塩基配列が2カ所違えば「別人物」と判断されることに
     なっているの。

     原告の場合、ミトコンドリアDNA鑑定で塩基配列は3カ所違っていた。

     
あるDNA鑑定の専門家は「支倉・佐藤鑑定書」を読んで「逃げた」と表現
     しているの。つまり、「ミトコンドリアDNA型については3個所の塩基で異
     なった」と記述したものの、原告の組織由来かどうか「肯定、否定、いずれの
     結論も得られず、検査不十分だったことになる」と踏み込んだ記述をしなかった。

太郎: つまり、「支倉・佐藤鑑定」は、病院側が竹下さんのものだと主張する永久
     標本(蝋漬けされた組織の塊)と実際の竹下さんの組織とを、ミトコンドリア
     DNAで鑑定してみると、まったく違うものだった、しかし、別人物だったとは
     断定できないということだった、ということでしょ?

     ちょっとわからないのは、本人のものではないということになれば、別の人
     のだということにならないの? AでなければA以外だ。論理的に言えば
     こうなるのだけど。

桃子: なかなか冴えてきたわね。太郎さんが指摘する通りなんだけど、前にも話した
     けど、ミトコンドリアDNAの特色というか欠点というか、それは変異しやすい
     ということがあるんだ。だから、本人のものではないとは断定できるけど、
     塩基配列が3カ所違ったのは他人のものだったか、それとも変異によって
     そうなったかは判断できないとしたわけね。

     しかしながら、1カ所違えば変異の可能性もありということになるけど、
     3カ所も違っていたのだから、「原告のものではない」と断定すべきだったと思う。

太郎: なるほど。でも、「支倉・佐藤鑑定」で「本人のものと確定できなかった」と
     判断されたのだから、裁判は俄然有利になったんでしょ?

桃子: そうなのよ。勝訴間違いなしと思った。それで、さっきも話した通り、故意
     傷害を訴因に加えたわけ。ところが・・・。

太郎: どんでん返し? ここで先の落ち込みが来るわけだね。

桃子: そう。病院・小坂側の弁護士、芝利仁弁護士もなかなかのもの。この人、
     損保の代理人としてよく裁判所に顔を出す人らしいけど、損保代理人に
     ありがちなヤサグレ強面(こわおもて)の弁護士と違って、なかなかスマート
     な弁護士と言っていい。喜怒哀楽を極力顔に出さず、まあ有能な能吏といっ
     た感じかな。それはさておき、彼は書面を提出する。

     その書面は、癌細胞は突然変異が起こりうるという英語論文なの。さすがDNA
     鑑定に精通した弁護士さんね。

太郎: ガクっ!

桃子: そうそう、原告側も一時はガックリした。
     ところが、冷静に読んでみると、「癌細胞は正常細胞のDNAと比較して塩基
     配列が異なる場合がある」という一般論でしかない。被告側がこの英語論文
     を証拠として提出した意見書すべて「塩基配列の違いが突然変異によるも
     のか別固体に由来するものか判断することができない」というもので、かえっ
     て支倉・佐藤鑑定を補強するものだったの。

太郎: な〜んだ。で、判決は?

桃子: その前に、DNA鑑定で面白い話を付け加えておくわね。原告の塩基配列は
     日本人特有のものだった。しかし、被告側が原告のものだと主張する永久
     標本の塩基配列は、日本人特有とされる塩基の部分だけが“変異”し、
     外国人特有のものになっていた。それもアンダーソンモデルという特殊な
     塩基配列にね。百歩譲って、仮に癌による変異があったとしても、癌による
     変異でアンダーソンモデルの塩基配列になるのは65万分の1の確率なのよ。

太郎: 宝くじなみだねえ(笑)。

桃子: 原告側は雑談で、小坂がアメリカあたりでアンダーソンモデルの組織を買っ
     てきたんじゃないかと話していたわ。

太郎: まさかあ!

桃子: いや、DNA鑑定の専門家によれば海外ではアンダーソンモデルの標本が
     簡単に手に入るそうよ。だから、あながち突飛な推測とは言えないわよ。
     それはともかくとして、癌による突然変異なのか、海外から買ってきた組織
     だからなのか、それは状況証拠であったり推測にすぎない。はっきりしてい
     るのは、「原告を癌だとする証拠(永久標本)は原告のものだと言えない」
     という事実だけなのよ。これは被告側の意見書でも認めていることよ。


5.故人となっていた病理の世界的権威を持ち出す怪


桃子: 裁判で争点となったことがもう一つあるの。

太郎: なに? まだあるの? DNAのことだけでもオツムがパンクしそうなのに。簡
     単に説明してね。

桃子: 小坂は裁判の途中から、「永久標本の病理診断をしたのは東海大の多田助
     教授だけでなく、浜松医科大の喜納教授にも診てもらった。喜納教授も癌だ
     と診断したから、原告が癌であることは間違いない」と主張するようになったの。
     いきなり浜松医科大の世界的に有名な教授が出てくるのよ。

太郎: へえー。

桃子: おかしな話なの。だいたい、どこの病院でも生検で切り取った組織を永久
     標本にし、病理医が診断して、癌かどうかを判断する。清水病院の場合、
     小坂が診て、多田助教授が診て、癌だと診断したという。であれば、なにも
     問題はない。

     裁判の途中から、「実は浜医大の先生にも診てもらっていた」なんて主張す
     る必要なんか全くない。

     私は、多田助教授が手術前にほんとうに診断したのかどうか疑っている。
     原告が市のモニターで自分の体験を綴り、小坂邸に呼ばれた話はしたわね。
     この時、小坂はいずれ提訴される可能性もあると考えたと思う。前にも
     言ったけど、原告の提訴の前にすでに久保山さんから裁判を起こされてい
     たからね。

     それで、多田助教授に“原告のものだとする永久標本”を渡し、診断書を書
     いてもらった。日付を遡らせてね。だけど、当時、病理医は非常勤で、東海
     大から週2回、火曜と金曜しか来ていなかったからその曜日に合わせなけ
     ればならなかったわけね。それが1月8日(水)の手術の前日である1月7日
     火曜日の日付になったと推測している。

     12月27日(金)の生検の後、年末年始休暇がはさまっていて、手術前の日
     付となると、1月7日(火)の日付にしかできない状態だからね。このことは
     とても重要で、後から触れるから覚えておいてね。

太郎: わかった。だから、証拠保全をしたときに1月7日付の多田診断書があった
     というわけだね。
     人間って、後ろめたいことがあると、あとで取り繕ったり、言い訳を付け加えた
     りするじゃない。

桃子: そうそう。小坂は、念のため、病理の権威である浜松医科大の喜納教授に
     診てもらったと言うけど、清水病院は当時、東海大の病理から病理医を派遣
     してもらっていた。東海大の病理のトップは、日本でも有名な長村義之教授。
     念のためなら、面識のある長村教授に診てもらえばいいはずで、年末の仕事
     納めの日に世界的に有名な浜医大の喜納教授に頼む必要なんかないし、
     話があまりにも突飛すぎる。
     実際、詳細は省くけど、裁判で小坂は長村教授と懇意にしていることが明らか
     になっているからね。

太郎: 小坂さんは喜納教授と友だちだったというわけではないの? それに喜納教授
     が診たというのなら、喜納さんに法廷で証言してもらえばいいだけじゃないの?

桃子: ところが、喜納教授はすでに亡くなられていたの。だから、小坂と面識があったか
     どうかも含めて、証言してもらうことはできないの。小坂側は死人を持ち出して
     きたというわけ。

太郎: へえ。じゃあ、どうすれば主張を崩せるの?

桃子: 原告は苦労して喜納教授の遺族を探し出したの。

太郎: 竹下さん、すごい。

桃子: 奥さんが東京にいらっしゃってねえ。奥さんはしまってあった喜納教授の手帳と
     日記を取り出して下さったの。喜納教授は几帳面な人で、克明に記録を残して
     いたの。

     太郎さんが、さっき「友だちだったのか」という質問をしたわよね。手帳と日記に
     は確かに小坂の名前があったの。そこには「とりしきっているらしい」とか「Dr小坂
     がやっている。不思議だ」とあって、小坂に頼まれて講演したことはあったらしい
     けど、決して、小坂のことを快く思ってはいなかったと受け取れる書き方だった。

太郎: 親しくはなかったわけだね。じゃあ、やっぱり変だねえ。

桃子: うん。浜医大は国立大で、喜納教授は東大出身。よほどのルートがないと、頼
     まれても応じないわよ。喜納さんの後輩の教授によれば、皇族ならば、急な依頼
     でも受けるかもしれないということだったけど。

     しかも、迅速標本(本来ならば手術中に病巣の広がりを調べるために作る標本。
     癌の診断に使う標本ではない。)を事前の約束なしで診るなんてありえないし、
     喜納教授の克明に記録された手帳や日記には、小坂から病理診断を頼まれて
     診断したという事実が書いてないの。もちろん証拠となる病理レポートもない。

太郎: 小坂先生の主張は、ますます怪しい。

桃子: そうなのよ。
     小坂はどのようにして喜納教授に診断してもらったのか。彼によると、

     12月27日(金)に原告の生検手術をした後、出来上がった迅速標本を持って
     清水病院からタクシーで静岡駅へ行き、新幹線で浜松へ行った。浜松駅から
     タクシーで浜松医科大へ行って、事前の約束なしで喜納教授の部屋を訪れ、
     迅速標本の診断をしてもらって、翌年の1月6日に永久標本を届けるから、
     その永久標本も診断して欲しいと頼んだ。

     そして、1月6日(月)に清水病院の小坂のところへ年始回りに来た製薬会社
     の社員に永久標本を持たせて、浜医大の喜納教授のもとに届けてもらった。
     それで、その日に電話して、喜納教授から診断結果を聞いた。−というもの。

     迅速標本についても裁判の争点となったけど、ちょっと煩雑になるので省略する
     わね。
     それで、原告は、喜納さんの手帳・日記に基づいた喜納さんの足どり・所要時間
     を、当時の時刻表や天気図を見ながら調べたの。

     その結果、12月27日に小坂が喜納教授に会ったという主張は、完全に
     覆すことができた。


     つまり、小坂は清水病院を9時半過ぎに出たと裁判で証言している。出発して
     からタクシーや新幹線を乗り継いで喜納教授の研究室に着くまでの所要時間
     を調べると、最短でも到着するのは午前中ぎりぎりだからね。しかも、小坂は
     喜納教授に診断をお願いするのに事前の約束なしだったことを裁判で証言し
     ている。つまり、いるかどうかわからないのに、タクシーや新幹線を使って、
     突然、浜医大の研究室を訪ねた−というわけなの。

     片や、喜納教授はこの日は仕事納めで、午後には東京の自宅へ帰る予定
     だった。
     午前中は磐田市にある磐田総合病院での通常の仕事のために、日記には
     「amイワタへ」、手帳には「10 イワタ」と書かれていた。だから、午前10時
     に磐田へ着いていたわけ。

太郎: じゃ、小坂先生が竹下さんの迅速標本を持って喜納教授の研究室に到着
     した時には喜納先生は浜医大にはいらっしゃらなくて、すでに磐田病院に
     いらしたということだね。

桃子: そう。だから、小坂が12月27日に喜納教授に出会えていないとなると、
     小坂が主張していた1月6日に喜納教授が診断したという主張も崩れる。


6.いつの間にか本人の標本だと断定してしまう佃判決の怪(地裁判決)


太郎: そうすると、DNA鑑定で永久標本が竹下さんのものではないことが証明
     できて、喜納教授の病理診断もなかったことになって、判決は当然、竹下
     さんの勝訴になったはず。

桃子: それが違うの。裁判長は佃浩一。よく覚えておいてね。
     昭和22年生まれの佃裁判長は、東京地裁の統括判事を経験している。
     少しはまっとうに判断してくれるのではないかと期待するじゃない。
     佃裁判長の判決文は簡単に言うと、こうなの。

     標本のDNA鑑定について
     「支倉・佐藤鑑定」では「肯定、否定、いずれの結論も得られず、
     検査不十分だったことになる」
となっている。
     被告側意見書では「癌細胞は突然変異が起こりうる。よって、
     支倉鑑定による塩基配列の違いは癌による突然変異によるものか
     別固体に由来するものか判断することは困難」
となっている。

      と整理したうえで、判決文ではいきなり、

     「12月27日に作製された組織標本は原告由来のものと考えられ、
     これが原告由来のものでないということは到底できない」

     と事実認定して、
     よって「原告が乳癌であったことは否定できないというべきである」
     
と結論づけている。

太郎: えっ! なにそれ?

桃子: 地裁判決は読みにくいけど、よく読むと、いま話したような結論になって
     いるの。サイトにあるから読んでごらん。頭が痛くなるから。

太郎: じゃあ、喜納教授の診断については?

桃子: 診断書等の証拠がないことは認めながらも、「小坂の主張は筋が通って
     おり、これを虚偽とする根拠はない。」「(原告の主張は)確定されて
     ない事実を前提にして一方的な推測をしているもので、採用できない」

     で、終わり、まったく何の根拠も示すことなく喜納教授の診断は事実として
     有ったというんだ。原告は、喜納教授の日記や手帳を証拠として提出して
     いるにも関わらずよ。

太郎: ええ!

桃子: しばらくは意味がわからず、原告も原告代理人も唖然茫然だった。
     その後、判決文を子細に検討したら、間違いがいくつもあったの。一番ひどい
     のは次の点。証拠保全の結果を話した時に、重要だから覚えておいてと
     言った多田診断の日付についての解釈なの。

     小坂が原告と家族に説明をしたのは1月6日(月)
     カルテにある多田診断の日付は1月7日(火)
     手術1月8日(水)

     小坂の主張は、1月6日に喜納教授から診断結果を聞き、癌だと診断し、
     家族に説明した。翌1月7日には、多田助教授に病理診断をしてもらった
     という。

     小坂は法廷でも「6日は喜納教授、7日は多田医師が診断した」−と、
     証言していた。


      しかるに、佃裁判長は、1月6日に喜納教授から癌だと診断結果を聞き、
     同じ日に多田医師も乳癌と診断し、多田医師は翌7日付けでその診断
     書面を作成した
−と、認定したんだ。

     つまり、佃裁判長は1月6日に喜納教授と多田医師の2人の病理医が永久
     標本を診断したと認定している。

     1月6日に多田医師が病理診断したという証拠はどこにもないし、小坂も含め
     誰も言ってない。もちろん喜納教授が診断した病理診断結果の証拠も何も
     残っていない。佃裁判長の創作なのよ!そうしないと判決文が書けなかっ
     たんでしょう。1月6日の家族への説明の前に存在する病理診断など、
     まったくないのだから。


太郎: ほんとに喜納教授が診断した12月27日と1月6日の病理診断結果の証拠は
     ないの? 小坂の主張だけなの?

桃子: そうよ。佃裁判長も「確かに喜納教授が診断をした結果としての診断書
     等の書面は存在しない」と判決文にはっきりと書いてる。


     喜納教授に診断してもらった標本の現物だってないんだ。小坂は迅速標本も永
     久標本も喜納教授のところへ置いてきたから喜納教授が処分したと思うと証言
     している。

太郎: 喜納教授が診断した証拠もなければ、診断したという標本もない。そして、喜納
     教授の日記やメモは無視し、それでいて「喜納教授は診断した」と判決文に書く。
     もう、メチャクチャだねえ。


7.「病床利用率が100%を超える」&「乳癌は清水の風土病」の怪(問題の背景)


太郎: 小坂医師の異常さは理解できたけど、なんでそこまでするのか、現実のこととし
     て受け止めることができない。

桃子: そうね。背景には病院の財務状況を見逃すわけにはいかないわ。清水病院は
     平成元年に現在地に新築移転し、病床数がそれまでの2倍の500床の大病院
     に生まれ変わった。このバブル期の新築移転が負担になって累積赤字が膨ら
     み、赤字解消に躍起になっていたことと、小坂問題は密接な関係があるとみて
     いい。

太郎: どういうこと?

桃子: 原告が手術を受けた当時、小坂が乳癌の名医として君臨し、外科病棟の病床
     利用率は100%を超えていた。

太郎: ベッドの利用率が100%を超える?

桃子: そう。外科病棟では患者を退院させた同じ日に、別の患者を同じベッドに入院さ
     せていたから100%を超えていた。とりわけ乳癌の手術件数が多かったから
     外科病棟の半数以上は乳癌患者で溢れ返っていたの。

太郎: なんで、そんなに乳癌患者が多いの?

桃子: 地元の静岡けんみんテレビ(現静岡朝日テレビ)が「ストップ乳がんキャンペー
     ン」を昭和63年に開始した影響は大きかった。なぜか、小坂はこのキャンペーン
     の先頭に立ってテレビに出演し、県内各地で講演をして検診を呼びかけた。

     清水病院でも毎年講演会を開き、講演会の最後には決まって司会者が、「乳癌
     は増え続けています。今日、ご自宅に戻られたら家族の方、ご近所の方に検診
     を受けるように話して下さい」と、呼びかけた。それに呼応するように地元では、
     市役所が広報や自治会の回覧板を通して検診を呼びかけ、「テレビに出ている
     先生」のもとに患者がどっと増えた。

     平成4年に出版された『医者がすすめる専門病院・静岡県版』(ライフ企画)に
     小坂は顔写真入りで登場し、平成8年には別冊宝島『病院ランキング東海・中部・
     北陸版』(宝島社)の乳腺部門でも8位にランクされたりした。それらのコピーを講
     演会会場で配ったり、外科の待合室に別冊宝島のランキング表を貼り出したりし
     ていたから、「乳癌の名医」の座は揺るぎないものになっていったんだ。

太郎: 検診が窓口になって患者が集まったわけだね。で、具体的に手術件数を教えて
     欲しい。

桃子: うん。小坂の乳癌手術件数は1年間で90件前後。お正月とお盆休みを除いて、
     週2回の手術日毎に乳房を切っていた計算になるの。

太郎: えーっ!ということは、3日に1回のペースで・・・!!。

桃子: 原告が提訴する前年の平成7年に静岡県立総合病院の医師が乳癌について
     講演したことがあった。それによれば、静岡県内の乳癌の症例数は年間で600
     人。
     内訳はそれぞれ近隣市町村との合併前だけど、静岡市(人口48万人)が90、
     浜松市(人口54万人)が97、沼津市(人口21万人)が50、富士市(人口22万
     人)が45と、症例数はほぼ人口に比例している。人口1万人に対してほぼ2例
     という割合でしょうね。

     乳癌に罹患しても全症例に対して手術が行われるわけではないだろうから、症例
     数より手術件数の方が低くなるはず。そこで、清水病院の乳癌手術件数の推移
     を紹介するね。

     人口24万人の旧清水市の場合、清水病院だけで乳癌手術件数が、新築移転
     前が55件(昭和63年)
で、人口がほぼ同じの沼津市や富士市と並ぶ。

     ところが、翌年の新築移転以降、手術件数は急増しているの。
     77件(平成元年)、85件(平成2年)、90件(平成3年)、94件(平成4年)、
     95件(平成5年)、93件(平成6年)、94件(平成7年)、89件(平成8年)、
     80件(平成9年)、81件(平成10年)、49件(平成11年)となっている。

太郎: すごいねー!市の人口が増えているわけではないのに、病院を新築移転した
     だけで乳癌手術が1.4倍
になったなんて、信じられない!

桃子: そうね。いくら名医の下に検診で患者が集まったにしても信じがたいわね。
     久保山さんの奥さんが手術を受けて亡くなったのが平成元年。原告が手術を受
     けたのは平成4年だけど、1月だから平成3年の件数に含まれる。“乳癌患者
     増産体制突入時期”だったことがわかる。

     旧清水市には総合病院がほかに2つあって、それらの病院でも乳癌の手術は
     ある程度行われていただろうから、それを合わせればもっと増える。異常な現象
     だよ。病院職員の間で「乳癌が清水の風土病」と言われていたわけね。

太郎: ひどい話だね!

桃子: 乳癌で売上増加を目論んだとしか考えられない。新築移転が負担となって平成
     7年度の前年繰り越し欠損金が11億円に膨らんでいた。ところが、小坂が副院
     長に昇格して黒字に転換し、平成9年度には累積赤字を4億円までに圧縮し、
     赤字一掃目前まで快進撃を続けてきたの。

太郎: 小坂さん大活躍だったわけだね。

桃子: 出世して職員や看護婦たちに絶大なる影響力をもつようになっていった。苦情を
     聞いていた議員も声を上げることができなかったと聞いている。売り上げ路線を
     突っ走り続けるためには、市のモニターとして声を上げてきた原告を何が何でも
     押さえ込みたかったわけよ。

太郎: そうか。で、快進撃が続いたの?

桃子: ううん。平成9年から手術件数が減少に転じている。これは、原告が提訴した影
     響と考えられる。こうして竹下裁判の背景をみると、市が病院の売り上げを維持
     するために是が非でも裁判に勝たなければならない状況がよくわかるはず。

太郎: そうか、そういうことだったのか。

桃子: 平成11年に手術件数がほぼ半減しているのは、小坂が退職処分になっていなく
     なった影響と考えられる。

太郎: えっ、小坂さんがいなくなったの?

桃子: うん。原告の裁判や久保山さんたちとの活動もあって、清水病院の実態がマスコ
     ミに取り上げられ、その記事が市議会で問題になった。『別冊宝島』に書かれた
     とから、『宝島議会』と言われている。議会議事録に載ってるけど、記事に対する
     抗議行動が起きるかと思ったけど、逆に、議員から「清水病院で乳癌と言わ
     れ、他の病院へ行ったら乳癌ではなかった人が3人いる」
という発言が
     出る有り様だったの。

     市長は記事の真偽を確かめるため、直々に医者や看護婦たちを集めてヒ
     ヤリング調査をやった結果、小坂に問題ありとなって、退職処分にした。


     でも、市長が問題にしたのは小坂のいわゆる「検査漬け医療」が明らかになった
     からだというけど、売り上げの功労者をクビにするくらいだから、推測するに標準
     治療から外れた治療も知ったはず。市はくさいものに蓋をして、小坂を切ったこと
     で終わりにしたかったんだね。

太郎: ひどいね。売り上げに貢献してきた小坂さんをクビにして問題をウヤムヤにす
     るなんて。
     ところで、小坂さんはどうしてるのかなあ?

桃子: そうね。原告や久保山さんたちは、小坂の赴任先へ清水の風土病の乳癌が飛び
     火するのではないかと心配した。ところが、500床ある公立病院の副院長まで務
     めた「乳癌の名医」は、退職後、リハビリ中心の病院を転々としていることがわか
     った。その中のひとつである伊豆韮山温泉病院では院長を務めたけど、現在は
     閉鎖となっている。リハビリ病院だから、メスを持たないことは安心ではあるけど、
     清水病院での問題がウヤムヤのまま許されるものではないわ。

太郎: 売り上げに貢献した市の功労者なんだから、正しいことをやっていたのなら、「乳
     癌の名医」でいればいいはず。なんでクビにされて、リハビリ病院の院長になって
     しまうのか不思議だけど、裁判の背景に病院の赤字解消があったことはわかっ
     た。

桃子: 小坂がいれば風土病と言われるくらい乳癌が増えて、いなくなれば風土病じゃな
     くなる。そのカラクリは、「神のみぞ知る」じゃなくて、「小坂だけが知っている」ね。

太郎: それにしても市は、その現実を重く受け止めるべきだよ。

桃子: じゃあ、裁判の話に戻るわよ。


8.技術不足自認鑑定人によるDNA鑑定結果の怪(東京高裁編)


太郎: 当然、控訴ですよね。

桃子: うん。

太郎: 東京高裁では何を主張したの?

桃子: 佃判決のおかしな点を主張するよりも、「癌による変異」と決め付けた判決を崩す
     ために、標本にある組織を、正常組織と、変異の可能性がある癌組織とに切り分
     けて、再度、DNA鑑定をしてもらったほうがいいと判断し、再鑑定を申請したの。
     それが認められて、親子鑑定などをよくやっているTSLが鑑定することになった。
     裁判所が推薦した民間の鑑定機関よ。

太郎: 良かったね。いよいよ真実がさらけ出されることになるね。

桃子: 高裁段階では裁判所に提出された証拠・主張がこのサイトにアップされている。
     それを読んでもらえば理解できると言いたいところだけど、さして意味のなかった
     証拠とか主張もあるの。だから、全部に目を通すと、よけい混乱するかもしれない
     ね。

太郎: どういうこと?

桃子: 病院側が高裁に提出した永久標本が、静岡地裁に提出した時のものとは違っ
     て、加工された永久標本が提出されたのではないかと疑ったことが大きい。
     それと、TSLが小坂の知り合いの東海大の長村教授の息がかかっていると
     いう噂が慶応の病理医局(長村の出身医局)で流れていて、TSLの鑑定が
     信用できるものかどうかを疑ったこともある。それで、その疑いをもとに釈明を
     求めたり、TSLの鑑定に条件を付けたりしたのよ。

太郎: なるほど。じゃあ、途中経過は省略するとして、鑑定結果はどうだったの?

桃子: 922万分の1の確率で、永久標本は原告由来のものと結論づけられたの。

太郎: えっー!

桃子: 原告も弁護士もものすごくガックリしたわ。関心を示していたマスコミも急に去
     っていった。

太郎: かわいそうに。

桃子: ところが、よくよく考えてみると、やっぱりおかしいんだ。

太郎: なにが? 922万分の1の確率が出ている以上、何を言っても、それはイチャ
     モンにすぎないんじゃないの?

桃子: ううん、そうではないんだ。DNA鑑定の説明で、核DNAを調べる方法とミトコ
     ンドリアDNAを調べる方法の2つがあると話したでしょ。

太郎: うん。核DNAは保存状態が悪かったり古いものだと・・・ええと、なんだっけ。
     頭悪いからすぐに右から左に・・・(笑)。

桃子: 笑ってごまかさないで(笑)。
     核DNAは保存状態が悪かったり古いものだと検出されにくいという特徴がある。
     でも、新鮮なものだと精度が高いので、親子鑑定でよく使われている。血液とか
     口腔粘膜を取って調べるから新鮮このうえない。
     その逆に、ミトコンドリアDNAは比較的古いものでも検出されるという特徴が
     ある。さっき、横田めぐみさんの例を持ち出したけど、北朝鮮が提出した遺骨は、
     高温で焼かれたあとの骨だったのに、帝京大学が「ミトコンを検出できた!」と
     発表したでしょ。

太郎: うん。科学の力はすごいなあと思ったよ、あの時。

桃子: 「支倉・佐藤鑑定」は、最初は核DNAの検出を試みたけど、うまくいかなかっ
     た。でも、ミトコンドリアDNAの検出には成功し、それで塩基配列を調べるこ
     とができた。

太郎: 核DNAは試料が新鮮なものでないと検出できず、ミトコンドリアDNAは古い
     ものでも検出できる。だったら、「支倉・佐藤鑑定」で核DNAが検出できなかった
     のは自然だということですね。

桃子: そう。原告の永久標本だと言われているものが原告のものだとすれば、平成3年
     のもの。時間も経っているし、それにホルマリン漬けにされたこともあってDNA
     鑑定にとって保存状態は決して良くはない。

     だから、「支倉・佐藤鑑定」で核DNAが検出できなかったのは当然といっても
     いい。ところが、TSLは、ミトコンドリアDNAは検出できず、核DNAは検出で
     きた
という。

太郎: 逆じゃない!

桃子: そうなのよ。一般的な法則というか経験則に反しているんだ。

太郎: やはり、何らかの人為的な手が加えられたということ?

桃子: 最初は疑ったけど、いろいろ検討した結果、原告側はそうではないだろうという
     結論になったの。

太郎: じゃあ、どういうこと?

桃子: つまり、TSLは核DNAによる親子鑑定を得意としているけど、古い標本のミト
     コンドリアDNAの解析をした経験がなかったと解釈するしかないのよ。

太郎: なぜ、経験がないの?

桃子: TSLは民間の会社で、ニーズがあって企業が成り立つ。めったにない特殊なも
     のをやっていたら経営が成り立たないでしょ。アメリカで缶詰の中に入った毛髪が
     誰のものか再発防止のために従業員を特定するためにミトコンドリアDNA鑑定
     が使われた話を聞いたことがあるけど、缶詰だから高熱処理されている。それ
     でもミトコンドリアDNAが検出されて解析できるんだね。だから、そういうので
     は民間鑑定機関の需要があるんだろうけど、日本ではそうした需要がまだない
     ため、ほとんどの民間の検査機関がミトコンドリアDNA鑑定を受け付けていな
     いの。

太郎: だけど、TSLは裁判所が推薦して引き受けたんでしょ?

桃子: そうよ。裁判所が打診した大学の研究機関でさえ今回の鑑定を断ったと聞いて
     る。それなのに、TSLは自信を持ってやりますと言って引き受けたそうよ。今か
     ら思うと、売り上げと実績作りのためとしか思えないわ。途中から、最初の勢いは
     どこへやらという感じになっていったそうだからね。

太郎: そういうことだったの。で、核DNA鑑定のレベルのほうはどう?

桃子: それは、核DNAによる親子鑑定を商売にしているんだから得意だと思う。しか
     し、12年前の永久標本となると、どうだか・・・。

太郎: はっきり言ってよ。

桃子: うん。やはり同じ時期に、TSLが別の事件で7年前に作られた標本から核DN
     Aを検出できなくて技術不足を自ら認めて関係者に謝罪してるんだ。しかも、謝罪
     したのは、原告の鑑定をやった同じ神山清文鑑定人なの。(甲117−2:保土ヶ
     谷事件書証)

     だから、原告のものとすれば、神山鑑定人が別事件で核DNAを検出できなくて
     謝罪した標本より5年も前の標本だから、核DNAが検出できたなんて信じられな
     いわよ。

太郎: へえー、そんなことがあったの。(上告理由書の別表2)

桃子: それだけじゃないんだ。
     高裁の審理が終わってからわかったことなんだけど、TSLが原告の鑑定をやっ
     ていた時期に、大阪の太田真美弁護士が相談者からの依頼で10ヶ月前に作ら
     れた乳癌のパラフィンブロックのDNA鑑定をTSLに引き受けてもらえないか尋ね
     たところ、断られているの。「かつてはやっていたけど結果が納得できなかった
     から、これからは引き受けないことにした」ってね。(甲123号証:大田報告書)

太郎: どういうこと?

桃子: 核DNAは簡単に言えば、15項目ルーカスについて解析するんだけど、原告の
     ものとされる標本では5項目しか解析できなかった。だから、原告の鑑定のことを
     指して納得できなかった−と言ってるのではないかと思う。


9.「TSL鑑定は非科学的」の意見を無視し、
  病理診断の判断を回避した高裁判決の怪


太郎: なるほどね。状況からすれば、TSLの鑑定そのものに疑問がわくけど、決定的
     ではないね。「922万分の1」を崩すことはできない。

桃子: そうなんだ。
     ところが、TSL鑑定、つまり「922万分の1の確率で永久標本は原告由来の
     ものだ」と結論づけたTSL鑑定そのものが、まったくの非科学的なものであると
     いうことがわかったのよ。

太郎: いったい、どういうこと?

桃子: サイトにある控訴書面一覧の「押田意見書」を見て欲しい。ちょっと専門的なと
     ころもあると思うけど、同じ一覧にある「TSL鑑定書」のピーク図と見比べて読
     めば、素人でもおかしいことにすぐに気付くはずよ。

     「押田意見書」では、TSLが「陳旧資料からのDNA型鑑定を行うだけの十分
     な技術と経験を持っていない」として、具体的に問題点を指摘している。

     第1に手続き上の問題をあげて「国際的にも通用しない」と断じている。

     第2に、XYの解析(AMEL:Amelogenin)について、その部分の解析を分析す
     ると、「竹下口腔細胞についてはXのアリルピークは一本であるのに対して、
     小坂側が原告のものとして出してきたパラフィンブロックから切り出した標本の
     正常細胞と癌細胞ではXについて2本のアリルピークがみられ」るけど、本来は
     1本のアリルピークがみられるのみで、この結果は「テクニカルエラーであるか、
     試料の汚染(混入)」であるとしている(甲124・2頁)。

     第3に解析の感度についても通常の数値よりも非常に高く設定されていることか
     ら不慣れな状況が指摘されている。

     第4に、STR法による核DNA解析の場合、1試料に混在がなければ1ローカス
     におけるピークは2本(ヘテロ型)または1本(ホモ型)であって、それ以上はな
     いはずであるのに、今回のティーエスエル鑑定には、3本あるいはそれ以上の
     ピークが見られることが指摘されている。
     「これらもテクニカルエラーの可能性があり、ありえないピークが存在している」
     ということで、「かかる解析の精度が疑われることになり、私たちが通常
     施行しているDNA鑑定ではこの解析はやり直しということになります」
と、

     押田意見書では解析の手法にテクニカルエラーの可能性を指摘し、本来ならば
     やり直しということになると指摘している。

     そして、核DNAが検出できてミトコンドリアDNAが検出できなかったことに
     ついても、不自然と思われると指摘している。

     だから、事実認定の基礎としてTSL鑑定を用いるには適しないことが
     わかった
んだ。

太郎: そうだったのかぁ。だったら、高裁判事も納得したでしょうに。

桃子: ところが、この「押田意見書」を高裁に出したのは、審理が終結してから、つま
     り結審してからだったの。

太郎: なにかで読んだけど、結審したあとに、どんなにすごい証拠を出しても法的には
     ダメだって。TSL鑑定を覆す決定的な意見書が出せたというのに、残念というし
     か・・・。なんだか、竹下さん、かわいそうだね。

桃子: そんなに結論を急いで感情的にならないで欲しいな。結審から裁判官が判決を
     書くまでに期間がある。そのときに重要な証拠が出た場合、どうなるのかという
     問題があるんだ。

太郎: 少し、頭が働き出した。刑事事件の例を出したほうがわかりやすいですね。結審
     したけど、そのあと真犯人が名乗り出てきたとか、重要な証拠、血のついたナイフ
     が出てきたとか、そういう場合、裁判所はどうするかということだね。

桃子: (やや冷や汗)う、う〜ん。まあ、似ているといえば似ているかなあ。でも、刑事と
     民事とでは「訴訟法」がちょっと違うところがあって・・・。

太郎: 偉そうにしないでよ。だいたい、僕は、法律に詳しい人って、あまり好きじゃない
     な。いかにも自分たちだけが法律のことは知っていて、知らない人をバカにする
     ようなところがある。桃子さんだって、そうだよ。

桃子: そ、そうか。ごめん。これから気をつけるね。
     最高裁の判例にもあるんだけど、結審したあと、重要な証拠が出てきた場合、
     弁論再開つまり法廷を再開すべき
だということになっているんだ。

太郎: 当然ですね。

桃子: だから、結審後に明らかになった事実として、さっき話した太田弁護士がTSL
     に鑑定を断られたことと、TSL鑑定に証拠価値なしとした押田意見書をもとに弁
     論再開求めた。重要な証拠だからね。にも関わらず、再開を認めてもらえなか
     ったんだ。

太郎: ひどいねえ。ところで病理診断のことだけど、喜納教授や多田医師の病理診断
     についての地裁判断ミスを、高裁はどう判断したの?

桃子: そう。よく気がついたわね。高裁判決はTSL鑑定に全面的に依拠したために、
     「原告は真実に乳癌であった」と断定して、
     「病理診断の有無、時期について判断しない」と、
     喜納教授の病理診断はもとより、多田病理診断についても、裁判所は全面的に
     判断を回避してしまったんだ。

太郎: ひどい!


10.“怪”についてあばいた上告理由書(上告編)


太郎: じゃあ、上告では癌のことを問題にしたの?

桃子: そうよ。それだけではなくて、これまでのいくつかの“怪”(不思議)について
     問題にし、解明したのよ。

太郎: 全部、解き明かすんだね!

桃子: そう。だけど、ここまで主張が認められないと原告も落ち込むよね。どうしたら
     わかってもらえるのかとか、これ以上わかってもらうのは無理じゃないかとかね。
     それでTSLのことで話をした大阪の太田真美弁護士と、やはりTSLのことで相
     談したことがある大阪の佐野久美子弁護士に相談したんだ。

太郎: おふたりとも女性だから男性とは違った見方をされるのではと考えたんだね。

桃子: そうね。

太郎: それでどうだったの?

桃子: おふたりとも同様に、裁判官の常識を超えたひどさで、上告すべき事案だと話し
     たそうよ。別の乳癌訴訟で最高裁判決を勝ち取っている太田弁護士と、裁判官
     生活が長かった佐野弁護士からの意見だったから原告は勇気付けられたわよ
     ね。しかも佐野弁護士は弁護団に加わったのよ。

太郎: で、どうなったの?

桃子: 最高裁は上告理由書という書面を調査官が読んで、弁論を開くのか棄却する
     のか判断するから、その上告理由書に今までの主張を全部盛り込むことにな
     ったの。

太郎: たいへんな作業だね!

桃子: そうよ。原告は地裁で8年、高裁で2年がんばってきたんだから10年越しの
     総まとめよ。

太郎: 10年!すごいね。

桃子: 民事は原告に立証責任があるから、主張についての証明を全部しなければ
     ならないからね。原告の場合、癌がないことを証明しなければならない。つまり
     元々証拠がないことを証明しなければならなかった。それだけでも大変なのに、
     そこへもってきて小坂側が次々と辻褄合わせとしか思えない主張や、新しい
     証拠を出してきたから、それらもつぶさなければならなくなったために論戦が
     続き、ひじょうに煩雑な裁判へと変貌していったんだ。

     それで、高裁段階までは手術手技の問題だとか後遺症の問題だとかも主張
     してきたけど、上告にあたっては、「癌ではなかった」の主張だけにしぼったの
     よ。

太郎: わかった。で、上告理由書の内容について説明してくれる?

桃子: サイトにあるからそれを読めばわかるけど、まず、「はじめに」として、竹下裁判
     が原告だけの問題ではないことをアピールした。
     前にも言ったけど、先に久保山さんが裁判を起こしていたと言ったでしょ。彼の
     亡くなった奥さんのカルテも原告のとまったく同様に触診所見が空欄なのよ。
     ほかにも裁判の背景で話したけど、清水病院で乳癌と言われて他の病院へ
     行ったら乳癌ではないと言われた人が3人いると、市議から議会で報告されて
     る。
     小坂は3日に1人の割合で、どんどん乳房の切除手術を行っていた(病院年報・
     手術件数)。小坂が去ってから乳癌の風土病説がなくなった。その謎が竹下
     裁判に凝縮されているとみていい。だから、常識では考えられないことが起きて
     いたことを上告にあたって「はじめに」で書いて、裁判官の頭の切り替えを促し
     た。

太郎: ほんと、信じられない。竹下裁判の陰にどれほど多くの被害者がいるかわからな
     いね。

桃子: そうなのよ。だけど、被害者が気付いて原告のように疑問をもって声を上げる
     しか誰にもわからない。

太郎: じゃあ、竹下さんのほかにも声を上げている被害者がたくさんいるの?

桃子: ううん、いない。

太郎: ええっ、どうして?

桃子: 考えてもごらん。女性が「乳癌手術を受けました」なんて人に言える? しかも
     「神のみぞ知る」としか聞かされていない。

太郎: そうだね。絶対に言えない、内緒にするよね。

桃子: そうでしょ。女性が絶対に言えないところにつけこんで売り上げを上げていたとし
     か思えない。

太郎: 議員さんの話以外にも具体的事例はあるの?

桃子: 原告が裁判を起こしてからわかったんだけど、小坂に乳癌と診断されて手術を受
     けた患者が、病理検査結果で癌ではないことがわかって、放射線科の医師が
     放射線治療を拒否した患者がいたんだ。このことは、清水病院に勤務していた
     ことがある慶応大学病院の近藤誠医師によって証明されて、地裁段階で裁判所
     に証拠としてカルテのコピーを出しているのよ。小坂が病理検査を軽んじてたり、
     無視していたことは明らかね。

太郎: ええーっ、恐ろしい。まさか医者が病院の中で、しかも公立病院となると、「まさか
     そんなことが・・・ありえない」って思ってしまうんだろうね。

桃子: そうよ。常識の壁とでも言うのかな。鑑定中に塩基配列の違いに直面した
     DNA鑑定人が同じせりふを口にしていたそうよ。

太郎: 竹下さんにとっては理不尽そのものだね。

桃子: そう。だから、真実を求めて10年以上もがんばっているのよ。

太郎: 絶対に勝って欲しいね!

桃子: 第2章では初診からの診療の経過を丁寧に書いた。私たちの問答に出てくる内
     容で、これを読めば事実経過からも乳癌の証拠がないことがわかる。

     第3章ではTSL鑑定の問題点を取り上げてるわ。東京高裁編で縷々話したとお
     り。結審後に、TSL鑑定に証拠価値がないことがわかって、弁論再開を申し立
     てたにも関わらず再開しなかったことについても、最高裁判決を引用して違法を
     説いてる。それと、地裁で行われた病理の並木鑑定、DNA鑑定の支倉・佐藤
     鑑定も列記して鑑定結果からわかったことを説明するとともに、TSL鑑定が本来
     の目的である支倉・佐藤鑑定の検証の目的を果たさず無意味であることを主張
     している。
 
    第4章では高裁判決がTSL鑑定に全面的に依拠して、病理診断について判断を
     回避したことについて、審理が十分に尽くされていないと指摘した。
     つまり、証拠が何もない喜納教授の診断を認めたことや、1月6日に多田医師が
     診断したという判断ミス判決の指摘をし、結局、小坂側が主張する病理診断は
     いっさい存在しなかったことを指摘している。


太郎: 裁判所に絶対にわかって欲しいね。


11.最後の砦となるか−ご注目!


桃子: 病気じゃないのに嘘を言われて病気にされてしまった場合、患者として防ぎよう
     がないし、裁判に訴えても、こんなに救いようがない裁判になってしまう。癌の
     所見が何もないのに手術して、癌の標本のDNA鑑定で塩基配列の違いを指摘
     されたら「癌によって変異した」でまかりとおってしまって、原告は裁判所でも癌
      にされてしまった。

     さっき言った、癌ではないのに癌だとして手術された患者のカルテを、病理を無
     視、あるいは軽視していた証拠として裁判所へ出した時、裁判官は、

     「原告のものではない証拠を出して、原告は何を言いたいのか」

     と言ったそうよ。また、DNA鑑定で塩基配列が一致しないことがわかった時に
     は、

     「標本が原告のものではないからといって、原告が癌ではないという証明には
     ならない」と言ったという。

     確かにそうだけど、裁判所を説得するための「癌ではない証明」の難しさに
     翻弄された裁判
と言える。

     嘘をついてはいけないことや、後出しジャンケンがいけないことくらい子供でも
     わかるのに、裁判所はカルテに記載がなくて小坂側が後から言い出したことや、
     出してきた証拠をすべて認めた。これじゃあ、カルテは何の意味も持たない。
     病院勝訴のままでは、癌の所見が何もなくて手術していいというお墨付きを
     裁判所が与えたことになる。平和な日本でこんなことがあってはならない。
     日本の医療裁判史上に残る事件よ。何のお咎めもなしで、風化させてはなら
     ないのよ。

太郎: 竹下さんが声を上げなかったら、ここまで明らかにならなかったわけだね。

桃子: それもそうだし、乳癌が清水の風土病として蔓延し、もうけの対象になり続けた
     可能性は大きかった。両方の乳房をとられた女性は何人もいるという。女性の
     弱みに付け込んだ悪質な犯罪よ。

太郎: 是が非でも竹下さんには裁判に勝ってもらわないと。女性の敵を許すことはでき
     ないよ。なんともない子宮を摘出していた富士見産婦人科事件と同じだね。

桃子: そうよ。こんな事件はこれきりにしないと。次世代にしっかりと伝えて被害を
     繰り返さないようにしないとね。私たちには伝える責任がある。
     上告棄却が97%と言われる最高裁の狭き門だけど、最高裁の判断を注目した
     い。

太郎: 桃子さん、ありがとう。よくわかったよ。

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