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竹下裁判

上申書

平成16年(ネ)第2435号 損害賠償請求事件
控訴人  竹下勇子
被控訴人 静岡市 外1名

2006(平成18)年1月11日

控訴人訴訟代理人 弁護士 渡  邉  彰  悟
同            福  地  直  樹

東京高等裁判所 第5民事部 御中

上 申 書

 控訴人竹下の現在の状況についてご説明をし,そしていま一度期日をいれていただきたくお願いを申し上げます。

1 ティーエスエル社による鑑定とその内容への疑問

 控訴人は,ティーエスエル社の鑑定が出てから,裁判所に再鑑定の申立をしました。現在のところ,この鑑定申請は認められておりませんが,しかし,控訴人は,様々な観点から,病理或いはDNA鑑定に関して専門家の意見を聴取し,本件において病理鑑定の必要性を確信するに至っています。

 実際に,ティーエスエル社による鑑定結果については様々な問題が存在しています。

(1) 本来ティーエスエル社に期待された鑑定の内容
 本来,この鑑定の実施によって明らかになるべきことは次のような点でした。

 スライドAとパラフィン包埋組織(以下単にパラフィンとする)との同一性を前提に,
 パラフィンについて薄切したものを癌細胞と正常細胞とに分離して,それぞれの細胞ごとに,STR法による核DNA解析とミトコンドリアDNA解析を行う。また,この解析結果と控訴人竹下本人の細胞についての核DNA及びミトコンドリアDNA解析との比較を行う。

 これらの解析によって,第1審においてなされたミトコンドリアDNAの解析の結果の意味が明確になるはずでありました。

(2) ティーエスエル社の鑑定の問題点
 ところが,ティーエスエルの鑑定は,本来の要請に十分に応えるものではなく,様々な問題を残しました。

 第1に,同一性を前提にする病理の問題について,鑑定前には病理については専門病理医がいないので,病理判断はしないといいながら,病理医でもない者がスライドの写真を比較して同一性の判断をしている。写真を比較しても同一性の判定は容易ではないようにみられるが,ティーエスエルは安易に判定をしている。その科学的不確かさは,本件の鑑定対象とされた組織に対する控訴人の疑念を生ぜしめました。
かかる疑念に答えるために,少なくともスライドAについてその特徴的な浸潤癌の部分を同定して,スライドAとスライドBとを比較することは容易だったにもかかわらず,その同定はなされていません。
 病理の判定について,被控訴人は,中村雅登東海大学医学部助教授の意見書を付して提出してきました。ところが,中村医師は被控訴人病院の臨時とはいえ病理医でありました。その意見の信頼性が認められないものであることは言うまでもありません。しかも,清水病院の病理体制を見る限り(添付資料),常勤病理医として「寺田忠史」医師が勤続しているのに,どうして病院長は臨時できている中村医師に依頼をすることになるのか非常に不自然であります。中村医師は東海大学医学部に帰属しており,この間被控訴人の側で病理を担当し,本件の訴訟の中でも病理に関係した意見を述べてきたのが,東海大学の長村義之医師らであることに鑑みれば,中村医師の意見の客観性は非常に疑わしいものといわざるを得ません。

 第2に,癌細胞と正常細胞とを取り分けてSTR法とミトコンドリアDNAの解析を行うはずだったのに,ミトコンドリアDNAについては解析ができませんでした。第1審の支倉・佐藤鑑定がなされてから5年が経過したに過ぎず,その5年の間に組織が解析できない程度に変質してしまったとは考えられません。しかも,核DNAよりもミトコンドリアDNAの解析のほうが一般的に見れば実行が容易であることに鑑みても,その結果は不自然といわざるを得ません。

(3) 現在控訴人が専門家の意見を聴取している内容
 そこで,控訴人は,第1に,同一性の確認のために,病理医にスライドAとスライドBとの対比の検討をお願いしています。
第2に,ミトコンドリアDNAが解析できていないことについても,専門家の方から「なぜミトコンドリアDNAが解析できないのか理解できない」との回答をいただいております。

2 支倉・佐藤鑑定の意義

 翻って,控訴人は支倉・佐藤鑑定の意義について再考しております。

 これまで,支倉・佐藤鑑定の結果について,あまり重要視されておりません。しかし,果たしてそうなのでしょうか。佐藤氏はこの結果が非常に不思議であったことから,何度も解析を試みたが,結局同じ結果であったと述べています。

 そして,原審判決は支倉・佐藤鑑定におけるミトコンドリアDNAの違いを変異の可能性に求めようとしました。
 しかし,今回いろいろな専門家にお話を聞く限り,支倉・佐藤鑑定の結果は単純に変異では説明できないということであります。

 そのヒントは今回のティーエスエル社による鑑定の方法にあります。今回,ティーエスエル社による鑑定は,細胞を癌と正常とに分けて,それぞれを解析しようとしました。そして,癌による変異かどうかを見定めるためにその手法は有益だったはずです(但し,ミトコンドリアDNA解析ができませんでしたので,その有益性は今回の鑑定に生かされていません)。
 これに比べて,支倉・佐藤鑑定の時点では癌細胞と正常細胞を取り分けてそれぞれの解析をするというやり方ではありませんでした。スライドAやスライドBをみても,組織の分類から見て,正常細胞と癌細胞との比率は60:40あるいは50:50とみてもよいと思います。これらが混在した対象組織を解析したのが支倉・佐藤鑑定でありました。
 ここからが問題ですが,仮に癌細胞のミトコンドリアDNAが変異を起こしていたとしても,そのときの解析の対象となっているものには正常細胞のミトコンドリアDNAも含まれているということであります。

 解析の結果は次のようでした。

塩基番号 アンダーソンモデル 竹下さんの血液(@) 包埋ブロック(A)
16129        G             A          G
16223        C             T          C
16245        C             C          T/C

 ここでは16129番目の塩基のところを取り上げます。

 竹下さんの16129番目の塩基はAでした。これに対して,パラフィン包埋ブロックから薄切した組織はGでした。癌による変異ということでこれを理解しようとする場合でも,上述したように,解析の対象となっている組織は癌細胞と正常細胞とを分けておりませんので,そこにはAとGとが両方混在していることになります。その組織を解析すれば,16129番目にはAとGの両方が現れることになるのです。つまりその場合の解析の結果は「A/G」(このような状況をヘテロプラスミー)となるはずなのです。
 同様に16223では「T/C」という結果の出るのが,変異と考えた場合の帰結なのです。
ところが,実際にはそうはなっていない。これはどう説明できるのでしょうか。

 これは,変異ではなかった ということです。

 もう一つの可能性,「汚染」(コンタミネーション)を考えてみても,上記の結果は,同様に汚染の可能性をも排除しているといえます。汚染によって入り込んだ組織があるとしても,包埋組織がなくなるものではありません。その場合でも,上記のように16129番目は「A/G」等,16223では「T/C」等の結果が現れるのが自然であって,「G」「C」という単体の塩基として解析されるというのは認識が不可能なことになります。

 つまり,専門家は口を揃えて本件組織の同一性が疑わしいという意見を述べているのであり,支倉・佐藤鑑定の結果の意義を再考することがどうしても必要となります。他方で,そのことは,ティーエスエル社の鑑定の不十分さを一層明確にします。

 これらのことも専門家の方から基本的なレクチャーを受けている内容であります。

3 審理はいまだ尽くされていないこと

 以上のように見たときに,控訴人は,支倉・佐藤鑑定とティーエスエル社鑑定の狭間が埋められなければ審理としては十分ではないと考えざるを得ないのです。ですから,先日の再鑑定の申請をしたわけですが,控訴人としては,専門的な視点に立っても,やはりさらに追求すべき点があることを明示したいと考えています。
 そして,この書面で述べた事項について,現在専門家の方々に意見を聴取しています。既に質問をして回答を待っているところでもありますが,残念ながら現在までにその回答は届いておりません。
控訴人としても審理をいたずらに遅延させる目的はありません。それどころか,早期に事案の適正なご判断をいただきたいと考えています。

 そのために,ぜひとも現在控訴人が調査している事項について,次回までに提出することをお許しいただきたく存じます。

 本件が非常に特異な事件であることは明白です。この段階で審理を終了することは必要な審理のないままの終結となり,その判断が偏頗なものとなることはいうまでもありません。本件では,事案の精査にも専門性を要し,その調査と理解には時間を要します。なにとぞご理解をいただきたくお願いを申し上げます。

以上

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