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竹下裁判

保土ヶ谷事件原告側最終準備書面(甲118号証)

第5章 被告伊藤の責任(第1)DNA鑑定の結果 
被告伊藤が,真実は久保幹郎の遺体の解剖をしていないにもかかわらず,被告齋藤と共謀の上,「解剖・有,死因・心筋梗塞,死亡の種類・病死」と記載した旨の虚偽の死体検案書を発行した事実は,以下の証拠から明らかである。 

第1 DNA鑑定(押田鑑定・仏田(仮称)鑑定)の結果 
  被告伊藤が「久保幹郎のものである」と再三にわたって明言した上で提出した臓器につき行われた2つのDNA鑑定によって,同伊藤が提供した心臓等の臓器は,久保幹郎に由来するものでないことが明らかとなった。 
  これは,被告伊藤が解剖を実施していないことを何より明確に示す客観的証拠である。 

1 DNA鑑定とは 
  まずDNA鑑定の基本原理を,簡潔にまとめる。 

  (1) DNA鑑定と個人識別 
    DNAは二重らせん状の2本鎖であり,それぞれA(アデニン),T(チミン),G(グアニン),C(シトシン)の4つの塩基の配列からなる。ひとのDNAでは,一本の鎖にこうした塩基が約30億ならんでいる。この4つの文字の組み合わせにより,暗号のようなかたちで遺伝情報が書き込まれている(3文字の組み合わせで,ひとつのアミノ酸と対応するようになっており,アミノ酸の配列により合成されるたんぱく質の種類が違ってくる。)。 
    2本鎖は,A(アデニン)とT(チミン)が,そしてG(グアニン)とC(シトシン)が必ず対応している。したがって例えば1本鎖のある部分の配列が左からATGCだと,それに対応するもう1本の鎖の配列は左からTACGとなる。このようにDNAは2本の鎖が完全に相補的となっている。通常の細胞分裂のときは,2本の鎖がほどけ,それぞれの鎖が鋳型となり,相補的な塩基をつぎつぎと結びつけてゆくことにより,結局,相補的な鎖が新たにつくられたこととなる。こうしてDNAの完全な複製ができて,二重らせんは2本となる。こうして1つの細胞は2つに分裂する。 
    ひとのDNAの塩基配列は,ほとんど共通である。しかし,僅かながら個体によって配列が違っている(おおよそ1000個に1個ぐらい)。他方,ある個体がもつすべての細胞は,もともとひとつの細胞が細胞分裂したものであるから,ある個体ではすべての細胞のDNAの塩基配列は,複製にあやまりがないかぎり完全に同一である。 
    ひとのDNAの塩基配列は,同じ染色体の同じ座位で,いくつかのタイプに分かれることがある。その座位の塩基配列をしらべると,ある個体がどのタイプかが分かる。その出現頻度は,サンプル集団での出現頻度により統計学的に何%か分かる。いろいろな座位で多型があり,それぞれの座位でその個体がどのタイプか判別でき,それぞれの出現頻度が分かる。それぞれの出現頻度は独立なものだから,すべてを積算することにより,同一性が否定される確率などが計算できる。その結果,同一性が否定される確率が1を天文学的な数で割ったほどになることがありうる。こうして個体識別が可能となる。 
    なお,DNAには遺伝情報を担っている部分(「エキソン」と呼ばれ,全体の約5%)と遺伝情報を全く担っていない部分(「イントロン」と呼ばれ,全体の約95%)とがある。DNA鑑定のほとんどは,遺伝情報とは関係がないイントロンの部分で行われる。 

  (2) メンデルの法則と親子鑑定 
    精子,卵子がつくられるときは,通常の細胞分裂とは違って,ひとつの細胞の染色体が結局は半数ずつの染色体に分かれ,染色体数が半分となる。つまり,46本が23本となる(22本の常染色体と1本の性染色体)。ひとの胚は,それぞれ23本ずつに減数分裂した卵子と精子が結合することにより,2セットの合計46本の染色体をもつ。もともと親には染色体が2セットあることから,親は常に2つの「対立遺伝子」をもっている。減数分裂でそのうちの1つの因子のみが1つの精子または卵子に入り,子は「遺伝子」を,父と母からそれぞれ1つずつ受け取る。こうして子も常に2つの「対立遺伝子」をもつ。「対立遺伝子」のうち,どちらの遺伝形質が個体にあらわれるかにより,優性遺伝,劣性遺伝といわれる(二重まぶたと一重まぶたでは二重が優性で表現型となるなど。)。 
    いま,ある生物の遺伝子にA,a,の2つの因子があり,このうち大文字が優性,小文字が劣性だとする。例えば,エンドウマメにはしわがないタイプとしわがあるタイプがある。このうち,しわがない皮をつくる遺伝子が優性である。純系はAA型,aa型である。いま,純系どうしを掛け合わせると,雑種第1世代は,しわがないものだけが出現する。それはすべてAa型となるからである。雑種第2世代では,AA型が1/4,Aa型が2/4,aa型が1/4となるため,しわがないものとしわがあるものとの比率は3対1となる。これはすべての遺伝形質について独立におこる。メンデルの法則を応用することによって,親子鑑定が可能となる。つまり,父の遺伝型と母の遺伝型がわかっている場合,その子の遺伝型がどうなるかは確率計算できるが,逆に,母と子がいてその遺伝子型がわかっている場合,その父のもつべき因子が推定される。 
    ABO式血液型では,A因子,B因子,O因子がある。AA型の父とBO型の母から生まれた子は,1/2ずつの確率でAB型,AO型となる。そうすると逆に,例えば,母がBO型であり,子がAB型だとすると,推定される父は,A因子(アリール)を持っていなければならない。たとえばBB型の男性との生物学的な親子関係は否定される。ABO型だけでなく,MN型やRh型など多数の検査項目で,おなじような検査を行い,いずれも親子関係が否定されなければ,父子関係の推定が確率計算できる。 

  (3) DNA鑑定と親子鑑定 
    「遺伝子」が異なるのは,その遺伝情報が書き込まれている文字配列が異なるためである。つまりエキソン部分の塩基配列が異なっているためである。DNA鑑定で調べる座位(ローカス)は,ほとんどが遺伝情報を担っていないから遺伝形質とは関係がない。しかし同じローカスの塩基配列に,ひとによって違いがあり,いくつかのタイプに分かれる。このようなタイプの違いは突然変異による。すなわちDNAが生殖細胞のためにあらたな複製をつくるときに,ある塩基を欠損してしまったり,同じパターンの配列をつくりすぎてしまったりすることにより,その変異が世代から世代へとひきつがれたのである(ある世代でコピーエラーが生じ,それが次世代以降コピーされつづけたということである。)。突然変異は,遺伝情報にかかわる部分にも,かかわらない部分にも偶然の確率で起こる。遺伝情報にかかわる部分の突然変異は,その結果として大切なたんぱく質をつくれず遺伝病となるなどのおそれがあり,その突然変異型は自然淘汰されて子孫に伝わらないことが多い(突然変異は生存にとってマイナスのことの方が多く,生存適応能力を高める突然変異はむしろまれである。)。しかしイントロン部分は遺伝情報に関わりがないことから突然変異が起こっても生存適応能力に変わりがない。したがって自然淘汰がなされず,遺伝的多型が残されやすい。 
    DNA鑑定でしらべる染色体の座位(ローカス)には,同じパターンの基本配列(例えば"AATTGGCC"など)が何回か繰り返しあらわれ,そのくり返し回数が人によって多型を示すものがある。そのパターンのくり返し回数が何回かをしらべ,ひとをタイプ別にすることができる。たとえば科学警察研究所の鑑定でかつてよく用いられた"MCТ118型"(しらべるローカスにより,名前がつけられている)では,[16/24型],[31/32型]などとあらわされる(数字はくり返し回数をあらわす)。 
    また,繰り返し回数ではなく,直接,塩基配列の違いそのものを読み取るタイプの鑑定もある。例えばPM検査の"GC"ローカスでは,A,B,Cの3種類の因子があり,DNA型は,A/A型,A/B型,A/C型などとなる。 
    DNA鑑定によっても,血液型鑑定と同じ原理でメンデルの法則を応用して親子鑑定が可能となる。例えば,前述の"GC"ローカスで,母親がA/A型,長男がA/C型,次男がA/B型であれば,その父親は,B,C,の2つの因子(アリール)を持っている。つまり父親はB/C型と推定される。従ってA/C型の男性がいたとしても,父子関係は否定される。 

  (4) DNA鑑定の各段階 
    大まかに分けると,つぎの各段階に分かれる。 

    @DNAの抽出 
     細胞核からDNAだけを抽出する。フェノールにより細胞核からたんぱく質を取り去ってDNAをむきだしにし,クロロフォルムでフェノールを除去するフェノール・クロロフォルム法が,ふるい資料ではよくもちいられる。 

    APCR増幅 
     抽出されたDNAから,特定の断片だけを切り取る。ある染色体のある座位(ローカス)だけを切り出すように工夫がされている。そしてその切り取った断片を増幅させ,その数を人工的にふやす(PCR法)。 
     ごくおおざっぱにいうと,90℃くらいの高温になるとDNAの2本鎖の結合はほどける。そして70℃ぐらい低温になると結合する。この性質を利用して,塩基を入れた溶液で温度を上げたり下げたりすると,断片をそのたびに"倍々ゲーム"のようにふやすことができ,数十回操作をくり返すことにより何千万倍にもなりうる。 

    BDNA型判定 
     増幅したDNA断片を,寒天状のゲルのなかで電気で泳がせる。短い断片は速く,長い断片は遅く移動する。たとえば障害物競走では,小さいひとはハシゴを素早くくぐり抜けられるが大きいひとは手間取るが,それに似ている。長い断片は網状のゲルのなかをうまく泳げないのである。だから同じ時間では移動距離のちがいとなる。その位置を知ることにより,DNA断片の長さのちがいが識別できる(電気泳動法)。 
     または,予め特定の塩基配列とだけ反応する試薬(つまり相補的な塩基配列)を試験紙に塗っておき,どの試薬が蛍光するかによって,どのタイプかを見分ける(ドットブロット・ハイブリダイゼーション法)。 

  (5)古い資料からのDNA鑑定 
   たとえば民事事件の親子鑑定などでは,採血や口腔粘膜の採取などにより,新鮮な資料を大量に入手できるのでDNA鑑定の難易度は高くなく,民間企業でも行っている。しかし刑事事件で現場にわずかな古い血痕が残されているなどの場合は,困難が伴う。DNAが微量であったり,古くて保存状態がわるいとDNAが破壊され(鎖がばらばらに切れて),ちょうどしらべたいところが途中で切れて,しらべられなくなっていることがありうる。こわれる原因はバクテリアの酵素により切断されたりするためである。ホルマリン溶液には蟻酸が含まれるので,ホルマリン固定されると酸に弱いDNAは破壊されやすい。いずれにせよ長い塩基配列(高分子)であるほど,破壊される確率が高い。短い塩基配列(低分子)の方が,破壊を免れている確率が高い。 
   PCR法による増幅は,資料が微量のため,しらべたい断片部分がわずかしか残されていなくても,それを人工的にふやすことにより検査を可能にする方法である。またDNA鑑定の初期においては,数千〜数万bp(base pairの略で,塩基対のこと)というかなり長い断片をしらべなければならなかった。しかし現在では,数十から数百bpというかなり短い断片でも鑑定ができるように,方法が確立されている。(以上については,『DNAがわかる本』【甲56】,『DNA鑑定と刑事弁護』【甲37】,『DNA鑑定』【甲57】) 

2 押田鑑定について 

  (1)押田鑑定のDNA鑑定の方法について 

    @押田鑑定の方法の背景 
     押田鑑定は,HLADQA1検査(HLADQα検査とも呼ばれる)とPM検査とを行っている(SТR検査は未検出)。 
     これらはいずれも,警察庁が「指針」を制定して導入し,科学警察研究所が全国の科学捜査研究所を指導して実施されている方法である。 
     すなわち警察庁は1992年4月17日付で「DNA型鑑定の運用に関する指針」を制定し,「府県科捜研が行うDNA鑑定は,MCТ118部位,HLADQα部位について」行うとした(『警察学論集』第45巻7号「DNA型鑑定の運用に関する指針について」【甲59】)。その後警察庁は1996年12月1日に同指針の一部改正を行い,「府県科捜研が行うDNA鑑定は,MCТ118部位,HLADQα部位,ТH01部位及びPM検査対象部位(LDLR部位,GYPA部位,HBGG部位,D7S8部位及びGC部位の5部位をいう。)について行い,その手順は,鑑定資料からのDNA精製,PCR増幅,ゲル電気泳動(MCТ118型,TH01型),又はドットハイブリダイゼーション(HLADQα型,PM検査),写真撮影及び型判定,記録等の順で行う。」とした(同第49巻12号「DNA型鑑定の運用に関する指針の一部改正について」【甲60】)。 
     さらに2002年にHLADQα型検査及びPM検査の検査試薬が製造中止となったことから,指針を一部改正し,同年8月からSТR検査を全国の府県科捜研に導入している(同第56巻9号「DNA型鑑定の運用に関する指針の改正について」【甲61】)。 
     以下,これらの方法について簡単に説明をする。 

    AHLADQA1型検査 
     1985年にPCR法を開発したのはシータス社の技術者であったが(技術者のマリスは1993年にノーベル化学賞を受賞),その後シータス社はHLADQA1キットを法医学検査用に市販した。これは白血球の血液型であるHLA型のうちのHLADQA1型を判定するものである。240塩基程度のDNA断片をPCRで増幅し,その塩基配列の違いを読みとる。その方法は,目的とする塩基配列と相補的に結合して蛍光発色する標識試薬(プローブ)をあらかじめ試験紙に塗っておき,試験紙のどこが発色するかで見分けるものである(ドットブロット・ハイブリダイゼーション法)。6種類の対立遺伝子がある。いま,n個の対立遺伝子があるときに,遺伝子型の組み合わせの数は"2項定理"によりn(n+1)/2となるので,この検査では合計で21の遺伝子の型に分類される(以上につき『DNA鑑定』【甲57】14,17頁,『証拠物件のDNA鑑定にみる科学的背景』(上)【甲61−1】21頁,『同』(中)【甲61−2】147頁以下を参照)。 

    BPM検査 
     PM検査も同じくシータス社が開発し,PM検査キットを市販しているものである。PMはPoly Markerの略であり,5つのDNA型を同時に判定できる。これらはいずれも塩基の一部が置換して2ないし3種類の異なるアリールに分かれるローカスである。 

座位 染色体 増幅範囲
(塩基対の数)
型分類数
(対立遺伝子の数)
人の分類
(通り)
HLADQA1 239/242 21
LDLR 19 214 2(A,B)
GYPA 190 2(A,B)
HBGG 11 172 3(A,B,C)
D7S8 151 2(A,B)
GC 138 3(A,B,C)

『証拠物件のDNA鑑定にみる科学的背景(下)』【甲61−3】169頁参照

     遺伝子型の読み取り方は,同じく試験紙の呈色反応の状況をみることによりしらべる。このキットでSドットとして添付されているHLADQA1は,HLADQA1キットのコントロール(C)ドットに相当している。 
     PM検査におけるHLADQA1の意義は,他の5つの検査項目に対する標準ドットを示すことにある。すなわち,この標準ドットの反応が陽性である場合に他の項目の反応を読み取りなさいということである。 
     なお,科学警察研究所の元所長の瀬田季茂氏はつぎのように述べる。「PM検査ではSドットに結合するHLADQα座位の増幅産物は前にも述べたように,他のものにくらべて最も大きい塩基対を持つ。したがって,日時の経過した資料,分解を受けたかもしれない資料を検査する場合,Sドットが呈色しないでこれよりも増幅産物が小さい他のドットが呈色するようなことにしばしば遭遇する。このような場合のPMの各型の判定を積極的に行うための方策も確立されている。すなわち,Sドット以外の判定の基準たるコントロールシステムを開発することにより,PMの各型を正確に判定しうることになる。」(『証拠物件のDNA鑑定にみる科学的背景(下)』【甲61−3】173頁) 

    C米国での「フライ基準」を十分に満たしている。 
     科学的な新しい方法を法的な判断に利用する考え方については米国の「フライ基準」が有名である。1922年にフライという被告人の刑事事件において当時の新しい手法であるポリグラフを証拠として採用するかどうかが争われた際に示された基準である。フライ基準は,新しい方法が裁判で証拠能力をもつには,単に専門家が行ったというだけでは不十分であり,関係する学会でその新しい手法が認められており,さらに検査する人も学会で評価されていることが求められるというものである。
     押田鑑定のDNA鑑定の手法は,法医学会,DNA多型学会で認められていることはむろん,警察庁が「指針」で採用を決定し全国の科学捜査研究所で採用されている手法である。さらに押田教授は法医学会,DNA多型学会で著名なばかりでなく,第一人者のひとりと目されており,「フライ基準」をみたすのは当然である。 
     なお,最決平12年7月17日(刑集54.6.550)は,MCT118型のDNA鑑定について,「本件で証拠の一つとして採用されたいわゆるMCT118DNA型鑑定は,その科学的原理が理論的正確性を有し,具体的な実施の方法も,その技術を習得した者により,科学的に信頼される方法で行われたと認められる。したがって,右鑑定の証拠価値については,その後の科学技術の発展により新たに解明された事項も加味して慎重に検討されるべきであるが,なお,これを証拠として用いることが許されるとした原判断は相当である。」としてMCТ118型の証拠能力を認めた 
(※なお,MCТ118型は16の塩基配列パターンのくり返し回数の違いを判定するものである。この事例当時は,鑑定資料の長さを測る物差しとして"123ベースラダー"が用いられていた。この物差しはMCТ118とは塩基配列が全く別であった。DNAの二重鎖の長さは,塩基の種類によって微妙に違ってくる。違う塩基配列をもつDNA断片では同じ塩基数でも長さが違ってくる。そのため電気泳動上のみかけのDNA断片の長さは同じであっても,MCТ118に含まれる塩基数が,標準DNAに含まれる塩基数と同じとは限らないことになる。したがって"123べースラダー"の塩基数にもとづき計算したくり返し回数(つまりアリール)は不正確なことになる。その後,MCТ118の各アリールを標準DNAとする"アレリックラダー"が市販され用いられるようになった【甲57の124頁】。最高裁決定が証拠価値云々と述べているのは以上の事情を指している。) 

  (2) 押田鑑定の結論 
押田鑑定の結論は,鑑定書の「表2」にまとめられている。すなわち, 

    @ 
    PMのLDLR型については,父として持つべきアリールは,A因子を持つべきなのに,ブロック,臓器ともB/B型であり,A因子を持っていない。 

    
    PMのGC型については,父として持つべきアリールは,B因子とC因子の両方であるのに,ブロック,臓器ともA/C型であり,B因子がない。 

    
    HLADQA1型検査については,父として持つべきアリールは,4 .1因子であるが,ブロック,臓器とも2/2型であり,4.1因子がない。 
押田鑑定では,6つの検査項目において型判定が可能であったが,そのうち3つの検査項目において父子関係が否定されている。したがって,ブロックおよび臓器との父子関係は完全に否定された。 


  (3) 押田鑑定の信用性 
    鑑定に用いられている理論が科学界において一般的に承認されており,その技術が科学界において一般に承認されており,かつ,鑑定人が学会で評価されているばかりではない。DNAの抽出,PCR増幅,型判定とも適切に行われており,押田鑑定の信用性はきわめて高い。 
    本件では,3つの検査項目で否定されていることに注目すべきである。父子関係を肯定するためには確率計算が必要である。しかし否定するためには,ひとつの検査項目でも一致しなければ,原理的には父子関係は否定される。 
    ただし,突然変異ということもまれにある。したがって親子鑑定において,20〜30の検査項目は一致するもののの,ひとつだけの検査項目だけが一致しない事例は,孤立否定と呼ばれ,慎重な対応が求められる。したがって複数の検査項目で否定される場合,父子関係は完全に否定される(『DNA鑑定』【甲57】202頁)。 

  (4) 押田鑑定に対する被告神奈川県の批判はいずれも理由がない。 
    被告神奈川県は,平成15年6月2日付「意見書」で押田鑑定に対して批判するが,いずれも理由がない。 

    @ 「PM検査のSマーク,HLADQA1検査のCマークの発色がない」とする点について 
     被告神奈川県は,おもに,PM検査で標準となるSマークおよびHLADQA1検査で標準となるCマークの発色が,鑑定書添付の写真上は見えづらいことから,「発色がない」と決めつけている。 
     しかし,発色の有無は肉眼検査である。鑑定書の写真は,全体の発色状況がわかりやすいように現像されたものを添付したものである。押田鑑定人が,後に同じネガフィルムを濃く焼き付けたことにより,PM検査のSマークおよびHLADQA1検査のCマークの発色は写真上明らかとなった(同鑑定人提出の「鑑定書(平成15年3月31日付)写真」と「印画条件変更写真」)。そもそも試験紙に発色がなければ,いくら写真ネガを濃く焼き付けても,写真上青い発色はみえるはずはない。「印画条件変更写真」では,写真14のPM型のSマーク,写真16のHLADQA1型のCマーク,写真17のPM型のSマークは,いずれも青く発色していることがみてとれる。しかし例えば「印画条件変更写真」を鑑定書に添付するとなると,全体がやや濃すぎるために鑑定書添付の写真となっているのである。 
     試薬販売会社のプロトコールによれば,「The"S"dot is designed to be the lightest typing dot on the PM DNA probe strip」(乙A第10号証の1)と記載されており,直訳すれば「Sドットは,ポリマーカーDNA試験紙片のなかで,もっとも薄い型のドットとしてつくられている。」ということである。 
     本件のようなホルマリン固定された古い資料においては,Sマークの発色が薄くなるのは致し方ない。押田鑑定のPM検査においては,S発色はあり,押田鑑定は完全にプロトコールに従ったものである。 
     なお,科学警察研究所の研究員らが書いた,「証拠資料のDNA型検査においてAmplitype PM検出キットの有効性評価」という論文(『DNA多型vol.3』【甲39】)ではつぎのような事例が報告され,所見が述べられている。 
     ある陳旧資料(17年前の血痕)をPM検査したところ,Sの発色は認められなかった(すなわち,HLADQα型のPCR増幅が認められなかった)。この資料では500bp以下のDNAしか確認できなかった。HLADQα型の検出のためには500bp〜2000bpのDNAが必要と考えられており,Sの発色が認められなかったのはDNAの分解が進みすぎたからであった。他方,HBGG,D7S8,GCについては強い発色が認められ,これらの座位については十分にPCR増幅がなされていると考えられた。これらの型についてはアガロースゲル電気泳動させた結果,明瞭なバンドが認められた。このような場合の考え方として,「実際の鑑定資料においては,HLADQα型が検出されないことがあり,PMのSの発色が認められない場合一切型判定を行わないという考え方であれば,このような資料からの型判定は実施しえないことになる。一方,アガロースゲル電気泳動で増幅産物が明瞭に確認できた座位については,型判定可能であるという考え方をとれば,従前MCТ118型及びHLADQα型の両者の検出が不可能であった資料からもPMの型検出が可能となり,資料間の異動識別が実施し得るところとなる。」【甲第39号証319頁】とされている。 
     むろん,押田鑑定はこのうちの後者の考え方によったものではない。前者の考え方によりプロトコールどおり,Sの発色が認められない場合は判定を行わないという考え方にしたがっている。なお科学警察研究所の元所長が,S発色がない場合の型判定について積極的な発言をしていることは,前述のとおりである【甲61−3の173頁】。 

    A 「すべての臓器片についてDNA型判定をしていない」との点について 
     押田鑑定は,ブロック(bQ,4,5,6,8),臓器(bQ,4,5,6,18)で型判定を行っている。押田鑑定は,DNA型が出やすい心臓,肝臓のブロック標本や臓器片を優先的に鑑定をした。3つの因子で矛盾があることから,鑑定書の結論を出したものである。わざわざDNA型が出にくいところから先にやる必要はなく,かつ,すでに鑑定書の結論を出すのに十分な検査が行われた以上,それ以上お金や時間を使う必要はない。被告神奈川県の主張は全く理由がない。 
     同一人に由来する臓器であることが形態学的にも確認されているにもかかわらず,あえてすべての切断部分から型判定を行う必要は全くない。例えば電車により轢断された遺体の身元を確認するためには,すべての轢断部分からDNA型判定をしなければならないわけではあるまい。被告神奈川県の主張は,勝手きわまりない物差しで押田鑑定を論難するものにすぎない。なお,被告神奈川県は「全ての対象資料に対し,同一の環境,条件のもとで型判定の作業を行うことが信頼性を確保するうえでも好ましい」との東京高判平成8年5月9日を,すべてのブロック,臓器片からDNA型判定をしなければならないという独自の見解の論拠としている。しかしこの判決は対照資料がことなるときは同一の環境,条件で作業をするのがのぞましいことを述べるだけであり,被告県が主張するように,ひとつの臓器をいくつかに切断したもののうち,すべての切断部分から型判定をせよ,ということを意味するものでは全くない。 

    B その他の点について 
     「鑑定書の『写真15』の久保幹彦,久保幹也氏のGCローカスのBドットにきわめて薄い発色があることから,2種類のDNAの混在が疑われる」とする点について 
     PM検査のプロトコールは,「Sの発色よりも濃いものを陽性と判断する」というものであり,Sの発色よりもはるかに薄いB発色は陰性と判断される。これをあえて問題とするのは,プロトコールをきちんと理解していないというほかない。 

     「遺族のPM検査につき中間報告書の写真13と鑑定書の写真15と呈色の強さがちがう」との点について 
 遺族のDNA型判定についての試験紙がひとつとは限らないし,同じ試験紙でも写真撮影や現像の仕方により呈色が違って見えることがありうる。難癖に過ぎない。 

     「写真観察によれば,中間報告書のブロックaと鑑定書のブロックbQは同じであり,中間報告書のブロックbと鑑定書のブロックbQは同じであり,したがって中間報告書のブロックaはブロックbと同じとなる」との点について 
     これは「中間報告書」に対する難癖である。ブロックa,bは同じブロックbQにつき,違う機会,違う時期に行った実験であるから1回1回全部データを記録していくわけなので,違う表記をしただけのことである【第25回押田鑑定人尋問調書10〜11頁】。 

     「PM検査のSドットはHLADQA1検査のCドットに相当する。写真17の肝臓(bP8)のSドットはきわめて薄く発色しておりPM型の判定が行われているが,HLADQA1検査において,心臓,肝臓ともに型判定できなかったとなっているのは理論的に矛盾する。」との点について 
     たしかに,PM検査のSドットがHLADQA1検査のCドットに相当する。しかしながら,Sドットが発色すればCドットも発色しなければならないというは理屈であり,実験ではさまざまな条件に左右されるから理屈どおりには行かない。押田鑑定が臓器のHLADQA1検査につき型判定していないのは,同鑑定の慎重な姿勢をしめすものである。 

    C 結語 
     以上のとおり,被告神奈川県の主張にはいずれも理由がなく,押田鑑定の結論をいささかでもゆるがせるものではない。 

3 仏田鑑定について 

  (1) その科学的背景 

    @SТR検査 
     仏田鑑定のうち,親子鑑定の部分は常染色体のSТR検査を行っている。"SТR"は,"Short Tandem Repeat"の略であり,直訳すれば「短い配列の繰り返し」である。つまり,2塩基から5塩基の短い配列が繰り返しあらわれ,その繰り返し回数に遺伝的多型が認められる座位について検査するものである。人のDNAには,きわめて多くのローカスで短い配列の繰り返しがある。従来の"ミニサテライト"は10〜数十bpの配列の繰り返しをしらべるものであり,全体として数百から数千もの塩基配列数となる。全国の科捜研が行って来たMCТ118型は16塩基の配列のくり返しで,全体として数千bpである。そのことからより低分子で破壊されたDNAからも増幅されやすい検査として,SТR検査は導入された。同時にいくつものローカスで検査ができるために個人識別力も高く,現在は世界的にSТR検査が主流となっている。日本の犯罪捜査においては,当初MCТ118型検査とHLADQα検査が全国の都道府県警察の科学捜査研究所で導入され,平成8年度から短鎖DNAであるТH01検査と,PM検査が加えられた。その後,平成15年7月にHLADQα検査とPM検査の検査試薬が製造中止となったことなどから,平成15年8月からはSТR9座位のDNA型が同時に検出できる自動検知器が導入された(警察学論集第56巻第9号『DNA鑑定の運用に関する指針の改正について』【甲61】)。押田鑑定は,PM検査とHLADQA1検査から鑑定結果を出したが,仏田鑑定は,時期的にもPM検査等の試薬が製造中止となったこともあり,SТR検査を行っている。仏田鑑定が行ったSТR検査の検査座位は,ТH01検査以外は,全国の科学捜査研究所で行っている座位とは異なる座位である。しかしいずれも学会では認められたDNA多型である(「DNA多型」vol3,4,5,6,7,9など。)。 

    A性染色体Amelogenene検査 
     アメロジェニン検査は,性別判定のために用いられる検査として確立されている(『DNA鑑定』103〜104頁)。X染色体とY染色体には,両方に共通する塩基配列部分がある。アメロジェニンは,そのなかにあるローカスである。アメロジェニンでは,X染色体ではY染色体に存在する6塩基の配列が欠損している部分があり,X染色体はY染色体より6塩基短い増幅断片を生ずることとなる。 
     仏田鑑定では,その10頁に検査結果のバンド写真と解説がある。Y染色体では112bp,X染色体では106bp(6塩基対分短い)なので,増幅して電気泳動させると,Y染色体では2本のバンドとなるはずである。ところがいずれも1本のバンドしか検出されないためX染色体しか存在しないと考えられる。 

    BY染色体のSТR検査 
     Y染色体SТRは,強姦事件などで膣液と精液とが混合しているようなときに,男性の個人識別などのために導入されたものである。この検査をすれば,面倒な精子DNAの分離を行わず,精液と膣液の混合試料をそのまま分析できる。Y染色体にも,他の染色体と同様に多数のSТRが含まれるので,常染色体のSТRのように世界的に製造販売されている(『DNA鑑定』【甲57】57〜58頁)。 

    CX染色体のSТR検査 
     X染色体のSТR検査は,X染色体上にも同様に多数のSТRが含まれるので,個人識別にもちいられるが,性別判定にももちいられる。なぜならば男性には1本のX染色体しかないが,女性であれば2本のX染色体をもつ。そこで,X染色体のあるローカスを増幅させて電気泳動させ,もしバンドが2本あれば,その細胞は女性であることがわかる。バンドが1本であれば,それは男性であるか,女性がホモ接合型(2つの対立遺伝子がたまたま同じであること)であるか,そのいずれかということになる。多数のローカスをしらべることにより,ほぼ確実に性別が判定できる。 
     仏田鑑定では,X染色体の2ローカスについて,それぞれ17/21型(273bp/285bp),14/15型(320bp/324bp)と判定されており,提供臓器,ブロックともに2本のX染色体を有していることが明らかとなった。このことは電気泳動されたバンドの写真により明瞭に示されている(図21,22,23)。 

  (2) 仏田鑑定の結論 

    @性別判定 
     アメロジェニン領域におけるPCR増幅により,106bpのX染色体バンドのみが増幅され,112bpのY染色体バンドの増幅が見られなかった。これは繰り返し実験を入念に行い,その結果に再現性があった。その結果は写真に明示されている(仏田鑑定の図18,図19)。 
     X染色体SТR検査では,ARAローカスは17/21型(273bp/285bp)であること,SТRX1は14/15型(320bp/324bp)であった。その結果は明瞭に写真およびグラフに示されている(仏田鑑定の図20,21,22,25)。 
     Y染色体SТR検査をしたところ,9ローカスでDNAの増幅がみられなかった。以上から仏田鑑定はブロックおよび臓器の性別は女性であると判定している。仏田鑑定は「本件鑑定資料であるホルマリン固定心およびパラフィンブロック標本は,男性である久保幹郎由来の剖検試料ではありえないと判定される。」としている。 

    A親子鑑定 
     性別判定で男性であることが否定されたため,親子関係が肯定されることはありえないが,念のためSТR検査で親子鑑定を行った。その結果は11頁の(表2)にまとめられている。 
     CCKローカスでは,推定される父はCТ型であるはずなのに,心臓はТТ型であった。 
     ACТBP2ローカスでは,推定される父は16のアリールを持つべきなのに,心臓は19/26型であった。 
     ТH01ローカスでは,推定される父は6/9.3型であるはずなのに 心臓は7/7型であった。 
     5つの検査項目のうち,3つの検査項目で同一性が否定された。したがって孤立否定ではなく,親子関係は完全に否定された。仏田鑑定は「上記試料が仮に男性であると仮定しても(現実にはありえない),CCK検査およびACТBP2検査,ТH01検査のいずれによっても,本試料が由来する故人は,説明で示した理由により久保佐紀子を母とする久保幹彦,久保幹之,久保幹也の,いずれの子供の父親ではありえない型であると判定される。仮に父子鑑定として行っても,本件鑑定資料であるホルマリン固定心およびパラフィンブロック標本は,男性である久保幹郎由来の剖検資料ではありえないと判定される。」と結んでいる。 
     なお,仏田鑑定はとくに,「本件の鑑定については,それぞれ少なくとも5回以上の再現実験を行ったが,すべて同一の結果が得られることを確認した。」としており,結果の再現性が確実であることを示している。 

  (3) 仏田鑑定の信用性 
    仏田鑑定についても,学会で理論的にも技術的にも正しいと確認された方法により,学会で評価されたひとが鑑定を行っており,信用性は高い。性別判定については,いくつもの検査を行いいずれにおいても否定されており,また親子鑑定についても三つの検査項目で否定されており(孤立否定ではなく),結論はゆるがないというべきである。 

4 押田鑑定と仏田鑑定との関係 
いずれの鑑定も,それだけで臓器,ブロックとの父子関係を否定するのに十二分である。押田鑑定がHLADQA1検査とPM検査を行い,仏田鑑定が性別判定検査とSТR検査を行っているから,それぞれ別々の検査を行っているのである。そのいずれにおいても父子関係が否定されたのであるから,その結論は,絶対に揺るがないものとなった。 

5 被告伊藤が行ったDNA鑑定 
被告伊藤はティーエスエル社に鑑定を依頼したが,鑑定結果が出せなかった。ティーエスエル社は,主として新鮮な資料にもとづき親子鑑定等のDNA鑑定を行っている民間企業であり,郵便での資料の送付も受け付けている会社である。したがって微量あるいは陳旧資料からのDNA型判定を行うだけの十分な技術を持っておらず,そのことは意見書で同社が自認するところである。したがって同社の意見書は参考にならない。 

6 臓器の来歴についての被告伊藤の供述要旨 
DNA鑑定が実施された臓器の来歴についての被告伊藤の供述の要旨は,次のとおりである。 

  (1) 被告伊藤は,裁判所に提出した臓器の来歴につき,平成14年6月29日付の陳述書【乙B3】で要旨次のように述べた。 
   「"平成13年4月6日に提出したホルマリン固定された臓器一式は,平成9年7月19日午後7時40分から同8時40分ころにかけて亡久保幹郎殿の遺体を解剖した際,同人の遺体より摘出した臓器であることに相違ありません。」 
これらの臓器は剖検終了後,間もなく10%ホルマリン溶液につけてラベルを貼付した厚手のビニール袋に入れて保存した。平成11年9月ころ,プレパラートの標本を作製する前後にビニール袋から3000cc位のシリンダー状プラスチック容器に溶液ごと移し替えて保存を継続した。平成13年4月6日の裁判所への提出に際して,口径18cm,高さ12cmくらいの容器に溶液ごとそっくり移し替えた。」 

  (2) 被告伊藤は,平成16年12月3日付の陳述書【乙B14】で提出臓器の来歴について次のように述べた。 
    「当初は厚手のビニール袋でホルマリン固定して保存した。その後,平成12年3月ころと記憶するが,円筒状の広口プラスチック瓶(容量は3000cc位)にそのまま移し替えて保管を継続し,平成14年4月6日に当該臓器を提出するに際して,当日に現在の容器にそのまま移し替えて提出した。」 
「東京医科大学の工藤玄恵教授に,平成11年9月14日頃にプレパラート標本の作製を依頼した。工藤教授に作製を依頼した理由は……,この頃,原告らが死因に疑いを持ち,挙げ句に,私が解剖をしなかったのではないか等と騒いでいるらしいことを知り,念のため,プレパラート標本を作製して病理組織的にも死因を証明しておく必要性を私なりに感・じたため。」 
    「平成11年12月22日頃と記憶するが,工藤教授からホルマリン固定された臓器の返還を受け,従前からの厚手のビニール袋に入れたままポリバケツに入れ私の解剖室内で保存した。」(先の陳述書【乙B3】では,厚手のビニール袋からシリンダーに移し替えた時期が,「平成11年9月頃と記憶するが,これらの臓器からプレパラート標本を作製したが,この前後」とされていたが,この陳述書【乙B14】では,その時期が「平成12年3月頃と記憶するが」となっており,東京医科大学から返還を受けた後もしばらくは厚手のビニール袋に入れて保管されていたことになっている。被告伊藤の供述が変遷した理由は,写真【甲41の1】が提出され,平成12年1月14日に検察事務官が,横浜犯罪科学研究所で,「久保幹郎」のラベルが貼られた臓器入りのビニール袋を撮影していることが明らかにされたため,先の陳述書【乙B3】記載の時期ではあからさまにこれと矛盾するためであろう。しかし変遷後の陳述書【乙B14】では,なぜシリンダー状容器に移し替えたのか,そのきっかけや理由がわからなくなっている。) 
    「私が提出した臓器片は亡久保幹郎氏のものに間違いないと私は確信している」 

  (3) 被告伊藤の法廷での本人尋問において,以下のとおり証言した。 
    「本件解剖の際に,臓器を摘出し保存した。厚手のビニール袋に入れて10%のホルマリンに固定し,解剖室の隅の流し台の下において保存した。」【被告伊藤本人調書14頁】 
    「その後,木箱に入れて東邦大学の標本倉庫に入れて保存した。」【同調書15頁】 
    「平成11年夏ぐらいから,本件がいろいろ報道されるようになり,そのときに本件の解剖例だけを東邦大学の標本室に行って箱から取り出して来て,研究室に持って来て心筋梗塞であることを確認をして,それからしばらくして心筋梗塞ということを確認したくて,東京医科大学の工藤教授に手紙で依頼をした。」【同調書16〜18頁】 
    「裁判所に提出した臓器片は久保幹郎のものに間違いがないと確信をしている。今でも確信をしている。」 【同調書19頁】 
    「久保幹郎氏の臓器を厚手のビニール袋に入れたのは,解剖が終わった直後である。ラベルを貼ったのもそのときである。ビニール袋に臓器を入れて,10%ホルマリンを注ぎ足して,そして口元を閉じて,ラベルを貼った。ラベルには取扱年月日,取扱警察署,氏名,年齢,死因を記載した。」【同調書76頁】 
    「その厚手のビニール袋を,同様のビニール袋とともに合計5個から10個をさらに大きなビニール袋に入れて,木箱の内側にもビニールを敷いて木箱に入れ,東邦大学で木箱を保管した。そして自分で東邦大学へ行き, 木箱を開けて久保幹郎のラベルを見て,久保幹郎の厚手のビニール袋だけを持ち帰った。」【同調書77頁】 
    「東京医大に持っていくそのときに,厚手のビニール袋から容器に移し替えて持って行った。」【同調書78頁】 
    なお,被告伊藤代理人は陳述書【乙B3】でホルマリン溶液を入れ替えたことがあると被告伊藤が述べていることを指摘し,その近辺で心筋梗塞の事例で解剖をしたことがあるかと質問をした。被告伊藤はこれに対し,「近辺ではございませんけど前年度には1つだけございます。」と答えている。被告伊藤の他の心筋梗塞解剖事例は「平成8年」【同調書78頁】であり,本件とは時期的に少なくとも7ヵ月程度はずれている。被告伊藤が供述する平成8年から平成9年の摘出臓器の保管状況(=「解剖するごとに摘出臓器を厚手のビニールに入れて流し台の下に保管する。」,「それがたまると5個から10個ごとに木箱に入れて東邦大学に保管する。」,「1年に100件ぐらい解剖する。」)からすると,横浜犯罪科学研究所にそれら(=平成8年のものと平成9年のもの)が同時に存在したことがあったとは考えられない。さらにホルマリン溶液を入れ替えるときに,臓器を別の袋に入れ間違えるなどということは到底考えられないことである。何よりも被告伊藤自身,提出した臓器は久保幹郎のものに間違いがないと何度も供述し,そのような可能性を否定している。 


7 DNA鑑定と被告伊藤の供述とは矛盾し,被告伊藤の供述は嘘である 
 被告伊藤は要するに,裁判所に提出した臓器片は久保幹郎のものに間違いがないと供述し,解剖をしていなければ臓器など持っているはずはないと供述するものである。しかし押田鑑定と仏田鑑定により,被告伊藤によって提出された臓器が久保幹郎に由来することは完全に否定された。客観的な臓器のDNA型判定と被告伊藤の供述とが矛盾するとき,供述の方が否定されるほかない。 
 したがって,被告伊藤の供述は嘘である。

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