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竹下裁判

控訴審準備書面(2)

平成16年(ネ)第2435号 損害賠償請求事件
控訴人 竹下勇子
被控訴人 静岡市 外1名

2006(平成18)年3月6日

控訴審準備書面(2)

控訴人訴訟代理人 弁護士 渡  邉  彰  悟
同            福  地  直  樹

東京高等裁判所 第5民事部 御中

 本書面では特に,これまでの鑑定を踏まえて,控訴人竹下が当時癌であることの証明はなされていないことを論じます。

第1 控訴審におけるティーエスエル鑑定について

 1 ティーエスエルには鑑定の適格性がなかった

  今回の鑑定人の選任に当たっては様々な紆余曲折がありました。
  当然,当事者からの中立性が要請されておりましたし,また客観性を担保するための十分な技量を有していることが必要とされておりました。
  そこで,控訴人らは,まず被控訴人代理人高芝利仁弁護士が検討委員になっている戦没者遺骨に関するDNAの鑑定について厚生労働省から選任されている力量のあると思料される大学を提示いたしました。
  そして,その後,裁判所から帝京大学へ打診したものの断わられ,また,複数鑑定を模索する中で,防衛医大も候補となり,担当すべき教授に鑑定能力を打診して断わった経緯もありました。
  そして,技量の問題はクリアできるであろうということで,裁判所からの推薦もあり,ティーエスエルを鑑定人に選任されました。控訴人としても,裁判所による選任でありましたから,ティーエスエルについて中立性が問題となることはないものと考えておりましたし,また技量の点でも問題が起きるとは考えておりませんでした。

  ところが以下に述べるように,中立性の点でも,技量の点でも,ティーエスエルには大いに問題があったことが判明いたしました。

@ ティーエスエルとエスアールエルとの関係
ティーエスエルはエスアールエルという会社の100%出資子会社であります(会社概要参照・甲115)。
しかも両社は平成18年4月1日に合併することが平成17年9月26日開催の取締役会で決まっており,平成18年2月8日に合併契約書に調印しています。つまり,ティーエスエルはエスアールエルになるのであります(エスアールエルと同子会社7社との合併に関するお知らせ参照・甲116)。

A 被控訴人清水病院とエスアールエルとの関係について
そして,このエスアールエルは,この裁判の中で被控訴人病院及び小坂と深く関係しています。
一審当時,被告からの依頼を受けて乙12号証及び乙22号証を作成した民間検査会社がこのエスアールエルです。
乙12号証は「92年1月検査結果一覧表」と題され,作成日は「93.01.30」となっており,裁判になってから控訴人=一審原告の追求で被告が提出してきた乳がん手術後の治療方針を決めるのに必要なホルモン受容体検査の一覧です。しかし,当文書の作成は,92年1月の手術から1年後の作成日です。当然,控訴人が被告病院に入院中には存在しなかったものであり,提訴されてから被告病院が潟Gスアールエルに依頼して作成させ提出させたものとしか言いようがありません。この乙12と同時に提出されたのが稲田健一東海大学助手の迅速診断仮報告書(乙7号証)と,長村義之東海大学教授の病理報告書(乙8号証1,2)であることは,決して無関係ではありえないのです。
被控訴人小坂は,エスアールエルに上記検査委託をしたのは「平成3年12月27日(乙第1号証の4枚目参照)」とあるとしています(小坂陳述書八,1)。
しかし,12月27日は生検を実施した日ではありますが,検査についてカルテに記載はありません。「検査結果の報告を受けたのは平成4年1月9日です(乙12号証)」(小坂陳述書八,1)と被控訴人は述べていますが,カルテにその旨の記載はありません。しかも,そもそも医療記録に綴られていなかったものです。このようなものを医療記録として存在したものとみなすことはできません。カルテになかったことは小坂本人も認めている事実です(小坂調書@162,470)。

そして,なぜ以上のようなことが可能であったかについて,被控訴人小坂が自らエスアールエルと被控訴人病院との特別の関係について述べています。つまり,「エスアールエルは,清水市立病院の検査科の管理下に」(小坂陳述書八,2)あるのです。

ティーエスエルの親会社であるエスアールエルは,被控訴人病院検査科の管理下にあった。裏からみれば,被控訴人病院の管理下にあった会社の100%子会社がティーエスエルであったということです。

このような状況から見れば,ティーエスエルは,親会社が被控訴人病院の管理下にあって,被控訴人側から影響力を受ける可能性を否定できません。そうである以上,本件の鑑定人として中立性を認めることはできず,その適格性はなかったのであります。ティーエスエルの鑑定に対しては,その公平性,信憑性に疑いを持たざるを得ず,作為が存在する可能性すらあるといって過言ではないのです。作為の端的な疑念が「ミトコンドリアDNAの未解析」であることは言うまでもありません。

2 鑑定技量不足について
 さらに上記の立場上の適格性の問題のみならず,資質・技量としての適格性にも問題があったことが判明しました。

神山清文鑑定人は,他の裁判(いわゆる保土ヶ谷事件:甲117の1)で被告監察医の依頼でDNA鑑定をやっていますが,解析結果を出せず次のような陳謝の文章を提出しています(この事件での鑑定対象は核DNAではあります)。

「当社の技術不足が原因である可能性は否めません。検査のご依頼から検査にほぼ1年間もかかってしまった上に,解析結果が得られないという報告になってしまい,ご依頼者の齊藤先生はじめ当事者の方には大変に申し訳なく思っており,心より陳謝いたします」。

この文章は平成17年4月5日付で作成されています(甲117の2=保土ヶ谷事件における乙19号証)。

そして,この裁判(保土ヶ谷事件)の原告の最終書面では,神山清文鑑定人が提出したDNA鑑定について参考にならないと以下のように主張されている始末です(甲118)。

「5 被告伊藤が行ったDNA鑑定被告伊藤はティーエスエル社に鑑定を依頼したが,鑑定結果が出せなかった。ティーエスエル社は,主として新鮮な資料にもとづき親子鑑定等のDNA鑑定を行っている民間企業であり,郵便での資料の送付も受け付けている会社である。したがって微量あるいは陳旧資料からのDNA型判定を行うだけの十分な技術を持っておらず,そのことは意見書で同社が自認するところである。したがって同社の意見書は参考にならない」(第5章第1・5)。
 
このように,他事件において「微量あるいは陳旧資料からのDNA型判定(核DNA判定のこと:控訴人代理人)を行うだけの十分な技術を持っていない」と指摘されているティーエスエルが,それより5年以上前の古い試料である本件において,十分な解析に至らなかったのは,当然だったのです。

そして,神山清文鑑定人が他事件の鑑定で技術不足で謝罪した日は,本件裁判では,裁判所に鑑定の進捗状況を報告した日でもありました(裁判所書記官田中雅之氏からの同日付ファックス参照)。
このファックスの中には,その時点において,ティーエスエルではミトコンドリアDNAの検出は確認されていないとあります。本来ならば,技術不足を認めている時点でティーエスエルは鑑定をストップすべきでありました。
本来,細胞に複数(数百から数千)存在するミトコンドリアDNAは,1個しか存在しない核DNAに比べ検出されやすいと言われています。今回提出する永井教授の回答書(甲119)においても,

「STRは細胞核内のDNAから検出されます。細胞核内のDNAは1個の細胞あたり1コピーしか存在 しないのに対し,ミトコンドリア内のDNAは数百〜数 千コピーも存在している上,細胞核内のDNAに比べてサイズがはるかに小さいため,DNAの分解が進んだ陳旧試料や1本の毛髪毛幹部 から,STRは検出できなくても,ミトコンドリアDNAの検出は可能な場合があります。したがって,一般的には,同一試料からSTRは解析できてミトコンドリアDNAは解析できないということは考え難いことです」。

と述べられています。多くの専門家にこの点を確認しても不思議なことであると一致しています。そうであるのにティーエスエルでは検出できなかったということは,まさに技術不足としか言いようがないのです。

技術不足を認識していながら,なぜ鑑定を引き受けたのか大いに疑問です。ティーエスエルを推薦する前に,裁判所は別の鑑定機関(帝京大学)に断わられています。また,複数鑑定を模索する中で,防衛医大が候補となり,担当すべき教授に鑑定能力を打診して断わった経緯があります。それほど今回の鑑定には高度の解析能力を必要としていました。
 ところが,ここまで述べてきたように,ティーエスエルには適格性もなければ技量もなかったというのでは,鑑定をした意味は控訴人にはまったくなかったと言わざるを得ません。
 今回,ティーエスエルにおいてミトコンドリアDNAの解析のできていない理由については,かかる技量のないというレベルだけではなく,中立性も欠落していたという点から判断せざるを得ません。だからこそ,今回の鑑定結果は作為的なものであったと考えることが,自然に出てくる結論なのであります。

 一言で言えば, “ティーエスエル鑑定の信頼性は失われた” のです。

3 鑑定内容の問題点

  ティーエスエルの鑑定にはその内容にも大いに疑問があります。

(1) もともとティーエスエルに求められていた内容と結果

  もともとこの鑑定対象は,

    スライドA(検乙1)=永久標本
    パラフィン包埋ブロック(スライドBに連続するもの)
    竹下の口腔組織              でありました。
 
  これらの組織の解析によって,第1審においてなされたミトコンドリアDNA解析の結果の意味が明確になるはずでありました。

  今回の控訴審鑑定によって実現されるべき内容は以下のとおりでした。

  スライドAとパラフィン包埋組織(以下単にパラフィンとする)との同一性を前提に,
  パラフィンについて薄切したものを癌細胞と正常細胞とに分離して,それぞれの細胞ごとに,STR法による核DNA解析とミトコンドリア解析を行う。また,この解析結果と控訴人竹下本人の細胞についての核DNA及びミトコンドリア解析との比較を行う。

  ところが,鑑定結果は以下のとおりでありました。

  ・ まず,スライドAについては解析できるかどうかわかならいということでまったく解析の対象から外されました。
  ・ パラフィン包埋組織と口腔細胞について,STR法によって,6箇所について解析をし,その結果922万分の1の確率という結果を導きました。
  ・ しかし,他方,ミトコンドリアDNAにおける解析はできませんでした。

  もともと,スライドAとスライドBの同一性を前提とするという点を明確にするために,病理の判断をティーエスエルにお願いをしていました。しかし。鑑定実施前の進行協議の中では,ティーエスエルは,突然に,病理の診断はできないということになり,同一性についてはスライドBについての写真を残しておくということで対応することにしていました。
ところが,提出された鑑定書では,ティーエスエルは上記の経過に反し,しかも病理医でもない神山氏が,上記の同一性の判断を行ったのです。
  しかし,かかる同一性判断は極めて中途半端なものでありました。ここにはもっとも対照しやすい浸潤癌部分が掲げられず,一見して同一とは判断しがたい部位を対照しているに過ぎないのです。
  しかも,同一性の判断に対する問題点(10月19日付並木意見書,10月31日鑑定申請書・病理鑑定申立補充書を援用する)を控訴人竹下が指摘するや否や,被控訴人側は,中村雅登医師の意見書を提出してきました。ただ,中村医師は被控訴人病院の非常勤医師を務める医師であり,被控訴人の身内であり,その意見に信憑性をおくことはできません(このことも当事者照会によってはじめて明らかにされたことであります。甲120の1及び同120の2)。そして,この中村医師は東海大の助教授で,同じ医局の教授は長村義之氏であることに留意されるべきであります。長村医師による病理報告が本件の乙8号証という形で後出しの証拠として提出されていることは既に何度も指摘しているところであります(控訴人の控訴審準備書面(1)の23頁「長村教授による病理診断」の項を参照)。

(2) ティーエスエル鑑定内容批判
  もともと鑑定に求められていたものは,原審鑑定との比較対照でした。そして精度が高まったとされるSTR法によって,核DNAに関する比較対照ができればさらに明確になるものと考えて実施されたものであった。
  ところが,結果はSTR法による解析が一部なされたのみであって,期待した解析とは程遠いものであった。ミトコンドリアDNAについて解析ができなかった理由も了解ができるものではありません。
  ミトコンドリアDNAが解析できなかったことに対しては,既に永井教授の回答書(甲119)を引用して指摘した批判があります。STR法で核DNAについて一部とはいえ解析できたものを,ミトコンドリアDNAについて解析できなかったのは,やはり作為としか見ることができないのです。
  また,STR法による解析についても十分とはいえません。この点も上記回答書(甲119)に指摘されています。
  つまり,「同一試料において,STRのタイプが一致して,ミトコンドリアDNAのタイプが不一致ということは,特に,検出されたSTRのタイプが出現頻度の高いタイプである場合などでは十分に考えられる」ということです。
  この点で,本件の解析された部位は,出現頻度が高く,この解析では,まだ同一性の確定として十分ではないことを意味しています。
しかも,そもそも保土ヶ谷事件では,ティーエスエルは標本作成から7年足らずであったのにもかかわらず解析ができなかったのです。今回の鑑定試料は標本作成から13年以上も経過しているのに,それでも核DNAが解析されたというわけです。ほんとうに解析されたのか,それ自体にも作為が入っていないのかという疑念が生ずるのは当然です。
  

第2 控訴人竹下自身は乳癌ではなかったと証明するもの

 1 支倉・佐藤鑑定
 (1) 同鑑定の内容
  支倉・佐藤鑑定においては,核DNAの解析はできず,ミトコンドリアDNAの解析をHV1領域において行ない,以下のような報告がなされました。

  @ 鑑定では,HV1領域についてアンダーソンの基準配列16091の部位から270の塩基を調べている。
  A 控訴人竹下の血液のミトコンドリアDNAの塩基配列は,アンダーソンの基準配列と比べると,2箇所(16,129番=Aと16,223番=T)において塩基がモノプラスミーの状態で異なっている。
  B パラフィン切片の塩基配列は,アンダーソンの基準配列と同一である(アンダーソンでは16,129番=Gと16,223番=C)。ただし,155番の部位(16,245番)において,アンダーソンの基準配列では「C」であった塩基が,「T/C」とヘテロプラスミーになっている。

     *モノプラスミーとヘテロプラスミーに解説については控訴理由書〜DNA問題について〜の1頁から2頁をご覧ください。

 (2) 同鑑定に対する原審の評価
   原判決は,この支倉・佐藤鑑定について,「鑑定そのものは内容自体から信頼性があると考えられる」としながら,「今回の検査では,ABO遺伝子型ではBO型と一致したが,肯定確率84%で90%よりも低く,一方ミトコンドリアDNA型システムのみで型が適合しないという結果だったので,肯定,否定,いずれの結論も得られず,検査不十分だったということになる」(原判決19〜20頁)としています。
重要なのは,肯定も否定もできない状態という,科学者の科学的客観性を保とうとするがゆえの表現からは,上記のようなものとなることはありえても,裁判所が支倉・佐藤鑑定のもつ客観的な意義を把握せずに判断をすることは許されません。その鑑定結果が肯定或いは否定のいずれに対して問題を投げかけているのか判断が求められています。原判決は,支倉・佐藤鑑定の持つ科学的な価値には完全に目を閉ざして,科学性をも無視し,非論理的に判断を下したのです。
  
 (3) 支倉・佐藤鑑定の再評価

 @ 正常細胞とがん細胞の混合組織の解析がなされた場合の考え方
   再評価のきっかけとなるヒントは,今回のティーエスエル社による鑑定の方法にあります。
今回,ティーエスエル社による鑑定は,細胞を癌と正常とに分けて,それぞれを解析しようとしました。そして,癌による変異かどうかを見定めるためにその手法は有益だったはずです(但し,ミトコンドリアDNA解析ができませんでしたので,その有益性は今回の鑑定に生かされていません)。
   これに比べて,支倉・佐藤鑑定の時点では癌細胞と正常細胞を取り分けてそれぞれの解析をするというやり方ではありませんでした。スライドAやスライドBをみても,組織の分類から見て,正常細胞と癌細胞との比率は60:40あるいは50:50とみてもよいと思います。
   ここからが問題ですが,仮に癌細胞のミトコンドリアDNAが変異を起こしていたとしても,そのときの解析の対象となっているものには正常細胞のミトコンドリアDNAも含まれているということであります。

   解析の結果は次のようでした。

塩基番号 アンダーソンモデル 竹下さんの血液(@) 包埋ブロック(A)
16129 G A G
16223 C T C
16245 C C T/C

   ここでは16129番目の塩基のところを取り上げます。

   控訴人竹下の16129番目の塩基はAでした。これに対して,包埋ブロックから薄切した組織はGでした。癌による変異というこ    とでこれを理解しようとする場合でも,上述したように,解析の対象となっている組織は癌細胞と正常細胞とを分けておりませんので,そこにはAとGとが両方混在していることになります。その組織を解析すれば,16129番目にはAとGの両方が現れることになるのです。つまりその場合の解析の結果は「A/G」(このような状況をヘテロプラスミー)となるはずなのです。
   同様に16223では「T/C」という結果の出るのが,変異と考えた場合の帰結なのです。

   ところが,実際にはそうはなっていない。これはどう説明できるのでしょうか。

   これは,変異ではなかった ということです。

   もう一つの可能性,「汚染」(コンタミネーション)を考えてみても,上記の結果は汚染をも排除しているといえます。汚染によって入り込んだ組織があるとしても,包埋組織がなくなるものではありません。その場合でも,上記のように16129番目は「A/G」等,16223では「T/C」等の結果が現れるのが自然であって,「G」「C」という単体の塩基として解析されるというのは認識が不可能なことになります。

  A 佐藤慶太意見書(甲53)
  ア 甲53の内容と意義
   以上の主張は甲53においても明確にされています。
   佐藤慶太氏はこの意見書の中で次のように述べています。

 『一般に細胞における病的因子による突然変異を検索する場合は,対照組織内における病的部分(癌等)と正常細胞を特定単離し,両者から得たDNAを利用して塩基配列の比較検索を行います。つまり,正常組織部分から得た塩基配列情報を「モデル」とする必要があります。今回の検査方法の様に癌組織部分と正常部分を単離することなく,一塊の資料として用いた場合,得られた検査データは病的遺伝子部分と正常遺伝子部分(モデル)が混在しているものとなっている筈です』(意見書3頁)。

   つまり,正常細胞と変異癌細胞とが分けることなく検査を実行した場合には,塩基が混在しヘテロプラスミーとして現れることを述べているのであります。同じことは永井教授の回答書(甲119)にも同様に以下のように述べられています。

 「変異が生じている癌細胞と変異のない正常細胞とが混在することにより,互いに異なっている塩基の部分においてヘテロプラ スミー状態を呈すると考えられます」(質問1に対する回答)。

   そして,佐藤意見書の別のところでは,次のようにも述べられています。

   「ミトコンドリアDNA型で不一致を示した16129番目と16223番目の塩基は,癌化によって突然変異が生じたと仮定した場合,正常部分組織由来のDNAが混在しているにも関わらず,変異前(正常時)の塩基が検出されず,本データのみからでは同部位での突然変異事実の同定が困難となります」(意見書5頁)。
 
   つまり,支倉・佐藤鑑定において示された検査データは癌化による変異では説明ができないのだといっているのであります。

  イ 原判決による甲53批判とその検討
   以上の甲53の重要な内容を,原判決はまったく歪めてしまいました。
   原判決には次のような判示があります。

 「佐藤慶太医師は,その意見書の中で,上記2箇所(16129番目と16223番目)の明らかな相違の原因について考察し,汚染を原因と考える必要性は乏しいとし,突然変異の可能性については,本鑑定資料は限局した癌組織標本を対象としているため,ミトコンドリアDNAにおける突然変異等による塩基置換の可能性の存在を完全否定することは困難」(原判決21頁)。

   確かに,甲53の意見書には,判示のような記述もあります。しかし,意見書を仔細に読むならば,原判決の意見書の捉え方が一面的であり,全体としては意見書の核心を歪めていることも明白です。
   意見書は,今回の結果について,16245番目の塩基がヘテロプラスミーとして現れたことについて,この限りで突然変異の可能性が示唆されると言っているに過ぎないのです(意見書5頁第2段落)。そして,続いて,意見書は16129番目と16223番目のホモプラスミーとして塩基の違いが検出されたところについて検討を加えた上で,この二つについては変異による説明は困難であると述べているのです(意見書5頁最後の段落)。
 
   意見書(甲53)はそのまとめにおいて次のように述べています。

「パラフィン包埋組織由来のミトコンドリアDNAに癌による変異があるとすれば,現データ内で検索する限りでは,明らかな不一致を示した2塩基以外の部位である16245番目に変異があると考えた方が論理性が高く,その場合,2塩基の不一致は癌による突然変異ではなく,パラフィン包埋組織は原告に由来しないことを示す」(意見書6頁最後の文章,下線部は控訴人代理人)。

   この表現は科学者の科学性を保とうとするがゆえの分かりにくい部分もありますが,結論としては,ホモプラスミーに異なっていた2箇所については変異では説明ができず,他人の組織であると考えるしかないと断じているものであります。

   この内容をあえて無視し,しかも,以上のような見解を示す佐藤医師に対して,原判決は「根拠薄弱と思えるのに,あえて第3の可能性を示唆しているところに,裁判所が支倉教授に依頼した鑑定であったのに裁判所も知らない間に共同鑑定人になり,しかも,裁判所も被告側も知らない間に原告からの依頼で意見書を作成するという不透明な手続の危うさ」(原判決21頁)があると指摘しました。
   しかし,かかる批判は,見当違いも甚だしいものであります。共同鑑定人になったのは,支倉教授がDNAの分野でもっと知見もある若手で信頼のできる佐藤氏を選任したというのが真の経過と思われますが,いずれにしても,控訴人も鑑定が出てくるまで佐藤氏が鑑定を行っていたことを知る術はなかったのです。そこの点を不透明とされる理由がまったく理解できません。
   また,鑑定の結果が出た後で,鑑定人にその内容について問い合わせをすることに何の問題があるのでしょうか。そのこと自体が不透明であるということであれば,そのような原審裁判所の感覚こそ私どもには分かりません。
   もちろん,もっとも重要なことは,その内容であります。上記に論じたように,佐藤意見書の内容は,それ自体として客観的に論じられています。牽強付会さもなく,できる限り科学的な立場を維持しようとされていることも明白です。その佐藤意見を排斥するために,原審裁判所は「不透明な手続の危うさ」を持ち出さざるを得なかったとしか思えません。

  B 変異ということで説明することが不自然・不合理であること
   以上に加えて,癌による変異ということがありうるとしても,その変異部位は通常ランダムにおきるものであります。
   支倉・佐藤鑑定の結果を見ると,血液(これはもともとの竹下の正常組織)を分析したものが日本人に特有の塩基の配列を示しているのに対して,パラフィン切片はアンダーソンモデルに一致する塩基配列を示しているのです。日本人特有の塩基配列といわれる塩基の部分がアンダーソンモデルに変異したということを自然界の出来事として説明するのは,不自然であり非科学的であります。
   控訴人竹下の血液は,まさに控訴人が日本人であるがゆえに日本人に特有の,あるいは,多くの日本人に特徴的な塩基である16,129番=A,16,223番=Tを示したのであります。控訴人竹下の塩基配列が日本人に多く見られる型であることは,今回の永井回答書でも明示されています(甲119:第4問に対する回答)。
他方,パラフィン切片のほうは,まさに控訴人ではない人物のアンダーソンモデルの塩基配列を持つものの組織であったというに過ぎず,そのように考えるのがもっとも合理的であります。

   以上の結論から言えることは,支倉・佐藤鑑定における解析からは,永久標本の基礎であるパラフィン包埋組織は,控訴人のものとは異なる他人の組織であるということを示しているということです。
そして,この点を明確にするために,控訴審鑑定が行われたわけですが,やはりティーエスエル鑑定が信頼できないということは既に述べたとおりであり,以上の結論を覆すに足る合理的な論拠はどこにも示されていないということです。

  C  乙24及び25について
   乙24も同25について,原判決では,結果的に原判決の判断を支えるものとして羅列されているように見えます。明確には述べられておりませんが,結論部分において「前記のとおり多数の医師や鑑定人の診断,…などを総合すれば,原告が癌であったことは否定できないというべきである」とされているのです(原判決22頁)。
しかし,少なくとも,乙24も同25も結論としては「原告の血液とパラフィン包埋組織が同一人に由来しない事によるものなのかを区別することは困難である」(乙24,25も同旨)と述べているに過ぎず,本書面で指摘するような内容については答えているものではありません。被控訴人(芝準備書面)も癌による突然変異とは主張してはおりません。
   現時点において癌化による変異の有無は一般論で述べても何の意味もありません。

2 永久標本の病理結果の摩訶不思議
  永久標本の病理結果については1月7日になされているわけですが,当然このことから,なぜ,1月6日の小坂の説明の時点で癌であることの内容が含まれるのかという問題が生じます。
  この点の主張はもちろん喜納教授による病理診断の不存在を前提にしています。時間的な状況から見ても,被告小坂の浜松行きは極めて不自然であり,ありえないことです。12月27日の年の瀬になぜわざわざ浜松に行くのか,そして何よりも,被告小坂はアポなしで喜納教授の部屋を訪問したことになっています。12月27日が仕事納めの日であり,お忙しい病理医(甲90〜97)の部屋に勝手に入り込んで,そして何の正式な手続も経ずに(つまり記録に残すでもなく)病理診断をしてもらうということは,ありえないことであります。あまりに非常識であります。絶対にありえない。非常識な認定を原審がしていることは明らかです。 
  ですから,被告小坂にとって,本来の依拠すべき病理診断は1月7日の多田医師による永久病理診断しかないのです。この前提を崩すことはありえない虚構の世界に踏み入れることにほかなりません。
  多田医師の病理診断は1月7日でした。これに反する原審の事実認定がどうして可能でしょうか。

3 迅速診断の不存在
  永久標本診断以前に,迅速標本を作製して癌であると診断しているというのが被控訴人の主張であります。これも控訴人としては,本件裁判の提訴後に,答弁書ではじめて聞くことでした。また,この迅速診断の記録は,医療記録とは一緒に綴じられておりませんでした。

  かかる迅速診断の存在を認めることは,客観的ではありません。

  まず,迅速診断の記録は,カルテと一緒に存在していなかったということは,診療の経過とは異なる別の機会に作成された可能性を示しています。
  また,迅速診断も病理診断でありながら,病理診断書によっておりません当時の清水市立病院の病理の組織検査の用紙(乙1-28・同1-29等参照)には,4として「手術時組織検査(迅速+永久標本)とあるのにもかかわらず,この用紙が使われていないことも非常に不自然です。
  この迅速診断が癌であることの根拠にならないことは,上記2の永久標本に関する問題とあわせて考えたときには当然のこととして理解されるはずです。

4 手術の際の標本から癌が発見されていないこと
  これは間接的な証拠となりますが,結局控訴人を手術をしたその組織からは癌であるとの病理結果は出ていません。
  これに対する,長村報告書(乙8)がありますが。これが信用のできない,客観性のない後出しの証拠であることは繰り返し述べているとおりです。依頼書も提出されず,長村報告書には病理の報告書としては病理結果を撮影した写真も一切添付されておらず(乙8の2に至っては,それまでの医療記録=乙1-29の病理検査結果と違うことを述べるのですから,より高い客観性を求められると考えるのが当然であり,長村氏がそのことを理解されていないはずがありません),その客観性に疑いがあるのは明らかです。

  提訴後,病理診断が問題となってから出された長村報告書を前提とした事実認定は許されません。
 
5 喜納病理判断の不存在
  永久標本診断(1月7日)に先立って1月6日に癌であることの説明をしたという小坂の主張を支えているのは,迅速診断と喜納診断です。
  しかし,喜納教授の話もまったく客観性のない話であり,後出しの主張であります。どうして裁判所が,後出しのかかる主張を採用されて,小坂の言いなりになっているのか不思議でなりません。
  この点は既に別項で論じていますので,内容はさておき,喜納病理診断が存在しないことが,原告が癌ではなかったことの大きな証拠ともいえます。
  つまり。癌でもない人間を癌であるとするためには何らかの証拠作りが欠かせません。そのために被控訴人小坂は控訴人竹下のものではない他人の癌組織を用意し,原審に永久標本組織として提出したのです。
  これがもっとも合理的な判断でありますし,控訴人にはこの判断に異なる証拠を見出すことができません。

6 甲41号証など
  控訴人が主張している内容が突拍子もないようなものではないことは,具体的な症例(甲41)が存在していることにも見られるとおりです。
この甲41号証の存在に対して,原判決は一切無視を通しました。これをとりあげることは本件の核心部分を白日の下に晒すことになるからです。
  この甲41の内容とその意義については控訴理由書(1)で述べたとおりであり,そこでの主張を援用します。
いずれにせよ,被控訴人小坂は乳がんであることが病理で確定していない案件でも手術をしていたという事実が存在するということが本件を判断する上でも極めて重要だということです。
  つまり,被控訴人小坂にとっては迅速診断も必要なければ,幻の喜納診断も本当は要らないのであります。目の前にいる患者が女性でありさえすれば,そこには乳がんの不安を抱える者がおり,そして,医師の「乳癌です」の一言で,命を脅かされる恐怖心から医師を信頼し,すぐに手術に応じていく人間がいる,このことだけが被控訴人小坂にとって必要なことだったのです。
  当時の清水市立病院での手術の実績から,清水では乳がんが風土病とまで言われる事態となっていました。そして,小坂が清水から離れてその風土病はなくなったのです。これに関連することが市議会でも取り上げられていたこと,西ケ谷議員のところには,小坂から癌だと言われた人がよそでは癌ではないといわれたという案件が3件もあったことが指摘されています(甲46)。
  本当に恐るべきことが事実として存在していたのです。

7 原審の判断の非論理性について
  以上論じてきたことは,すべて原判決に対する批判でもありますが,以下では特に判示の内容について若干補足的に批判を加えておきます。

(1) 12月27日の組織についての判断
  以上論じてきた点についての原審の判断は「これらの事情を総合すれば,12月27日に作製された組織標本は原告由来のものと考えられ,これが原告由来のものでないということは到底できない」というものでした。
  「これらの事情」とは何を指すのかと原判決の内容を検討すると,@支倉・佐藤鑑定,A福井意見書(乙24),B村井意見書(乙25),C佐藤意見書(甲53),D永井解説(甲51)が検討対象とされています。
  しかし,その内容を改めて読み直してみると,

  @ 支倉・佐藤鑑定については「肯定,否定のいずれの結論も得られず」,
  A 福井意見書「支倉鑑定における塩基配列の違いは,それが癌で生じた突然変異に基づくものなのか,あるいは原告の血液とパラフィン包埋組織が同一人に由来しないことによるものなのか区別することは困難である」
  B 村井意見書「同一人に由来するものか否かを判定することは困難と評価される」
  C 佐藤意見書「(同一性)由来性は断定できない」
  ➄ 永井解説「癌細胞組織では,核DNAには変化が生じうることは報告があるが,ミトコンドリアDNAについては,不明である」

  と,以上のようなものであります。
  以上の検討を踏まえて,原審は「原告由来のものでないということは到底できない」と結論づけています。すべての証拠が確定的に述べることはできない旨を明示しているのに,その集積によってどうして結論が変わってしまうのでしょうか。ここの論理を埋めるものは何もありません。原判決の非論理性は明白です。このままの結論が維持されるはずはないと控訴人は確信しておりますし,控訴審のこれまでの審理によっても,その判断に変わりはありません。

(2) 腫瘍マーカーの数値について
  原告が癌だったとする原審の認定には「原告自身の腫瘍マーカーの数値などを総合すれば」(原判決22頁)となっており,あたかも腫瘍マーカーに関する証拠が根拠となっているようにみえます。
  しかし,癌である根拠の腫瘍マーカーの評価について,原判決は10頁において,甲38から40を検討して,「IAPの値は,・・・乳癌の臓器特異性はないといわれ,乳癌の腫瘍マーカーとして比較的多く使われるものには該当しない」としているのであります。
  ここでも,証拠の評価と結論部分とに齟齬があることは明白です。

まとめ

 ここで改めて,いちから話を始めたいと思います。
 控訴人においては,初診の所見に癌と判断される要素はありませんでした。
 その後も病院に入院中も通院中も病理に関する報告を受けたことはなかったのです。
 だからこそ,控訴人竹下は癌ではなかったのではないかという思いもあって,提訴したのです。
 提訴後,病理について釈明(求釈明1996年9月6日付)と標本提出を求め(準備書面1996年9月12日付)たところ,1996年11月7日に,被控訴人から永久標本,再薄標本とともに乙4〜12が揃って提出され,新しい事実(喜納診断)をも主張してきまのです。
 標本との関係でみれば,検討すべき対象は,迅速診断と永久標本診断です。ところが,迅速診断はぺらぺらな紙に手書きで書かれており,定型用紙も使われていない。また永久標本診断は明らかに癌であることの説明の後になされていました。これらの事情から,各々の診断が控訴人を癌であるとする根拠にならないと考えるのは当然です。

 初診の所見(触診,画像診断)と病理診断(癌の標本)が一致していないということは明白です。
 だからこそ,癌と診断された標本が竹下のものかに疑いがもたれて裁判所はDNA鑑定を認めたのです。その結果,竹下のミトコンドリアDNAの塩基配列と一致しなかった。そして,この不一致を変異によって説明できると述べている書面は現在に至るまで被控訴人側からも提出されていないのです。
 そして,ティーエスエル鑑定は,以上の判断に変更を与えるものではありませんでした。
 現時点で,控訴人が癌であったことを証明するものは存在せず,逆に癌ではなかったと考える合理的な証拠が存在しているということになります。
 被控訴人病院での病理診断の対象とされている組織が控訴人のものかどうかについて科学的に説明がついていない状況であり,この根拠となっている支倉・佐藤鑑定の結果を覆す証拠もないとみるのが真に科学的な姿勢というべきであります。
 そして,様々な事実関係にみるとき,控訴人は乳癌ではなく,被控訴人小坂によって「乳癌」であるとして手術を受けたということになります。
 このことを明確にするために,控訴人は控訴審において鑑定を求めたものでありますが,その鑑定は中立性・客観性・科学性のすべてにおいて欠落しているものだったのですから,再度の鑑定は絶対に必要です。
 控訴人竹下は乳癌ではなかったし,被控訴人小坂はそのことを認識して手術を行ったのです。
 控訴人の故意による不法行為に基づく損害賠償の請求は認容されるべきであります。

以上

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