竹下裁判
●控訴理由書(2) 〜事実認定について〜
第1 原審の事実認定のあり方について第2 原審の具体的事実認定について
1 平成3年12月27日喜納教授による病理診断
2 家族に対する説明日の設定及び家族への説明について
3 1月6日喜納教授の診断
4 小括
第3 控訴人の鑑定人との接触について
第4 まとめ
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1 第1及び第2において述べたように、原審の姿勢は、その判示の至る所に表現されているように、偏頗そのものであり、控訴人の訴訟活動を正面から虚心坦懐に見つめようとしなかったといわざるを得ない。
その表れのひとつが、控訴人が鑑定人と接触した事実を歪曲していることである。
例えば、
(1)
並木恒夫鑑定人について、原審判決は以下のように判示している。
「裁判所も被告らも知らない関係があるのではないかとの疑いを持たせることになっていて、上記鑑定の信用性に暗い影を落としている。」(原審判決7頁)
(2)
また、佐藤慶太鑑定人に関しても次のように判示する。
「裁判所が支倉教授に依頼した鑑定であったのに裁判所も知らない間に共同鑑定人となり、しかも、裁判所も被告側も知らない間に原告からの依頼で意見書を作成するという不透明な手続の危うさが現れている。」(原審判決21頁)
(3)
しかしながら、高度な専門分野を扱うことになる医療に関係した訴訟において、鑑定が終了した後に、その鑑定内容の理解のために、原告側も含めて鑑定人に接触し、その内容を聴取することは決して不透明なことではなく、公正さを侵害するものでもなく、いわば当然のことである。その当然のことを控訴人が実行していたにすぎず、その手法を非難されるいわれはない。
佐藤鑑定人が共同鑑定人になったことについては、控訴人も鑑定書を見て初めて知ったことであり、あずかり知らぬ事情によるものであるし、あたかも控訴人の働きかけによって佐藤鑑定人が共同鑑定人に名を連ねたかのごとく認定すること自体、原審裁判所の偏頗なものの見方の現れであるといわざるを得ない。今回のミトコンドリアDNAに基づく分析については、支倉教授にはその技能が不足しており、佐藤鑑定人が実際には実務を担っていたと、控訴人は聞いている。
また、後に提出された佐藤鑑定人の意見書は、まったく鑑定と矛盾するものではなく、そのことも「不透明さ」云々をいわれる原審の姿勢は、まったく理解できない。鑑定書では押さえられた表現ではあったものの、他人由来の組織であると判断する「可能性」も否定できないからこそ、そうした事実を佐藤鑑定人は明らかにしたにすぎず、いわば鑑定書の補充的な内容を提出したにすぎないのである。
また、並木鑑定人についても、甲109号証の意見書は、それまでの鑑定とは無関係の事項に関する専門的見地からの意見であり、しかも原審判決でも指摘するように、「原告の主位的請求を否定する方向に働く証拠」であって、特別の関係を前提にしているものとは到底いえない。また、並木鑑定人は、病理に関する専門家であるから、一般的な病理検査の方法を聴取したにすぎず、その際にたまたま並木鑑定人が喜納教授と同級生であり、その性格も含めて人となりを良くご存じであり、率直な意見が寄せられたため、その内容を意見書という形式にまとめて裁判所に提出したまでのことである。
明らかに、控訴人側に対する偏った原審の姿勢が、上記のような裁判所の憶測に基づく指摘を引き出したとしかいいようがない。非難されるべきは控訴人側の行動ではなく、こうした裁判所の姿勢こそが極めて厳しく非難されるべきである。
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